因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双   作:一森 一輝

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壺を洗う

 戦闘が終わった直後、俺たちは遁甲符で御陵宮に戻っていた。

 

 凄惨な事件現場といった様子だったが、俺たちにはやることがあった。キキに殴られ、雛見になじられ、身も心もボロボロの天征を連れて、俺たちは母屋の方に向かった。

 

 俺たちの目標。

 

 それは、御陵宮の当主、御陵宮 玄魄斎宗矩の寝室だった。

 

「失礼します」

 

「ちょっ、朔斗」

 

 俺は今更礼儀なんて重んじるほど余裕がなく、言うなり襖を勢いよく開けた。そんな俺を、天征が戸惑い交じりに諫める。

 

 するとそこには、十畳ほどの部屋の中心に、老爺、当主の玄魄斎が布団の上に腰を下ろしていた。

 

「ひょっひょっひょっ。来るだろうと思っておったぞ、朔斗」

 

 元々背が小さく、正座で座ればさらに小さく見える爺様が、気味悪く笑う。

 

 しかし俺は、部屋の様子に、想像とのズレを感じていた。

 

「……」

 

 爺様の背後には、蝋燭一つが揺れるばかりの、背の低い作業机があった。そこには無数の書類が山のように積み重なり、この深夜でも作業途中なのか、筆が転がっている。

 

 爺様自身も丸い眼鏡をしていて、俺たちを出迎えながら、それを外して机に置いていた。

 

 だが、知るか。俺は爺様の目の前に正座する。天征も、俺の斜め後ろに控える。

 

「単刀直入に言います。天征と嫡男争いとかで、さっきまで戦ってました。天征は、爺様の差し金だそうですね」

 

「ひっひ。その通りよ。しかし、おかしいのう? 何故嫡男争いが終わったという面をして、二人とも生きてこの場に現れた?」

 

 爺様が、笑みを消す。

 

「嫡男争いは、蠱毒。死者が出るまでは、確実に収まらぬものぞ」

 

 ドスを利かせて、玄魄斎が言う。

 

 だから、俺も言い返した。

 

「うるせぇ、クソジジイ。蠱毒は俺たちでぶち殺した。だからだから死者が出てねぇんだよ。文句あるか」

 

「おまっ、朔斗……!」

 

 俺が全ギレで言うと、天征は慌てて俺の肩を掴む。

 

 一方で、クソジジイは―――目を丸くして、まばたきをした。

 

「……会ったのか、アレと」

 

「会った」

 

「殺したのか」

 

「殺した。あいつ、キキに取り憑きやがったんだ。だからキキの中から引きずり出して、真っ二つにした後に、キキの雷で炭にした」

 

「……」

 

 玄魄斎は、口を開けたまま何も言わなくなる。俺はさらに強く睨み「何だよ。文句あんなら」と言葉を続けようとする。

 

 直後、クソジジイは爆笑した。

 

「ガッハッハッハッハッハッ! ヒャッハッハッハッハ!」

 

「……は?」

 

 爺様は腹を抱え、畳を叩いて笑いだす。「ひーっひーっ」と呼吸困難になり、涙を拭ってまだ笑う。

 

「そうか、そうか! あのっ、ブフォッ、あのクソ蟲、朔斗たちで殺したか! ハッハッハッハッハ! いやぁ、アレには儂の代も苦労したものよ! それが、くはっ、殺したとは!」

 

「……ええ?」

 

 予想した反応と違う。クソジジイのことだから、『よくもそんなことを!』とキレるものと思っていたのだが。

 

 爺様は「ふー……。寿命が十年は伸びたな」と満足げに息を吐く。

 

 それから、俺を見た。

 

「朔斗、それに天征や。儂の反応が不思議か?」

 

「……ぶっちゃけ」「はい……」

 

 俺が困惑に、天征が警戒に答えると、「ひょっひょ」と笑って、爺様は言う。

 

