因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
五人の男たちは、揃って小さな小部屋に入っていった。
聞き耳を立てづらい、入り組んだ本家の端にある部屋だった。部屋前の廊下は鴬張りで、歩くとキィキィ音が鳴り、子供が考えなしに近づいては怒られるような場所だ。
俺は何となく悟る。この部屋は昔から、聞かれては都合の悪いことを話す部屋だったのだろう。
日本家屋は防音が弱い。代わりにそもそも近づかせない、近づいたら分かるように、家を作っているらしい。
だが―――運動神経の良い俺には、意味をなさない。
「よっと」
鴬張りの床板をひょいと飛び越え、ちょうど鳴りにくい足場を飛び石のように渡っていく。
『主様は器用じゃのう。飛び跳ねている姿も愛いとは♡』
『褒め方なんかおかしくない?』
感心するキキに肩を竦め、俺は五人が入った部屋のそばに隠れた。そして耳をそばだてる。
「―――マズイ、マズいぞ! さ、朔斗様が、鬼神に乗っ取られてしまった」
「あの鬼神は、全盛期は御陵宮の祭神と互角と言われた豪傑だったな!? ど、どうするのだ! 朔斗様をちゃんと拘束していないから!」
「いっ、いや! そもそも朔斗様の、あの常人離れした身体能力がおかしいだろう! 一匹で大人一人を拘束するのに十分なクチワナを、七歳の身で引きちぎっていたのだぞ!」
「拘束の外れた体を、鬼神に乗っ取られたのだ! クソっ、死後も悩ませてくれる……!」
中の連中はどうやら大わらわで喚いている。話の内容を聞くに、昨日の鬼面の連中で間違いないようだ。
『……乗っ取り?』
『妖魔にはそういう手法もあるのじゃよ。子供の魂は幼く、振る舞いも未熟故体を乗っ取りやすい。そうして、人里に紛れて人を食らうのじゃな』
なるほど、継続的な人の狩り方、というワケらしい。俺の場合は、それを疑われていると。
思考を巡らせながら、俺は続きを聞く。ついでにスマホの録音機能をポチリ。
そこで、連中は声を低くして、怖気のするようなことを言い始める。
「まったくだ。あのガキさえいなければ、いや、数日生まれが遅かっただけで、天征様が嫡男であったのに……」
「忌々しい限りだ。昔から、あの賢しげな振る舞いが気に食わなかった! 昨日の好機には、沸いたものだったが……」
「ま、乗っ取りならすでに、魂は食われて死んでいるだろうがな。ハッ、泣き叫びながら鬼に食い殺される様が目に浮かぶわ」
言い合って、ゲラゲラと高笑いを上げる男たち。俺はそれに、目を細める。
……何だこいつら。こんな奴らが、俺を殺そうと画策したのか。
『……殺』
『待て、キキ。気持ちは分かるが、もう少し情報を探りたい』
俺はキキを抑えて、見に徹する。
俺をこき下ろして、連中は落ち着いてきたらしい。冷静に、各々が言葉を交わし始める。
「ともかく、まずは落ち着いて、どう動くか考えねば。この非常事態に対応できるのは、我々だけなのだからな」
リーダー格らしき男の呼びかけに、相槌が続く。こいつ、俺に話しかけてきた奴だな、とアタリを付ける。
「推測するに、現状、鬼神が朔斗様の体を奪い戻ってきたものと見るのが良いだろう。そこから、次にどう動くのかを考え、そこを叩くのだ」
「おぉ……!」「そうだな。その通りだ」「流石は天征お付きの護衛頭よ」
賞賛が続く。リーダー格が、会話を主導する。
「大前提、朔斗様の亡骸は、決して表に出してはならぬ。御子の暗殺は、廃嫡したとて宗厳様への侮辱となるのに、まだ廃嫡も済んでおらん」
「うむ、そうしよう」「だから亡骸の出ない鬼神への贄としたのだしな」
