因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
俺は状況を見て、すぐに速攻策を考えた。つまり、キキを無視して天征を叩く策だ。
キキは脅威だが、状況を見るに天征の言いなりに見える。つまり、天征の命令なしには動かない、ということだ。
だから、宵子に頼んでキキを一瞬縫い付けて、その隙にキキを素通りし天征を叩く。それが、一番この戦いを終わらせるのに、被害も時間もかからない策だと。
問題は、その実現よりもずっと早く、天征が俺たちへの対策を打ってきたことだ。
「結界術:封殺陣、急々如律令」
「「「結界術:封殺陣、急々如律令」」」
俺が走り出したその瞬間に、天征を初めとした術士たち全員が、陰陽術を発動させた。直後、俺たちとキキのみを閉じ込める、透明な結界が発生する。
「な―――ッ」
「悪いな、朔斗。キキは制御が難しいんで、閉じ込めることにしたんだ」
天征の軽口。俺は咄嗟に、結界に向けて鬼切丸を振りかぶる。
結界術は基本的に外郭を見せないように構築する。それは何故かと言うと、結界の強度構築は非常に霊力を食うからなのだそうだ。
そもそも結界術は難易度が高く、単独で行使できるものは一握り。他人との協力が基本となるのが普通だ。そこに霊力の多寡も関わってくれば、維持は困難。
となれば、封じ込められようと、叩き切ってしまえば破壊できる。そう考え、俺は鬼切丸で切りかかろうとする。
そこで、ある老齢の術士が言った。
「この命、天征様に捧げられること、心より光栄に思います。―――結界強度の向上に、お使いください」
老齢の術士が、喉を切る。
「は?」
術士の一人が、自害し倒れ伏す。直後俺の振りかぶった鬼切丸が、ガキィン! と硬質な音を立てて弾かれる。
天征は、老齢の術士の亡骸に歩み寄って、それを抱きかかえ、言った。
「ありがとう。お前の犠牲を、オレは忘れない」
「な、何、何を――――天征!」
俺の混乱。しかし、天征は俺を見て、不敵に笑うのだ。
「オレにかまけてていいのか? キキは、お前にご執心だぜ?」
「っ」
振り返る。その先では、すでにキキが、俺に肉薄していた。
激突、衝撃。鬼切丸と、キキの爪がぶつかる。火花を散らして、鍔迫り合いが始まる。
「くっ、力、強くなって……! キキ! 正気に戻れ! お前は自分から俺の式になったんだろ!?」
「……」
「っ……! クソっ!」
強化を受けたキキは、腕力一つで俺を押し始める。俺の足が、地面をザリザリと擦る。
だが、それだけでは終わらない。
「総員! 集中砲火始め! 対象は雛見と双子だ!」
「っ!?」
天征の呼びかけを受けて、術士たちが続々と「急々如律令」と唱え始める。
天征は、言った。
「朔斗。お前の狙いは正しいぜ。結界術は、外郭を見せるのはナンセンス。だがこの狭い空間じゃ、そうするしかない。だから、徹底的に結界破壊手段を潰すことにした」
天征が、指を三つ立てる。
「一つ、朔斗の鬼切丸。一つ、キキの黒雷。一つ、雛見の五華崩界。特に雛見の五華崩界をさっき見た時は困った。初めてそんな技を知ったからな」
俺の刀は、老人の犠牲による約定で、キキの妖術は催眠で封じた。残るは雛見ただ一人。
だから、と天征は続ける。
「まず、真っ先に雛見を落とす。双子も悪さできないように落とす。すると朔斗は、キキと一対一を続けながら、オレたちの猛攻を避け続ける外なくなる」
天征が、笑う。
「状況は、朔斗がさっき敗走した時以下。つまり勝ち確だ」
さぁ、と奴は言った。
「これで詰みだぜ、朔斗」
