因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双   作:一森 一輝

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逃げ延びた先、追いかける先

 今まで、俺はキキに生贄に捧げられたあの七歳の夜を超えるピンチなんて、人生に訪れないものと思っていた。

 

 俺は、強くなったと自負していた。朝にキキとする修行は怠ったことがなかったし、暗殺者も倒し、大妖怪も退けるくらいになった。人にも妖怪にも負けないと己惚れていたのだ。

 

 だが、違った。天征のように、狂気すら感じられるほど入念に組み立てられた作戦があれば、驚くほど簡単に追い込まれるのだと知った。

 

 つまり、俺は天征の下から、這う這うの体で逃げ出していた。

 

「はっ、はぁっ、……くっ、はっ……!」

 

 全身を血まみれにして、俺は長い廊下を逃げ惑っていた。

 

 方々から、「朔斗様はどちらに!」「追え! 今ならば我らでも勝てる!」「くっ、霊力が探知できん!」「人海戦術で総当たりせよ!」と声が響く。

 

「まず、い……! クソ、天征、あの、野郎。キキを、あいつ……!」

 

 俺の頭の中にあるのは、ほとんどがキキのことだった。キキにあんな顔をさせた。それが一番許せなかった。

 

 だが、キキに加えて無数の術士を同時に相手取るのは、俺でも流石に厳しかった。術士を何人か殺したが、キキをどうにもできない以上、俺にできるのは逃げることだけだった。

 

 俺は歯噛みしながら、途切れ途切れになりつつある意識をつないで、前へ前へと進む。

 

 目指す方向は、自分でも判然としなかった。御陵宮の本家は、ほとんどが俺の敵。味方はいてもまばら。誰に頼ればいいかなんてことは、朦朧とした頭には分からなかった。

 

 だから、俺がそこに辿り着いたのは、多分体に染みついた癖のようなものだったのだろう。

 

「―――お兄様ッ!? お兄様、何でッ、何があったのですッ!?」

 

 俺は誰かの腕の中に倒れ込み、声を聞いてやっと、自分がどこにいるのかを知った。

 

 気づけば閉じていた目を開ける。そこには、血相を変え俺を抱きとめる雛見と、顔を引きつらせ覗き込む宵子、暁子がいた。

 

 俺は、理路整然としない物言いで、とつとつと口を開く。

 

「天征、が。キキ、真名、を。俺と、嫡男を、強いのは、どっちだって」

 

「―――っ。委細承知いたしました、お兄様。もう、何も言わずとも大丈夫です」

 

 雛見は、唇を引き締め、俺を見つめた。俺は震える手で雛見の腕を掴み、言う。

 

「雛見、ごめ、ん。お前を、巻き込みたく、なくて。でも、気付いたら、ここ、に」

 

 俺が言うと、雛見は目を剥いて俺を見た。それから、目を潤ませて、ぎゅっと俺を抱きしめる。

 

「お兄様。わたくしの、最愛の人。わたくしを守ろうとしてくれたのも、わたくしを頼ってくれたのも、この上なく嬉しいです。」

 

 温かな目を俺に向ける雛見。翻って、とても冷たい目で、正面を見据える。

 

「ですから、どうかご安心なさってください。わたくしが、必ずあなたを守り通しますから」

 

 そんな言葉に、俺はつい安心感を抱いてしまって、雛見の腕の中で意識を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天征は従者の術士に治療してもらって、やっと一息ついていた。

 

「ホント、厄介だよなぁ。素で強いってのはよ」

 

 朔斗もキキも、何の準備もなく、ただ存在として強い。その隙をどう突こうかと必死に考えて、この機にこじ開けたのが今回の顛末だった。

 

 それでも、朔斗は暴れに暴れた。囲んで数に任せて棒で殴る。人海戦術最強の手でもってしても、朔斗は中々な人数を殺して、その上逃げ延びた。

 

 そんなことを呟いていると、喉に巻いた包帯から血がにじむ。天征はため息を吐き、「おーい、包帯の代えくれー」と従者に頼む。

 

 新しい包帯を巻きなおしながら、天征はふと、キキを見た。

 

 キキは朔斗がこの場から逃げおおせて、頭を抱えて俯いていた。主人たる天征がこの場にいる以上、ここから離れられないからだ。

 

 だが、天征はキキそのものに、大した興味はない。あくまで朔斗との戦いで絡め取れそうだったから絡め取っただけ。

 

 キキは朔斗の下にいるべきだ。心情的にも陰陽術的にもそうだ。だが、本気で嫡男争いをするのなら、隙がある以上突かないという選択肢は、天征にはなかった。

 

 だが、天征のそんな考えも知らず、キキは天征を睨みつけてくる。

 

「天征……! 貴様は、何故」

 

「言っただろ、血を流す必要があるって」

 

 再び喉に補強符を貼り付け、ついでに血を増やす薬を飲んで、天征は言う。

 

「案内の術士を付ける。そいつに従って移動しろ。移動先に『浴』の準備は済ませてある」

 

 言うなり、ごぷっ、と天征は血を吐いた。だが、量はだいぶ減っている。命令の回路が確立してきたか。

 

 キキは天征を睨んで、問う。

 

「浴、とは何じゃ」

 

「行けば分かる。今のキキじゃ、朔斗と同レベルのスペックだ。まだお前は強くできる。出来るなら、全部すべきだ」

 

 天征は従者に渡された手ぬぐいで、血を拭って立ち上がる。それから歩き出そうとすると、案内の術士に手を取られながら、キキが質問してきた。

 

「天征、どこへ行く。何を、考えておる」

 

「決まってるだろ。朔斗がいまだに捕まらないなら、誰かが匿ってるってことだ。その誰かさんのところに行くんだよ」

 

 天征は、朔斗を追い詰める手を緩めない。本気の勝負とは、そういう事だからだ。

 

「天征様、何人付きますか」

 

「五人来てくれ。残りは半分浴の部屋に移動、もう半分は屋敷中に散って異常事態に備えろ。次の手で勝つつもりで行きつつ、その次の手も全力で整える」

 

「はっ」

 

「ふー……よし、行こう。血を流しに、命を費やしに」

 

 天征は、歩き出す。深く、息を吸いながら。

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