因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双   作:一森 一輝

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嫡男に相応しいのは

 煤払いの任務を終えて下山した俺たちは、それぞれで夕食を取るべく解散していた。

 

 そこからは普段通りだ。俺は雛見の部屋で、天征は大広間で夕食を取る。で、そのまま用事がなければ、大抵は遭遇することもなく各々眠りにつく。

 

 しかし、俺が宗家筋専用の豪華な大風呂に早い時間に入っていると、横でざぷん、と天征が入ってきた。

 

「よう、朔斗。相変わらずいい体してんな」

 

「風呂場で開口一番それ言われるこっちの身にもなれよ」

 

 俺が文句を言うと、「ハッハッハ! いつ見てもバキバキだから、ついな」と天征が笑う。

 

「ったく、良いよなぁ朔斗はよ。その筋肉で身長も伸びてんだから」

 

「身長はさほど変わらないだろ」

 

「あ? アニキ面してんじゃねぇぞ。アニキはオレだ」

 

「今のお前のセリフに一切の真実がなかったぞおい」

 

 軽口を交わし合う。それから天征は一息ついて、言った。

 

「さっきはありがとな。助かった」

 

「言っただろ? このくらい大した手間じゃないっての」

 

 天征の礼に、俺は拳を出して答える。天征は俺の拳に、自分の拳をぶつけた。

 

 俺と天征は異母兄弟だ。だから兄弟というには遠い育ちをしている。一方で、近すぎないからこそ、仲良くできているという感じもする。

 

 まるで、気が合って仕方がない友人同士が、お互いを『兄弟』と呼ぶかのような。俺たちにあるのは、単なる兄弟よりも緩い血縁関係と、篤い友情なのかもしれない、と。

 

 俺は続ける。

 

「天征には、よく助けられるからな。迷惑も掛けられるけど」

 

「迷惑ぅ? おう、何だよ言ってみろよ」

 

 わざとらしくガラの悪い返事をする天征に、俺は言った。

 

「数年前に俺に向けられた暗殺者、大半がお前の指示だろ、天征」

 

 天征が、凍りつく。

 

「……いつ気付いた?」

 

「鵺の一件。お前があれだけ感情的になるのを初めて見たからな。それで、何となく分かった」

 

 天征はいつも飄々としているが、大声を出す事もあるし、わざとらしく慌てるときもある。

 

 だが、本当に動揺したときは、それを押し殺して平然と振る舞う。あの時、それを知った。

 

「それで、思ったんだ。暗殺者騒ぎが続いてる時も、あんな風になった事はなかった。なら、あの時の暗殺者は、天征の制御下にあったんじゃないか、ってな」

 

「……」

 

 天征は、天を仰ぐ。風呂場に、水滴が落ちる音が響く。

 

 それから、口を開いた。

 

「オレを殺すか? 朔斗」

 

「はっ? いや、そんなんじゃないって!」

 

「違うのかよ!? それはそれで意味分かんねぇよ!?」

 

 お互いに驚きに瞠目して見つめ合う。何ということを平気で言うんだ、殺すとか。俺は身内を絶対死なせたくないんだぞ。

 

 俺はため息を吐いて「あのなぁ、天征。俺はお前が思うよりも、何倍のシンプルに生きてんだよ」と告げる。

 

「……どういうことだよ」

 

「俺は、死にたくない。だから俺を殺そうとする奴は殺す。でも、身内が死ぬのも同じくらい嫌だ。だから、身内が死にそうなら絶対助ける」

 

 話を聞こうと思ったのは、天征が俺みたいに、敵対派閥の人間の嫌がらせを受けたという話を聞いたからだ。それはつまり、俺派閥ということなのだが。

 

 しかし、ただ嫌がらせを止めさせる、という事でもないのは分かっていた。だから、なぁなぁにしていた根っこの部分から、掘り返すことにしたのだ。

 

 つまり、俺と天征をめぐる、嫡男争いの話を。

 

「天征は、俺を殺そうとしたけど、身内でもある。だから、話を聞きたかった。仕方ない理由があるなら、その理由を潰せばいいだけだ」

 

「朔斗……」

 

 天征は腕で目元を覆う。しばらく沈黙してから「朔斗には敵わねぇなぁ」と笑った。

 

「……朔斗が考えてる通りだよ、大体。オレだって、嫡男争いで朔斗を殺したくなんてない。でも、爺様はそれを許さなかった」

 

