君たちのとなりで笑いたい   作:モア

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説明不足の補填と続きを描く熱が入ったので手がきました。一ノ瀬優らが高校生となった世界を描いています。

前書きには説明不足だったキャラ達の説明がありますが飛ばしても支障などはありません。









オリ主の真プロフィール

【基本情報】
性別:男性
外見:小学生と見間違われるほど小柄な体躯。色素の薄い柔らかな髪と、常に好奇心に輝く大きな瞳を持つ。その表情は豊かで、喜びも悲しみも隠すことなく素直に表に出る。

性格:天真爛漫で純粋無垢。誰に対しても敬意を払い、幼いながらも丁寧な言葉遣いを心がける。底なしの優しさと献身性を持ち、他者の幸福を自らの幸福であるかのように感じる。食欲旺盛で、美味しそうに食べる姿は周囲を和ませる。家事全般を完璧にこなし、その手際の良さは年齢不相応。

モットーは「おはなしによる相互理解」。

【誰も知らない過去 - 偽りの記憶と、その下に眠る真実】
優を形作る要因であった「交差点で事故死した両親」の話は、彼自身が信じ込んでいる偽りの記憶である。それは、あまりにも過酷な真実から心を守るために、無意識下で構築された自己防衛機制、一種の自己暗示に他ならない。

〝真実〟
優に、血の繋がった父母は最初から存在しなかった。彼は、物心ついた頃から古びた一軒家で、血縁上の祖父母とされる老夫婦と暮らしていた。しかし、そこに合ったのは家族の温もりではなく、虫けらのように扱われる日々だった。食事はろくに与えられず、暴力と罵倒が日常だった。

そんな地獄のような日々の中で、二年前。彼は一体の不思議な生き物と出会う。ピンク色の、タコのような姿をした異星人──彼が後に【ピンキー】と呼ぶことになる存在だ。ピンキーは、孤独な優の唯一の友達となり、彼の心を支えた。

しかし、そのささやかな幸福も長くは続かなかった。ある日、いつものように家を飛び出した優は、信号無視のトラックにはねられる。病院に搬送されたが、その小さな心臓は一度、完全に停止した。医師は死亡を判断した。

だが、優は死ななかった。
彼の亡骸を前に、友を失った絶望と悲しみに打ちひしがれたピンキーは、自らの存在そのものを賭けた禁断の力を行使する。それは、自身の生命エネルギーと存在情報を、優の肉体と魂に〝融合〟させるという、生命への最大の禁忌であった。

奇跡的に蘇生した優。しかし、その代償は大きかった。ピンキーの存在は優の中に溶け込み、彼の記憶は融合のショックで混濁。ピンキーを失った喪失感と、彼を死なせてしまったという罪悪感が、「両親を事故で亡くした」という新たな偽りの記憶を創り上げたのだ。

蘇生後、存在しない両親の話を無邪気に語る優の姿を、祖父母は気味悪がった。そして、彼を厄介払いするかのように、遠い田舎町へと追いやった。それが、彼がしずかたちの住む町へ転校してきた経緯の全てである。


融合の果てに身体の1〜2割がハッピー星人となり、地球人では発話不可能の【んうえいぬkf】や【ぇおえkw」:】も発話が可能となっている。また、他者の闇を機敏に感じたり、他者の闇を薄くさせる事ができる。








【んうえいぬkf】のプロフィールと顛末

タコピーの原罪に登場する原作での【タコピー】その本人。性格や所作などは原作と変わりはない。

宇宙にハッピーを広めるための旅に出ていたが、食料の枯渇や予想外の敵対存在からの攻撃などの要因が重なり、太陽系第三惑星地球に不時着する。

そこでとある少年からご飯を分けてもらい、そのお礼として少年をハッピーにすると誓う。

この軸では優から【ピンキー】と、名をつけられる。

優は知らないが 【ピンキー】は何度も何度も優を自殺から救おうと、とあるカメラを使っている。しかし、【ピンキー】と出会った時点で優の心の大半は既に壊死していてもう手のつけようがなく、他者からのどんな言葉も優の心の底には何も響かなかった。その上、優自身は心の壊死に気付いておらず、当人さえも無自覚の痛みはどんな方法でも修復などできなかった。

当たり前だろう、どんなに辛いことを聞くといっても。その話す側が満面の笑みで「大丈夫」と本心で告げるのだ。

水をどんなに与えても種がなければ意味がなく、種を育てる鉢さえも無ければその願いなど叶わない。


しかし【ピンキー】は優が死んでしまったその時。〝例外〟を思いつく。

それは、種を育てる鉢がないのなら、その鉢を作り出せばいい。というものだった。



結果、

優は【ピンキー】の命で生きながらえ

【ピンキー】の意志を無自覚に引き継ぎ


先天的な純粋さもあるが、より一層精神年齢が幼くなり、「おはなしによる相互理解」がしあわせのモットーという少年が生まれた。




【ぇおえkw」:】のプロフィール

オリジナルキャラ。宇宙にハッピーを広めるために星を去った親友の安否が気になり、友を探す宇宙の旅を始めた。

水色のタコのような生き物で、この世界では【タコピー】と、しずかから名付けられていた。

元々、ハッピー星人と思えぬほどに暗い性格で馴染めなかったが【んうえいぬkf】から関わられ、性格が変わった過去を持つ。

ハッピー星人の中でも様々な星を巡ったせいか、先天的な暗さも相まって【悪意】というものをある程度理解しており、そのため【んうえいぬkf】とは違い善悪の無知さが殆どない。











それぞれのキャラの大まかな現在



久世しずか
未だあの古民家で母親、チャッピーと共に住んでいる。

まりなと同じ女子校に通っており、成績や態度も優秀な優等生。高校に上がったタイミングでバイトを始めている(本来は禁止だが家庭環境から特別に許可済み)

学童期の際に優に教えられた雑学や家事によって優並みとはいかないが家事能力は高い。

小学生の頃から想いは変わらず、今でも優に想いを寄せている。





雲母坂まりな
しずかと同じ女子校に通う高校一年生

家では遅めの反抗期の始まりということで過保護な親と言い合うこともしばしば

性格は学童期の頃から殆ど変わってはいないが、かなり丸くなっていて、笑うことも増えている

誰かさんに何度も食べ歩きをさせられるせいで少し甘党になってしまっていることに最近気付いて、ショックを受けている。



雲母坂夫妻
夫婦仲は6年前より確実に改善されているが、過去の贖罪からか、まりなが中学に上がった頃から特に過保護になってしまい、過干渉すぎたせいで反抗期の引き金になってしまっている

まりな本人は言い過ぎているつもりはないし、過保護にしてくれることも本心では嬉しいと思ってはいるのだが。言い合う度にまりなの悪い意味でのボキャブラリーの高さに夫妻はショックを受けている。



東直樹
完全に自立を果たし、兄とも軽口で言い合いをできるほどには関係が好転している。

優が要因で世界に対する視野がかなり広がっており、深い関係を持つ者を大事にするようになって、浅い関係の者たち───特に高校のクラスメイトたちからの嘲りの言葉やネチネチとした態度を気にしなくなった。

基本的に他者のことを苗字+さん付けで呼ぶが、優だけは例外で下の名前を呼び捨てにする

進学校に通うが、どうやら母のクリニックを継ぐつもりはないらしく……?






一ノ瀬優
前述の高校生三人の中心に常に存在する男の子。高校生だがとても小さな体躯をもつ

小学生の頃からの駄菓子屋の手伝いは今もしているが、駄賃はもうもらっていない

見た目や物言いからは予想もできないほどに頭は良く、力もつよい。取り敢えず困ったことがあったら優に任せておけばなんやかんやで解決するということで、高校では頼りにされる&弟のように好意を向けられている。


番外編
その日を摘め


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

活気あふれる商店街の一角に、甘く香ばしい匂いを漂わせるクレープ屋があった。行列は優の心配通りかなりの長さだったが、四人でおしゃべりをしながら待つ時間はあっという間に過ぎ去っていった。無事に目当てのクレープを手に入れた四人は、駅前の喧騒から少し離れた、人通りの少ない裏通りをゆっくりと歩き始める。

 

「んー! おいしいです!」

 

優は、大きな口でクレープを頬張り、その顔を幸せいっぱいに綻ばせた。季節のフルーツがこぼれ落ちんばかりに乗った、雑誌で見た通りの豪華なクレープ。その頬は、まるでリスのようにぷっくりと膨らんでいる。高校生になっても、その食べ方と、食べ物に対する純粋な喜びは少しも変わっていなかった。

 

「あんた、本当に美味しそうに食べるわね。見てるだけで胸焼けしそうよ」

 

隣を歩くまりなが、呆れたように言いながらも、その口元は楽しげに緩んでいる。彼女が選んだのは、チョコレートとバナナという定番の組み合わせだ。

 

「……優くん、口の端にクリームついてるよ」

 

しずかが、自分のシンプルなシュガーバターのクレープを上品に食べながら、そっと優の口元を指さす。彼女の言葉に、優は「え! どこですか!」と慌てて口の周りを手で拭おうとするが、見当違いの場所をぺたぺたと触るだけだ。

 

「もう、しょうがないわね」

 

まりなが、やれやれとポケットからハンカチを取り出し、少し乱暴に、でもどこか優しい手つきで優の口元をぐいっと拭った。

 

「ありがとうございます、まりなさん!」

「別に。あんたのためじゃないわよ。見てて見苦しいからよ」

 

そんなツンとしたセリフも、長年の付き合いの中では、もはや挨拶のようなものだった。

 

「それにしても、こうやってみんなで何か食べるのも久しぶりだな」

 

少し後ろを歩いていた東直樹が、カスタードクリームのクレープを一口食べながら、しみじみと呟いた。それぞれ違う高校に進学し、部活や勉強で忙しい日々を送る中で、四人全員の時間が合うのは珍しいことだった。

 

「そうですねぇ。なんだか、小学生の頃を思い出します。あの頃も、よく駄菓子屋さんで買ったお菓子を公園で食べましたよね」

 

優の言葉に、三人の脳裏に懐かしい光景が蘇る。夕暮れの公園、錆びたベンチ、そして、いつも鷹禾のそばにいた、不思議な生き物の姿。

 

「あー……」

 

