因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双   作:一森 一輝

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開戦

 夜、十時過ぎ。俺は自室で、布団の上でゴロゴロとして過ごしていた。

 

 スマホを構え、適当な動画の垂れ流し。去年までならもう少し、寝るときでも気を張っていたはずだが、今は極限までだらけている。

 

 ……多分、不安の種が片付いたからだろう。嫡男は天征に譲り、争いの火種は潰えた。それで、我ながら気が抜けてしまったのだと。

 

「主様よ~! もっと構え~!」

 

「キキは夜に元気になるのどうにかなんないか」

 

「仕方なかろう。鬼に限らず、妖魔は夜の生き物ぞ」

 

「それはそうだけどさぁ」

 

 俺の腹の上に頭を乗せているキキを、俺は手癖で撫でる。キキが満足して静かになる一方で、俺はスマホを持つ手を地面に下ろした。

 

 動画にも飽きて、ボーっとする。キキも穏やかに表情を緩め、ぽわぽわとした口調で何か言い始める。

 

「しかし、わらわが御陵宮の中で、こうも安らいだ時間を過ごせるとは、何とも不思議なものじゃのう」

 

 キキの呟きに、俺は「ん~?」と返す。

 

「謀略と血で築かれた御陵宮に安寧などなかろうと、それでも主様に安寧をもたらさんという覚悟で式になったものじゃが、……主様は、想像の何倍も強かった」

 

「そんなことないって。必死にやってただけだ」

 

「主様より確実に強い者など、それこそ御陵宮で、もはやクソ当主に次期当主、雛見の父くらいのものじゃろうて。互角なのも、天征くらいか。ほとんど安泰じゃ」

 

 キキは安らかな面持ちで目をつむり、くつくつと笑う。

 

 そこで足音に気付き、俺は目線だけ動かした。普段なら気を張るところだが、足音で天征だと分かったから。

 

「ん、夜に珍しい客人じゃの。またぞろ暗殺者かと思うたわ」

 

「去年の鵺以来、完全に打ち止めになっただろ」

 

 言いながら、俺はゆっくりと上体を起こした。キキが「んぎゃ」と転がり落ちる。

 

 あくび交じりに待っていると、すぐ天征は現れた。襖に影が現れ、声をかけてくる。

 

「よ、朔斗。入っていいか?」

 

「どうしたよ畏まって。いいからさっさと入れって」

 

 俺は天征の妙な様子に、催促を返す。天征は俺の声を受け、襖を開ける。

 

 そこには、大きく顔を腫らしながらも、儀礼服を身に纏った、天征が立っていた。

 

「……」

 

 キキが目を丸くする。俺も天征の様子に動揺して、言葉が詰まって何も言えなかった。

 

 天征は、極めて身ぎれいに服装を整えていた。御陵宮でも、儀式にのみ用いられるような、最上級の儀礼服。例外的に、死に装束として着ることもあるようなそれ。

 

 そして同時に、怪我。顔の派手な腫れは一目瞭然だし、体勢の歪さから、全身に何らかの傷を負っているのが分かった。

 

 戦闘の怪我ではない。虐待めいた一方的な暴力でなければ、こんな怪我はしない。

 

 天征は、静かに部屋に踏み入り、座布団も引いていない畳に、そっと正座した。

 

 そして、口を開く。

 

「朔斗。今日の煤払い、改めて感謝させてくれ。助かった。それに驚いた。朔斗、あんなに強くなってたんだな」

 

「……俺なんか、ただ体が人より強いだけだ。天征こそ、完璧な指揮だった。俺とキキだけじゃあ、もう少し苦戦したはずだ」

 

「謙遜しやがって。でも、嬉しいよ。朔斗に認められててさ」

 

 天征が、一息つく。それから、俺をまっすぐな目で見つめる。

 

「オレたちはお互い、まったく違う能力でありながら、尊重しあえてる。良い関係だって、そう思う」

 