「それはな、お前たちが御陵宮を分かっておらぬからよ。御陵宮とは、手段を問わず力を求め、妖魔に当たる陰陽術の名家。分かるか? 重要なのは、因習ではなく力よ」

 

 俺は、口を閉ざす。爺様が俺の胸を、トン、と指で突く。

 

「朔斗。お前は、力を示した。己が方法で力を蓄え、『蠱毒なんてものは要らない』とその実力で示して見せた。であれば、御陵宮に不満はない」

 

「……それは、つまり」

 

「そうとも。御陵宮に禁術がないように、力にも貴賎はない。ただ、それだけのこと」

 

 爺様が、手を引く。俺は自分の胸元をしばらく見つめてから、「爺様」と向き直る。

 

「何で、そこまで御陵宮は力を求めるんですか。最強になって偉ぶるだけの奴が、身内を殺すまでして力を求めるとは、思えない」

 

「ひょっひょっひょっ! 何だ、朔斗。お前、御陵宮をそんな下種と思っていたのか?」

 

「はい」

 

「ハッハッハ! 儂にここまで歯に衣着せぬ物言いをする者は、一体何年ぶりかのう」

 

 爺様は一笑いしてから、「では当主手ずから、次代の嫡男に講釈を垂れてやろう」と言う。

 

「朔斗。御陵宮が力を、身内を殺してまで求めるのはな、―――ひとえに、世間様のためよ」

 

「……世間様?」

 

 爺様の口から出てきたとは思えない言葉に、俺は反復する。

 

「うむ。民は国家の命。王とは民の奉仕者。御陵宮はこの日本を守るため、ただ必死なのよ」

 

 俺は、爺様を見る。爺様は、ただ優しく笑っている。

 

「古来、妖魔は日本を深く蝕んできた。どれだけの民が、妖魔に食われ死んで来たか分からぬ。どれほどの悲惨が、悲劇があったか。それを御陵宮は憎んだ」

 

 許さぬ、と。

 

 妖魔のすべてを、殺し尽くしてくれる、と。

 

「だが、昔の異能者は弱かった。陰陽師も、時折隔絶した天才がどうにか民を守るばかり。妖魔に弄ばれ多くが死んでいった。――――だから御陵宮は、手を選ばなくなった」

 

 『御陵宮に禁術なし』

 

 それは、想像を絶する血と涙の中に生まれた言葉だった。

 

「倫理も、人道も、儂から言わせれば贅沢品よ。御陵宮に、そんな贅沢品を重んじる余裕はなかった。なりふり構わず力を求めた。何せ倫理も人道も、民を守らぬからよ」

 

 逆に言えば、と爺様は俺を見る。

 

「民を守るだけの力がすでにあるのなら、それらの贅沢品をも守れよう。畢竟、力さえあれば何でも許される」

 

「……何でも?」

 

「おうとも。災禍たる妖魔を退けるため、血族を犠牲にせずとも良し。宗家に嫡男争いを求める蠱毒の呪いを、切り伏せても良し。神を崇め奉る忌まわしき因習を捨て、神を武によって調伏しても良し。そういった贅沢もまた、力があれば許される」

 

 それは、傲慢な強者の言葉ではなかった。

 

 ただ、本当に大切なもののために、それ以外の大切なものすら、犠牲に捧げてきた者の言葉だった。

 

「民一人の命のために、百人死するが御陵宮。妖魔に食い殺されるは、民を守った誉れある死。身内争いで死ぬるは、より優れた次代へ繋ぐ誉れある死」

 

 爺様は、俺の目を見つめた。強く、残酷な目で。

 

「朔斗、此度お前は、力を示した。だから、天征を死なせず、自らも死なぬという()()()()も許されよう。だが血と使命にまみれた御陵宮で、お前のワガママは常には通らぬ」

 

 爺様は、俺を見つめ、それから天征を見つめた。

 

 それから、意地悪い表情になって、言う。

 

「それが嫌ならば、ワガママを常に通せるだけの力を求めよ。力なき者に、手段を選ぶ余力はないのだからのう」

 

