因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
切り替わった先で、俺は処女雪の中心にいた。
少し離れて、キキの騒ぐ声に、雛見のビームの音がする。先ほどよりも遠くに、しかし遠すぎない場所に飛ばされたか。
しかし疑問なのが、天征の場所だ。俺は周囲を見回すが、天征の姿はない。左には雪に覆われた森、右には切り立った崖があるだけで――――
そこで、崖上から、声が聞こえた。
「雛見の技は、五行符による相生の連鎖を、五行すべてにつなぎ合わせることで発動できる、円環五行連鎖って術だ。五行相生が円環を成し、爆発的に循環することで発生する」
ハッとして、俺は見上げる。そこには、天征が数多くの札を手に、俺を見下ろしている。
「本来なら五人以上で発動して、その全員の霊力がすっからかんになる、攻撃技の極致。五行術の奥義なんだぜ。もっとも、雛見はそれを連発してるわけだが」
天征は、ニ、と俺に笑いかける。
「分かるか? 五華崩界は雛見のオリジナルだが、円環五行連鎖そのものは違う。霊力があれば―――オレにだってできる」
だから、と天征は五行符を伸ばして金の棒に変える。いつかに見た五行連鎖が脳裏によぎる。
まず天征は、金の棒に五行符を滑らせた。棒を振るう。水の刃が発生する。
「五行連鎖:水刃」
その水の刃に、札を投げ込む。札が種に変わり、根を槍のように伸ばす。
「五行連鎖:根槍」
伸びた根に、五行符を火に変えて飛ばす。根が燃え、火の球が飛ぶ。
「五行連鎖:火球」
火の球に五行符が飛ぶ。火の球の中から、岩の塊が発生し飛ぶ。
「五行連鎖:岩塊」
岩の塊に五行符を飛ばす。五行符は岩塊に吸い込まれ、岩を破って金の棘が飛ぶ。
「五行連鎖:金棘」
その瞬間、天征は金の棒を手放し、素早く印を作った。同時、こう詠唱する。
「五行流転し円環を成す。すなわち円環五行連鎖。我が望むは怨敵を押し流す濁流。我が求めに応じ奥義を成せ」
最後に、天征は札を取り出し、今まで飛ばした五行符攻撃すべてに投げくぐらせる。
「円環五行連鎖:濁河奔流」
そこで天征は、言葉に詰まる。極めて僅かな時間。だが確かに、歯を食いしばり、体を震わせ、躊躇いに止まる。
しかし誰かに背中を押されるように、口だけが勝手に動くように、言った。
「―――急々、如律令」
今まで天征が放った、五行全属性の攻撃。
それらがまるで濁流のように膨大に膨れ上がり、雪原を荒らしながら俺に殺到する。
「―――――ッ!」
俺はその様に歯噛みする。単なる濁流ではない。雪の斜面で放つことで、雪崩をも巻き込む土砂崩れとなる!
こうなれば、俺の身体能力をもってしても、脱出は不可能だった。放射状に広がっていく奔流によって、ここ一帯すべてが押し流されるだろう。
どうする、どうする、どうする! 俺は必死に考える。
横に逃げるのは無理。ならば跳躍を繰り返せば? いや、天征が上に陣取っている以上、撃ち落されて終わりだろう。家砕きで地盤を割っても、やはり押し流されて終わり。
ならば、手は一つしかない。
「ス―――――、ハ――――――」
深呼吸。迫りくる濁流を前に、俺は頭を冷やす。
「朔斗! これで終わりだ! お前がどれだけ優れていても、この奔流を前に生き延びられる術士なんかいない!」
天征が叫ぶ。まるで泣き叫ぶように。その内心に何があるのか、俺はまだ知らない。
だからやれ。これしかない。小手先の策が通用する場面じゃない。地力で耐えるしかない。
濁流が、眼前に迫る。俺は腰を低くし、鬼切丸を振りかぶった。
「……は? 朔斗、お前、嘘だろ?」
俺は、鬼切丸を振るいだす。
そして濁河奔流が、俺と激突した。
「うぉぉぉおおおおおおあぁぁぁああああああああ!」
叫ぶ。暴れる。鬼切丸を振るう。全力で。全力の全力の全力で!
