因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
俺たちは、気付けば吹雪の中にいた。
横殴りの雪風に、俺は鬼切丸を握り締めて、強く歯を食いしばる。
雪原。キキの言葉を信じるなら、水静村の山の高層、紙詩高原に移動したのか。大太刀を握る手が、かじかんで震えている。
「っ、さ、さむ……!」「ひ、雛見、様、大丈夫で、ございます、か……っ」「さっ、朔斗様は~?」
雛見たち三人は、あまりに寒さに身を寄せ合って耐えようとする。俺は頑丈なので「俺は気にしなくていい! イヌコ! 三人を温めてやってくれ!」と告げる。
俺は鬼切丸を握りなおしながら、吹雪で視界が遮られる中、状況を確認した。
天征は少し離れたところで、雪の中に沈んでいる。死んだ従者たちも同様だ。
そして俺たちからいくらか離れたところに歩み出たキキが、豪奢な振袖を振り回して、心地よさそうに歩いている。
「雪か、雪も悪くない。雪見酒がしたいのう。酒吞のバカも呼んで、髑髏杯でくいっと」
キキは言って、くつくつと笑う。その様子は、正気に見えて、しかし慣れ親しんだキキとは全くの別物だ。
その様子は、まるで、話に聞く大嶽丸のようだった。つまり退治される前の、鬼神魔王たる大妖怪としての。
「何が、どうなってんだ……! 天征も、あのムカデも、キキも!」
謎が渦巻いている。キキの態度は、天征の催眠ではもはや説明がつかない。
俺は、倒れる天征を見る。この状況の真相を握る者がいるとしたら、それは天征だ。
天征も一流の術士だけあって、キキの不意打ちを食らっても死んではいないようだった。もだえ苦しんでいるが、もぞもぞと動く気配がある。
だが、そんな悠長に天征を起こす時間は、なさそうだった。
「さて、御陵宮の童ども。宗家の生まれならば、わらわをもてなす義務があろう。身体も本調子には程遠い。
キキは和服を手で払って、黒雲を広げる。
「女子の肉は柔い故、軽く炙って刺身にしよう。他の御陵宮は強火で焼いて、酒池肉林を始めよう。そこな
黒雲は入道雲のように膨れ上がり、その内にゴロゴロと雷を孕んでいた。
キキは、ニィと笑う。
「余興は、派手ならば派手なほど良い。宗家ならば童とてそう簡単には死ぬまい? 精々わらわを楽しませよ」
バリバリバリィッ! と黒雲から、雷が弾ける。俺は自分に向かってきた雷を切り伏せ、雛見たちに向かった雷は、イヌコが三人を乗せて回避する。
「ハッハッハ! 流石にこの程度の挨拶で死ぬような者は、宗家にはおらんな。では小手調べは早々に仕舞いじゃ」
キキは艶めかしく、舌を出して見せた。そうしながら、自ら広げた黒雲に、手を突っ込む。
「鈴鹿の空に黒雲あり」
「っ」
それが詠唱だと、すぐ分かった。大技を出そうとしている証拠だ。どうにかして、止めなければならない。
「雛見、援護を頼む! 双子は雛見の補佐を!」
「はっ、はい! 承知いたしました、お兄様!」
「かしこまりましたわ、朔斗様! 雛見様、献策いたします! 暁子も聞きなさい!」
「分かった~、宵姉様!」
俺の指示で、全員が動き出す。俺はみんなを信じて、キキへと駆け出した。
「降り祟る天災は鬼の牙。それすなわち三明の剣。雷と共に再臨せよ」
「やらせるかぁぁあああああ!」
事情は分からない。分からないことだらけだ。だが、キキをこのままにしてはならないことだけは、俺も分かる!
だから、俺は全力で肉薄する。キキは俺の様子を見て、ニンマリと詠唱を続ける。
「――――
そしてキキは、黒雲から腕を引き抜いた。
そこには、一振りの刀があった。真っ黒な刀だった。刀身も鍔も黒い、悍ましい刀。
そこに向けて、俺は肉薄する。鬼切丸を振りかぶり、全力で切りかかる。
「大通連に向かって切りかかるとは、勇敢な
激突。俺の鬼切丸とキキの大通連がつばぜり合う。
かに、思われた。
「そんな向こう見ずでは、わらわの魔性に痺れてしまうぞ?」
全身に、電撃が走る。
「ガァァァアアアアアアアアアアアアア!?」
絶叫。俺は全身を電気に焼かれ、痺れて叫ぶことしかできない。
何だ。何が起こっている。分からない。俺には何も分からない!
