因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
いじめられっ子の従妹
俺の霊力がゼロだと判明してから、二年弱が経った。
小学二年生だった俺はすくすく育ち、現在小学四年生。装いも半袖になり、夏真っ盛り。
一昨年の生贄事件で痛感した、『強くならなければ、この御陵宮では生き残れない』という事実。その為俺は、あれ以来しっかりと努力を積み重ねてきた。
そして今日も例に漏れず――――
俺はキキを背中に乗せて、片腕一本指で腕立て伏せをしていた。
「506……507……508……」
「……のう、主様よ。模擬戦とかの修行は順当と思うのじゃが、このような激しい身体修業は、成長に悪影響を及ばさんか?」
「大丈夫……! 去年一昨年は……! 一年で十センチ……! 背が伸びてるから……!」
「そ、そうか……? まだ九歳であろう? 主様は。そんなに筋骨隆々になって……。まぁ骨肉の天稟ならば問題ないのか? ううむ……」
俺が頼んで乗ってもらっているキキは、俺の上で心配そうに唸っている。
……だって仕方ないじゃん。筋トレが一番強くなっている実感があるのだ。朝に筋トレを頑張れば、夜に腕立て伏せできる回数が十回は増える。見える成長は誰しも嬉しいもの。
実際、確実に継戦能力が上がっている実感があるのだ。なので筋トレはやる価値がある。確かに小四の背丈でムキムキなのは、自分でも違和感あるけど!
俺は自分にそう言い聞かせ、結局片腕千回、両腕で二千回の腕立て伏せを達成した。
その後俺はキキと模擬戦をしたり、木刀素振り千回したあたりで、日が昇ってくる。そのころにはすっかりいい汗をかいていて、肩から蒸気が昇るほど。
「ふぅ、こんなところか。じゃあ今日は終わり――――」
その時だった。グゥゥウウウウウ、と高らかに鳴った腹の音が、俺の言葉を遮ったのは。
「……」
「……ぷふっ、主様の腹の虫は元気じゃのう」
「そうなぁ……腹減った……」
と言いつつも、じゃあ朝飯、とすんなりいかないのが御陵宮の面倒なところ。
何故か。それは、俺の立場に起因する。
―――御陵宮における俺の扱いは、例の独断生贄事件の後も、しっかり紛糾した。
現当主が言ったのだから、と俺を推す、元々お付きだった面々を中心とした俺陣営。
一方、霊力ゼロではやはり嫡男にふさわしくないと主張する、弟の天征陣営。
そこに俺が鬼神を従えることについての功績と危険性。俺が独断贄事件の首謀者を処した正当性と憎しみ。様々なものが入り混じった。
結果として、俺はその後数十回ほど暗殺されかけた。
何でだよ。冷戦状態に落ち着くとか、派閥で真っ二つとかで済まないのかよ。
そう。済まなかったのだ。術士からの襲撃が十数回、毒殺未遂が数十回。
そのすべてをどうにか乗り切ってきたこの二年弱だったが、今回問題なのは毒の方だ。
というのも、俺の体は宿業でかなり毒に耐性があるが、それでも『じゃあ気にせず毒入りの食事を食べさせよう』という事にはできなかったのだ。
そうは言っても、霊力のない特殊な俺よりも、霊力のあるまっとうな天征陣営の方が、層も厚い。
結果として、いまだに俺は食事問題がちゃんとした解決を迎えないまま、慢性的な空腹で日々を過ごすこととなっていた。
「今日はちゃんと一食食えるかな……ひもじい……」
「主様よ、本当に辛ければ、妖怪を捕まえて食うのはどうじゃ? ちょっと人間ではなくなるが、霊力がない主様に悪影響はないぞ!」
「人間じゃなくなってるが」
とはいえ、空腹で倒れるのもアレなので、キキの提案は最終手段としてストックする俺だ。
ひとまず、一汗かいた俺たちは、テキパキ後片付けをして、その場を撤収に掛かった。
俺たちが訓練していたのは、御陵宮でも人気の少ない、森のそばの空き地である。やはり拗れた立場なのもあって、一目につくところでの行動は控えていたのだ。