まりなが、何かを思い出したように、ぼやくような声を上げた。

 

「確か…あの時、居なかったっけ?水色の、タコみたいな……えーっと……」

「タコピーだよ。わたしが名前つけたんだから、忘れないで」

しずかが、少しだけむっとしたように訂正する。彼女にとって、それは今でも大切な思い出の一部だった。

 

「タコピー……?」

 

東が、聞き覚えのあるその名前に、小首を傾げる。彼は小学生の頃、一度だけその名前を耳にしたことがあった。まりなとしずかが、いなくなったという謎の生き物について話していた、秋の日のことを。

 

「ああ、東は会ったことなかったんだっけ。優の家に居候してた、宇宙人のタコよ」

まりなが、まるで近所の猫の話でもするかのような気軽さで説明する。

 

「宇宙人の……タコ?」

東は、真面目な顔で数秒間考え込んだ後、真剣な表情で優に問いかけた。

 

「優、それは比喩表現か? それとも、文字通りの意味で言っているのか?」

 

「文字通りですよ、東さん! 可愛くて、優しくて、友達を探してハッピー星からやってきたんです!凄く良い人で僕たちをとーってもハッピーにしてくれたんですよ!」

優が、満面の笑みで答える。そのあまりに突拍子のない答えに、東は眉間に深い皺を刻み、頭を抱えた。

 

「……そうか。僕の知らない間に、君たちの周りではそんな超常現象が起きていたんだな……」

 

彼の真剣な悩みが面白くて、まりなとしずかがくすくすと笑い出す。

 

「まあ、色々あったのよ。あいつ、結構なトラブルメーカーでさ。いきなり変な道具出してきたり、人の心読もうとしてズレたこと言ったり」

 

「でも、いつも一生懸命だった。どうすればみんなが笑ってくれるか、考えてた」

 

しずかが、懐かしむように遠い目をする。

 

「変なゴーグルも持ってましたよね! あれで撮られると、好感度?みたいなのが見えるって言ってました」

 

優が思い出したように言うと、まりなとしずかがピタッと動きを止めた。二人の間に、一瞬だけ気まずい沈黙が流れる。小学生の頃、そのカメラの前で繰り広げられた、幼い恋のライバル宣言。今となっては微笑ましい思い出だが、当事者としては少し気恥ずかしい。

 

「……あ、あー! あったわね、そんなこと! くだらない道具ばっかり持ってきて!」

まりなが、わざとらしく大きな声で誤魔化すように言った。

 

「……うん。あったね」

しずかも、頬を微かに赤らめながら、小さな声で同意する。

 

 

「それで、そのタコピーは、結局どうなったんだ?」

 

東が、いまだ半信半疑といった面持ちで、しかし純粋な知的好奇心から問いかけた。彼の真面目な性格が、この荒唐無稽な話をなんとか理解しようと努めているのが見て取れる。その問いに、優は食べていたクレープをこくんと飲み込むと、まるで昨日の出来事を話すかのように、当たり前の口調で答えた。

 

「はい! タコピーさんは、探していたお友達を見つけたんです。それで、そのお友達がこの地球でとっても幸せに過ごしているのが分かったから、心配しているハッピー星のみんなにそのことを教えるために、一度自分の星に帰ったんですよ」

 

優は、にぱっと効果音がつきそうなほどの満面の笑みを浮かべた。その言葉には、嘘も、隠し事も、何の含みもない。彼は、あの日のタコピーとの約束を、その言葉の全てを、一字一句違わずに信じているのだ。

 

しかし、その説明を聞いた三人の反応は、それぞれ全く異なっていた。

 

「……はぁ? 友達が見つかったから帰った? なによそれ、意味わかんないんだけど」

 

まりなは、眉間に深い皺を寄せた。彼女の合理的な思考では、「友達が見つかった」→「だから帰る」という論理が全く結びつかない。むしろ、見つかったのなら一緒にいればいいじゃないか、というのが普通の考え方だろう。小学生の頃にも似たような説明をされた気はするが、高校生になった今、その説明の非論理性がより一層際立って感じられた。

 

「……でも、タコピーがそう言ったんだから、きっとそうなんだよ」

 

しずかは、静かにそう呟いた。彼女は、まりなのように理屈で考えるよりも、優と、そしてタコピーという存在そのものを信じていた。あの不思議な生き物が、嘘をついたり、誰かを悲しませるために行動したりするはずがない。きっと、自分たちには理解できない、彼なりの大切な理由があったのだろうと、そう直感的に受け入れていた。

 

そして、東はといえば、眼鏡の奥の瞳を困惑に揺らしながら、必死に頭の中で情報を整理しようと試みていた。

 

「待ってくれ、優。いくつか確認したい。まず、その友人は地球人なのか? それともタコピーとやらと同じ宇宙人なのか? そして、幸せに過ごしていると分かったというのは、具体的にどういう状況なんだ? 再会して、直接話をしたということか?」

 

矢継ぎ早に繰り出される質問は、まるで事件の捜査報告を聞く刑事のようだ。彼の知的好奇心と、物事を正確に把握したいという真面目さが、このSFじみたおとぎ話を現実的な情報として処理しようと奮闘している。

 

「うーん……」

 

優は、東の真剣な問いに、少し困ったように小首を傾げた。

 

「お友達が誰なのかは、僕にも教えてくれませんでした。でも、タコピーさんは『この地球で、たくさんの素敵な人たちに囲まれて、毎日笑ってる』って、とっても嬉しそうに言っていたんです。だから、きっと、僕たちの知らないところで、そのお友達さんと会って、お話したんだと思います!」

 

悪意のない、純粋な推測。だが、その答えは東の疑問を解消するには程遠かった。

 

「……つまり、君も直接その友人と会ったわけではないし、その友人が誰なのかも知らない、と。それで、タコピーはその友人の安否確認ができたから、故郷の星に報告するために帰還した……そういうことでいいのか?」

「はい! そうです! 東さん、物知りですね!」

 

褒められた東は、しかし全く嬉しそうではない。むしろ、理解不能な事象を前にして、知性の限界に挑戦しているかのような疲労感を顔に滲ませていた。

 

「ほんっと、あんたのそのポジティブ思考、どこから来るわけ……」

 

まりなが、残りのクレープを大きな一口で食べ終えながら、やれやれと首を振った。

 

「普通、友達がいなくなったら、もっと落ち込むもんじゃない? 小学生の時もそうだったけど、あんた、全然寂しそうじゃなかったわよね」

 

「え? 寂しいですよ? もちろん、タコピーさんがいなくなったのは、すっごく寂しいです。でも……」

 

優は、自分の食べかけのクレープを大事そうに胸に抱えながら、三人の顔を順番に見回した。その大きな瞳は、どこまでも澄み切っている。

 

「タコピーさんは、さよならじゃなくて、『また会おうね』って言ってくれたんです。それに、もっと大きなシャトルで戻ってきて、僕たちみんなをハッピー星に招待してくれるって、約束してくれたんですから!それに、今度は東さんも紹介したいですし!」

 

その言葉は、小学生の頃と寸分違わぬ、希望に満ちた響きを持っていた。

 

「異惑星に……招待……?」

 

東の口から、呆然とした声が漏れた。宇宙人の存在だけでも現実離れしているのに、今度は惑星間の旅行の話にまで発展している。彼の常識は、もはや崩壊寸前だった。

 

「……ぷっ。あはははは!」

 

 

最初に吹き出したのは、まりなだった。彼女は、東の真剣に混乱している顔と、それとは対照的にきらきらとした目で「ハッピー星」について語る優の姿を見比べて、もう我慢の限界といった様子で肩を震わせた。

 

「なにそれ、ウケる! ハッピー星に招待ですって!? あんた、パスポートとか持ってるわけ?」

 

堪えきれないといった風に、お腹を抱えて笑い転げる。しずかも、そんなまりなを見て、小さく「ふふっ」と笑い声を漏らした。彼女の笑い声は、昔に比べてずっと自然で、柔らかい響きを持っている。

 

「そ、そりゃあいいじゃない! 宇宙旅行なんて、滅多にできる経験じゃないわよ! ちゃんとお土産もってきなさいよね、ハッピー星限定のやつ!」

 

まりなは、涙目になりながら、どこか他人事のように、しかし心底楽しそうに言った。彼女はタコピーの言葉を信じているわけではない。だが、優がそれを信じ、東がそれに真剣に頭を悩ませ、しずかがそれを穏やかに受け入れている、この状況そのものが、たまらなく可笑しくて、そして何より愛おしかった。小学生の頃の、ギスギスとした関係が嘘のような、温かくて、少しだけ馬鹿馬鹿しいこの時間が、彼女にとっては何物にも代えがたい宝物だった。

 

「はい! もちろんです! ハッピー星の食べ物、きっとすっごく美味しいですよ!」

 

優は、まりなの冗談めかした言葉を真に受けて、ぱあっと顔を輝かせる。彼の頭の中では、すでに未知の惑星の、色とりどりで奇妙な形をした食べ物が想像されているのだろう。

 

「いや、問題はそこじゃないだろ……」

 

東は、一人だけ話についていけず、ぐったりとした様子で頭を振った。彼の常識と論理的思考は、この友人たちの前ではほとんど役に立たないことを、改めて痛感させられていた。

 

「まあ、優が寂しくないなら、それが一番だが…」

 

彼は、溜息混じりにそう言って、ようやく肩の力を抜いた。理解はできない。信じられるかと問われれば、答えは否だ。しかし、この友人が、過去の様々な出来事を乗り越えて、今こうして屈託なく笑えている。その事実だけで、もう十分ではないか。それに、もし万が一、本当にタコ型の宇宙人が大きなシャトルで迎えに来たとしたら……その時はその時で、面白いかもしれない。そんな非現実的なことを考えながら、東もまた、残りのクレープを一口頬張った。カスタードの優しい甘さが、混乱した頭にじんわりと染み渡るようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はー、美味しかった!」「ごちそうさまでした!」

 

四人はそれぞれクレープの包み紙をきれいに畳み、通りに設置されたゴミ箱にきちんと捨てた。甘い余韻に浸りながら、あてもなくゆっくりと歩き出す。夕暮れにはまだ間がある、穏やかな休日の昼下がり。車の通りも少ない裏通りは、彼らだけの貸し切りステージのようだった。

 

「で、結局そのハッピー星ってのは、どんな星なんだ? 優」

 

東が、先ほどの超常現象トークの続きを、もはや呆れを通り越して純粋な好奇心で尋ねた。彼の真面目な探求心は、一度気になると簡単には諦められないらしい。

 

「えっとですね……タコピーさんが言うには、地球からすっごく遠い場所にあって。みんながいつもニコニコしていて、悲しいことや怒ることが全然ない、とっても平和な星なんだそうです!