「……ああ、そうだな」

 

 俺は、目を細める。何を言い出そうとしている。疑惑と共に、緊張感が高まっていく。

 

「でも」

 

 天征は続けた。

 

「それじゃあ、ダメだった。ダメなんだ。尊重とか、そんなんじゃ。そんな生ぬるい理由じゃ、嫡男争いは避けられない」

 

「……天征……?」

 

「殺し合う必要があるんだ。オレたちには。憎悪も呪いも、必要ない。けど、本気の本気で殺し合う必要だけは、あったんだ」

 

 天征の言葉に、キキがにわかに臨戦態勢に入る。俺は視線で制しながら、答える。

 

「何でだ。嫡男はお前で決まりだ。俺たちはそれで合意した。それ以上の何が必要なんだ」

 

 天征は、言った。

 

「血だ。血が、必要なんだ。オレたちが殺し合うことで、流れる血が。嫡男争いの決着には、血を、流さなければならなかったんだ」

 

「……天征、お前……」

 

 俺は、戦慄する。風呂から、今に至るまで。この短時間で、天征の身に何があったのかと考える。

 

 その時、天征がいつも通り、ニカッと笑った。

 

「ビビった? はは、驚いただろ」

 

「い、いや、驚いたっつーか……」

 

「お、何だよ朔斗~、超ビビってんじゃんかよお前~! やーいビビリ~!」

 

「ちょっ、やめ、つつくなくすぐったい!」

 

「はははっ!」

 

 天征は笑う。俺は、天征を振り払いながら、何だ、今のは冗談だったのか、と思う。

 

 それから天征は、「よっせ、いてて」と立ち上がった。立ち上がりながら、顔に札を貼り付ける。すると見る見る内に、天征の怪我が癒えていく。

 

「ま、そんだけだ。夜中に急に来て悪かったな」

 

「お、おう? いや、そんだけって何だ。変なこと言って怖がらせるためだけに来たのか?」

 

「そうだぞ。今日は朔斗をビビらせてから寝ようと思って」

 

「ふざけんなお前」

 

「はははっ」

 

 カラカラ笑って、天征は襖に手を掛ける。

 

「じゃあな、朔斗。また後で」

 

「ああ、おやすみ天征」

 

 天征は、襖を閉めていく。俺はその後ろ姿を、影を見送りながら、首をひねる。

 

「……え? 本当に俺をビビらせるためだけに来た? のか? は?」

 

「いや……あの怪我に、あの服装じゃ。それ以上の意図がないワケがない、と思うのじゃが」

 

 キキも困惑したように腕を組んで口を曲げる。俺は高速で思考を回す。

 

 天征は頭のいい奴だ。冗談はよく言うが嘘は少なく、意味のないこともあまりしない。

 

 だから、今回の一挙手一投足には、なんらかの意味があるはずだった。

 

 助けを求める、遠回しなサインだった……? いや、遠回しなサインにする必要がない。天征には監視者などついていないのだし。

 

 なら、と俺は話の全容を脳内でさらう。今日の感謝に始まり、嫡男争いの必要性を説き、最後にふざけて誤魔化し、去っていった。

 

 遠回しな意図に感じるのは、最後のふざけ、誤魔化しがあるからだ。じゃあ、この誤魔化しは、誰に向けてやったこと――――

 

『血だ。血が、必要なんだ。オレたちが殺し合うことで、流れる血が』

 

「ッ! キキ、立て! 警戒しろ!」

 

「なっ、何じゃ何じゃ! どういうことじゃ、主様!」

 

 俺はキキを掴んで一緒に立ち上がりながら、こう答えた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()! 天征は嫡男争いの宣戦布告をしに来たんだ! そして虚を突くために、あんなことを言った!」

 

「は―――」

 

 襖越しに、影が三つ現れる。同時に、複数人の声が響いた。

 

「「「急々如律令」」」

 

 襖が、破られる。

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