と、そこから室内に戻る道の途中で、子供たちのワチャワチャとした声が聞こえてくる。
「ん……? 子供の声?」
まだ朝食前なのに珍しい、と思いながら、俺たちは自然と近づいていく。
そこでは、儚げな黒髪の少女が、ワルガキたちに囲まれていた。
「おい、何で引きこもりのビョーキ女が、外で歩いてんだよー」
「そうだぞー。お前は引きこもってろよー。オレたちに病気うつったらどうすんだよー」
「あ、あの、やめてください……」
俺とキキが、揃って眉を顰める。どうやらワルガキどもが、少女をイジメているらしい。
ワルガキどもは、俺の知っている連中だった。天征陣営の分家や使用人の子供たちだ。
一方少女だが、あまり見慣れない顔だった。だが、どこかで見たことがある顔でもある。
「まぁいいか。一旦助けてからだな」
俺は連中にずんずん進んでいく。そして、圧を掛けるように悪ガキどもに、背後から肩を組んだ。
「よぉ~お前ら。何やってんだ? 俺も混ぜろよ」
「は? 何だおま」
ワルガキどもが振り返る。そして俺に気付いて、息を飲んだ。
「うっ、うわぁああああっ!」「人喰いオニが出たァッ!」
ガキどもが騒ぎながら逃げていく。俺は「ふん」と鼻を鳴らした。
「人間なんざ食わねぇよクソガキども」
「すまぬのう、主様よ。わらわが食うからと、一緒にされてしまって」
「気にしてないって、キ、え、食ったの?」
「二年前の、主様を贄に捧げた連中を処した時に、ちょっと」
「何つまみ食いしてんだお前」
ぐしゃぐしゃっと、荒っぽくキキを撫でる。「きゃー♡」とキキは嬉しそうだ。
すると、イジメられていた少女が、「あ、あのっ」と声を上げた。
「ありがとうございますっ。お、さ、朔斗、様……!」
「ああ、うん。君は、ええと……」
礼を言われて、俺は改めて少女を見た。
長い黒髪に、高級な寝間着の和装。大和撫子の体現のような佇まい。
服を見れば御陵宮では、何となく立場が分かる。この服の感じは、宗家の近親だろう。つまり、俺に縁近い人物。で、あまり見慣れない顔の少女……。
「もしかして、雛見か?」
「っ! はいっ。宗和が娘、雛見にございますっ。お久しゅうございます、お兄さ、朔斗様」
宗和―――叔父さんの娘。つまり雛見は、俺の従妹に当たる少女だ。
幼い頃は、一緒に何度か遊んだことがある。だが雛見は病弱らしく、幼い頃に何回か会った程度。
しかし、当時は懐かれていた記憶があった。「お兄様、お兄様」とついて回られたものだ。
俺は、肩を竦めて笑いかける。
「久しぶり。体はもういいのか?」
「はい……っ。最近、体の調子が良くなってきていて。今日はめでたい日ですので、朝に家の周りを散歩してみよう、と思ったのですが」
「そこを悪ガキどもに掴まった、と」
「あはは……」
苦笑する雛見だ。俺の睨んだ通りの経緯だったのだろう。
「……でも、その、何年ぶりかでも、あの」
「にしても、俺と言い雛見と言い、宗家筋でもイジメてくるんだから、ガキってのは困るよなぁ」
「あっ、えっ、そ、そうですね……!」
慌てたような雛見の様子に、アレ、何か変なことを言ったかな、と思う。
にしても、めでたい日、とは。と俺が首を傾げたところで、再び俺の腹が鳴った。
グゥウウウ……! と。全員の注目が、俺の腹に集まるくらいの音量で。
「……あらまぁ」
「失礼。その、色々あって最近ちゃんと食えてなくてさ」
「というと、嫡男騒ぎでしょうか」
身の周りのいざこざは相当に知れ渡っているようで、雛見に言われて俺は頷くばかり。
すると、雛見は花開くように微笑んで、こう言った。
「では、わたくしの部屋で朝食をご一緒いただけませんか? お礼というにはささやかですけれど、わたくしは宗厳様側の権力争いとは無縁ですので」
その提案はありがたく、俺は「ご相伴に預かります!」と一も二もなく飛びついた。