 

優は、まるで見てきたかのように目を輝かせて語る。その光景を想像しているのだろう、彼の口元は自然と綻んでいた。

 

「なにそれ、クッソつまんないじゃない」

 

まりなが、すかさず身も蓋もないツッコミを入れる。しかし、その声色にはいつものような刺々しさはなく、むしろ楽しんでいるのが明らかだった。

 

「まりなさん! そんなこと言ったら、ハッピー星の人に怒られますよ!」

「いいわよ、怒られても。どうせ言葉通じないでしょ」

「……通じるかもしれないよ。タコピーは、わたしたちの言葉、ちゃんと話してた」

 

しずかが、静かな声でぽつりと呟いた。彼女の言葉は、いつも場の空気を少しだけファンタジックな方へと引き戻す力を持っている。

 

「……。宇宙人が地球の言語を習得するプロセスには非常に興味がある。音声データのサンプリングと、意味論の解析をどのように行ったのか……」

 

東が、またしても真剣な顔でブツブツと考察を始め、三人は顔を見合わせて苦笑した。この四人でいると、いつも話はどこか不思議な方向へと転がっていく。

 

「そういえば、みんなはもう進路とか決めてるんですか?」

 

優が、ふと話題を変えるように切り出した。高校一年生、それが始まったばかりとは言え進路は誰もが意識せざるを得ない現実的な問題だ。ファンタジーから一気に現実へと引き戻され、まりなは「うげっ」とあからさまに嫌な顔をした。

 

「やめなさいよ、そういう現実的な話。せっかくの休日なのに気分が萎えるじゃない」

「でも、大事なことだよ。雲母坂さんはどうするんだ?」

 

東が、眼鏡の位置を直しながら問いかける。

 

「わたし? うーん……別に、これといってやりたいこともないのよねぇ。まあ、うちの親は大学に行けってうるさいけど。正直、なんでもいいわ。そこそこの大学に入って、そこそこの会社に就職して、そこそこの男捕まえて結婚する、みたいな?」

 

投げやりな口調で言いながら、まりなはちらりと優の横顔を盗み見る。その視線に気づかない優は、「そこそこ、ですかぁ」と感心したように頷いている。

 

「しずかさんは、何か決まってたりするんですか?」

 

優に話を振られ、しずかは少しの間、空を見上げて考え込むような仕草を見せた。彼女の長い黒髪が、風にさらりと揺れる。

 

「……わたしは、動物に関わる仕事がしたいかなって、ちょっと思ってる」

 

「動物……。 ああ、チャッピーか」

 

東が、納得したように声を上げた。

 

「うん。チャッピーももうおじいちゃんだから……。もっと、動物のこと、知りたいなって。病気のこととか、気持ちのこととか。獣医さんとか、トリマーさんとか……まだ、よくわからないけど」

 

控えめに、しかし確かな意志を感じさせる声で語るしずかの横顔は、昔の無表情な少女の面影はなく、穏やかで優しい光に満ちていた。

 

「素敵ですね! しずかさんなら、きっと動物さんたちの気持ちがわかる、優しい獣医さんになれますよ!」

 

優が、自分のことのように嬉しそうに言う。その屈託のない賛辞に、しずかは少し照れたように「……ありがとう」と俯いた。

 

「へぇ、あんたがねぇ。意外だわ。でも、まあ、あんたらしいっちゃあんたらしいかもね」

 

まりなも、ぶっきらぼうな口調ながら、どこか感心したように頷いている。小学生の頃、自分に向けられていた敵意を知る彼女にとって、しずかが誰かのために何かをしたいと考えるようになった変化は、感慨深いものがあった。何より、そのきっかけの一端が、間違いなく目の前で無邪気に笑うこの少年であることも、まりなはよく理解していた。

 

「で? あんたたちはどうなのよ」

 

まりなは、話の矛先を優と東へと向けた。優の将来など、全く想像がつかない。彼の興味はあまりに広範囲で、そのどれもが子供のような純粋な好奇心に基づいているからだ。

 

「僕、ですか?」

 

唐突に話を振られた優は、きょとんと目を丸くした。

 

「僕は……そうですねぇ……」

 

彼は、うーん、と少しの間考え込む。その表情は、これまで見せてきたどんな表情とも違い、どこか遠く、掴みどころのないものだった。

 

「僕、何にでもなれる気がして、何にもなれない気もするんです」

 

ぽつりと漏れた言葉は、彼の普段の快活さからは想像もつかないほど、哲学的で、少しだけ寂しげな響きを持っていた。

 

「……は? なによそれ、禅問答?」

 

まりなが、怪訝な顔で聞き返す。

 

「えっと、違うんですけど……。例えば、お料理を作っていると、コックさんってすごいなって思いますし、駄菓子屋さんのおばあちゃんのお手伝いをしてた時は、お店屋さんって楽しいなって思いました。東さんみたいに、難しい勉強をしているのもかっこいいですし、しずかさんみたいに、動物のお医者さんもとっても素敵です。僕、全部やってみたいんです。でも、全部はできないですよね? だから、何を選べばいいのか、全然わからなくて……」

 

困ったようにへにゃりと笑う優。彼の言い分は、あまりに彼らしかった。世界にある全ての素晴らしいものに感動し、その全てに憧れてしまう。だからこそ、一つだけを選ぶことができない。それは、選択肢が多すぎる幸福な悩みであり、同時に、一つの道を決めることのできない漠然とした不安でもあった。

 

「……優らしいな」

 

東が、その答えに小さく笑った。

 

「君は、昔からそうだ。あらゆる物事の良いところを見つける天才だからな。でも、それでいいんじゃないか? 今すぐ決める必要はない。色々なことに興味を持って、色々なことを知っていくうちに、本当にやりたいことが見つかるかもしれない」

 

東の言葉は、まるで兄が弟に語りかけるように優しかった。かつては優の持つ、自分にはない「何か」に嫉妬し、劣等感を抱いていた彼が、今ではその「何か」を誰よりも的確に理解し、肯定している。

 

「そう……でしょうか?」

「ああ。それに、君のその『何でもやってみたい』という気持ちは、どんな仕事に就いたってきっと役に立つ。君みたいな人が側にいてくれたら、どんな職場もきっと明るくなるだろうからな」

「東さん……!」

 

優の顔が、ぱあっと輝いた。東からの思わぬ言葉が、彼の胸の奥の靄を少しだけ晴らしてくれたようだった。

 

「はいはい、そこの男同士の友情はもういいから」とまりなが茶々を入れ、「で、あんたはどうなのよ、ミスター・パーフェクト。どうせ、お医者様になって親のクリニックでも継ぐんでしょ?」と、今度は東に話を振った。その口調は揶揄しているようでいて、どこか確信に近い響きがあった。

 

しかし、東の答えは、三人の予想を裏切るものだった。

 

「いや、医者にはならない」

 

きっぱりとした、迷いのない声だった。

 

「えっ」と思わず声を上げたのは、優だ。まりなもしずかも、驚いたように東の顔を見つめる。彼の家がクリニックを経営していること、そして、彼がその優秀さから、当然のようにその跡を継ぐものだと、誰もが思っていたからだ。

 

「……いいの? 」

 

東の母親が、彼や彼の兄にどれほどの期待をかけていたかを知るしずかが、心配そうに尋ねた。

 

「ああ。ちゃんと話したんだ。僕が本当にやりたいのは、医療じゃないって」

 

東は、少し照れくさそうに、しかし晴れやかな表情で言った。

 

「僕は、研究者になりたい。特に、宇宙物理学の分野に興味があるんだ。この宇宙がどうやって始まったのか、僕たちがいるこの世界は一体何なのか……そういう、根源的な問いの答えを探してみたい」

 

彼の目は、遠い宇宙の果てを見つめるように、きらきらと輝いていた。それは、母親の期待に応えるためではなく、誰かと比べるためでもない、彼自身の内側から湧き出る、純粋な知的好奇心の光だった。

 

「……ぷっ。あんたまで宇宙に進出? 優のご希望のハッピー星でも探してきなさいよ」

 

まりなが、呆れたように、でも、どこか楽しそうにその言葉を続けた。

 

「……ま、あんたらしいっちゃあんたらしいわね。どうせ勉強だけは無駄にできるんだから、頑張んなさいよ。で、もし本当に夢が叶ったなら、ちゃんとハッピー星見つけてきなさい。優が一生待ってるわよ」

 

その言葉は、彼女なりの最大限の応援であり、同時に、ここにいる友人たちへの深い愛情の現れだった。普段は素直になれない彼女が、東の大きな決意を茶化しながらも受け入れ、優の純粋な夢を優しく肯定している。その絶妙なバランスが、いかにもまりならしい。

 

「ああ、任せておけ。もしタコピーの星が見つかったら、一番に君たちに連絡する」

 

東も、真面目な顔でそう返した。冗談なのか本気なのか分からないそのやり取りに、優としずかは顔を見合わせて、ふふっと笑みをこぼした。

 

他愛のない会話を続けながら、四人の足は自然と、彼らの思い出が詰まった場所へと向かっていた。小学生の頃、毎日のように集まったあの公園だ。高くそびえる欅の木も、少し錆び付いたブランコも、色褪せた滑り台も、昔のままの姿でそこにあった。時の流れから取り残されたかのように、穏やかな空気が流れている。

 

「なんだか、懐かしいですね」

 

優が、公園の入り口で立ち止まり、感慨深そうに呟いた。

 

「そうね。ここでよく帰り道にはなしたっけ」

まりなが、少し遠い目をして言う。

 

「……うん」

しずかが、そっと自分の肩に触れる。あの日の赤いランドセルの重みと、胸に灯った温かい光を思い出すように。

 

 

