因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双   作:一森 一輝

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煤払い

 お堂の入り口は、封印の札が貼られていた。

 

 この様子だと、恐らく外から入ってきた妖怪はいない、と見るべきかと思う。しかし天征は、首を横に振った。

 

「頭のいい妖怪なら、札を貼りなおすくらいのことはしてくる。その時は最悪だ。相手は超大物になってくる」

 

「マジか。じゃあここで超大物妖怪のキキに意見を聞いとこう」

 

「天征よ、そなたは警戒のし過ぎじゃな。とはいえ、内側の妖気は中々の膨らみ方をしておる。油断するよりは警戒する方がよい」

 

 俺は扉に触れる。二人に目配せすると頷かれたから、力を籠めて押し始めた。

 

 札が破れる。同時、黒煙があふれ出したので、俺は腕で顔を覆って、強く前に押しこんだ。

 

 扉を、開け放つ。俺は腕を振って、黒煙を払う。

 

「ゴホゴホッ! 何だこれ、すごい量の煙だ」

 

「こほっ、まさに()という具合じゃのう。……いや、これは」

 

「どうかしたか? キキ」

 

「……」

 

 キキが、険しい顔をして奥を見据えている。黒煙の晴れたお堂の奥に、しめ縄の巻かれた重石が置かれている。

 

 天征が言った。

 

「煤は煤だが、キキの黒雲に近い性質があった。龍脈から生じた煤が、キキの妖気に影響を受けて変化した可能性があるな」

 

「分かるかの、天征」

 

「まともな術士なら誰でもわかる」

 

 天征が肩を竦める。俺はそれに、「まともな術士、か」と口の中で呟く。

 

 三人で奥へと進む。それから重石に触れる。

 

「主様、持てるかや? わらわが持ち上げようか」

 

「あんま子ども扱いするなよ、キキ。去年ならともかく、今年の俺なら余裕だ」

 

 俺は力こぶを作って、冗談めかしてドヤ顔になる。

 

「成長期だからな。去年の二倍は力あるぜ、俺」

 

「……朔斗、それマジか?」

 

「おう、今から見せてやるよ。と、二人とも準備はどうだ?」

 

 ちょっと引いている天征に答えつつ、確認。すると、天征が言った。

 

「突入前に、オレの方でいくつか防御の術を使いたい。今の煙の量を考えるに、重石を開けた瞬間に肺を煙で満たされて即死がありうる」

 

「おお。そうか、そうだな。頼む」

 

「おう。防護符をちょちょいと貼り付け、急々如律令」

 

 俺、キキ、天征の三人に札を貼り付け、詠唱。「これで少なくとも、呼吸に困ることはないはずだぜ」と天征は言う。

 

「ありがとな。他に注意したいこととか、各自頼む」

 

「そうじゃのう。わらわの経験則になるが、煙の妖魔には普通の物理攻撃は効かぬ。火で攻めればむしろ回復するじゃろう」

 

「五行的にも煙は火の内にあるものだからな。ま、それさえ分かってれば大丈夫だろ」

 

 それぞれ頷き合う。それから一拍ほど沈黙が来たから、「じゃあ始めるぞ」と俺は言った。

 

 二人は頷く。俺は重石の下に指をかける。力を籠め、一気に―――跳ね上げた。

 

 重石が、宙を舞う。

 

「やべ、力入れすぎた」

 

「あのサイズの石がこんな軽々……!? いや、それはいい。問題はこの下だッ」

 

 俺たちは穴に目をやる。キキが拘束されていた洞穴。そこには、今や真っ黒な煙がもうもうと立ち込めている。

 

 かと思いきや、煙の中に僅かに光が走った。バチィッ、という激しい音。

 

 キキが叫ぶ。

 

「こやつ、わらわの術を覚えておるッ!」

 

 咄嗟に俺は、天征の腕を引いて、キキと共に穴から飛びのく。

 

 直後、穴から紫電が放たれた。花開くように広がった紫電が、お堂の天井を焼いていく。

 

「うぉっ、ま、マジか」

 

「キキ! このままじゃそもそも穴の中に入れない。どうにかできるか?」

 

「任せよ、主様! わらわの術を真似するような不遜な妖には、お灸を据えてやらんとな!」

 

 キキが和服を払う。和服から、黒雲が発生する。

 

「煙は火気。ならば、水気に弱かろう。わらわの術は、何も雷に収まらぬ」

 

 ピキキ、と氷が鳴るような音が、キキの黒雲の中から聞こえてくる。

 

 キキは、言った。

 

「降り注げ、雹鏡」

 