「ふくくっ。大通連の雷に、刀越しとはいえ触れるとは。まったく愛い奴よのう」
キキはクスクスと悪戯っぽく笑って、足を回した。俺を、軽い調子で蹴る。
「ただ、初対面にしては少し気安すぎじゃ。鬼の王の御前ぞ? 距離を取り平伏せよ」
その威力は、絶大だった。
まるで轢かれたような衝撃でもって、俺は数十メートル吹っ飛んだ。全身がまだ痺れていて、受け身すらまともに取れないままに雪の上を転がっていく。
俺は少ししびれが取れてきて、腕を地について顔を上げる。キキは手で雷の刀―――大通連を回しながら、可笑しそうに笑っている。
そして満を持して、キキは大通連を天に掲げた。
「では、余興を始めよう。荒れ狂え、黒雷」
雷鳴が轟いた。
無数。十、二十、三十を超えるような大量の雷が、この雪原に降り注ぐ。今までのキキの黒雷が児戯であったかのような、容赦ない連続の雷嵐が巻き起こる。
雷が地面に突き刺さる度、雪が弾けて蒸発した。処女雪だったはずの地面が、まるで爆撃にさらされたかのように土を露出させていく。
「お兄様ッ!」
雷の一つが俺に突き刺さる寸前で、俺は何かに手を取られた。次いで引き上げられ、理解が追い付いてくる。
俺を救ったのは、雛見だった。イヌコに乗って駆けつけた雛見が、俺を掴み上げたのだ。
しかし、さしものイヌコとて、この雷嵐の中では逃げ切ることはできまい。そう思ったが、そもそも不思議なことに、雷がイヌコどころか俺たち全員をすり抜ける。
それで、理解した。今俺たちは、暁子のかごめかごめで隠されているのだと。
「ハハハハハハハハッ! やはり良いのう! 大通連は! 派手にすべて焼き払うのが良い! 実に気が晴れる!」
キキは俺たちの様子も気に留めず、高笑いを挙げている。そんなキキを、俺は歯噛みしながら見つめるしかない。
そんなキキからある程度距離を取って、イヌコは足を止めた。雷が当たらない以上、必要以上に動く必要はないという事だ。
「っ、あり、がとう、雛見……。双子、は……?」
力を振り絞ってイヌコによじ登りながら聞くと、雛見は答える。
「二人は、いち早くこの場を離脱し、遠見で補佐に回りました。あの子たちがここに居れば弱点になりますし、この場におらずとも十分補佐ができますので」
俺は小さく頷き、納得する。実際、かごめかごめで俺たちは暁子に守られている。作戦立案は恐らく宵子だろう。皮肉屋の彼女は、人一倍頭が回る。
俺はイヌコの上で一呼吸入れながら、周囲の雷嵐に歯噛みする。
何だこれは。先ほどまでのキキは、おふざけだったのか。催眠状態で、ほとんど力を出せていなかったのか。だとしても、この差はひどすぎる。
これが、全盛期に近いキキなのか。そう思う。それなら、どれだけ封印で弱っていたのだと疑う。
そんな思いを知ってか知らずか、キキはこんなことを言った。
「しかし、ふむ。かなり力が弱っておるな。小通連も顕明連も呼び出せぬどころか、大通連すら満足に力を発揮できぬ」
「……は?」
「ま、よいか。むしろ童相手ならば、ちょうどいい手加減じゃ。肩慣らしの余興に、ムキになるのもいささか恥ずかしいしのう」
俺は、わなわなと震えてしまう。
―――何が全盛期に近いだ! 大ウソじゃねぇか! いや、ビビらせるつもりで嘘を吐いたのか!? どっちにしろ、天征の野郎!
俺は咄嗟に視線を巡らせ、天征の姿を探した。
だが、先ほど倒れていた場所には、すでに天征の姿はなかった。従者たちの死体が、キキの雷に焼き爆ぜていくばかり。
どこにいるんだ、と眉を寄せる。キキの一撃をもろに食らって、ほとんど動けないはずだったのに。
そう思っていたその時、俺たちの背後から、声が聞こえた。
「照見:狐窓」
振り向く。そこには、手を複雑に絡ませて作った覗き穴から、俺たちを見つめる天征の姿があった。
「やっと見つけたぜ。色々と試してみたが、遊戯舞はお遊びっぽい照見術が効くらしい。ま、祭神様とのお遊びの儀式術だもんな。納得だ」
「な――――」
天征が、札を構える。
「何だ? オレは無力化済みと思ったかよ。残念、まだ参戦中だ」
札の先端に、火が灯っている。まるで、人魂のように。
天征が、札を破る。すると断末魔の叫びと共に、天征の体に霊力が宿ったのが分かった。
「従者たちとは約定を交わしてたんだ。死んだらすべての霊力をオレに捧ぐと。だから、オレはまだ戦える。むしろここからが本領だ。さぁ」
天征が、ひどく無理をした顔で、笑った。
「第二ラウンドは、まだ始まったばっかりだぜ」
天征の手の内で、札がくしゃりと潰れる。