「あのクソジジイか」

 

 俺が言うと、天征が「ブフォッ! くっ、はははははっ!」と笑い出す。

 

「はー、朔斗は恐れ知らずでいいな。オレはそんな風に言うのは無理だ」

 

「怖い人ってのは分かってるけど、全然関わりないからなぁ、俺。圧掛けてくる奴は、大体俺のこと殺そうとしてたし」

 

 全員殺したし、と俺はこっそり舌を出す。

 

 天征は、話を戻した。

 

「御陵宮は、どちらが嫡男にふさわしいか、ずっと決めかねてるんだ。陰陽術のすべてを修めたオレ。何もない代わりに、特別な力を持つ朔斗。どっちが強いのかってな」

 

「強い、ねぇ。そんなどこぞの少年漫画みたいな」

 

「朔斗、これは結構マジな話だぜ。上の代は、十人中八人死んでる。嫡男争いってのは()()()()()を用いて勝たなきゃならないものなんだ」

 

 俺は、口をつぐむ。実際、聞いたことがあった。親父は長男ではなく、上にいるそれなりの人数の兄弟の屍の上で、次期当主になったと。

 

 それでなくとも、嫡男。ひいては次世代当主になることは、重要だ。

 

 俺は、俺たちは、叔父さん陣営の扱いを見て育った。宗家筋でありながら、分家に近い扱いに落とされる。誰か犠牲を出さなければならないなら、選ばれるのは身内からになる。

 

 周りを守りたいなら、嫡男に、次世代当主ルートに入るべきだ。それは一つの動機になる。

 

 天征は続ける。

 

「それで、爺様はオレに言ったんだよ。『まず刺客を放て。命の費やし方を覚えろ。同時並行で、陰陽術を鍛えてやる』ってさ」

 

「……なるほどね」

 

 あらゆる手、とは暗殺者すら含むものらしい。幼少期の小競り合いですらそれだ。

 

 『まず』じゃねぇよ刺客を放つのは。最終手段だろ。もっと手を選べ。

 

「天征は、嫡男になりたいのか? ゆくゆくは、当主に」

 

「……分からない。オレが相応しいのなら、なるべきだと思う。でも朔斗が相応しいなら、朔斗がなるべきだ」

 

「私欲じゃないんだな」

 

「御陵宮の当主なんて、欲でなるもんじゃないだろ」

 

「そうか」

 

 俺は頷く。微笑みを湛えて。

 

 だって、天征は私欲で俺を襲ったわけじゃなかった。権力者になりたいという欲もなかった。ただクソジジイにそそのかされたのと、義務感があるばかり。

 

 そしてそれは、抗う力もない小四までの話だった。そこからは、天征なりに動いて、暗殺者を出さないようにしてきてくれたのだ。

 

 なら、俺に天征を殺す理由はない。変わらず、大切な身内だ。

 

 それで、言った。

 

「天征。お前が嫡男になれよ、やっぱりさ」

 

「……は?」

 

「俺は別に嫡男になりたくない。守りたい奴らはいるけど、ごく少数。全員特別な立場だから、非嫡男陣営だからって理由で犠牲にはされないと思う。それに、少ないから守りやすい」

 

 けど、と俺は風呂の中で身を起こす。

 

「お前は違うだろ、天征。お前には守るべき相手がたくさんいる。そもそもこの陰陽術大家の御陵宮で、陰陽術に長けたお前が嫡男にならなくてどうすんだよ」

 

「朔斗……」

 

「はい、これで嫡男争いが原因の悩みは、全部解決だ。嫡男譲ったからには、嫌がらせとかないように便宜図ってくれよ? そういうの、得意だろ、天征」

 

 立ち上がる。手ぬぐいを回収しながら、俺は天征に告げる。

 

「お前が嫡男になれば、多分全部上手く行くと思うんだよ。お前、器用だし。根っこのところは信用できると思ってんだ」

 

「……」

 

「じゃ、先に上がるな」

 

 俺は天征を残して、風呂場を後にした。

 

 その去り際に、肩を震わせながら、天征がこう言った。

 

「朔斗、ありがとな。……肩の荷が下りた。後は、上手くやっとくわ」

 

「おう、頼んだ。何かあれば頼ってくれ。二人しかいない兄弟なんだ。仲良くやってこう」

 

 俺は肩越しに、お湯で顔を洗う天征に言って、脱衣所へと戻っていく。

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