 黒雲から、ガラス片のように鋭い雹の嵐が、穴の中目がけて放たれた。

 

『ひゅぉぉおおおおおおお』

 

 穴の下から、風の音ともに叫び声ともつかない音が響く。キキが「ふん、効いておるわ」と笑う。

 

「主様、天征! これで祓うべき煤も、ある程度縮こまったことであろうよ。中には入れるはずじゃ」

 

「分かった! 突入するぞ、二人とも!」

 

 俺はキキから鬼切丸を受け取って、我先にと穴の中に突入した。遅れてキキ、天征が穴の中に落ちてくる。

 

 記憶に懐かしい封印の洞穴の最奥には、暗闇の中、どよどよとした黒い何かが立ち上っていた。天征が五行符を火に変えて照らすと、その姿があらわになる。

 

 それは、真っ黒な煙が、キキを模ったものだった。

 

「何?」とキキは眉を顰め、俺は刀を抜き放つ。天征は言った。

 

煙羅煙羅(えんらえんら)って呼ばれる妖怪だな。煙が妖怪化したものだ。だが、キキの妖力に影響を受けて、術を覚えてるらしい」

 

「なるほどねぇ。平たく言えば、物理攻撃の効かないキキ、か」

 

 それは中々な難敵に聞こえるが。キキを見ると、「龍脈の力をそのまま吸っていたなら、この場限定でそのくらいの厄介さになるじゃろうな」と頷く。

 

 天征が、呪具を振るった。

 

「オレが結界を張る! 小さな結界に奴を閉じ込めて、キキの術で薙ぎ払えば、完全に祓えるはずだぜ。どうだ!」

 

「分かった、それで行こう。まず俺とキキで天征のサポートだ。天征! 何をして欲しい?」

 

「煙羅煙羅を閉じ込める結界の、くさび石を打ってくれ! これだ!」

 

 俺とキキに、二つずつ杭のような呪具を投げ渡される。

 

 受け取った瞬間、俺たちの足元が弾けた。

 

 地面の岩にひびが入る。瞬く間に俺とキキが煙羅煙羅に肉薄し、四つのくさび石が、敵の至近距離に地面に打ち込まれる。

 

『ひょぉっ!?』

 

 煙羅煙羅から、驚愕の声が上がる。「天征!」と俺は呼び、天征が「お前ら速すぎだろッ!」と言いながら、素早く印を結び始める。

 

「天円地方、龍脈の奔流を観測す。奔流貪る魔煙の経絡を断ちて、閉ざす天蓋の糧となせ。一尺の虚空に、魔煙を天円閉塞に凝縮せよ!」

 

 呪文を終え、天征が印を結び終える。最後にいつもの締めを唱えるだけ。

 

 そこに至って、煙羅煙羅の攻撃が、俺に襲い来た。

 

 腕の形をした煙が、内側に雷を孕みながら、俺に迫る。

 

「っ!? 朔斗!」

 

「慌てんな、天征。鵺で散々苦労したんでな」

 

 息を吸う。集中する。鬼切丸に力を籠め、シィィイイ……! と長く呼気を引き絞る。

 

 鵺が切れなかったのは、俺の剣速が風速に負けていたからだ。鬼切丸を振るい、それで空気が動く。動いた空気で鵺が遠ざかる。だから切れなかった。

 

 だが、本来鬼切丸は、所持者の望むあらゆるものを切る刀。鵺を切れなかったのは、俺の実力不足。

 

 煙羅煙羅も同じ。俺が鬼切丸を風より速く振れるなら、斬って斬れないことはない。

 

 つまりだ。

 

「煙くらい、今の俺には斬れんだよ」

 

 一閃。

 

 煙羅煙羅の胴体が、攻撃に伸ばした腕と同時に、上と下とで泣き別れする。

 

『ひょぉ……?』

 

「さぁやれ! 天征!」

 

「っ、急々如律令!」

 

 天征が唱えると同時、煙羅煙羅は透明な立方体に閉じ込められた。

 

 そして、満を持して、キキが前に出る。

 

「わらわの術を盗んだ煤など、冗談にもならぬ。ここで一切合切を打ち払ってくれるわ」

 

 キキの周囲に黒雲が広がる。ピキピキ、と氷の音が内側で鳴り響く。

 

「降り注げ、雹鏡」

 

『ひょぉおおおおおおお!』

 

 黒雲から放たれる、無数の鋭い雹の矢。

 

 本来単なる物理攻撃を無効化する煙羅煙羅でも、結界内を埋め尽くす弱点属性で飽和攻撃されれば、なすすべなく消滅する外ないようだった。

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