因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
天征は、生まれた頃からの付き合いだが、まだどこか謎に包まれた奴だった。
基本的に俺と任務が一緒になることはなく、接する機会があっても学校か任務後。いつあっても飄々としている奴だった。
思うに、人を煙に巻くのが上手い奴なのだ。態度と雰囲気で、嘘すら吐かないで人を騙す。
それを、敵意を隠すためにやった。だから天征は、本当に俺と殺し合うつもりなのだろうと、そう思った。
「「「悪行罰示、ノヅチ」」」
襖を破り襲い来たのは、目と鼻のない、頭部が一抱えもある巨大な三匹の蛇だった。
破られた襖の奥には、廊下に立つ三人の術士たち。その更に奥で、袖を翻しながら天征が曲がり角に消えて行く。
また後で、と天征は言った。つまりこれは序の口。小手調べ。不意を突いて式に襲わせ、時間を稼ぐ。多少なりともダメージを与えれば御の字。そういう一手だ。
俺は歯を食いしばり、叫ぶ。
「キキッ!」
「おうとも、主様よ!」
投げ渡された鬼切丸を受け取り、抜き放つ。
ノヅチ。強い妖怪だ。当たれば死に、遭遇するだけでも病を患う。攻撃して恨まれればやはり死ぬ。そういう妖怪。
そういう手合いの捌き方は、シンプルだ。
「呪いごと、切り伏せる」
一閃。空を走った鬼切丸は、ノヅチ三匹を瞬く間に真っ二つにした。
俺の体は宿業で強く、鬼切丸は目に見えないものでも斬り祓う。合わされば軽度の呪い程度、正面から切り捨てても一切の害はない。
驚くのは、術士たち。
「ッ!? ノヅチを一刀両断にした……!?」「朔斗様がここまでの実力を蓄えていたとは」「だが、ここで止まるものか!」
驚愕しつつも戦意の折れない術士たち。こうなれば、もはや殺すしかない。
「そうか」
俺は呟く。
「血を流せっていうのは、こういうことなんだな」
―――御陵宮の申し子め、と歯噛みしながら、俺は自らの式の名を呼んだ。
「キキ」
「薙ぎ払え、黒雷」
黒の雷が、術士三人を蒸発させる。
「「「ギャァァアアアアアッ」」」
バリバリバリィッ! と激しい音を響かせて、術士たちは全身を弾け飛ばした。
三人の影が、廊下に焼け付く。バチバチッ、とキキの周りで、雷の残滓が音を立てる。
「主様よ、天征は本気のようじゃな」
「ああ、本気で挑んできてる。従者を使ったってことは、総力戦のつもりだ」
「雛見たちを頼るか」
「いや、なるべく危険にさらしたくない。ピンチの時に選択肢に入るくらいだ。天征の物言い的に、俺たちが巻き込まなきゃ手出しはしないと思う」
一方で、俺が勝負に巻き込んだ者はその限りではないだろう。『血が必要だ』と言ったなら、天征はそうするはずだ。
「ともかく、追いかけよう。時間はほとんど経ってない」
「うむ」
軽く言葉を交わして、俺たちは弾けるように駆け出した。
廊下を走り、天征の曲った方向に駆ける。すでにそこにいないが、宿業の感覚の鋭さがあれば、天征を追うなんて容易い。
右に曲がり、左に曲がり、再び右に曲がる。だが、天征に追いつかない。姿も見えない。
それで、気付いた。これは、結界だ。
「キキ、閉じ込められたッ!」
「やはりか! 結界術をも使うとは、あの若さで恐ろしい才能よ……!」
結界。対象を閉じ込める陰陽術。原型は術者が内部にいる必要があるが、約定によって諸条件を変更し、作りをより強固にすることができる。
結界術を使える術士は、ほとんどいない。指南書も少ないから、対応方法もすぐには分からない。
そこで、キキが言った。
「っ! 主様よ、そこじゃ! 先手を取るぞ!」
「はっ? いや、そこには何も感じな――――」
俺の制止よりも早く、キキの周りに立ち込めた黒雲から、バチバチと音が走り始める。
「薙ぎ払え、黒雷」
キキが腕を振るう。真っ黒な雷が走る。家の天井が爆ぜ消える。
そこに天征はいない。だが、キキは勝ち誇った。
「ハハハッ! 抜かったのう、天征! わらわの前で姿を現してしまえば、この通り一発じゃ!」
