因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
雛見の行動は迅速だった。
「円環五行連鎖:五華崩界」
膨大な量の札が、雛見の周囲に舞う。吹雪すら寄せ付けない霊力の奔流が、札で作られた輪の中に凝縮される。
だが、天征はそれよりも上手だった。
「環解」
天征が、潰れた札を雛見の札の渦の中に放り込んだ。その札が雛見の奥義の中に巻き込まれ、一部になろうとした瞬間、術式が解け、破綻する。
「え……」
「ダメだぜ、雛見。オレみたいな器用貧乏の前で、何度も奥義を見せちゃあよ」
どこかやつれた顔で、天征は笑みを作る。
「陰陽術は、全部頭に入ってんだ。どうすれば術が壊れるかくらい、分かっちまう」
「―――――ッ」
雛見が顔を引きつらせる。その鮮やかな手練手管に、俺も目を剥く。
だが、そんな攻防がこの場ではお遊びにすぎないことを、俺たちはすぐに思い出すのだ。
「ほう、何を一人でやっているのかと思えば。御陵宮の祭神の力で、隠れておったのか」
「「「―――――」」」
気配もなく、キキは大通連を携え、俺たちの横に立っていた。狐窓を手で作って、俺たちを見つめている。
「にしても、何じゃ? わらわを前に、御陵宮同士で争うておるのか。童らよ、ケンカは良くないぞ? 大人の責務として―――」
キキはニヤリと笑って、大通連を大きく掲げる。
「喧嘩両成敗に、してやらんとのう」
「させるかァッ!」
俺は咄嗟に飛び出した。雛見が瞠目して叫ぶ。
「お兄様ッ! その刀を受けては」
「心配いらない! 俺が二度、同じ手に掛かるかよッ!」
鬼切丸で切りかかる。キキはお手並み拝見、という舐めた目で、刀をそのまま振り下ろす
そして大太刀とキキの刀が激突した。先ほどの通りなら、俺は痺れて倒れるはずだった。
だが、そうならない。
「むっ。大通連の雷が通らぬ」
「鬼切丸は、斬りたいものを斬る刀! 雷に触れないようにと思えば、そうなるだけだッ!」
「――――ハハッ。それはそれは、厄介な刀よのう!」
キキは笑い、力を籠め始めた。俺は渾身の力で張り合うが、僅かに劣勢となる。
当たり前だろう。相手は鬼の王、大嶽丸。それも普段のキキよりもずっと強化されている。張り合えると思う方が傲慢だ。
だから、俺は躊躇わず、奥の手を切ることにした。
「約定」
「っ」
鬼切丸に力を込めたまま指を立て、俺は唱える。
「刻身、御供ッ」
全身を、何かが包み込む。俺に目を突きつけて、言葉なく問いかけてくるのが分かる。
それに俺は、叫ぶのだ。
「一週間を捧げるッ! 俺に、力を寄越せぇッ!」
直後、俺の中に力が爆ぜるのが分かった。
「おっ? おぉおっ? おぉぉおおおおおおっ?」
キキとつばぜり合う俺が、はっきりと優勢に傾いた。膂力。その一点において、俺はキキの二倍近い力で押し込んでいく。
「ははっ! はははははははっ! 素晴らしいぞ! それでこそ
押し込まれながら、キキは笑った。そこに、さらに俺は力を籠める。
そして、薙ぎ払った。
キィイイイインッ、と甲高い音を立てて、大通連ごとキキの腕は大きく弾かれた。俺は返す刃でキキの胴を一閃する。
狙うはキキの意識。相手を傷つけず無力化する、決着の一撃。
鬼切丸が走る。キキは避け切れず、鬼切丸の餌食となる。キキは意識を失い、白目を剥く。
「よしっ、これで―――」
だが、勝負は終わらなかった。
キキの目がギョロリと動き、すぐに意識を取り戻す。後ろ足を強く突いて体勢を立て直し、再び刀を振りかぶる。
「なっ!?」
「ん? 斬られたが、斬られなかった……。となれば、ふふ、これはどうかの」
キキの切りかかりに、俺は困惑のあまり、咄嗟に防ぐ意図で普通に大太刀を振るった。再びのつばぜり合い―――にはならなかった。
鬼切丸が、キキの腕を斬り飛ばしたからだ。
「ッ!? き、あ、ごめ」
まさかキキの腕を斬り飛ばしてしまうと思っていなかった俺は、頭が真っ白になる。思わず俺の視線は、大通連を握ったまま雪の上を転がる腕と、切り落とされた断面に向かう。
だが、キキの狙いはそれだった。
「ふははははははっ! 愛い! 愛い奴じゃなぁ! 童よ!」
キキの前蹴りが、俺の胴体中心に突き刺さる。俺は防御すらできないままに、吹っ飛ばされる。
「わらわより弱いくせに、どこか容赦があると思うておったが……なるほど、童もわらわに惚れておったか。ふふ、まさか両想いと思わなんだ」