「「「「「「「急々如律令」」」」」」」
雛見たち目がけて、無数の五行符攻撃が襲い掛かる。
「みんなッ!」
「っ、円環五行れんっ」
「か、かーごめ、かご」
雛見が再び極太ビームを放とうとするも、飽和攻撃には対処できない。暁子もかごめかごめで雛見を守ろうとするが、そもそも雛見狙いの攻撃の巻き添えで吹っ飛ぶだろう。
手はないのか。俺は考える。俺が全力で駆けても、ギリギリ間に合わない。
比較的頑丈なイヌコに守らせるか。手としては悪くない。だがこの集中砲火では、すぐ落とされてしまうはずだ。みんなを守るイヌコを、守る存在がいる。
キキを見る。油断はできない。わずかでも隙を見せれば突いてきて、俺が倒される。それだけの力が、キキにはある。
そこで、俺は、思い至った。
―――そうか。すべて組み合わせればいいのか、と。
鬼切丸の防御を緩める。
「……」
意識の感じられないキキが、大振りの拳を放つ。俺は腹に力を込めて、僅かに跳躍。
そこから素早く鬼切丸を合わせ、キキの拳をギリギリで受け切った。
「キキ」
俺は、舌を出す。
「いつも助けてもらって悪いな」
キキの剛腕で俺は吹っ飛ばされ、
「イヌコ! 雛見たちを守れ!」
「キュン!」
「おっ、お兄様!?」「「朔斗様!」」
イヌコが自慢のモフモフで雛見たちを飲み込む。俺はイヌコの上に立ち、大きく息を吸った。
「サンキュー、イヌコ」
五行符が結界をすり抜ける。同時すべての五行符が五属性の様々な攻撃に転化して、俺たちに迫る。
そんな中で、俺は言うのだ。
「お前は、俺が守る」
剣閃を、走らせる。
集中砲火が止むまでの時間、おおよそ十数秒。その時間、俺は全力を振り絞った。呼吸も忘れ、まばたきも忘れて、ただ鬼切丸で迫りくる五行符のすべてを切り伏せた。
そして、集中砲火が終わる。
残ったのは、可能な限りの弾幕を切り伏せた俺と、どうしても捌き切れなかった被弾を頑丈さで耐えきったイヌコの姿だった。
「「「……っ!」」」
周囲の術士たちが「アレを防ぎきる……!?」「化け物が……!」と戦慄する。
そしてその奥で、天征が「チッ、流石朔斗だな」と複雑そうな顔をした。
「だが、当然これで終わりじゃない。―――総員、第二波を準備!」
「「「はっ!」」」
再び術士たちが準備を始める。俺はみんなに告げる。
「みんな、イヌコに乗れ! イヌコ! みんなを乗せて走れ! 逃げてれば、集中砲火は怖くない!」
「はっ、はい! 宵子、暁子、乗りますよ!」「「はい、雛見様!」」
「きゅーん!」
三人が急いで乗る。イヌコが一鳴きして走り出す。
直後に、集中砲火が始まった。
「「「急々如律令」」」
ドドドド! と五属性攻撃がイヌコを追って突き刺さる。そのすべてを置いて、イヌコが地面を疾走する。
集中砲火だけなら、これでいい。だが、これだけで終わらないのは自明だった。
「―――」
キキが、襲い来る。
「もちろん来るよな、キキ!」
再びのつばぜり合い。不安定な足場だから、キキの力は先ほどよりも出ていない。一方で、俺はイヌコに騎乗状態での戦闘に、一日の長がある。
だから、俺は鬼切丸でキキを受けながら、その蹴り飛ばした。
「っ?」
キキが呆然と宙に浮く。俺は弾幕の状態を素早く把握し、「イヌコ、飛べ!」と命じる。
イヌコの跳躍。イヌコ狙いの攻撃が、上方向に逸れていく。
その先に、キキが浮いているとも知らずに。
「なっ」「まず」
今まで、術士たちはキキを徹底的に避けていた。それに俺は、気付いていた。
恐らく、今のキキの攻撃優先順位は、催眠状態だけあって単純なのだろう。