四人は、吸い寄せられるように公園の中へと入っていく。そして、自然と四人掛けのベンチに腰を下ろした。小学生の頃は四人で座ると肩が触れ合うくらいの、心地よい距離感で座ることができたベンチも、高校生になった今では、少し窮屈に感じてしまっていた。

 

 

しばらくの間、誰も何も話さなかった。ただ、頬を撫でる初夏の風の心地よさや、遠くで聞こえる子供たちの声、木の葉が擦れ合う音を、それぞれが静かに感じていた。共有してきた時間の長さが、沈黙さえも心地よいものに変えていた。

 

最初に口を開いたのは、優だった。

 

「僕、時々考えるんです」

 

彼は、ベンチの背もたれに体を預け、空を見上げながら言った。

 

「もし、僕がこの町に来ていなかったら。もし、しずかさんや、まりなさんや、東さんと出会っていなかったら。今頃、みんなはどうしていたんでしょうねって」

 

その問いは、誰に言うでもなく、ただ空に放たれた独り言のようだった。しかし、その言葉は、他の三人の心に、静かな波紋を広げた。

 

「……さあ、どうでしょうね。あんたがいなかったら、わたしは多分、今頃もっとひねくれて、どうしようもない女になってたでしょうね」

 

まりなが、自嘲するように、しかし不思議と明るい声で言った。

 

「相変わらず親とは理解し合えなくて、しずかのこと妬んで、毎日イライラして。きっと、心の底から笑うことなんて忘れてたと思うわ。あんたっていう、底抜けのお人好しで、人の心に土足でズカズカ踏み込んでくる変なのが現れたおかげで、色々めちゃくちゃになったけど……まあ、悪くはなかったわね」

 

最後の言葉は、ほとんど吐息に近いほどの小さな声だったが、隣に座るしずかの耳には、確かに届いていた。

 

「……わたしも、わからない」

 

しずかが、まりなの言葉を引き継ぐように、静かに口を開いた。

 

「優くんがいなかったら、わたしはきっと、ずっとあの家の、あの部屋で、心を閉ざしたままだったと思う。笑うことも、誰かと話すことも、何かを『したい』って思うことも、知らないままだった。まりなちゃんのことも、ずっと怖いって思ったままだったかもしれない。……だから、ありがとう、優くん。わたしを見つけてくれて」

 

その声は、震えてはいなかった。ただ、深く、澄んだ感謝の気持ちが込められていた。彼女は、まっすぐに優の瞳を見て、はっきりとそう言った。

 

「僕もだ」

 

最後に、東が口を開いた。

 

「優がいなかったら、僕はきっと、期待という檻の中で、自分を見失ったままだっだと思う。兄さんと自分を比べて、ずっと劣等感を抱えて生きていた。……僕は、絶対にしてはいけないことをしたし、それは、一生消えない事実。でも、優はそんな僕を許して、友達だと言ってくれた。……君と出会わなければ、僕は、誰かを羨むんじゃなくて、自分自身の足で立つことの意味を知らないままだった」

 

東の言葉は、静かだったが、確かな重みを持っていた。彼は、過去の自分の過ちから目を逸らさず、それでも前に進むことを選んだ。その選択の根底に、優という存在がいたことを、彼ははっきりと認めている。

 

「君が僕を許してくれたから、僕は兄さんと向き合うことができた。それに、ありのままで母さんと話すことができた。そして、自分が本当に進みたい道を見つけることができたんだ。だから、僕も君に感謝している。僕の世界を変えてくれて、ありがとう、優」

 

まりなからの、素直じゃないけれど温かい言葉。

しずかからの、まっすぐで、心の底からの感謝。

そして、東からの、過去の贖罪と未来への希望を込めた謝辞。

 

立て続けに贈られた、それぞれの形をした、あまりにも真摯な言葉の数々。

それらは、穏やかな公園の空気に溶け込むことなく、まっすぐに優の心へと届いた。

 

「え……あ、あの……」

 

自分で尋ねたとはいえ、優は、口々にそんなことを言われ、どう反応していいのか分からずに、ただただ目をぱちくりとさせていた。いつもは太陽のように輝いている彼の顔が、夕焼けのようにじわじわと赤く染まっていく。嬉しい、という感情だけでは言い表せない、くすぐったくて、むずむずするような、それでいて胸の奥がじんわりと温かくなるような、複雑な感情が彼を包み込んでいた。

 

「そ、そんな……! 僕、何も……何もしてませんよ!?」

 

彼は、慌てて両手をぶんぶんと横に振った。その仕草は、小学生の頃と少しも変わっていない。

 

「僕は、ただ、しずかさんとお友達になりたかっただけで……まりなさんとも、もっとお話がしたかっただけで……東さんとは、一緒に勉強がしたかっただけで……。僕が、そうしたかっただけなんです。だから、皆さんが僕のおかげだなんて、そんなこと……!」

 

しどろもどろになりながら、必死に否定の言葉を紡ぐ。彼の純粋さは、自分が誰かに与えた影響の大きさを、全く自覚していなかった。彼にとって、それは全て「自分がやりたかったこと」であり、そこに他者への貢献などという大層な意識は欠片も存在しないのだ。

 

そのあまりに優らしい反応に、まりな、しずか、東の三人は、思わず顔を見合わせて吹き出してしまった。

 

「ぷっ……あははは! なによ、その反応!」

 

まりなが、腹を抱えて笑い出す。

 

「こっちは真面目に感謝してやってんのに、あんたってやつは本当に……! 少しは格好つけなさいよ、『全部俺のおかげだ』くらい言ってみなさいっての!」

 

「む、無理です! そんなこと言えません!」

 

真っ赤な顔で抗議する優の姿が、さらにまりなの笑いを誘う。

 

「ふふっ……。優くんは、昔からそうだね。いつだって、全部自分のことみたいに一生懸命で、でも、それが誰かのためだなんて、全然思ってない」

 

しずかが、愛おしそうに目を細めて言う。彼女の言葉は、優という人間の本質を的確に捉えていた。

 

「まあ、それが君の最大の美点なんだろうな」

 

東も、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

 

「……うぅ……」

 

三人から口々に言われ、優はついに耐えきれなくなったのか、両手で顔を覆ってしまった。その指の隙間から見える耳まで、真っ赤に染まっている。そんな彼を見て、三人の笑い声はますます大きくなった。

 

ひとしきり笑った後、公園には再び心地よい静けさが戻ってきた。もう誰も、改めて言葉を交わすことはなかった。ただ、ベンチに並んで座る四人の間には、先ほどよりもずっと深く、温かい一体感が流れていた。それぞれが違う制服を着て、違う学校に通い、違う未来を見据えている。けれど、この場所に集まれば、彼らはただの「優」と「まりな」と「しずか」と「直樹」だった。過去の痛みも、未来への不安も、全てを分かち合い、笑い飛ばせる、かけがえのない仲間だった。

 

ふと、優が顔を上げた。その表情は、もう照れてはいなかった。彼は、三人の顔を順番に、ゆっくりと見回すと、心の底から湧き出るような、満開の笑顔を咲かせた。

 

「僕、やっぱり、この町に来てよかったです」

 

それは、先ほどの問いに対する、彼自身が見つけ出した答えだった。

 

「しずかさんがいて、まりなさんがいて、東さんがいて……。みんなと一緒にいられて、僕は、世界で一番幸せです!」

 

その言葉に、嘘も衒いも一切ない。彼の「ハッピー」は、いつだってシンプルで、まっすぐだ。

 

その言葉を聞いて、まりなは「はいはい、わかったわよ」とぶっきらぼうに言いながらも、その口元は隠しきれない笑みを浮かべていた。しずかは、何も言わずに、ただこくりと頷き、その瞳には優しい光が灯っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あれから数日後。アスファルトを揺らす陽炎が、夏の訪れを告げ始めた、ある日の放課後。

 

駅前の、少しレトロな雰囲気が人気の喫茶店。カラン、とドアベルが鳴り、一人の男子生徒が店内へと足を踏み入れた。進学校のきっちりとした制服に身を包んだその少年──東直樹は、きょろきょろと店内を見回し、窓際のテーブル席で頬杖をついて外を眺めている見慣れた金色の髪を見つけると、少し緊張した面持ちでそちらへ向かった。

 

 

「待たせたかな、雲母坂さん」

「ん。別に、今来たとこ」

 

 

呼び出した張本人である雲母坂まりなは、東を一瞥すると、興味なさそうに再び窓の外へと視線を戻した。彼女の前には、すでに半分ほど減ったクリームソーダが置かれている。明らかに「今来たとこ」ではない。

 

 

「それで、話というのは一体なんだ? わざわざ僕を呼び出すなんて、何か急ぎの用件か?」

 

 

東は、彼女の向かいの席に腰を下ろしながら、単刀直入に本題を切り出した。普段、まりなが個人的に自分を呼び出すことなど万に一つもない。大方、優かしずかに関わる、面倒な相談事だろうとあたりをつけていた。

 

 

しかし、まりなから返ってきたのは、予想の斜め上を行く、とんでもない爆弾発言だった。

 

 

「……今度の休日、優のこと、デートに誘おうと思うんだけど」

 

 

「………………は?」

 

 

東は、思考が完全に停止した。

 

今、この女は何と言った? デート? 誰を? 優を?