連中の見解が一致する。ただ殺すんじゃなくて贄にしたのはそういうことか、と納得。
「では本題の、事態の対処についてだが」
リーダー格が言う。
「まず、私の推測を述べる。あの鬼神……恐らくは、全盛期の力はないはずだ。長年にわたる封印で、すり減っているはず。でなければ、先ほどのように仲間の情報を集めまい」
ああ。さっきのブラフは、仲間の情報を得ようとしていると捉えられたか。
『キキ、あいつの話だけど』
『業腹じゃが、事実じゃ。全盛期には程遠い。童の姿になる程度には弱っておる』
確かに、俺が鬼切丸を使うだけで何とかなったくらいだしな。授業の内容を考えると、全盛期はあんなものではなかったのだろう。
「そしてもう一点。朔斗様の御身だが……霊力がない、という事態を我々は軽く見ていた可能性がある」
何? と俺は耳を一層注意深く傾ける。
「単に才能がない、というのなら話は単純だったが、そもそも次期当主、宗厳様のご嫡男だ。霊力の喪失は生まれながらの約定―――宿業によって奪われたものと解釈しうる」
「な……!」「とすれば、あの並外れた身体能力は……!」
男たちが騒ぐが、俺は一体何を言っているのかさっぱり分からない。
宿業。そう言えば昨日、キキも言っていたか?
それで、どういうことか、とさらに注意深く聞こうとしたところで、足元でキィ、と音が鳴った。
あ、やべ。
「何奴!」
時代劇かよ、みたいな言葉で
おもむろに戸を開く。足を部屋に踏み入れると、俺の登場に男たちがどよめく。
「な、な、な、朔斗、様……!」「な、何故、ここに……!?」
部屋は暗がりにあって、いかにも秘密の悪だくみという雰囲気だった。
俺は周囲を見回す。男たちはたじろぎ、俺を前に動揺している。
「話は、一通り聞きました」
俺は微笑んで言う。
「みなさんをどうしようかと、悩んでいたんですよ。このままだったら絶対俺のことまた狙ってくるよねー、なんてキキと話してて」
「は? さ、朔斗様、一体、何をおっしゃっているのやら」
「そ、そうでございますぞ。偶然通りかかったのでしょうが、そんな人聞きの悪いことを」
男たちは慌てて誤魔化しにかかる。俺はそれを笑みでウンウン頷き、言った。
「『泣き叫びながら鬼に食い殺される様が目に浮かぶ』でしたっけ?」
「「「――――――ッ」」」
一斉に男たちが懐に手を入れる。「急々にょ」と唱えるのを遮って、俺は歯をむき出してして唸る。
「正当防衛成立だ。キキ、やるぞ」
「うむっ! 報復と行こうぞ!」
影から、キキが飛び出す。同時にキキは、俺の影から鬼切丸を投げて渡してくる。
直後、五人の内の一人が、息絶えた。
「うわぶ」
どぱんッ! と派手な破裂音を響かせて、キキが男の一人を壁に叩きつけた。男はまるで、赤絵の具水を入れた水風船のように、全身を爆ぜさせる。
「ふふっ、はははっ。うまい、うまいのう。外道の血は、やはり食い散らかすに限る」
キキは実に楽しそうに笑いながら、返り血を舐めた。
俺は、それに瞠目する。昨日は運命に翻弄される姿が印象的だったキキだが、そうは言っても根っこはちゃんと鬼らしい。
とはいえ、俺も負けたままではいられない。
「大太刀、鬼切丸」
キキが用意した鞘から、鬼切丸を放つ。大太刀ゆえに抜くのが大変で、刃の側面を掴んで鞘を払う。
だが柄を握れば、俺も攻撃準備は完了だ。
「ひっ、ひぃっ!」
「乗っ取られたのではなかったのか!?」
「あっ、慌てるな! きゅっ、急々如り」
男たちがキキに注目している中で、俺は素早く動く。
「まず一人」
一閃。サンッ、と軽やかに走った大太刀は、札を構えた男の首を刎ねた。
激しい血の噴水が、首を上に跳ね上げる。俺は身じろぎで返り血を躱す。