天征の濁河奔流は、すさまじい術だった。火水木金土の術が入り混じり、土砂災害のように俺目がけて襲い掛かってくるのだ。
「ぁぁああああああああああああああらぁぁぁあああああ!」
勢いに負ければ死。かといってただ切り払うのでは意味がない。渾身の力で、文字通り土砂のすべてを切って払う必要があった。
切って切って切って、払って払って払って。とにかく鬼切丸一つで、俺にぶつかる土砂崩れ、雪崩のすべてを払わなければならなかった。
「がぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!」
それが、十数秒。先ほどの、天征の従者たちが放った集中砲火を切り伏せるよりも、天征たった一人の技が苦しかった。
だから。
「がっ、くぅっ、あぁぁあああっ!」
そのすべてを
「……っ、……ッ!」
崖の上で、天征は絶句していた。言葉一つ紡げないほどに動揺して、俺を見つめて震えていた。
膠着。本来なら、お互いにお互いの隙を突く場面。だが俺は疲労に、天征は動揺に動けないでいた。
「何で、だ……っ」
俺は、全身が筋疲労に震えるのを感じながら、顔だけでも上げて、天征に問う。
「お前は、何でそんな辛そうに、戦うんだ……ッ。どうして、そこまで苦しんで、戦う必要があるんだ……ッ!」
「―――う、うる、うるせぇッ!」
天征は手を振るい、頭を抱え、ワケも分からないまま叫ぶ。
「こうしなきゃ、こうしなきゃダメなんだ! お前も、アレを見ただろ、朔斗! あの、あの蟲を……ッ!」
「あの蟲は、何だ! キキの腕にも、ムカデの入れ墨みたいなものがあった! アレは、一体何なんだ!」
「――――ッ! 黙れ! もう一度、もう一度だ! もう一度濁河奔流を撃てば、それで今度こそ終わりだ!」
天征は、再び大量の札を掲げる。俺は、ぐ、と歯噛みする。
天征の言う通りだった。俺の回復力でも、最速で放たれる濁河奔流をもう一度捌き切ることなんてできない。今でも、一回二回、刀を振るうのが限界なのに。
だから、決して天征に、濁河奔流を撃たせてはならなかった。俺は再び、思考を巡らせる。
ここから天征まで、数十メートルの距離がある。それは単純な距離に加えて、崖の高さという障害を含むものだ。
約定で強化された俺ならすぐに駆け抜けられる距離だが、今の筋疲労状態ではそれも難しい。
ならば遠距離攻撃で、と考えるが、生憎俺に、そんなものはない。
代替案としては鬼切丸を投げつける、という手もあったが、成功しても次の手に苦しむ。濁河奔流の起こりを切っても、稼げる時間はごくわずか。鬼切丸は手放せない。
鬼切丸で、他にできることはないか、と考える。鬼切丸は、斬りたいものを斬る刀。
何かないか。天征に、この場から届く一撃を出すには。斬るべきものは。空気か? 真空でかまいたちでも起こすか? それで天征に届くか―――?