 

脳内で単語が意味を結ばず、ただ空虚に反響する。彼は、注文を取りに来たウェイトレスに「あ、あの、水……水をください」と、かろうじて声を絞り出すのが精一杯だった。

 

 

まりなは、そんな東の驚愕ぶりを気にも留めず、クリームソーダに乗ったさくらんぼをストローでつつきながら、独り言のようにつぶやいた。

 

 

「別に、あんたに許可を取りに来たわけじゃないわよ。ただの報告。あんた、ああ見えて色々知ってるし、一応、優の『友達』でしょ。なんかアイツが喜びそうな場所とか、知らないかなーって思って」

 

 

「いや、待て、待ってくれ。情報量が多すぎる。少し整理させてくれ」

 

 

東は、運ばれてきた水を一気に飲み干すと、こめかみを押さえた。

 

 

「君が、優を、デートに? 二人きりで、か?」

「だからそう言ってるじゃない。何回同じこと言わせんのよ」

「……久世さんは、そのことを知っているのか?」

「知るわけないでしょ。なんでライバルに塩送るような真似しなきゃなんないのよ。抜け駆け上等、恋愛は戦争よ」

 

 

あっけらかんと言い放つまりなに、東は天を仰いだ。

 

「……正気か、君は……」

「失礼ね。いつだって正気よ」

「いや、だって相手は優だぞ!? あの、一ノ瀬優だ! デートに誘ったとして、君の意図がミリグラム単位でも伝わると思うか!? 絶対に『わーい! みんなで行きましょう!』って言い出すに決まってる!」

「……でしょうね」

 

東のあまりに的確なシミュレーションに、まりなはぐうの音も出ないといった顔で、深く、ふかーいため息をついた。

 

「だから、あんたに相談してんでしょ。どうすれば、あの朴念仁に『これはただのお出かけじゃなくて、デートなんだ』って分からせられるか、知恵を貸しなさいよ」

 

そのあまりに無茶な要求に、東は眩暈を覚えた。それは、宇宙の始まりを解明するよりも、はるかに難易度の高い問題に思えた。

 

「……無理だ。不可能だ」

「はぁ? あんた、進学校の優等生なんでしょ? このくらいの難問、解いてみなさいよ」

「学力と恋愛偏差値は比例しない! というか、そもそも相手は人間の恋愛感情の枠組みの外にいる存在だ! 一般人の常識は通用しない!」

「何よそれ、優のこと宇宙人か何かだと思ってんの!?」

「事実、宇宙人と同居していた男だぞ! 僕たちとは前提条件が違う!」

 

喫茶店の静かな雰囲気をぶち壊す、白熱した議論。周りの客たちが、何事かとこちらを窺っている。東は、はっと我に返ると、声を潜めた。

 

「……いいか、雲母坂さん。落ち着いて聞いてくれ。君の気持ちは分からなくもない。だが、作戦があまりにも無謀すぎる。まずは、もっと外堀を埋めることから始めるべきだ。例えば、グループで遊びに行く回数を増やして、彼の中で『雲母坂さんと二人でいても自然だ』という認識を植え付けるとか……」

「まどろっこしいわね! そんなことしてる間に、しずかに先越されたらどうすんのよ!」

 

まりなは、バン!とテーブルを叩いた。クリームソーダのグラスが揺れ、メロンソーダの緑の液面に浮かぶ純白のアイスが震える。鮮やかな赤いさくらんぼが、その衝撃でグラスの底へと沈んでいった。

 

その声は、普段の彼女からは想像もつかないほど、焦りと本気の色を帯びていた。もはや周囲の目など気にしていない。東は、そのただならぬ気迫に圧倒され、思わず背筋を伸ばした。

 

「わ、分かった、分かったから、少し落ち着いてくれ雲母坂さん……!」

 

東は、降参するように両手を上げた。一旦、この暴走機関車を止めなければ、この喫茶店から出禁にされかねない。彼は深く、深く深呼吸をして、乱れかけた思考の糸を必死に手繰り寄せた。

 

「……分かった。君が本気だということは、嫌というほど伝わった。協力しよう」

「ほんと!? さすが東、話がわかるじゃない!」

 

東が譲歩の姿勢を見せたとたん、まりなは先ほどまでの剣幕が嘘のように、ぱあっと顔を輝かせた。その現金な変わりように、東は再び深いため息をつかずにはいられない。

 

(……だからといって、納得ができるわけではない……)

 

東は心の中で呟いた。そもそも、自分は恋愛ごとがからきし駄目なのだ。これまで勉強だけを相手に生きてきた。誰かと恋の駆け引きをしたり、ましてや他人の恋愛相談に乗ったりするなど、人生で一度も経験したことのない未知の領域である。そんな自分が、なぜ今、陽キャ女子である雲母坂まりなの、あの一ノ瀬優に対するデートプランの軍師をやらされているのか。不可解な事象だった。

 

「で? どうすればいいわけ? あんた、優のことよく見てるし、同じ男でしょ。アイツ、何が好き? 何したら喜ぶのよ」

 

完全に東を軍師認定したまりなが、身を乗り出して問い詰めてくる。その瞳は、爛々と輝いていた。

 

「な、何が好きと言われても……」

 

東は、優の顔を思い浮かべた。太陽のような笑顔。美味しいものを頬張る幸せそうな顔。誰かが困っていると、自分のことのように悲しむ顔。

 

「……食べ物、だろうな。とにかく、美味しいものを食べさせておけば、大抵は喜ぶ」

「食べ物……ねぇ。ありきたりだけど、まあ、そうよね。あいつの食い意地は宇宙一だもんね」

 

まりなは、納得したように顎に手をやった。その脳裏に、クレープを頬張るリスのような優の姿が浮かび、無意識に口元が緩む。

 

「じゃあ、オシャレなカフェでパンケーキとか? それとも、がっつり焼肉とか?」

「待て。相手は優だぞ。オシャレなカフェの雰囲気を『デート』だと認識できるとは到底思えん。それに、焼肉はハードルが高い。煙と油で会話どころではなくなる可能性がある」

 

東は、冷静に分析する。これはもはや恋愛相談ではなく、難解なパズルか、あるいは捕獲困難な珍獣の生態調査に近い。

 

「うーん……。そうだ。彼の興味を引くものがいい。例えば、科学博物館とか、プラネタリウムとか……」

「はぁ!? 何それ、小学生の社会科見学じゃないんだから! そんなとこ行って、どうやってデートの雰囲気にすんのよ!」

「だから、雰囲気は二の次だと言っている! まずは『二人きりで出かける』という既成事実を、彼に違和感なく受け入れさせることが最優先事項だ!」

「むぅ……」

 

まりなは、不満そうに唇を尖らせたが、東の言うことにも一理あるとは思った。優を相手に、いきなり王道のデートコースを攻めても、玉砕するのが目に見えている。

 

「……じゃあさ、水族館とかは?」

「水族館……?」

「ほら、薄暗いし、なんかロマンチックじゃない? それに、優って生き物好きそうだし。魚とか見て『わー!きれいですねー!』とかってはしゃぐ姿、目に浮かぶんだけど」

 

まりなの提案に、東は少し考え込んだ。水族館。確かに、悪くない選択肢かもしれない。知的好奇心を刺激しつつ、デートスポットとしての側面も併せ持つ。薄暗い空間は、自然と二人の距離を縮める効果も期待できる……かもしれない。

 

「……悪くない。むしろ、現状考えうる限りでは最善の選択肢かもしれない。よし、それでいこう」

「でしょ? わたしもちょっとは考えるのよ」

 

まりなは、得意げにふふんと鼻を鳴らした。

 

「問題は、どう誘うか、だ」

 

東が、最も核心的な問題に切り込んだ。

 

「普通に『今度の日曜日、水族館行かない?』って誘えばいいんじゃないの?」

「だから、それでは『みんなで行きましょう!』案件になると何度言えば……!」

 

東は、再びこめかみを押さえた。恋は盲目と言うが、この子は、本当に学習能力というものがないのだろうか。

 

 

「いいか、雲母坂さん」

 

東は、観念したように一度天を仰ぎ、それから覚悟を決めた顔でまりなに向き直った。もはや、この暴走特急を止めることは不可能だ。ならば、せめて脱線しないように、可能な限り安全なレールを敷いてやるのが、友としての、そしてこの面倒事に巻き込まれた被害者としての最低限の務めだろう。

 

「誘い方には、細心の注意を払う必要がある。まず、大前提として『みんなで』という選択肢を、優の脳内から完全に排除しなければならない」

「だから、その方法を聞いてんでしょ」

「そうだ……。誘うシチュエーションが重要だ。例えば、二人きりの時に、他の誰にも聞こえないように、内緒話をするような雰囲気で切り出すんだ。『ねえ、優。今度の日曜日、二人だけで行きたいところがあるんだけど…』といった具合に」

 

東は、自分で言っておきながら、その台詞の気恥ずかしさに背筋がぞわぞわするのを感じた。

 

「ふた、二人だけで……?」

 

まりなが、東の台詞をオウム返しに呟く。その顔は、先程までの自信満々な表情とは打って変わって、ほんのりと赤く染まっていた。普段、どれだけ強気でいても、彼女もまた、恋に悩む一人の少女なのだ。

 

「そ、そうか。なるほどね……。『二人だけ』ってのを、最初に強調するわけね。うん、いいかも……」

「そうだ。そして、もし彼が『どうして二人だけなんですか?』と、あの純粋な瞳で問い返してきたら……」

「ど、どうすればいいのよ!?」

 

まりなが、食い気味に尋ねる。彼女の脳内では、すでに優との会話シミュレーションが始まっているのだろう。

 

「そこが正念場だ。『君と、二人だけで、ゆっくり話したいことがあるから』と答えるんだ。理由はそれ以上言うな。ミステリアスな雰囲気を醸し出すことで、彼の好奇心を煽る」

「わ、わたしに、そんな役者みたいなことできるわけ……!」

「やるんだ! これは戦争なんだろう!?」

「そ、そうだけど……!」

 

東の熱弁に、まりなはたじろぐ。しかし、彼の作戦は、意外にも緻密で、的を射ているように思えた。

 

「……で、でもさ」

 

まりなが、ふと我に返ったように、最大の懸念点を口にした。

 

「それでも、優のことだから、絶対あんたやしずかのこと誘おうとするわよ。『しずかさんや東さんも誘いませんか?きっと喜びますよ!』とか、絶対言うわ。あいつはそういうやつよ」

「…………」

 

東は、黙り込んだ。その可能性を、完全に失念していた。そうだ、あの男は、そういう男だ。自分の幸せよりも、友人の幸せを優先する。まりなと二人きりになることで、しずかや自分が寂しがるかもしれないと、本気で心配しかねない。

 

東は、うんうんと唸りながら、必死に頭をフル回転させた。難解な数式を解くよりも、よほど頭を使う。どうすれば、優の思考回路から「久世しずか」「東直樹」という選択肢を自然に、かつ確実に消去できるか。

 

彼の眉間に、どんどん深い皺が刻まれていく。指でテーブルをとんとんと叩き、視線は虚空を彷徨っている。その姿は、まるで世紀の大発見を目前にした科学者のようだった。

 

