因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
天征が雛見の部屋を訪れると、御使いの双子が出迎えた。
「夜分にいかがされましたか、天征様」「雛見様は就寝の準備に入られています。御用でしたら、昼に出直しください」
「悪いが、急ぎの用でな。今対応願いたい」
「しかし」「ですが」
「くどい。武装した術士が複数人で訪問する意味を考えろ」
物々しい雰囲気を出すと、双子は「……失礼いたしました」「ご案内いたします」と襖を開けた。
雛見の部屋は、特別な造りになっている。というのも、特別扱いの雛見を守るように、疑似玄関の襖以外、一区画が壁で囲われているのだ。その内側に、様々な部屋がある。
だから雛見を訪れる場合、疑似玄関となる襖をくぐる必要があった。普段入室の許可を得ているのは、双子を除けば朔斗とキキくらいのもの。
「二人は外から回れ」
「「はっ」」
連れてきた五人の内二人を行かせ、三人連れて双子について行く。玄関襖をくぐり正面の廊下を渡り、雛見の寝所の襖を開ける。
そこには、遅い時間なのに布団も敷かず、ちゃぶ台を前にお茶をすする雛見の姿があった。
「あら、天征様。こんばんは。こんな夜分に、そんな物々しい様子で、どうされたのですか?」
「朔斗を探しに来た。ここに来てないか?」
「いえ。今日の夜から、お姿を見ていませんけれど。何かあったのでしょうか」
天征は雛見と向かい合うようにちゃぶ台の前に腰を下ろし、皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「演技が下手だな、雛見。朔斗を追ってるオレが、こんな物々しい様子で来て、普段のお前が慌てないはずがないだろ」
「そうでしょうか。そう判断できるほど、わたくしと天征様は、深い仲ではないように存じます」
「ふぅん……?」
あくまでも落ち着き払った様子で、雛見は言い返す。天征は確信を抱きつつも、雛見がどういう手に出るのかを考える。
そこで、雛見はこう言った。
「とはいえ、天征様を迎えるのでしたら、茶菓子の一つも出さないのは失礼ですね。宵子、暁子、準備を」
「「はい、雛見様」」
双子は揃った声で答え、寝所から離れた。従者の術士たちは気にするが、「傍から離れるな。守りが薄くなる」とひそり伝えると、再び天征の背後に侍った。
天征は、口を開く。
「これはオレの予想だが、雛見、お前は朔斗をここから逃がした。それで、オレと長話をして時間を稼げば稼ぐほど、朔斗の態勢立て直し時間になる。違うか?」
「言っていることが分かりかねます。朔斗様はこちらにおいでになっていませんよ」
返答を見て、天征はニヤリと笑う。
「ごめんな、嘘を吐いた。雛見は確実に朔斗を匿ってると睨んでてな。で、今雛見がホッとしたのを見て確信した。朔斗は絶対にここに居る」
「っ」
雛見は息を飲む。天征は舌を出して「言繰りってのはこういう術だぜ。勉強になったな」とからかう。
「おい、朔斗はここにいる。探しだせ」
「失礼いたします、雛見様」
従者たちが動き出し、雛見の部屋の家財を荒らして、朔斗を探し始める。雛見は目を剥いて眉をひそめたが、深呼吸して、震える手で再びお茶を啜った。
「ほう、立派だな。この期に及んで冷静さを保つとは」
「……ええ。わたくしは無力な子供。その自覚はありますから、無用に抵抗すればかえって酷いことになるのは、分かってます」
天征は、それを聞いて肩を竦める。
雛見は宗家筋の天才の一人だ。しかし女子供として扱われ、研鑽がなければこの程度か。
―――底の見えない霊力も、使われなければ意味がない。天征は失望を心中に秘める。
そこに、双子の片方が帰ってくる。白髪に黒メッシュ。宵子が雛見の横にお菓子の重箱を用意する。
「雛見様、こちらを」
「ありがとう、ございます。宵子」
宵子が、重箱の蓋を開ける。天征は、本当に菓子を用意させたのか。とその悠長さに呆れてしまう。
だから、箱の中から無数の札が出てきたとき、目を剥いた。
「……準備の時間が必要でした。朔斗様は隠し終えていますけれど、皆さまを追い払う武力までは間に合わなかったのです」
従者たちは、雛見の豹変に気付かないまま、家探しに夢中になっている。
天征は、雛見を見る。雛見は、微笑みと共に札に手を当て、天征に微笑みかけてきた。
「言繰りのご教示、勉強になりました。このようにするのですね」
「お前らッ! 雛見を叩」
「遅すぎます。円環五行連鎖:五華崩界」
雛見の手に追従するように、重箱から数十の五行符が宙を舞った。
それは雛見の手の平の前で、花弁のように集まり、火水木金土、五行それぞれに細かく変化しながら、相生でつながり合う。
―――研鑽していなければ、術士としての力量がなければ、底に見えない霊力も意味がない。
ならば、人知れず研鑽され蓄えられた力量に、底なしの霊力が乗ったなら?
