因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
少女の悲鳴に、俺は目を覚ました。
まず目に飛び込んできた光景が、二人の術士に襲われる雛見だったから、瞬時に俺は駆け抜けた。
手の内には、鬼切丸。気絶している間にも手放さなかったのだろう。だから、戸惑う場面はなかった。
術士二人の、首が飛ぶ。
「ぎ」「あ」
術士たちが首から血を噴きながら倒れる中、俺は息を吐いた。それから、パチパチとまばたきして、眉を顰める。
「……何があった?」
「お兄様っ!」
「うぉっ」
雛見が抱き着いてくる。俺は受け止めながら、「ええっと」と問いかける。
「い、今どういう状況だ? ちょっと記憶が混濁してて」
「お兄様は、天征様に襲われ、恐らくキキ様も奪われ、わたくしの下に逃げ帰って来たのです。そこで天征様が、追ってきまして」
「っ! 思い出した! 今の術士は天征の従者か! 天征は!?」
「いっ、いえ、天征様はひとまず、わたくしが追い払いましたので。ですから、ご安心ください、お兄様」
雛見に宥められ、「そ、そうか……」と俺は落ち着く。すると、双子が俺に近づいてきて、俺の体に触れてくる。
「血は止まっているようですわね。頑丈なお身体ですこと」
「擬人式で誤魔化しながら、朔斗様のこと『かごめかごめ』で隠してたんだよ~!?」
「お、おう。二人とも助けてくれたんだな、ありがとう」
俺が微笑み返すと、二人は少し照れた様子で「雛見様のお世話と言う、いつも通りの仕事をしたまでですので」「さっ、朔斗様のためじゃないも~ん!」と言う。
「そうか? ともかく、助かったよ」
俺が変わらず感謝を重ねると、宵子は目を伏せて「……はい」と唇を尖らせ、暁子は「だっ、だから~!」と言いながら、二人して赤面する。
「にしても、お兄様はすごいですね……。わたくしたちはお兄様を隠して、天征様を追い払うまでは致しましたけれど、治療までは手が回っておりませんのに」
首を傾げる雛見に、「ああ」と俺は苦笑する。
「宿業で元々体が丈夫だろ? 瀕死でも、数分間安静にしてれば完治するんだよ俺」
「「「……」」」
「無言止めてな?」
ドン引きされてちょっとショックな俺である。
ひとまず、一息は入れられた、と言うところだろうか。本当の窮地からは雛見たちに助けてもらい、攻勢に打って出るだけの余裕ができた。
雛見たちを見る。本当なら、巻き込みたくない三人だった。だが、朦朧とする中でここにきて、頼ってしまった。
俺は、深く息を吐いて、口を開く。
「三人とも、ごめん。危険な目には、遭わせたくなかった。でも、巻き込んでしまった」
顔を上げる。三人の目を見て、続ける。
「今、キキが天征の手に落ちてる。俺は、キキをどうにか正気に戻してやりたいんだ。一方的に巻き込んでおいて、都合がいいかもしれないけど……」
俺がそこまで言ったところで、最初に雛見が俺の手を握った。
「お兄様? 巻き込まれるのを厭うなら、最初からお兄様を助けてなんておりません。キキ様はわたくしにとっても、大切なお友達。是非お供させてください」
雛見は言ってから、「ですが」と双子に振り返る。
「宵子、暁子。あなたたちは本来この政争に巻き込まれる立場ではないでしょう。お兄様を慕うこの身は別として、あなたたちまで危険に身を晒す必要はありません」
従者たる双子を労うように、雛見は続ける。
「ここからは、非常に危険な戦いとなるでしょう。二人にはしばしの暇を出します。可能なら、本来の主であるご当主様に守ってもらいなさい」
雛見の、優しい声音。俺も、「そうだな。そうできるなら、その方がいい」と頷く。
すると双子はお互いに目配せしあい、それから雛見に仕えるときの言葉遣いを止め、本音で意思を表明する。
「従者ではなく、ワタシ宵子として、お答えいたしますわ。―――嫌でございます、雛見様」
「アタシもどうか~ん! ヤだよね~、宵姉様~!」
双子の返答を聞いて、俺と雛見は目を丸くする。双子は、続けた。
「すでに関わってしまった以上、危険なのは承知の上。でしたら、あんな陰険ジジイ……失礼、口が滑りました。尊き御当主様よりも朔斗様にお守りいただく方が分相応と存じますわ」
「そ~そ~! 朔斗様なら気軽にイジれるし~、イジって怒られても怖くないし~、ついでにちょっと助けてあげたらコスパよく恩を売れそうだし~」
打算的と言うか、偽悪的と言うか。そんな物言いの二人に、俺は双子のひねくれっぷりと同時、確かな絆に感じ入る。