そんな悩み尽くす東の姿を眺めていたまりなが、まるで画期的なアイデアを思いついたとでも言うように、「あ」と声を上げた。

 

「……じゃあさ、簡単じゃない」

 

「……何がだ?」

 

「あんたが、しずかと何か用事作ればいいじゃない。その日に」

 

「………………」

 

東の動きが、完全に停止した。まるでフリーズしたコンピュータのように、ぴくりとも動かない。

 

まりなは、そんな東の様子に気づくこともなく、自分の名案にご満悦といった様子で続けた。

 

「あんたが、『その日は久世さんと図書館で勉強会をする約束がある』とか、適当な理由つけて誘っておけばいいのよ。そしたら、優がしずかのこと誘おうとしても、『ごめんなさい、その日は東くんと約束があるから』ってあんたもあんたで断れるでしょ? 結果的に、わたしと優が二人きりになる。完璧じゃない?」

 

彼女は、にぱっと笑って、どう?とでも言いたげな顔で東を見た。その顔には、「我ながら天才だわ」と書いてある。

 

「…………いやいやいやいやいやいや!」

 

数秒の沈黙の後、東は椅子から転げ落ちんばかりの勢いで叫んだ。

 

「簡単に言ってくれるなよ! なぜ僕が、君のデートのために、久世さんをダシにするような真似をしなければならないんだ!?」

「はぁ? ダシって何よ、人聞き悪いわね。あんた、しずかのことも友達でしょ? 友達と勉強会するくらい、別に普通じゃない」

 

 

「普通じゃない! そこには君の邪な下心が見え隠れしているからだ! そんな不純な動機で、僕が久世さんを誘えるわけがないだろう!」

 

東の悲痛な叫びが、喫茶店に響き渡った。もはや彼の理性は限界に達していた。なぜ自分が、友人の恋路のために、もう一人の友人を欺くような策謀に加担しなければならないのか。倫理観が、警報を鳴らし続けている。

 

「なによ、大げさね。ただの口実じゃない。あんた、しずかと別に仲悪いわけじゃないでしょ? 図書館で勉強するくらい、お互いのためになるじゃない。ウィンウィンってやつよ」

 

まりなは、悪びれる様子もなく、ストローでクリームソーダの氷をからからと鳴らした。彼女にとって、これは恋愛という戦場における当然の戦略であり、そこに個人的な道徳観を持ち込む東の方が理解しがたいのだ。

 

「問題はそこじゃない! この計画の根底にある動機が不純なんだ! しかも、もし、万が一だぞ、万が一、この策略が久世さんにバレてみろ! 僕はどうなる!? 『東くんは、まりなちゃんのデートのために、私を騙して連れ出したんだ』とか……あの静かで、どこか物悲しい瞳でそう言われるんだぞ! 想像しただけで胃に穴が開きそうだ!」

 

東は、頭を抱えてがっくりとテーブルに突っ伏した。彼の脳裏には、すべてを悟ったしずかが、静かに、しかし深く失望した表情で自分を見つめる姿が鮮明に映し出されていた。それは、物理的な暴力よりも、よほど彼の精神を蝕む恐怖の光景だった。あの静かな瞳で軽蔑されるくらいなら、兄にテストの点数で一生負け続ける人生の方がまだマシだ。

 

(こわい。普通にこわい……!)

 

物理的な恐怖ではない。もっと根源的で、人間関係の崩壊を予感させる、冷たい恐怖が背筋を駆け上る。ここまでまりなに手を貸し、挙句の果てにしずかをダシに使った挙句、すべてが露見した時、自分は一体どうなるのか。まりなは「ごめーん、失敗☆」で済ませるかもしれないが、自分は確実に友人二人からの信頼を同時に失う。優からも「どうしてそんな悲しいことをするんですか……?」と、あの曇りのない瞳で言われるに違いない。トリプルコンボだ。考えるだけでゾッとする。

 

「あんた、考えすぎよ。バレなきゃ犯罪じゃないのと同じで、バレなきゃただの親切な友達の協力でしょ」

「その例えがすでに破綻している! 大体、君は優をなんだと思っているんだ! 彼は、僕たちが想像する以上に鋭いぞ! 普段は何も考えていないように見えて、物事の本質を直感で見抜くことがある! 君の不自然な態度や、僕たちのぎこちない連携を、彼が見逃すと思うか!?」

 

東は、がばりと顔を上げた。そうだ、最大の脅威は優本人だ。彼は、人の嘘や隠し事を、理屈ではなく「雰囲気」で感じ取る特殊なセンサーを持っている。そんな彼を相手に、こんな杜撰な計画が成功するはずがない。

 

「うっ……」

 

東の指摘に、今度はまりなが言葉に詰まった。確かに、優は時々、ドキッとするほど核心を突いてくることがある。まりな自身、小学生の時に校舎裏で心の奥底を見透かされたような経験があった。

 

「……じゃあ、どうしろって言うのよ……」

 

急に弱気になったまりなが、不安そうに唇を噛む。彼女の頭の中では、すでにデート計画が頓挫しかけていた。

 

東は、その弱々しい姿を見て、ふと冷静になった。そうだ、自分は今、何にこんなに必死になっているんだ? これは、自分の恋愛ではない。友人の、それもかなり無謀な挑戦だ。失敗して傷つくのは、自分ではなく、目の前のこの女だ。

 

(……いや、僕も確実に巻き添えで傷つくんだった……)

 

東は、即座に考えを改めた。これはもはや、他人事ではない。自分自身の平穏な日常を守るための戦いでもあるのだ。

 

「……いいだろう。そこまで言うなら、僕も腹を括る」

「え……?」

「ただし、条件がある」

 

東は、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。その表情は、もはや恋愛相談に乗る友人ではなく、困難な取引に臨む交渉人のそれだった。

 

「僕がこの『陽動』作戦を実行する代わり、君は僕の指示に寸分違わず従ってもらう。異論は一切認めない。いいな?」

「……な、何よ、急に偉そうに……。でも、まあ、いいわよ。乗ったわ」

 

背に腹は代えられないと、まりなは不承不服ながらも頷いた。

 

「よし、交渉成立だ」

 

東は、まるで契約書にサインでもするように、厳かに頷いた。

 

 

「まず、君の敗因は、優を『デート』という型にはめようとすることだ」

 

東は、冷徹な外科医が手術のメスを握るかのように、静かに、しかし断定的に言った。その声には、先程までの狼狽は微塵もなく、ある種の諦観と、問題解決への純粋な知的好奇心が宿っていた。

 

「はぁ? だから、デートしたいって話してんじゃん」

「違う。君がしたいのは『デート』じゃない。『優と二人きりで、楽しい時間を過ごすこと』だ。この二つは、似ているようで全く違う」

 

東は、人差し指を立てて、まるで講義でもするように語り始めた。

 

「いいか、優にとって『デート』という概念は、おそらく存在しない。彼の中にあるのは『みんなで楽しいこと』か『一人で楽しいこと』の二択だ。そこに『特定の誰かと二人きりで過ごす特別な時間』というカテゴリーは、まだインストールされていない」

「……アンインストールじゃなくて?」

「黙って聞け。だから、君が『デート』というパッケージでアプローチしても、彼はそれをどう解凍していいか分からない。結果、彼は最も馴染みのある『みんなで楽しいこと』フォルダに、その案件を放り込んでしまうんだ」

 

まりなは、ぽかんとした顔で東の話を聞いていた。内容は半分くらいしか理解できなかったが、なんだかすごいことを言っている、という雰囲気だけは伝わってきた。

 

「じゃあ、どうすればいいわけ……?」

「発想を転換するんだ。『デートに誘う』のではなく、『優が絶対に興味を持つであろう案件を提示し、その結果として二人きりになる状況を作り出す』。これが、僕たちの目指すべきゴールだ」

 

東の目が見開かれた。その瞳には、もはや恋愛相談に乗る気弱な優等生の面影はない。未知の現象を解明しようとする、狂気じみた探求者の光が宿っていた。

 

「まず、目的地は水族館でいい。彼の知的好奇心と、生き物への愛着を同時に満たせる。問題は、どうやって彼をそこへ誘い込むかだ」

 

東は、すっと息を吸い込み、作戦の核心を語り始めた。

 

「雲母坂さん、君は優にこう言うんだ。『ねえ優、今度の日曜日、水族館のバックヤードツアーに行かない?』と」

「バックヤードツアー……?」

「そうだ。普通の水族館じゃない。飼育員しか入れない裏側を探検できる、特別なツアーだ。大水槽の上を歩いたり、餌やりの現場を見学したり、深海魚の標本に触れたりできる。」

「な、なにそれ……面白そうじゃない……」

 

まりなの目が、思わずきらりと輝いた。優だけでなく、自分自身も少し行ってみたくなっている。

 

「だろう? 優がこの提案に食いつかないはずがない。『ええっ!本当ですか!? 行きたいです!』と、目を輝かせる姿が目に浮かぶ」

「……うん、浮かぶわ」

 

まりなは、嬉しそうに飛び跳ねる優の姿を想像し、口元が緩むのを止められなかった。

 

「そして、ここからが重要だ。君は、少し残念そうにこう付け加えるんだ。『でも、このツアー、すごく人気みたいで、キャンセル待ちでやっと2枚だけチケットが取れたの』と」

 

「に、2枚だけ……! なるほど!」

 

まりなは、ポンと手を打った。これなら、優が「しずかさんも誘いましょう!」と言う余地がない。物理的に不可能なのだから。

 

「そうだ。そして、僕の陽動だ」東は続ける。「僕は、電話で偶然を装って久世さんに話しかける。『久世さん、今度の日曜、もしよかったら駅前の図書館で勉強しないか? 次の模試に向けて、少し苦手な範囲を一緒に復習したいんだが』と」

 

「……あんた、そこまで考えて……」

「当たり前だ。この作戦の成否は、僕の演技力にかかっている。不純な動機は微塵も感じさせず、ただ純粋に、学問の探求者として、友人を誘う。僕にとっては、生涯で最難関レベルの難題だ」

 

東は、なぜか遠い目をして呟いた。

 

「……そ、そう。まあ、頑張って」

 

まりなは若干引いたが、もはやこの男の勢いを止めることはできない。

 