つまり、攻撃してきた者に、自動で反撃するような、そんなシンプルな順位設定―――
俺は落下するイヌコの上で、天征に勝ち誇る。
「天征。お前の敗因は、キキの催眠が甘かったことだ」
「――――っ」
キキに、集中砲火が突き刺さる。
「ッ……!」
無言のまま、キキが集中砲火の餌食になる。それが数秒。煙が晴れる。
するとそこには、煤汚れを被りながらもほとんど無傷のキキが、俺たちでなく天征の従者たちを見つめていた。
「……」
キキは無言のまま、ゆっくりと服を払う。すると黒雲がどんよりと垂れ込め始める。その様相は、まるで嵐の前の静寂。
天征の頬に、たらりと冷や汗が垂れる。天征はただ、こう言った。
「マズイ」
直後。
激しい黒雷が、キキ以外のすべてを襲った。
ピガッ、ドガァァアアアアン! と耳をつんざく轟音を挙げて、まばゆい光と共に黒い雷が弾ける。それが、キキを中心として、全方位に。
「キャアッ!」「「ひぃっ!」」
「安心しろ! 俺がみんなを守る!」
雛見たちが轟音に悲鳴を上げる中、俺は鬼切丸を素早く振るい、俺たちにも向かい来た黒雷を切り伏せる。
事態は阿鼻叫喚。宿業で耳目が丈夫な俺を除き、雛見を初めとした俺陣営、天征を含めた敵全員が、キキの黒雷に視覚も聴覚も奪われていた。
だから俺は、先手を取るために、素早くすべてを見て取った。
俺以外に動ける者はいない。キキも大技を出した反動で、体が硬直している。
結界は、と俺は見る。流石は強化キキ。結界は目論見通り、明らかにガタが来始めていた。
ならば、ここより外に、俺たちに活路はない。
「雛見! 俺の合図に合わせて、俺の声目がけて撃て!」
「はっ、はい! お兄様を信じます!」
返事を聞くと共に、俺は跳躍する。全体に薄くひびが入っている結界の中でも、最も大きなヒビ目がけて俺は飛ぶ。
「雛見! こっちだ!」
「撃ちます! 円環五行連鎖:五華崩界!」
苦しげに薄眼を開けながら、雛見は体に無数の五行符を舞わせる。それは雛見の呪文に応じて輪を成し、閃光を放った。
真っ白な極太ビームが、俺目がけて放たれる。回避済みの俺は、その成り行きを見守った。
だが、敵とてやられるばかりではない。
「けっ、結界を立て直せ!」「ぐっ、ぐぁああああ!」「無理だ! 宗家の奥義には勝てない!」「腑抜けたことを抜かすなァッ!」「ここを乗り切れば、天征様の天下ぞッ!」
従者たちは必死に印を結び、結界の維持に心血を注いでいる。文字通り血涙を流し、血を吐きながら結界に霊力をつぎ込む。
それでも優勢なのは雛見だった。雛見のビームが終わった時、ヒビは明らかに大きくなっていた。もう一度撃てば確実だろうが――――それでは時間がもったいない。
「さぁ」
俺は大太刀を振りかぶり、身を屈める。
「ダメ押しだ。砕けろ」
跳躍、一閃。
封殺結界が、音を立てて瓦解する。
「ああ、あぁぁあああ」「砕けた! 砕けてしまった!」「殺される! 鬼神に殺されるぅ!」
術士たちが悲鳴を上げる。結界の破片がパリンと薄氷めいた音を立てて崩れていく。
「……ッ!」
天征も、砕け落ちる結界を、結界を砕いた俺を睨みつけていた。
俺は優雅に着地。天征が叫ぶ。
「まだだ! キキは黒雷の余韻でまだ動かない! もう一度集中砲火すれば」
「天征、教えてやるよ。結界がお前らを守ってたのは、何もキキからだけじゃない」
俺は、透過状態の鬼切丸を地面に深く突き刺す。鬼切丸を実体化させ、大きく息を吸う。
「俺という脅威からも守ってくれてたんだと、実感させてやる」
そして大きく息を吐きながら、思い切り押し込んだ。