因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双   作:一森 一輝

46 / 49
御陵宮宗家ならば

 ――――時は数刻遡り、開戦前。

 

 風呂上り、天征は招かれ、当主玄魄斎の部屋に訪れていた。

 

「失礼します、お爺様」

 

「ひょっひょっひょっ。天征か、入れ」

 

 言われ、襖をそっと開き、中に入る。

 

 そこは、だだっ広い部屋だった。板張りで、何も置かれていない空間。そこに、中心に小さな蝋燭一つを前にして、杖を脇に玄魄斎があぐらをかいている。

 

 夜ともなれば、それはほとんど闇に等しい。天征は薄ぼんやりと光る蝋燭の火のみを頼りに、玄魄斎の前に正座した。

 

「では、此度の任務の顛末を聞こうかのう。朔斗を巻き込んだと聞いておるが、どの程度成長しておったのかも、合わせてな」

 

「はい。今回の煤払いですが」

 

 天征は、事細かに今回の任務の話をした。状況、地理と龍脈の推測、予測と作戦立案に、必要な人材とその確保。そして実際の戦闘、後始末。

 

「朔斗は、身体能力が二倍近くになったと言ってました。成長期が来て、力が増したとか」

 

「ふむ、なるほどのう……。天征も、全体的に術の腕が上がっておるし、まだ差はつかぬか」

 

 実際の任務で経験を積めば、また変わってくるものと思ったがのう。と玄魄斎は言う。

 

「……そうですね。総合的には、オレたちはまだ互角だと思います」

 

「であれば―――そろそろ実際にぶつかっても、良い頃合いやも分からんなぁ? 鍛え上げた朔斗と天征が、本気で殺し合う。御陵宮宗家、嫡男争いの華よ」

 

 ひょっひょっひょっ、と玄魄斎は気味悪く笑う。

 

 それに、天征は内心でいくつかの躊躇いを乗り越え、口を開いた。

 

「そのこと、なのですが」

 

「ん? どうかしたか」

 

「……その、先ほど、朔斗と一緒に風呂に入って、こんな話を、しました」

 

 いつも饒舌な天征にしては珍しく、とつとつとした物言いで、朔斗との会話について説明した。

 

「それで朔斗は、オレに言ったんです。オレに、嫡男をやれって。朔斗は嫡男にならなくても、身内を守れるからって」

 

「ふむ。それでお前は、何が言いたい、天征」

 

「つまり、ですね」

 

 天征は、真剣な目で玄魄斎を見た。それから、堂々と言う。

 

「オレは、朔斗の気遣いを、受けたいと思うんです。暗殺者を仕向けてたのがオレだと分かって、理由を聞いて笑って許してくれた朔斗と、オレは戦いたくありません」

 

 そのまま、深く頭を下げた。

 

「ですから、どうか、オレを嫡男にしてもらえませんか、お爺様。オレ、嫡男にふさわしい術士になれるよう、これからももっと、頑張りますから―――」

 

 土下座。天征は、ただ真摯に玄魄斎にお願いする。

 

 玄魄斎は、しばらく沈黙していた。張り詰めるような静寂が、蝋燭の火に照らされている。

 

 しばらくして、玄魄斎はため息を吐いた。

 

「面を上げよ、天征」

 

「っ。はい、お爺様――――」

 

 パッと笑顔を上げて、天征は目を剥いた。

 

 視界に入ってきたのは、傍らに置く杖を振りかぶる、怒り狂った老爺の姿だったから。

 

「このッ、痴れ者めがぁぁあああああッ!」

 

「ィギッ」

 

 杖は天征の横っ面を、キレイに打ち抜いた。天征は反応できずに板張りの地面を転がる。

 

 混乱。今、何が起こったのか分からない。玄魄斎は、天征に許可を与えようとしたのではなかったのか。

 

 玄魄斎は立ち上がり、天征に近づく。悪鬼が如きシワの寄った顔で睨みつけ、高く足を上げる。

 

 そして容赦なく、天征のことを踏みつけにした。

 

「恥をッ! 恥を、知れッ! そのような戯けた約束でッ! 御陵宮の嫡男にッ! なれると思うたかこの、凡愚めがッ!」

 

「いっ、がぁっ、いっ、やめ」

 

 玄魄斎は何度も天征の顔を、胴を踏みつけにし、痛めつけてくる。訓練や任務で鍛えられた天征も、まるで抵抗できずに縮こまることしかできない。

 

 ガン! と天征の頭が、玄魄斎の足の裏と地面で挟まれ、固定される。玄魄斎は息一つ切らさずに、足をぐりぐりと動かし、天征に激怒する顔を寄せる。

 

「天征。よくも、よくも当主たる儂に、そのような舐めたことを抜かせたな……!」

 

「な、舐めて、など」

 

「いいや、舐めている。お前は、御陵宮を、術士を、命を舐め腐っている。でなければ、そのようなことは言えぬッ!」

 

「がァッ!」

 

 足を少し浮かせて、また踏みつけにする。天征の頭は揺れ、脳震盪を起こしかける。

 

「よいか、天征。確かに儂は命を費やせと言った。だが、分家の命だけを費やせと言った覚えはない! 分家の命を貴びながら費やすお前に、それが分かっていないとは思わなんだ」

 

「ど、どう、いう……」

 

「分からぬか? 本当に分からぬのか。儂の教え方が悪かったか。ならば、ここではっきりと教えてやる」

 

 玄魄斎は、ギョロリとむき出しになる目で、天征をねめつける。

 

「御陵宮の宗家には、権威がある。無数にいる分家の術士に、命を捨てさせるだけの権威が、特権が! ……だが天征。お前はその特権が、どこから来たものは知っておるか?」

 