「そして、全てが噛み合った時、優の脳内ではこう処理されるはずだ。『雲母坂さんが、とても楽しそうなツアーに誘ってくれた! チケットは2枚しかない! そして、ちょうどその日は、東さんと久世さんは勉強会で都合が悪い! なんて幸運なんだ! これは、僕と雲母坂さんの二人で行くしかないじゃないか!』と。彼は、何の疑いもなく、純粋な喜びと共に、君との『二人きりのお出かけ』を受け入れるだろう」

 

 

東は、全てのパズルピースが完璧に組み上がったかのように、満足げに頷いた。彼はこの緻密な計画を立案した脚本家であり、演出家であり、そして自らも舞台に上がる役者なのだ。その顔には、難解な証明問題を解き終えた数学者のような、純粋な達成感が浮かんでいた。

 

「……完璧だ。これならば、優は『デート』というプレッシャーを感じることなく、純粋な探求心だけで君との外出に応じる。そして結果的に、君の目的は達成される。どうだ、雲母坂さん。僕の作戦は」

 

東は、得意げに胸を張ってまりなを見た。彼の頭の中では、すでに作戦成功のファンファーレが鳴り響いている。

 

まりなは、あっけにとられていた口をようやく閉じると、その顔にじわじわと喜びの色を広げた。最初は半信半疑だったが、東の熱弁を聞いているうちに、その計画が驚くほど現実的で、成功率が高いように思えてきたのだ。

 

「……あんた、意外とすごいじゃない……」

「意外とは余計だ」

「わ、分かったわよ! やる! わたし、その作戦でいく! バックヤードツアーね! チケットは2枚だけ……! よーし、なんか、いけそうな気がしてきた!」

 

まりなの瞳に、再び闘志の炎が燃え盛る。それはもう、ただの恋する乙女の炎ではない。緻密な作戦計画を手に、勝利を確信した将軍の炎だった。彼女は、楽しそうに笑みを綻ばせ、作戦の段取りを脳内で何度も反芻し始める。

 

そう、二人だけの世界だった。緻密な謀略と、淡い恋心と、友情を踏み台にする罪悪感が複雑に混ざり合った、秘密の作戦会議。その結論が出され、一人が安堵し、一人が未来を夢見て笑った、その瞬間。

 

 

 

 

「───グラス、お下げしましょうか

 

 

 

 

ふわりと、すぐそばから声がした。それは、あまりにも聞き馴染みのある、静かで、少しだけ温度の低い、けれど心地よい声だった。

 

びくり、と二人の肩が同時に跳ねる。まるで、悪戯の現場を見つかった子供のように。

 

東の動きが、錆びついたブリキの人形のように、ぎこちなく止まった。クリームソーダをかき混ぜるまりなの手も、ぴたりと停止する。喫茶店の喧騒が、急に遠くなったように感じた。

 

東は、首だけを、まるで油を差していない機械のように、ぎ、ぎ、ぎ……と、ゆっくりと、信じられないほどゆっくりと動かし、声のした方へ視線を上げた。

 

そこに居たのは、白いエプロンをきりりと締め、空のグラスを乗せたトレイを手に、静かな微笑みを浮かべて立つ少女。長く艶のある黒髪が、店内の柔らかな照明を反射して、天使の輪のように輝いて見えた。

 

「こんにちは、東くん。まりなちゃん。二人でお話? 仲良しだね」

 

それは、今まさに彼らの謀略の最大の被害者候補として名前が挙がっていた、久世しずか、その人だった。

 

「き、きき、き、奇遇……だ……だ、ね。……く、久世さん……!」

 

東の声は、情けないほどに震え、裏返っていた。頭が真っ白になるというのは、こういうことか。脳内で完璧に組み上げたはずの作戦計画書が、シュレッダーにかけられたかのように粉々になっていく。さっきまでの怜悧な軍師の面影はどこにもない。ただの、狼狽した男子高校生がそこにいた。

 

「うん。私、春からここでアルバートしてるんだ。放課後はだいたい居るかな」

 

しずかは、表情を一つも変えずにそう言うと、手際よく二人の前の空になったグラスをトレイに乗せていく。

 

まりなは、完全にフリーズしていた。顔面蒼白で、口をパクパクさせているが、音にならない。彼女の脳内シミュレーションには、このパターンは万に一つも存在しなかった。

 

しずかが、手際よくテーブルの上を片付け終える。カチャン、とグラスがトレイの上で軽い音を立てた。その音が、まるでこの場の空気に終止符を打ったかのように感じられた。

 

「それじゃあ、ごゆっくり」

 

しずかはそう言って、軽く会釈をし、厨房へと戻ろうと踵を返した。

 

(……助かった……のか……?)

 

東の心に、わずかな安堵が芽生える。なんとか、この場は乗り切れたのかもしれない。そう思った、その時だった。

 

数歩歩いたしずかが、ふと足を止め、くるりと振り返った。

 

そして、先程までとは少し違う、どこか悪戯っぽい、それでいて全てを見透かしているかのような、妙に深みのある微笑みを浮かべて、こう言ったのだ。

 

「ああ、それと」

 

その一言に、東とまりなの心臓が、再び大きく跳ね上がった。

 

「───私、もうちょっとでシフト終わるから、少しだけ待っててくれないかな? 二人に、ちょっとお話があるんだ」

 

にこり、と。その微笑みは、普段の彼女が見せる儚げなものとは全く異質だった。それは、チェス盤の向こう側で、相手のキングに静かにチェックを告げるプレイヤーの笑み。

 

慈愛に満ちているようで、どこまでも冷徹で、そして、これから始まるであろう尋問への、絶対的な自信に満ち溢れていた。

 

その微笑みを見た瞬間、東直樹の脳内で、先程まで完璧に稼働していたスーパーコンピュータが、けたたましい警告音と共に火を噴いて停止した。

 

(終わった…………)

 

それは、もはや予感ではなかった。確定した未来。死刑宣告だ。彼の額から、冷たい汗が滝のように流れ落ちる。隣に座る雲母坂まりなは、まるでメデューサに睨まれたかのように、完全に石化していた。

 

しずかは、そんな凍り付いた二人にもう一度、悪戯っぽく微笑みかけると、今度こそ本当に厨房の方へと姿を消した。しかし、彼女が残した「お話がある」という言葉の重圧は、まるで純粋な暗黒物質のようにその場に残り、二人の肩にのしかかる。

 

喫茶店の喧騒が、嘘のように遠のいていく。周りの客の楽しげな笑い声も、カチャカチャという食器の音も、二人の耳には届かない。そこは、静まり返った断罪の法廷だった。

 

沈黙を破ったのは、東だった。彼は、絞り出すような、絶望に満ちた声で呟いた。

 

「…………計画は、中止だ」

 

「………………」

 

まりなは、石化したまま、わずかに瞳だけを動かして東を見た。その瞳には「何を今更」という絶望的な色が浮かんでいる。

 

(迂闊だった……!)

 

東は、自分の髪をかきむしった。普段の彼からは考えられない、自暴自棄な仕草だった。

 

「雲母坂さんとの対話に集中しすぎるあまり、周囲への警戒を怠っていた……! 最大の失態だ……!」

 

彼は、まるで戦に敗れた将軍のように、うなだれてテーブルに突っ伏した。

 

(いつからだ……? いつから聞かれていた……?)

 

東の脳裏で、先程までの自分たちの会話が再生される。『バックヤードツアー』『チケットは2枚だけ』『僕の陽動』……どこから聞かれていた? 最初から? それとも、核心部分だけ? どちらにせよ、最悪の状況であることに変わりはない。

 

(最悪だ……。恋する乙女同士で、火花を散らして言い合うのは勝手だ。だが、僕は! 僕はただ巻き込まれただけの善良な市民Aなんだぞ……! なぜ僕まで、この断頭台に上がらなければならないんだ……!)

 

彼の心は、純粋な恐怖と、理不尽への怒りで満ちていた。もし、しずかが優にこの件を告げ口でもしたら? 自分は、友人二人から同時に「最低な裏切り者」の烙印を押されることになる。それは、兄に一生頭が上がらない人生よりも、はるかに、はるかに恐ろしい結末だった。

 

「……ど、どうすんのよ……」

 

ようやく石化が解けたまりなが、蚊の鳴くような声で言った。その顔には、先程までの自信と闘志は跡形もなく消え去り、ただ怯える子犬のような表情が浮かんでいる。

 

「どうするもこうするもない! 僕たちに残された道は一つだ! 今すぐここから逃げ……」

 

東が、脱出という最も原始的かつ効果的な解決策を口にしかけた、その時だった。

 

「お待たせ。待った?」

 

すぐ隣に、再びあの静かな声が響いた。見ると、白いエプロンを脱ぎ、高校の制服姿に戻ったしずかが、スクールバッグを肩にかけて立っていた。そして、当然のように、東の隣の空いていた椅子に、すっと腰を下ろした。

 

逃げ道は、完全に断たれた。

 

「さ、さて……。く、久世さん。お話って、なんだい……?」

 

東は、必死に平静を装い、震える声で尋ねた。心臓が、肋骨を内側から叩き割るのではないかというほど、激しく鼓動している。

 

しずかは、テーブルに肘をつき、その上に顎を乗せた。そして、じっと、二人の顔を交互に見つめる。その無表情な瞳が、今はまるで、嘘発見器のセンサーのように感じられた。

 

数秒とも、数分とも思える沈黙の後、しずかは、ゆっくりと口を開いた。

 

「水族館のバックヤードツアー、面白そうだね」

 

その一言は、静かだったが、東とまりなの鼓膜を破壊するには十分すぎる威力を持っていた。

 

「「っ…………!」」

 

二人は、声にならない悲鳴を上げた。聞かれていた。全部。最初から最後まで、一言一句、全て。

 

「ち、ちが……! あれは、その……!」

 

まりなが、必死に何かを言い繕おうとするが、パニックで言葉がまとまらない。その様は、まるで金魚が水面で口をパクパクさせているかのようで、普段の彼女の怜悧な姿とは似ても似つかない。

 

東は、そんなまりなの姿を横目に、全ての抵抗を諦めた。もはや、言い訳や取り繕いは無意味だ。下手に足掻けば、さらに傷口を広げるだけ。彼は静かに目を閉じ、これから下されるであろう、友人からの軽蔑という名の判決を待つ。せめてもの抵抗として、彼は自分の存在感を消すことに全力を注いだ。僕は壁だ。僕はここにいない。

 

すると、予想外なことに、しずかは小さく、本当に小さく微笑んだ。それは断罪者の笑みではなく、むしろ、面白いものを見つけた子供のような、純粋な好奇心の色を帯びた微笑みだった。

 

「ふふっ。まりなちゃんも、隅に置けないなぁ」

 

その声には、怒りや非難の色は全くなかった。むしろ、どこか楽しんでいるような響きさえある。

 

「え……?」

 

まりなが、信じられないという顔でしずかを見た。東も、閉じていた目を開き、恐る恐るしずかの様子を窺う。怒っていない…? なぜだ?