「天征様。申し訳ございませんが、わたくしは昔から、あなたのことが厭わしゅうございました」
従者が異常に気付いて動き出す。だがそれは、雛見の言う通り遅すぎる。
「お亡くなりあそばせ。急々如律令」
従者の一人が、天征を突き飛ばす。
直後その従者は、光の奔流に飲まれ、上半身をキレイに消し飛ばした。
数秒にわたって放たれる、極大の、純白の光線。普通の術士なら数十人を要する、五行符領域における奥義。
それがたった一人の少女の手で、事も無げに放たれた現実が、この場の全員を凍り付かせた。
すべてを圧倒する数秒が終わり、やっと光の奔流が消えて行く。残された惨状に、天征は震える。
「あ、ああ、おい、これは」
天征は引きつる顔で、あまりに綺麗な断面を晒す死体を見た。
それだけでは済まない。光線の延長上にあったすべてが、まるで機械でえぐられたように、キレイにくりぬかれている。
屋敷の、壁も、天井も、従者も、すべて。
それに、恐らく初めて人を殺したはずの雛見は、再び重箱の札に触れながら、言うのだ。
「外しました。次」
「―――ふっ、二人とも、逃げるぞッ!」
もしかしたら。そういう思いはあった。数年前に見せた雛見のポテンシャルは忘れていない。だから、ここで決めきれない可能性は十分に考慮に入れていた。
だが、ここまでとは誰が思うか。こんな、戦術兵器めいた仕上がりになっているなんて!
「逃がしません。五華崩界」
再び数十の札が雛見の手の前で回り、純白の光線が放たれる。
再び突き飛ばされ、従者が死んだ。四肢の切れ端を残して、影も形もなくなる。
「ッ! は、ははっ、ハハハッ!」
天征はガムシャラに逃げ出す。何で笑っているのかも分からないまま笑う。
「ハハハハハハハッ! アッハハハハハハハ!」
死線。窮地。天征はただ必死に動く。飛び出す。笑いばかりが止まらない。
従者をまた殺して、破壊光線『五華崩界』が消えて行く。天征は雛見の区画から脱出し、そのまま雛見の視界外に逃げていく。
そんな天征の背中に、雛見は言葉を投げかけてくる。
「従者を二人も死なせて、どうして笑えるのですか。天征様のそういう気性が、わたくしには理解できないのです」
聞いて、天征はキョトンとする。それから遅れて、「ああ、そうか」とポツリ呟く。
「雛見。お前、オレのことが嫌いだって言ったな」
「……言いましたが、それが何か」
やっと冷静さを取り戻して、天征はニッと笑った。
「オレも、オレが嫌いだよ。何でオレは、従者を死なせて、笑ってるんだろうな」
「―――天征様」
「今だ。叩け」
「ッ」
天征は雛見の困惑を突くように、言の葉飛ばしで、外に残る二人に命じた。直後、外の襖を破って、天征の従者たちが雛見たちに襲い掛かる。
雛見は戦術兵器級の術を使う。だが、術士として任務に身を投じたわけではないだろう。だから、不意を突かれれば弱い。それでなくとも追撃は潰せる。
「さぁ、どう出るよ、朔斗」
天征は確実に手を打ち、不敵な笑みを浮かべながらも、見るも無残に敗走する。