「いや」
俺は、思い至る。鬼切丸が切れるのは、何も物質にとどまらない。意識や狂気という概念すら、容易に切り伏せる刀だ。
ならば、きっと、これで行ける。
「五行連鎖:水刃、根槍、火球、岩塊、金棘」
連鎖する五行符。崖上の天征は、先ほどよりも早く印を結ぶ。
そこ目がけて、俺は鬼切丸を構えた。深く呼吸する。焦るな。天征は濁河奔流に呪文を要する。その時間いっぱい、集中に費やせ。
「五行流転し円環を成す。すなわち円環五行連鎖。我が望むは怨敵を押し流す濁流。我が求めに応じ奥義を成せ」
いくら早口でも、天征の呪文には時間がかかる。その中で俺は完全に冷静に戻り、集中を得る。
「―――円環五行連鎖:濁河奔流」
天征が、五行連鎖に札を放つ。同時に俺は、鬼切丸を振るった。
空を切ったはずの鬼切丸から、キィィィン……、と不自然に金属音が遠く響く。
「……?」
天征は、呪文を終えたにもかかわらず発動しない術に、眉根を寄せた。
直後、放った札が、五行連鎖ごと、二つに分かれる。
「なっ」
天征が瞠目する。俺は安堵と成功に、口元に笑みが浮かぶ。
「ぶっつけ本番だったが、成功してよかった」
「は? お、おま、朔斗! お前、今何をした! そんな離れた場所から、どうやったらここまで斬撃を飛ばせる!」
「斬撃? 違うね。俺はただ、斬っただけだ」
「だから、何を斬ったってんだよ!」
必死な様子の天征に、俺は言う。
「空間」
「―――――ッ」
天征が息を飲み、一歩後ずさる。俺は長く息を吐き出してから、教えてやった。
「知ってるか? 概念を斬るとき、それぞれ手応えが違うんだぜ」
「は? 何言って」
「意識を斬るときは、こんにゃくみたいな柔らかいものを斬る感覚があるんだ。だから包丁みたいに、なるべく刃を走らせる必要がある。逆に空間は、薪割りと要領が同じだった」
俺は、鬼切丸を腰だめに構える。
「刃を入れて、力を強く籠める。すると一気に裂けるんだ。薪割りみたいに、ぱっくりと」
「だ―――だとしても! だとしても、少し時間を稼いだだけだ!」
天征は歯噛みして、大量の札を手にする。
「オレはもう一度濁河奔流を撃てる! だが朔斗はどうだよ! 今のまぐれ当たりを、もう一度できるか!?」
天征が金棒を手に、札を放つ。もう一度濁河奔流を撃とうとしているのだろう。
だが、俺に言わせれば、そんなものは無意味だ。
「あんまり舐めるなよ。さっきはぶっつけ本番だったけど、今は一度成功してるんだぜ?」
一閃。俺は前方に鬼切丸を振るう。
「もう、盤石だ。名付けて―――空裂き」
甲高い金属音が、遠く遠く鳴っていく。
「お前の負けだよ、天征」
天征の足場。崖が斜めに、切り落とされる。
「は―――――ッ」
瓦解。足元が一気に切り崩されて、天征はたまらず体勢を崩した。崖と共に落下し、咄嗟に札で受け身を取るしかできない。
そこに、俺は回復した体力でもって、肉薄した。俺の足元で雪が、地面が弾ける。全力で天征の下まで駆け抜ける!
そして瓦礫の中にもがく天征を引き倒し、馬乗りになってその首筋に刃を突きつけた。
「っ」
「さぁ、天征! 全部答えてもらうぞ! あのムカデは何だ! キキは何で暴れてる! 何が―――何がお前を、そんなに苦しめてるんだ、天征!」
「……ッ!」
俺たちは至近距離で睨み合いながら、荒く息を吐いていた。
間近で見た天征は、ただの泣くのを堪える少年だった。全身を震わせ、辛くて堪らないのに、必死に堪えるだけの小さな少年。
それは、俺の知る天征の姿ではなかった。きっと、天征がひた隠しにしてきた、弱い本当の姿だった。
「……殺せ、よ」
天征は、絞り出すように言う。
「勝ったのは、お前だろ、朔斗……。だったら、殺せよ。それで、キキの暴走も、きっと収まる。全部、解決する……」
「は? 何だよそれ。良いから、説明しろよ!」
「……」
天征は、力なく目を背ける。それから、つうと一筋涙をこぼして、嗚咽交じりに、こう言った。
「知ってたか? 朔斗。……オレたちは、蟲なんだとよ」