因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
事情をすべて聞いた後、雛見は深く頷いた。
「承知いたしました、お兄様。では、今日はわたくしの部屋にお泊りください。わたくし自ら寝ずの番をして、お兄様をお守りいたします」
「要らない要らない」
というか派手なことをする方が危険を招くだろう。女の子の部屋に泊まるのは正直心苦しいが、雛見以外に頼れる相手もいない。背に腹は代えられない、ということだ。
「ふふっ、うふふふふっ。お兄様が、お兄様がわたくしと一緒にお泊り……! もしかしたら、ふふっ、あんなことや、こんなことが……! じゅるり」
「雛見?」
「コホン。では、責任をもって、お兄様をお守りいたしますので、ご安心くださいね」
それと、と雛見は続けた。
「宵子、暁子。この度はよくお兄様の力になってくれました。とても誇らしく思いますよ」
「ありがとう存じます、雛見様」「恐縮でございます」
双子が正座のまま、深く雛見に礼をする。しっかり雛見直属の使用人だなぁ、と実感する。
すると、雛見が正座のまま近づいて、双子を抱き寄せる。
「本当に感謝しているのですよ。あなたたち二人がいなければ、もしかしたらお兄様が危なかったかもしれません。良くやってくれました」
「い、いえ、その。ワタシどもも、朔斗様に助けられたといいますか」
「そっ、そうですよ~……! だから、あの、ち、近」
「うふふっ、可愛い子たち。二人とも、わたくしの前でも、素のまま話してくれていいのに」
俺は二人を見て、なるほど、雛見が双子を可愛がって、双子が雛見に懐いているから、雛見に嫌われるようなことを言われたくなかったのだな、と理解する。
そこで、雛見が立ち上がった。
「では、このままではお兄様が体を冷やしてしまいます。わたくしがお背中を流しますので、二人はお風呂の準備を」
「畏まりました、雛見様」「承りました」
「待て待て。何で俺、雛見に背中を流されることになってんの?」
「わたくしが流したいからでございますよ」
「雛見この一年ですごいグイグイ来るようになってないか?」
「お兄様は押しに弱いと
雛見が良くない学びを得ている。
「あとお兄様の窮地でも眠りこけているキキ様に、遠回しに罰を与えようかと」
そして今回役に立たなかったキキが、ちゃんとヘイトを買っている。
「い、いや、あの。キキは本当に疲れ果ててたから仕方ないというか」
「御託は結構です。では行きますよ、お兄様♡」
「えぇ~……?」
双子が先んじて駆けていく。その後ろを、俺は雛見に押される形で部屋を出る。
そんな風呂への道すがらの廊下で、俺は全身血まみれの天征と遭遇した。
血まみれ。血まみれである。全身真っ赤だ。
「ん? おお、朔斗に雛見。ん? 朔斗お前、水浸しじゃねぇかよ」
「血まみれのお前に言われたくねぇよ」
俺が目を丸く言い返すと、天征は自分の姿を確認して、「確かに!」と笑った。
「いやぁ、盛大に返り血を被っちまってよ。任務完了の報告後に、風呂で流すつもりだったんだ」
「風呂の前に井戸脇で流せよ。風呂つまるだろ」
「え~だり~」
「いいから井戸行け」
「へいへい。ったく、数日の差でアニキ面しやがって」
「減らず口はいいっての」
変顔で文句を垂れる天征の背中を押す。
「んで? ほとんどの戦いを無傷で終わらせた朔斗を、少なくとも水浸しにしたのは、どこの妖怪だ?」
「鵺だよ。諸事情あって禁足の森に行ったら遭遇したんだ」
「はー! 鵺! お前鵺と戦って水浸しで済んだのかよ! オレも大捕物で自慢しようと思ってたのによ!」
「何倒したんだ?」
「サトリの群れ。術を使おうにも心読まれて大変だったぜ? ま、オレの深謀遠慮について来られなくなったから、そのまま数十匹、まとめて全滅させたがよ」
大妖怪から死力を尽くして勝ち逃げした俺。はたまた、中堅レベルの厄介な妖怪の群れを一掃した天征。
俺と天征の実力は、拮抗している。分野が違うから比べきれないが、ほとんど互角と俺は思っていた。
「つーかよ、天征。今日お前推しの奴に罠に嵌められて暗殺未遂されたんだが」
「……マジで? 数人見せしめにしたのにまだそんな奴いんのかよ」
見せしめなんてやってんの天征?
「……あの件ですね。天征様は、本当に、御陵宮というか……」
雛見が、小声で言う。天征はチラと雛見を見るが、結局何も言わず、俺に視線を戻した。
「そいつ生きてる? 生きてるならこっちで対処するけど」
「死んだ。鵺に食われたよ」
「分かった。なら、オレのところから禁足の森に、今回の件で調査員をだす。数人鵺に食われて帰ってくるだろうから、それで連帯責任ってことでいいか?」
「え、いや、それは」
俺がたじろぐと、天征は言った。
「朔斗。オレは、もうお前を狙う暗殺者は出ないって言ったんだ。だがそれは嘘になった。嘘を吐いたら、その責任を取らなきゃならん」
天征は、まっすぐな目で俺を見る。
「オレはオレ陣営のみんなが好きだ。みんな幸せでいて欲しい。でも、約定を破るのはダメだ。オレは信頼する配下を失って、暗殺者周りの連中は死のリスクでもって贖う」
そして、目を細めた。
「それが、約定だ。朔斗が支払ったのと同じリスクと対価を支払わなきゃ、公平じゃない」
「……天征」
「悪かったな。オレの力不足だ。許してくれ」
天征は俺の肩を叩いて、井戸の方に歩き去っていった。腕が震えるほど、拳を握り締めて。
俺はその背中に、意味のある言葉を投げかけられなかった。