「なっ、さっ、朔斗様っ!?」
「何を驚いてる。ガキが報復に来るのが、そんなに不思議か?」
残るは三人。誰かやるか、と考えていると、一人がこの場から飛び出した。
「だ、ダメだ! もうおしまいだぁっ! あぁぁああああ!」
一人が逃げていく。俺は少し考え、あえて逃がすことにした。
素早く視線を向けるキキに、命じる。
「キキ、追うな。他を片付ける」
「良いのか? 主様よ」
「大丈夫だ、考えがある」
「ならば、信じようぞ!」
残るは二人、俺は再び大太刀を構える。
リーダー格でない男が、そんな俺に吠えた。
「ガキがッ! こんな狭い部屋で、満足に大太刀なんて振り回せるものか!」
札を握り、振るおうとする。俺は「ハ」と笑って、大太刀を振るいながら言った。
「生憎、特別製でな。斬りたいもの以外は、斬らずに済むんだ」
「な―――ッ」
大太刀が、部屋の障害をすり抜けて走る。柱も障子もぶつからず、剣速は下がらない。
どちらを斬るか、などというのは無駄な考えだ。俺の得物は大太刀。この狭い部屋なら、同時に殺せる。
一閃。俺を挑発した男が、腰から下と泣き別れする。確殺。
だが、ついでに狙ったリーダー格の男は、違った。
「ぴょっ」
「うぉっ?」
リーダー格の男は俺を侮らず、俺の剣閃に跳躍で応えた。剣閃の上に跳び上がり、回避。
からの、キキを狙い動き出す。
「思業式:クチナワ!」
放った札が、数匹の蛇に変化する。蛇は瞬く間にキキを拘束し、「むごっ?」とキキはもんどりうって倒れる。
リーダー格が、その背後を取った。キキの首に札を突きつけ、俺に叫ぶ。
「ハハッ! 形勢逆転だな、忌子がァッ! 抵抗を止めろ! その大太刀では、鬼ごと斬ってしま―――」
「話、聞いてなかったのかよ」
キキを人質にとる、という発想は悪くない。俺の隙を突いて俺を叩こうにも、キキがそれを潰しただろう。その逆を突いたからこそ、キキは対応に遅れ、拘束された。
だが、その間に俺は体を一回転させ、鬼切丸を上段に高く掲げている。
「斬りたいもの以外、斬らない刀だって言ってるだろうがッ!」
振り下ろす。ズドン、と鈍い音が響く。
「ぁ、ぁ―――」
キキごと男を両断した、鬼切丸。
果たして、体を真っ二つにして倒れたのは、男と式の蛇だけだった。
どう、と男の体が、左右にキレイに分かれて崩れ落ちる。そこから、キキが俺に向かって飛び出してきた。
「さっ、流石我が主様じゃあ~っ! 怪我はないか!? ないな! 素晴らしいぞ主様! とても童とは思えん強さじゃ!」
「あの、キキ、血、血まみれ」
血まみれの体でキキが抱き着いてくるから、俺が健気に返り血を避けていたのが全部無駄になる。うわぁべっとべと。全身生温か~い……。
「にしても、主様は事あるごとに、わらわを惚れ直させてくるのう♡」
血まみれで、ごろにゃんと俺の胸元に頬を擦りつけ、キキは言う。
「観察眼一つで半ば下手人を突き止め、演技一つであぶり出し、即座に処す手際は、見事の一言じゃ。肝心の戦も、大太刀の補助があろうとて、あれほど見事には普通運ばぬ」
「そうか? まぁ、しっくりくる武器だな、とは思うけどさ」
「ふふふ。ああ、何とまばゆい主様か。わらわは幸せ者じゃ♡」
頬を二重の意味で赤く染めながら、俺にじゃれついてくるキキ。俺は他にできることがないので、とりあえずその球を撫でておく。
そんなやり取りをしていると、ドタドタと大人数が駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
俺はそれを待ちつつスマホを取り出して、「ん、録音は出来てるな。じゃ、言い訳タイムと行こうか」と部屋から出る。