因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双   作:一森 一輝

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鬼の少女、キキ

 その少女の深紅の乱れ髪の間からは、二つの角が伸びていた。

 

 和服はただの和服ではなく、かなりのオーバーサイズのもので、しかも黒雲のような文様が描かれている。ぱっと見の外見は、俺と同い年くらいだろうか。

 

 そして気付いて遅れるのは、その胸元に、禍々しい、巨大な大太刀が刺さっていることだ。

 

 胸元中央に、大太刀が半分ほど刺さって、揺れている。かといって拘束されているという事はなく、不便ながら立ち歩けはしそうだ。

 

 ……いや、こんな洞穴に閉じ込められているのだから、それ自体が拘束なのだろうが。身動きは取れそう、というか。そんな感じ。

 

 普通なら当然死んでいるような怪我。だが、少女は弱々しい動きながら、なお生命をつないでいる。

 

 異様にして異形。恐らくは、本来ならば暴力的な魅力を持つ鬼の少女が、ほとんど瀕死の姿でそこにいた。

 

 そんな姿に、俺は思わず口にしてしまう。

 

「え、ええと、あの、そ、その胸の刀、だ、大丈夫?」

 

「む? ふふ……自分のことではなく、真っ先にわらわを気遣うか……。そなたは、良い奴じゃな……」

 

「い、いや。俺は別にそんなんじゃ」

 

 俺は全然いい奴じゃない。優しいのは身内にだけだし、人を気遣うのは、気遣えるのが自分しかいないときだけだ。

 

 そんな俺の謙遜に、少女は「うぐっ」とうなだれ、「ゲホッゲホゲホゲホッ!」と激しく咳き込む。

 

 それに俺は、慌てて少女に近づいた。

 

「あっ、あの、大丈夫か!? 本当に」

 

「よい、よい……。いつもの、ことよ。にしても、童よ、主は運が良いのう……。ちょうど、わらわが正気で居られる時間に、捧げられて……」

 

「う、うん……?」

 

 俺は困惑する。苦しげに、少女は続ける。

 

「生憎と、逃げる道はないが……。せめていくつか、説明をしてやろうて……」

 

 少女は咳払いをし、姿勢を正した。

 

「わらわは、鬼姫(キキ)。鬼姫と書いて、キキと読む。通り名じゃが、そう呼んでくりゃれ……」

 

 通り名。つまり、真名ではない、ということだ。

 

 真名。真の名前。確か陰陽術的に重要な要素で、知られれば弱点になるし、逆に強すぎる存在の真名を安易に口にすると、悪影響があるというが。

 

 ひとまず俺は、通り名について、軽く感想を口にする。

 

「……随分かわいい通り名だな」

 

「ははは……童が、よう、言いよるわ。小生意気じゃが、愛いものよのう……」

 

 憔悴しきった様子で、キキは言う。

 

「わらわはな、この、突き刺さる刀の妖力で、しばしば正気を失い、暴れ狂う……。主のような幼気な童を食う趣味はないが、時間が経てば……、自然とそうなる」

 

 ビクッ、とキキの体が緊張する。目が、一瞬正気のそれでなくなる。

 

 だが、すぐに元の様子に戻った。キキは続ける。

 

「そうなれば、主は惨たらしく、わらわに食い散らかされることになろう……。その前に、自刃することを、勧める。わらわも、童を生きたまま引き裂くのは、心苦しい」

 

 ―――度胸がないのなら、わらわが瞬時に息の根を止めても良いぞ……。

 

 そう、キキは両手を広げた。俺はその諦めきった様子に、眉を顰める。

 

「え、く、苦しんで死ぬか、今安らかに死ぬかの選択肢しか、ない、の?」

 

「わらわには、それしか示すことはできぬ……」

 

 諦観と共に、キキは言う。それに俺は、死にたくなくて必死に言い募る。

 

「い、いや、もっとこう、そうだ! その刀のせいで正気を失うんだろ? なら、俺が抜いたら、そうならないんじゃないか?」

 

「は、は、は……。御陵宮の、古き大陰陽師の突き刺したる刀ぞ……? 力も、資質も、童には、到底無理よ……」

 

「いやでも、俺もそのまま死ぬのは嫌だし……た、試すだけでも!」

 

