因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双   作:一森 一輝

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鬼が目覚める

 天征との戦いの事情についてを話してからすぐ、俺たちは「ともかく、天征を見つけて追おう」という話になった。

 

 問題はその手立て。俺も感覚は鋭いが、警察犬のように天征のニオイを追えはしない。

 

 そこで思いついたのが、犬とも猫ともつかない我らがマスコット、イヌコだった。

 

「イヌコ、追えるか?」

 

「きゅんっ」

 

 俺の影の中から出てきたイヌコは、地面をしばらく嗅いで一鳴きし、巨大化した。乗れ、という事なのだろう。

 

 それで俺たちは、イヌコに乗り、爆速で廊下を疾走していた。

 

「朔斗様! 天征様には近づかせ、ぐぁああっ!?」

 

「アレが報告にあった、巨大すねこすりか! くっ、朔斗様を止めろ!」

 

 廊下の途中途中には、俺たちを足止めするための術士たちが散見された。だが、イヌコの突進力の前には無力だった。

 

 イヌコの足取りに迷いはない。このまま乗っていれば、恐らく辿り着くだろう。

 

 そんな風に思っていると、一緒に揺られる雛見が、険しい顔で「にしても、天征様は本当に御陵宮でございますね」と呟いた。

 

「死に慣れ、人の命を消費財か何かだと思っている。お兄様の提案を蹴って、無用に従者の命を散らして、一体何がしたいのでしょう」

 

 雛見は、イヌコにしがみつく手をぎゅっと握り締める。俺は黙したまま考える。

 

 御陵宮には、昔からこう言う考えが蔓延っている。生贄、捨て駒、囮。弱い術士は、優先的に組織間で()()される。残酷なまでの実力主義。

 

 だが、本当に天征の本心なのか、と俺は疑っていた。

 

 風呂での、安堵した様子。俺の寝室に訪れた時の、豹変。

 

 確かに御陵宮の無慈悲さが、天征の中にはある。人の命を費やすことを、是とするような。

 

 しかしそれが天征の完全な本心とは、どうしても俺には思えなかった。

 

「……そうだな。あいつ、何考えてるんだろうな」

 

 俺は、雛見とは少しズレる意味合いで、追従するように呟いた。

 

 そこで、イヌコが角を曲がる。いつかに見た廊下。突き当りには、数人の術士の防御陣と、その向こうにある闇室に繋がる戸。

 

「―――そうか、そこにいるのか」

 

 イヌコが駆ける。防御を張る術士たちが、札を構えて撃退の構えを取る。

 

 だから俺は、雛見を見た。

 

「雛見、任せていいか?」

 

「承りました、お兄様」

 

 雛見は嬉しそうに頬をほころばせ、五行符の箱を開いた。雛見の周囲に五行符が舞う。雛見の手の前に収束する。

 

 それから、ひどく冷たい目で、敵を見据えるのだ。

 

「一族の者でも、もはや敵ならば、雛見は容赦いたしません」

 

「朔斗様たちを止めろ! 急々如律りょ」

 

「円環五行連鎖:五華崩界。―――急々如律令」

 

 雛見に眠る膨大な霊力。そこから放たれる、規格外の光線。

 

 正面から抗えるものなど、皆無だった。

 

 術士たちが蒸発する。戸を超え壁に、機械で削ったような、断面の綺麗な穴が開く。

 

「そのまま突っ走れ、イヌコ!」

 

「キュゥウウウウウン!」

 

 甲高く鳴いて、イヌコはそのまま階段を駆け下りていく。折り返しの踊り場で振り落とされそうになる雛見と双子を、俺はがっしりホールドする。

 

 そうしてしばらく降りると、ついに闇室に辿り着いた。

 

 そこにあったのは、異様な光景だった。

 

 血の風呂。そうとしか表現できない空間に、闇室はなり果てていた。両脇には十数の術士たちが立っている。

 

 重要なのは、中央に顔と肩だけを水面に浮かばせ沈む、恐らく裸のキキ。

 

 そして、部屋の最奥の高台に座って待ち構える天征だ。

 

「よう、早かったな朔斗。こっちにも準備があるってのに、すぐ来やがって」

 

「天征! お前、何だこの―――キキに何をした!」

 

「大暴れさせるには、普段のキキじゃ力不足だったからな。『浴』に漬けて、力を注いでる」

 

 天征は喉元に札を貼り付け、「大嶽丸」とキキの真名を呼ぶ。

 

「浴のすべてを吸収しろ」

 

 こぷっ、と天征が小さく血を噴く。天征がそれを指で拭う。

 

 同時、キキが立ち上がった。

 

 キキの不気味にみずみずしい肌が、衆目にさらされる。潤う肌に血が垂れ、キキに力がみなぎっていると気付かされる。

 

 血の風呂が、水位を下げていく。まるでキキの足元に、排水溝があるかのように。

 

 そして最後には、何万リットルという量の血が、キキの足元に消えて行った。

 

 キキがどこか酔ったように、足元をふらふらとさせる。

 

 直後、キキは言った。

 

「展開」

 

 キキの全身を、いつもの和装―――いつもよりずっと豪華な和装が突如現れ、覆う。

 

 そして、虚ろな目で、ただ俺を見つめていた。

 

「……キキ……!」

 

「安心しろよ、朔斗。浴でちょっと力に酔ってるのと、催眠で言う事を聞くようにしてるだけだ。おっと、そのキキと戦うんだから、安心もクソもないか? ま、ともかくだ」

 

 ニッ、といつものように、天征は笑った。

 

「本気の大嶽丸と戦えるんだ、是非楽しんでくれよ。日本三大妖怪にして、鈴鹿山の鬼神魔王。今のオレたちが実現しうる、最も全盛に近い大嶽丸を」

 

 バチィッ! と激しく雷が走った。キキが暗い目で、俺を見つめている。

 

 そこで、天征がひょいっと高台から降り、札を手にした。同時、周りを囲う術士たちが、揃って札を手に臨戦態勢に入る。

 

「さぁ、朔斗。前哨戦はもう終わりだ」

 

 俺は、鬼切丸を構える。雛見が大量の五行符を体の周辺に舞わせ、双子が楽器を手にする。

 

 天征が、笑みを引っ込め、言った。

 

「決着を、つけよう。オレとお前、どっちが嫡男に、相応しいのか」

 

 心臓が激しく鼓動する。身内が、かつてない強敵として立ちはだかる。

 

 すべてを持ちながら、平凡と自称する天征。何も持たないがゆえに、特別と呼ばれた俺。

 

 天征が、動き出す。

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