「どこ、から……?」

 

「そうよ。まさか根拠がないと思ったか? 聡いお前が、考えて分からぬわけがあるまい」

 

 玄魄斎が黙する。天征は、まとまらない思考を必死により集め、答える。

 

「ち、から、でしょう、か……」

 

「そうよ! 力! 宗家には、分家とは隔絶された力がある! だから命を費やせるだけの権威がある! ―――だが、それだけではない。宗家の力に、どんな意味があると思う」

 

「……わ、わかり、ません」

 

 天征は、気絶寸前の意識をギリギリで保っていて、いつもなら考えれば分かることも分からない。

 

 玄魄斎は足を上げ、天征の土手っ腹をつま先で蹴り抜いて悶絶させた。

 

「ぐえぇえっ、え、ぁ……!」

 

「宗家とはな、才能の箱舟なのよ。次代の宗家は、いずれ、より優れた分家の礎となる。だから宗家には、最も優れた才能が要る。だから宗家の力は特別で、権威があるのだ」

 

 玄魄斎はしゃがみ、苦しみの中に悶える天征の髪を掴む。

 

「であれば、宗家はその権威に見合った努力をすべきであろう。分家は宗家の指示で無数の血を流し、命を費やす。では、宗家のすべき努力とは何だ?」

 

「それ、は……。っ」

 

 天征が息を飲む。玄魄斎が、ニタリと笑う。

 

「気付いたか。それこそ、嫡男争い。最も優れた才能を、血と命でもって見出す手法。分家に血を流させる以上、宗家はより凄惨に血を流さねばならぬ」

 

 のう、天征。と玄魄斎は語り掛けてくる。

 

 声色を変え、まるで同情を誘うように。

 

「そうまでせねば、申し訳が立たぬと思わんか。分家にばかり血を流させる宗家など、宗家に相応しくないと思わんか」

 

「それ、は……」

 

「天征、お前は何人死なせた。何人の命を費やした。その咎に釣り合う血を、己に、そして大切に思う兄弟に流させねばならんと思わんか」

 

 天征は、ごくりと唾を飲み下す。

 

 朔斗へ向けた暗殺者たちは、全員死んだ。訓練として課されていたとはいえ、人選も、そのための言繰り(そそのかし)も、すべて天征が行った。

 

 先の任務でも、それは変わらなかった。天征は必要に応じて、無数の術士を死なせてきた。

 

 最も少ない犠牲にしたつもりだったが、それでも死者を差配したのは、天征だったのだ。

 

「天征。のう、天征……! お前は、己が罪に、流した血に、呪いに、応えねばならんと思わんか。お前自身だけではないぞ、天征。御陵宮のすべての咎を、お前は背負っておるのだ」

 

「すべ、て……?」

 

「そうよ、すべてよ。分からぬか? 天征。嫡男争いの様が、とある術に似てはいまいか?」

 

 天征は考える。そして、不意にハッとした。

 

「……蠱毒」

 

「ひょっひょっひょ! 蠱毒とは、何だ。教えてくれ、天征」

 

 知らないはずはないのに、玄魄斎は問うてくる。それに天征は、こう答える。

 

「蠱毒とは、壺の中に、無数の毒虫を入れる術法です。毒虫はいずれ飢え、お互いを食らい合う。すると食い殺された虫の怨念を受け、最後に残った一匹は力を持つ、と」

 

「そうよ。一般の術士には禁術扱いされておるが、御陵宮においては研究されつくした、ごくごく平凡な術。そしてこれは、虫以外にも転用できる」

 

 ひっひ、と笑い、玄魄斎は言う。

 

「朔斗が使役する新しい悪行罰示、あのすねこすりも、妖怪で行った蠱毒の産物と言える。虫、妖怪にできて、人間にできないことはあるまい?」

 

「で、では……!」

 

 天征は愕然として、玄魄斎を見る。玄魄斎はゲラゲラと笑って、天征を見下ろした。

 

「そうよ! 御陵宮の宗家とはな、畢竟、蠱毒より生れ出た蟲よ。儂も、お前たちの父も、そしてお前らも! ……だから我らは、血を流し、命を費やさねばならぬのよ」

 

 天征は、顔を強張らせ、全身をぶるぶると震わせる。

 

 それでは、もはや、朔斗と殺し合わないワケには行かない。連綿と続く蠱毒が宗家を強くしているのなら―――背けばその呪いすべてが、宗家に降りかかる。

 

「御陵宮は日本で最も尊き血を受け継いだ、最も異能に優れた血」

 

 玄魄斎が、朗々と語る。

 

「だが御陵宮は、己が才能に慢心はしなかった。尋常の努力はもちろん、禁術のすべてに手を出した。その努力こそが、今の御陵宮を、支えておる」

 

 玄魄斎は、今や優しい目で天征を見つめている。髪を掴む手をそっと頬に回し、慈しむように言い聞かせる。

 

「故に、『御陵宮に禁術なし』。御陵宮は血と呪いにまみれ、しかし命にあふれておる」

 

「お、お爺、様……」

 

「だから今度は、―――己が命を費やしておいで、天征。お前が死んだら、大切に葬ろう」

 

「……、……っ。……! ……はい、お爺様」

 

 万感の思いを、天征は飲み込んで、ただ項垂れ、頷いた。

 

 それに、玄魄斎はこう言う。

 

「それでよい。宗家にふさわしいだけ、血を流すのだ。そうして、御陵宮に力を蓄えよ。人間とは、かくも弱い生き物なのだから」

 

 玄魄斎に促され、天征は、よろめきながら立ち上がる。

 

 そうしてその場を後にするとき、天征の表情には、鬼気迫るものが宿っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。