「キキ、キキ! お前何を見てるんだ!? 俺の声は聞こえるか!?」
「だよなぁ、朔斗。キキ、様子が変だぜ。どうしたんだろうな?」
「ッ?」
気づけば天征が俺と肩を組んでいて、俺は目を剥いた。素早く腕を払うと、天征の体をすり抜ける。
「おっと、乱暴だな。落ち着けよ、朔斗」
「なっ、何だ? 幻覚か? クソっ、キキ!」
俺はキキの手を掴む。掴もうとして、すり抜けた。
「っ!? 何で」
「ん? 主様よ。どうかしたかの……? ん? 何じゃ? 何で主様がすり抜ける?」
キキが俺に触れようとして、触れられない。何が起こっているのか、と動揺する。
そんな俺たちから離れたところで、天征が言った。
「うん、大体想像通りだったな。真名による縛りで式としての主従関係は構築してるが、拘束力はかなり弱めだ。霊力ゼロがここに響いてるな」
俺とキキが、同時に振り返る。天征は札を取り出し、自分の喉に張り付ける。
「もっとも、キキは悪行罰示としては最強格だからな。今まででも問題はなかったんだろうが……結界のバフと喉を守る補強符、そしてオレの器用さなら、ギリイケる」
天征はキキを見る。マズイ、と俺は思う。俺は駆け、鬼切丸を振るう。
それに合わせるように天征は俺をすり抜けた。鬼切丸ならば結界の作用があっても斬れただろうが、元々すり抜ける俺と天征では、そうならない。
天征は、言う。
「オレに傅け、
直後、キキはその場に崩れ落ちる。
「キキッ!」
俺はキキの下に駆ける。だが、急に廊下が伸びて、いくら走っても走っても、二人の下に辿り着けない。
「くっ、ぅっ……? 主、様……!」
キキは、その場にうずくまり、ブルブルと震えていた。身体の制御が利かないのか、悶えながら横倒しになる。
他方、天征も無事では済まなかった。
「ごぼっ、がっ、おぼぇぇええ……っ」
びしゃ、びしゃびゃしゃっ、と天征の口から、リットル単位の血があふれ出す。天征はよろめくが、しかし倒れず、壁に手を突くにとどまった。
「ごぽぉ……、くぷっ、は、はは……、これだけ補助を入れて、こんな量の血を吐くのかよ……。ああ……、クソ……。結界保てねぇ……。だが、よぉ……」
吹き飛ばされた天井、無限に伸びる廊下。そういった結界由来のものが消えて行く。俺は天征に向かって走り、「天征ぇぇえええええええ!」と叫ぶ。
口元を血だらけにしながら、天征は笑った。
「キキは、奪ってやったぜ。……朔斗を止めろ、キキ」
「ぐ、ぁ、ぁぁぁァァァアアアアアアア!」
俺の刀を止めたのは、キキだった。
涙を流しながら、歯を食いしばりながら、キキは鬼切丸を受け止めていた。俺はキキを切ることができなくて、鬼切丸をナマクラにしてキキと激突した。
「すまぬ、すまぬ、主様……! わら、わらわの体が、言う事を、聞かぬ。天征の命に、背けぬ……!」
「キキ……!」
俺は歯噛みする。
式神。一度契約を結んだら、どうやっても解けないものと思っていた。だがそれはキキの格が高いからで、決死の覚悟があれば奪われてしまうものだと。
天征はさらにコップ一杯分くらいの血を吐きながら、ズルズルと壁をずり落ちる。
「あー……ごぽっ……ぉぇ、命令一つで、まだ血を吐く、か……。このまま畳みかけるのは、無理、だなぁ……しゃー、ねぇ……」
天征は震える手で、パチン、と指を鳴らした。
「
「「「その言葉をお待ちしておりました、天征様」」」
ぞろり、と十数名を超える術士たちが、廊下の両端に現れた。
「ごぷっ、……今は、キキに命令は、下せねぇ。けど、キキが朔斗を止めてくれる、し、朔斗が逃げねぇなら、従者の術士でも、有利に運、べる」
ニィ、といつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて、天征は笑う。
「王手飛車取り、だ……。朔斗、ここからどうする……?」
「天征、テメェェエエエエ!」
俺は頭に血が上って、天征に挑みかかる。それをキキは止め、同時に術士たちの術が俺に襲い来た。