俺は雪の中から這い出ながら、キキを見る。腕を失うなんて大怪我をしていながら、何故泰然としていられるのか、と疑う。
すると、キキの腕が、
ずりゅんッ、と凄まじい勢いで、キキの腕が再生する。何度か見た通りの、キキの生白い細腕が現れる。
違和感は、その腕の肌に刻まれた、ムカデめいた模様の入れ墨だった。
俺の記憶が確かなら、そんなものはないはずだった。キキは普段俺の影にいるから、そんなものを刻む機会もなかったはず。
「ふふ、まぐわいが今から楽しみになってきたのじゃ。蹴り飛ばされて痛かろう? すぐにトドメを刺して、鬼にしてやろうのう」
艶めかしくキキは舌なめずりをして、前に一歩踏み出す。次の瞬間爆速で俺の真上に移動し、ムカデの入れ墨の入った腕を振りかぶる。
「これで終わりよ! 逢瀬に期待して眠れッ!」
キキの手が俺に迫る。その爪は鋭利に尖り、俺の胸元を抉ろうとする。
だから、俺は言うのだ。
「雛見、助けてくれ」
「無論でございます、お兄様。―――円環五行連鎖:五華崩界」
思ったより至近距離から聞こえた言葉に、キキは目を丸くして、声の元を見る。
そこには、イヌコに乗った雛見がいた。その周囲で、グルグルと札が舞っている。
「な、いつの間に」
「暁子が照見に応じて、術を掛け直したのです。かごめが掛かっているのなら、今のわたくしはもはや、突如現れる砲撃そのもの」
札の円環の中に、雛見の膨大な霊力がこもり始める。キキは初めて冷や汗を掻いて、「戻れッ! 大通連!」と刀を呼び戻す。
それにただ、雛見は、最速で術を放った。
「遅うございます。急々如律令」
雛見の五華崩界が、キキを吹き飛ばす。
「ガァアアアアアア!」
キキは絶叫と共に、俺から吹っ飛ばされていった。それは逆に言えば、キキの存命を示している。
「寸前で防ぎましたか。なら加減はしなければよかったです」
「よ、容赦ないな雛見」
「お兄様を傷つける者は、キキ様でも許しません」
淡々と雛見は、キキの吹っ飛んだ方向を見据えながら答える。戦闘モードに入った雛見が一番怖いかもしれない。
だが同時に、これ以上ないほど頼もしい。俺は素早く告げる。
「雛見、このままキキを追い込むぞ。かごめで隠れて、狐窓を使わせないように撃ってやれ」
「かしこまりました。では、先んじて行きますッ」
イヌコが走り出す。するとすぐにかごめかごめが聞こえて、雛見の姿が見えなくなる。
俺は一息ついて、それから前を見た。あくまでも、キキに集中しているかのように。
そこに、天征が現れる。
「朔斗ッ! オレを忘れてんじゃねぇぞ!」
―――釣れた! 俺はすかさずそちらに向かって、反転する。
「端から俺は、お前狙いだってんだよ、天征ッ!」
「っ!?」
鬼切丸で切りかかる。天征は目を剥いて足を止め、ギリギリで鬼切丸を躱した。
流石戦闘慣れしてやがる、と俺は鬼切丸を地に沈める。地摺り。リーチを誤魔化す構えで肉薄し、天征に挑む。
「本当、お前は器用な奴だよなッ、天征! 今の雛見すら手玉に取ってよォッ!」
左手で素早く拳を放つ。天征は防御符を両手に大量に手に持ち、一枚一枚消費しながら俺の連打を捌く。
「うるせぇっ! オレは器用なだけだってんだよ! お前ら本当の天才が、分かったこと言うんじゃねぇ!」
「器用なだけの奴が、俺の拳をいなせるかバカ野郎!」
とは言うものの、接近戦では流石に俺に分がある。一発二発であれば天征も俺の攻撃に対処できるが、連続となればどこかで無理が来るはずだ。
だから俺は、左手一本で素早く拳を連続で放った。天征は最初両手でそれを受け流していたが、疲労に動きが鈍るのを嫌がって、距離を取ろうとする。
そこを、俺は狙った。地摺りで隠れた鬼切丸で切りかかる。地摺りは不意打ち狙いの技だが、タネが分かっていても一定時間すれば刺さる!
問題は、その狙いを、天征が見抜いていたことだ。
「だよなぁ! オレが退けば、鬼切丸で来ると思ったぜ!」
「ッ」
天征は素早く前に反転し、俺の懐に潜り込んだ。咄嗟に俺は拳で対応しようとしたら、それを受けるように札が放られる。
防御符、あるいは反撃符か。そう俺は睨んで、拳を寸前で止める。
その札を天征は蹴って、俺の胸元に押さえつけた。
俺たちを貫いて、五芒星が広がる。
「っ?」
「外れ。正解は、遁甲符だ」
俺は天征を見る。天征は血走った目で、俺に言った。
「宿業なんかと、至近距離でやるかよバーカ! 仕切り直しだ。距離を取らせてもらうぜ」
視界が、切り替わる。