 ひょっひょっひょっ。変わらない薄気味悪い声で、爺様は笑う。

 

 俺はそれに、ただ深く頭を下げ、天征と共にその場を辞するのだった。

 

 

 

 

 

 そのまま天征と俺の部屋に向かうと、キキ、雛見に双子とイヌコと、勢ぞろいだった。

 

「ただいま」

 

「主様! お帰りなのじゃ!」「お帰りなさいませ、お兄様!」

 

「おうおう、勢いすご」

 

 もうほとんど突進だろ、みたいな勢いで飛び込んできた二人を抱きとめ、一緒に座る。すると双子がパタパタ動き出し、俺の目の前にお茶を出してくれる。

 

 そのお茶を一啜りしていると、「で」とキキが言った。

 

「何故天征が、味方面をしてここに戻ってきておる」

 

「それはわたくしも不思議に思っておりました。もう一度戦うおつもりですか?」

 

 ものすごい目で天征を睨む二人である。俺は目元を指で揉む。

 

「気持ちは分かるがイジメんな。事情は帰り際に教えただろ。双子もお茶くらい入れてやれ」

 

「嫌でございます」「や~だね~! べ~っ!」

 

 俺は渋面になる。天征が大変に針の筵だ。

 

 すると天征は、適当な場所に座って「ふー……」と息を吐き、満を持して口を曲げる。

 

「おい、朔斗。お前のハーレム感じ悪くね? もっといい女探した方がいいぞ」

 

「ケンカか!? ケンカじゃな!? 受けて立つわ御陵宮の申し子が!」

 

「お黙りなさいこの恥知らず! わたくしの部屋を荒らしたの忘れておりませんからね!」

 

 激怒のキキと雛見である。すると天征はニヤリと笑って「ふ~ん?」と言う。

 

「自己認識で朔斗のハーレムメンバーなのが、お前ら二人なのは分かった」

 

「っ! がっ、ぁっ」「……!」

 

「キキ、雛見、諦めろ。口で天征に勝てるわけないだろ」

 

「だって主様!」「でもお兄様!」

 

「はいはい、慰めてやるからこっちこい」

 

 悔し泣きする二人をあやす。すると天征も矛を収めて息を吐いたから、俺は言った。

 

「意外だったな。爺様、何かすんなりいってさ」

 

「……そうだな。本当に、意外だった……」

 

「天征?」

 

 俺が名前を呼ぶと、天征は言う。

 

「……オレにとっちゃ、爺様は絶対だったんだ。逆らうなんてありえない。だから、朔斗を殺すか、朔斗に殺される以外に、決着なんてつかないんだって、そう思ってた」

 

「……」

 

「でも、抗えば、何とかなるんだな。そして、認められる。力があれば、仲間を死なせず、守れるんだって」

 

「……ああ、そうだな」

 

 頷くと、天征は俺を見た。

 

「今回は、助かった。改めて、嫡男おめでとう、()()

 

「え?」

 

 俺は初めて呼ばれた兄貴呼びに、目を丸くする。天征は軽い調子で立ち上がり「じゃ、寝るわ。お前らオレがいないからって乱交すんなよ」と去っていく。

 

 動揺するのは、キキに雛見だ。

 

「にゃっ、にゃにを言っておるかてんしぇい! こっ、こにょ大うちゅけめが!」

 

「らっ、らららららっ、らん、らん、乱こ……!?」

 

 二人は顔を真っ赤にしてギャーギャーと騒ぎ立てる。双子は部屋の片隅でひっそりと「蟲の支配下にいたキキ様も、似たようなことを言っておりましたが」「ねー」と言い合う。

 

「天征! ……ったく、あのひねくれ弟はよ」

 

 俺は苦笑気味に、肩を竦める。嫡男争いが終わっても、飄々とした奴だ。

 

 俺は天征の背中が、廊下の向こうに消えて行くのを見送った。それから、「くぁああ」と一つ、あくびする。

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