因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双   作:一森 一輝

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すねこすりの真名

 まばたきの先で、俺は宵子の腕の中、禁足の森の入り口に立っていた。

 

「……あの、宵子?」

 

「うふふっ。朔斗様、お帰りなさいまし」

 

 そのまま宵子は目を閉じながら、ぎゅ……っ、と優しく抱きしめられる。なになになに。

 

「朔斗様~! お帰りなさい~!」

 

 ついで暁子が俺に抱き着いてくる。優しい手つきの宵子に対して、暁子は全力ハグだ。

 

「よかったよ~! ぬっ、鵺に朔斗様が吹っ飛ばされた時は、朔斗様死んじゃうって思って~!」

 

 そしてびぇええと泣きだす暁子である。なるほど、生還を祝われているらしい。

 

 俺は小さな双子の頭を撫でて、微笑する。

 

「心配してくれてありがとな。無事帰ってこられたよ」

 

「はい。ご無事で何よりでございました」

 

「よかった~! 本当に良かったよ~!」

 

 努めて冷静ながらも手を震わせる宵子、分かりやすく安堵に泣く暁子が落ち着くのを、俺は抱きしめられながら待つ。

 

 するとそこで、「きゅ~ん」と声が聞こえた。目を向ければ、すねこすりが木の間に隠れて、俺たちを窺っている。

 

「すねこすり、そんなところにいたのか」

 

「きゅ~んきゅ~ん」

 

 図体に似合わない甲高い声で、すねこすりは鳴いている。

 

 おいでおいで、と手招きして見るも、来る様子がない。代わりにこちらに手を伸ばすと、バチッと弾かれるような音がして、すねこすりは手を引っ込める。

 

「ああ、なるほど。すねこすりは妖怪だもんな」

 

「はい。式ならば話は別なのですが、調伏前の妖怪は御陵宮大結界を抜けることができませんので」

 

 俺は双子から離れて、すねこすりに近寄る。それから、すねこすりの毛並みに触れる。

 

「お前、妖怪しか食わない、良い妖怪だもんな。双子をここまで連れ帰ってくれたし、討伐はしたくない」

 

「きゅ~ん……」

 

 すねこすりは、俺たちを名残惜しそうに見つめている。どうやら、懐いてくれたらしい。

 

 術士の支配を外したのが伝わったのだろうか。俺は肩の力を抜いて、すねこすりを撫でる。

 

「良ければ、俺の式になるか? 嫌なら、この場から離れてくれ」

 

「きゅんっ」

 

 すねこすりは、この場から離れる様子がない。短い尻尾を振って、俺を見つめている。

 

「じゃ、決まりだな。ええと、キキの時は真名を教えてもらったけど」

 

 すねこすりは動物チックというか、真名があるようには見えない。

 

 どうしたものかと悩んでいると、暁子が言った。

 

「真名がない妖怪を式にするなら、真名を名付けちゃえばいいんだよ~!」

 

「そうなのか?」

 

「はい、そうでございます。ただ、真名は重要でございますので、格式高く。通り名を呼びやすいものにするのが良いかと」

 

「なるほどな。となると……」

 

 格式高い名前か。すねこすりは犬猫っぽいし、双子を守ってくれたし。

 

戌虎之守(いぬこのかみ)、とか」

 

 ピン、とすねこすりの耳が立つ。それから、ふたたびすねこすりは前足を伸ばす。

 

 すると、今度は結界を通り抜けた。それに気付いて、すねこすりは俺にぶつかってくる。

 

「うおぉぉぉおお! おもっ、重い! 抑えろ! っていうかもう小さくなれお前!」

 

 と言った瞬間、ポンッ、と煙と共にすねこすり改め戌虎之守は子猫サイズになった。俺のすねに体を擦らせながら「きゅ~ん!」と走り回っている。

 

「おぉ……、随分懐いたもんだな」

 

「朔斗様、真名は伏せるものですので、通り名も同時にお与えになるのがよろしいかと」

 

「ああ、そうか。じゃあ、イヌコ。お前のことは、これからイヌコって呼ぶからな。分かったかイヌコ」

 

「きゅん!」

 

 イヌコが俺の体をよじ登り、俺の腕の中で丸くなる。そのまま、寝てしまった。

 

「自由な奴だなぁ……。ま、双子を乗せて沢山走ったもんな」

 

 お疲れ、とイヌコを撫でる。

 

 そこで、双子が言った。

 

「では、最後に遊戯舞を終わらせませんとね。暁子」

 

「うん、宵姉様~!」

 

 二人はそれぞれ、巫女鈴、神楽笛を取り出す。俺が何だと思っていると、二人は奏でながら、歌を歌い納めだす。

 

 まず、暁子から。

 

 ―――御用はすみまし、帰りましょ。我らの七つの、お遊戯の―――

 

 続き、宵子。

 

 ―――御礼を納めに、まいります。行きはよいよい、帰りはこわい―――

 

 双子が、すぅっ、と息を吸い、声を合わせる。

 

 ―――こわいながらも、通りゃんせ、通りゃんせ―――

 

 シャン、シャン、シャン……と暁子の巫女鈴が鳴る。雅楽の音が遠ざかっていき、宵子の神楽笛が後を引いて小さくなっていく。

 

 この場で遊んでいた祭神が、帰っていったのが分かった。圧倒的な雰囲気が消え、俺たち三人と一匹だけになる。

 

 とにもかくにも、今日の任務は無事(?)完了。ここからは、後始末に奔走することとなるのだった。

 

 

 

 

 

 さて、その後のことである。

 

 想定以上にやることが多かった俺は、まず双子と共に、任務ガラスを文字通り握りしめて、任務管理課の方に向かった。

 

「今日はこの式神から通達された任務をやったんですが、任務そのものに色々と不備があったので報告します」

 

 俺は、本家奥の闇室と任務内容が明らかに罠という点について、詳細に説明した。任務管理課は様々な勢力の分家が対応しているのだが、今回は運よく俺陣営の人間が対応した。

 

「何と……! 天征様の号令以来、暗殺者の類はもはや水静村に残っていないものと思っておりましたが」

 

 人を派遣して調査をする、という確約を得た上で、俺たちはその場を離れた。

 

 その足で向かう先は、雛見の部屋である。

 

 俺は現在、鵺との戦闘を終えて、宿業による骨肉の天稟が失われた状態にあった。

 

 であるなら、俺を確実に守ってくれる人の下に、腰を落ち着ける外ない。自室に戻るのも危険だろうから、事情を説明して、今日は雛見の部屋に泊まれないか頼むつもりだった。

 

 そんなワケで雛見の部屋に訪れると、勉強をしていた雛見が、目を丸くして俺たちを迎えた。

 

「お兄様っ!? 水浸しですよ!? 何があったんですか!?」

 

「ああ、えっと。これには中々、込み入った訳があってさ……」

 

 俺が疲れ気味に言うと、双子が俺の後ろから言い募った。

 

「雛見様、朔斗様は途轍もない武人でございますよ」

 

「雛見様、朔斗様は大変な苦難を乗り越えられたので、是非お労いいただけますと」

 

 宵子、暁子の順に言われ、雛見はキョトンとしてから「何があったのです……?」と首を傾げた。

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