「ふ、貴重な時間をそのようなことに割いて……じゃが、良かろう。もし引き抜けたら、わらわのすべてを、くれてやろう……」

 

「言ったな? じゃあ、失礼して」

 

 俺は刀の柄を掴んだ。すると、妙な怖気が、ゾワゾワと肌を撫でた。

 

「……わらわは、言ったぞ……。この刀を抜くには、力と、資質がいる、と……」

 

 可哀そうな目を、キキは俺に向けてくる。刀のゾワゾワが俺の肌を撫でていき、俺は「お、おぉぉお……?」と変な声を漏らす。

 

 だが、ひとまず何ともない。

 

 なので、俺は力を込めて抜き始める。

 

「……ん……? 童よ、何故狂わぬ……? この刀は、触れる者の霊力を穢し、気を触れさせる力があるというのに……」

 

「それ、なら! 好都合って、もんだな! 俺には、霊力がない、もんで!」

 

「な……!? 霊力がない? そんなこと、いや、しかし、だとしても力が足りな」

 

 その時、ずっ、とキキの胸元から、僅かに刀が抜け始める。「おっ!」と俺は声を上げる。

 

「抜ける! 抜けそうだぞこれ! 行ける行ける! この勢いで、思い切りやれば」

 

「はっ? いやっ! 童の力では無理じゃろう!? わらわの力でも、ゲホッ、そう容易くは抜けぬようになって――――いや」

 

 キキが、ハッとして呟く。

 

「御陵宮の血で、霊力がないなんてことは、普通あり得ぬ。ならばこの童、『宿業』か? 生まれながらに霊力を持たぬ代わりに、並外れた体を持つ、()()()()骨肉の天稟―――」

 

「何言ってるか分からないけど、これ、もうすぐ抜けるぞッ!」

 

 ずる、ずるずるずる、と俺が引っ張れば引っ張るごとに、大太刀が抜けていく。そうやって抜いていて、俺は実感する。

 

 俺の身長よりも長い、巨大な大太刀。これを振るうなんて、本来の使い手は尋常な力の持ち主ではない。

 

「あと少し、あと少しだ、キキっ!」

 

 俺は刀を肩に担いで、地面に踏ん張る。思い切り足に力を籠め、ぐん、と前に出る。

 

 そしてついに、抜けた。

 

 すぽんっ、と剣先がキキの体から抜け、空中に軌跡を描いて俺の前に振るわれる。

 

「うぉっとっとっと……。ほら! 見たかキキ! これで、正気を失わず、に……?」

 

 俺は振り返る。そこで、硬直した。

 

 剣先から垂れる、毒々しい紫の液体。そして、「ぐ、ぁ、あと、少し、あと少し、早けれ、ば……!」と顔面を強張らせながら、胸元を押さえるキキ。

 

「童、よ……! すまぬ、刀を抜けば、わらわのすべてをやると、言うたのに。わらわは、もう、正気を、保てな」

 

「がっ、頑張って! 頑張ってくれよ! 刀は抜いたんだ! 頑張って正気を―――」

 

 そこで、俺は気付いた。

 

 キキが、涙を流している。本気で刀の毒に抗って、なお抗えないのだ。

 

 そして、それを本気で悔やんでいるからこそ、泣いている。

 

「すまぬ……、すまぬ……! わらわにこんなに優しくしてくれる者など、何百年ぶりかも分からぬのに、恩義に報いることができず、すまぬ……!」

 

 ブルブルと震え、倒れ込みながら、キキは謝ってくる。

 

 俺は表情を引き締め、「気にすんな」と笑いかけた。

 

「大丈夫。多分、何とかなる。刀が、元の持ち主と俺を勘違いしてんのかな。持ってると、何だか頭の中に記憶が入りこんでくるんだ」

 

 俺は、()()()()()()ぐるりと大太刀を振り回す。そうして、軽々肩に担ぎあげる。

 

「さぁ、来いよキキ。刀の毒が抜けるまで、俺がお前と、遊んでやる」

 

「ぐ、ぎ、ぎ、ぐる、グゥァアアアアアアアア!」

 

 キキが咆哮を上げる。俺は峰打ちの持ち方に変えて、大太刀を構えた。

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