「……ありがとう、みんな」
俺は深呼吸をする。それから、話し始める。
「一旦、天征との戦いについての顛末を、みんなに共有する。それから、どう動くか考えよう」
俺は天征が俺の部屋を訪れたところから、かいつまんで説明する。
逃げ帰った天征は、キキを案内させた部屋の入り口に辿り着いていた。
天征と従者が一人の、計二人。ギリギリで逃げ延びて、何とか目的地まで逃げ延びた
「天征様、外に控えさせていた二人が、死んだようです」
「分かった。名簿に加えておく。お前はどうする? 役目は終えた以上、控えに回ってもらってもいいが」
「天征様は、一番危険な役回りを担い続けているではありませんか。まだお若いあなた様を置いて、誰が休めましょうや。……最期まで付き合わせていただきます、天征様」
「そうか。なら、付いてこい」
従者の言葉に頷いて、天征は目的地を見据えた。
本家北殿最奥脇。いわゆる『闇室』の入り口だ。
そこで、近くに隠れていた案内役が、天征たちの前に現れた。
「天征様、お待ちしておりました。首尾はいかがですか」
「二の手は失敗した。三の手に移る」
「承知いたしました。準備は整ってございます」
案内役が戸を開くと、鉄臭い嫌な空気が垂れ込めだす。先導する案内役について行く形で、戸の向こうの下り階段を、明かりと共に降りていく。
淀んだ空気の中を、天征はある種、汚泥を泳ぐような気持ちで進む。
闇室は、当主に並ぶような長寿の老爺従者に教わった部屋だ。現当主の当主争いでは、対抗馬を数人、ここで殺したと聞く。
つまり、宗家筋の怨念がここに眠っているのだ。他にも、無数の術士が誰かに都合が悪いと判断され、ここで謀殺された。
そこに下級妖魔を定期的に捕まえては放り込み、杭で封をするのだ。そうすることで死者の怨念は妖魔たちに食われ、闇室は力を蓄えるのだ、と。
天征は、その燻る力の膨大さに、目を付けていた。
階段を下りきる。濃密な血の匂い。そこで、準備が進められていた。
元々へばりついた血痕で汚れていた闇室には、風呂めいた深さの血が満ちていた。
その中心で、キキが裸になって肩まで血に浸かっている。
闇室に封じられていた膨大な下級妖魔。それらを数多くの術士で捕獲し、殺して血を溜めたのだ。そこに今、キキを浸からせている。
すなわち、『浴』。蓄えられた下級妖魔の力を血の中に溶かし溜め、そこにキキを入れる。そうすることで、蓄えられた力を余すところなくキキに移せる。そういう儀式だ。
天征は、キキの様子を見る。キキは呆然と血の浴の中に浮かんでいて、その目にはあらゆる感情が窺えない。
妖魔は、急激に力を与えられるとこうなる。力に酔うのだ。そうすると、支配の術に対して抵抗力が弱まり、操りやすくなる。
「さっきまでの何倍もの力を注ぎこまれた気分はどうだ、キキ」
「……」
キキは呆けていて答えない。天征は血の浴に触れて、指先でこすり合わせる。血の感触で、内在する妖力の程度を測る
「妖力の流入はほとんど終わってるみたいだな」
「はい、天征様。御鬼神は流石の様子でございまして、まるで綿のように妖力を吸い取り切ってしまいました。今も浴に浸からせたままでいるのは、妖力が流れ出すのを防ぐためです」
「流れ出す? どういうことだ」
「どうも御鬼神は、性根のところで力を拒んでいるご様子。それで力が定着せずに、浴から上がらせると流れ出してしまうのです」
「ふぅん……。ま、朔斗と合わせて成長するのにこだわってたしな。そんなところだろ」
ともかく、準備は完了した。あとは、朔斗を待ち構えるだけ。
そんなことを考えていると、従者の一人が天征に報告に現れる。
「ご、ご報告いたします。朔斗様が現在、巨大化したすねこすりに雛見様、御使いの双子と共に乗り、こちらに向かって高速で接近しております!」
「……朔斗、もうこっち来んの? まだ他にも、いくつか準備しようと思ってたんだが」
反撃の早さを考えるに、治療は行っていないだろう。となれば、朔斗自身の治癒能力か。
回復の速い奴め、と天征は引きつり笑いになる。
「まぁいい。こっちで準備しきれないなら、それもまた実力だ。朔斗の襲撃に備えるように全員に伝えろ」
「はっ! 皆の者、厳戒態勢を取れ! これから朔斗様が襲撃になる! 襲撃を迎え討ち、天征様を嫡男に押し上げるぞ!」
『応!!!』
術士たちが、統率の取れた大声で示し合わせる。
天征はその様子を、ただ悲しみでもって見つめていた。