 

東とまりなの頭上に、巨大なクエスチョンマークが浮かぶ。この状況は、彼らの予測を完全に裏切っていた。しずかならば、もっと静かに、しかし確実に相手の心を抉るような言葉を放ってくるか、あるいは無言の圧力で二人を再起不能に追い込むはずだった。

 

そんな混乱する二人を見て、しずかは少しだけ首を傾げると、まるで当然のことのように告げた。

 

「別に、いいよ。これくらい」

 

「「へ?」」

 

二人の声が、綺麗にハモった。

 

「どちらかというと、遅すぎるくらいだって感じだし」

 

しずかは、こともなげにそう言って、テーブルの上に置かれていたシュガーポットの蓋を、指先でくるくると弄んだ。

 

「お、遅すぎる……?」

 

まりなが、鸚鵡返しに尋ねる。その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。

 

東は、その言葉の裏に隠された、恐るべき意味に気づき始めていた。背筋に、先程とはまた別の、冷たい汗が流れるのを感じる。まさか、そんな。

 

「…………いつからだ?」

 

東が、震える声で尋ねた。それは、もはや恋愛相談の範疇を超えた、ある種の歴史的真実を問う探求者のそれだった。

 

しずかは、くるくると回していた指をぴたりと止めると、遠い目をして、まるで古いアルバムをめくるかのように言った。

 

「───中学に上がった頃から、ずっと。かな」

 

その告白は、静かだったが、喫茶店に爆弾が投下されたかのような衝撃を伴っていた。

 

「ちゅ、中学……!?」

 

東が、素っ頓狂な声を上げた。

 

しずかは、そんなまりなの驚きを意に介さず、淡々と続ける。

 

「水族館に誘ってみたり、プラネタリウムに誘ってみたり。手作りのお弁当を持って、ピクニックに行こうって言ってみたり。色々やったよ」

 

「そ、それで、どうだったのよ!?」

 

まりなが、身を乗り出して食いつく。もはや、彼女は尋問される被告人ではなく、先輩の武勇伝を聞く後輩の顔になっていた。

 

「……全然、実になってないよ。ぜーんぶ、『楽しそうですね!みんなで 行きましょう!』って、あの笑顔で」

 

しずかは、そこまで言うと、はぁ、と深いため息をついた。その溜息には、数年分の徒労と、それでも諦めきれない想いが、深く深く込められていた。

 

 

彼女は、そう言って自嘲気味に笑った。その笑顔は、どこか寂しげで、しかし、驚くほど綺麗だった。

 

東は、もはや言葉を失っていた。自分が数時間かけて捻り出した作戦が、数年前にすでに試され、そして玉砕していたという事実。自分は、巨大な壁に挑む友人に、爪楊枝を渡して「これで穴を開けろ」と言っていたようなものだ。あまりにも、愚かで、滑稽だ。

 

すると、今度は逆にまりなが、しずかに向かって口を開いた。その顔には、先程までの怯えはなく、ある種のライバル意識と、そして同じ苦労を分かち合う者同士の、奇妙な連帯感が浮かんでいた。

 

「……あんた、そんなにやってたわけ……。全然知らなかったんだけど」

「言ってないもん。言っても、どうせまりなちゃん、笑うでしょ? 『あんたが優に? 無理無理ー』って」

 

しずかは、まりなの口調を真似て、少し意地悪く言った。

 

「うっ……。そ、それは、まあ……言う、かも……」

 

まりなは、バツが悪そうに視線を逸らした。

 

「でしょ?」

 

しずかは、ふふっと笑うと、今度は真剣な眼差しでまりなを見つめた。

 

 

「でも、まりなちゃんの作戦、ちょっと惜しかったね。バックヤードツアーまでは、私も思いつかなかったから」

 

しずかは、まるでチェスの名手を評価する評論家のように、静かに、しかし的確に言った。その声には、驚くべきことに、一片の棘もなく、むしろ純粋な感心の色が滲んでいた。

 

「え……?」

 

まりなは、完全に毒気を抜かれて、間の抜けた声を漏らす。自分の浅はかな策略が、長年の経験を持つ〝先輩〟から、まさか褒められるとは思ってもみなかった。

 

「チケットを2枚だけに絞って、他の選択肢を物理的に潰すっていう発想。すごく良かったと思う。私、いつも『みんなで行きましょう!』の壁に阻まれてたから」

 

しずかは、遠い目をしながら、過去の数々の敗北を思い出しているようだった。その横顔には、幾多の戦場を駆け抜けてきた古強者のような、哀愁と深みが漂っている。

 

 

「そ、そう……? まあ、これは東が考えたんだけど……」

 

 

まりなは、少し照れたように、隣で壁と同化しようと努力している東を指差した。

 

 

「へぇ。東くん、すごいね」

 

 

しずかに名指しされ、東の肩がびくりと震える。彼は、必死に気配を消していたが、無駄だったようだ。恐る恐る顔を上げると、しずかが純粋に感心したような目でこちらを見ていた。その瞳には、もはや断罪の色はなく、ただ、同じ目的を持つ者への敬意のようなものが宿っていた。

 

 

「い、いや、僕はただ、論理的に可能性を組み立てただけで……」

 

 

東は、しどろもどろに答える。しかし、彼の心の中では、安堵と、そして奇妙な達成感が芽生え始めていた。自分の立てた作戦が、この恋愛戦線のベテランである久世しずかに認められたのだ。それは、模試でA判定を取るのとはまた違う、不思議な高揚感があった。

 

 

そんな感慨に浸る東をよそに、しずかは、再びまりなに向き直った。そして、先程までの静かな雰囲気とは一変して、その顔にぱあっと花が咲くような、嬉しそうな微笑みを浮かべた。

 

 

「───やっと、まりなちゃんも優くんにアタックすることにしたんだね。なんだか、嬉しいな」

 

 

その笑顔は、あまりにも純粋で、屈託がなかった。ライバルが増えたことに対する嫉妬や焦りは微塵も感じられない。むしろ、同じ志を持つ仲間ができたことを、心から喜んでいるように見えた。

 

 

まりなは、その眩しい笑顔に一瞬たじろいだが、すぐにカッと頬を染めて、負けじと言い返した。

 

 

「べ、別に、あんたに喜ばれる筋合いはないわよ! 私とあんたは、ライバルなんだから!」

 

 

そう、これは宣戦布告。小学生の時に交わした、拳と拳を合わせたあの日の誓いの、再確認。しかし、その声には以前のような棘はなく、どこかじゃれ合っているような響きがあった。

 

 

「うん、知ってる」

 

 

しずかは、そんなまりなの勢いを、まるで柳のように受け流し、くすりと笑った。その表情は、まるで「まだまだだね」とでも言いたげな、絶対的な王者の余裕に満ちている。

 

 

「なっ……!」

 

 

その余裕の笑みに、まりなの闘争心が再び燃え上がる。

 

 

「なによ、その笑い方! 馬鹿にしてるでしょ!」

「してないよ。ただ、まりなちゃんは可愛いなぁって思っただけ」

「可愛くない! 私はあんたに勝つんだから! あのバックヤードツアーの作戦、絶対成功させて、優とデートしてみせるんだからね!」

「ふふっ。頑張って。でも、そのチケット、本当に手に入るのかな?」

「うっ……! そ、それはこれから調べるのよ!」

 

むきーっ、と効果音がつきそうなほど、まりなは頬を膨らませてしずかを睨みつける。しかし、その光景は、もはや熾烈な恋愛戦争というよりは、仲の良い姉妹の微笑ましい口喧嘩にしか見えなかった。

 

東は、その光景を呆然と眺めていた。つい数分前まで、断頭台の上で判決を待つ罪人の心境だったのが、嘘のようだ。いつの間にか、自分はただの観客になっていた。いや、もしかしたら、この奇妙で、それでいて温かい関係性を生み出した、影の功労者なのかもしれない。

 

(……なんだ、これは……)

 

恋のライバル同士が、互いの作戦を検討し、励まし合い、そして火花を散らす。こんな奇妙な友情が、果たしてこの世に存在するのだろうか。だが、目の前で繰り広げられているのは、紛れもない現実だった。

 

あの一ノ瀬優という、常識の枠に収まらない太陽のような存在が中心にいるからこそ、こんなにも歪で、こんなにも温かい、不思議な惑星系が生まれるのかもしれない。

 

東は、ふと、そんなことを思った。そして、この面倒で、厄介で、だけど少しだけ面白い友人たちの関係に、もう少しだけ付き合ってやってもいいかもしれない、と、ほんの少しだけ、思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶店を出て、夕暮れに染まり始めた商店街を、三人はぶらぶらと歩いていた。先ほどの密談が嘘のように、まりなとしずかは、まるで長年の親友のように並んで歩き、先ほどの話の続きをしている。

 

「……で、あんた、中学の頃から色々やってたって言うけど、具体的に何したわけよ?」

「色々だよ。例えば、家庭科の調理実習で優くんと同じ班になるように、先生にそれとなくアピールしたり」

「あー、やったやった! わたしもやったわ、それ! そんで、あいつ『まりなさん、包丁の使い方がお上手ですね!』とか言って、ひたすら感心してるだけで、あいつのためにわざわざママに教えてもらったのに。こっちの気持ちなんて全然気づかないのよね!」

「そうそう。私が作ったクッキーを『美味しいです!』って、リスみたいに頬張ってくれるのは嬉しいんだけど、それだけなんだよね……」

 

恋のライバル同士とは思えない、あまりにも赤裸々な〝優攻略失敗談〟で二人は盛り上がっていた。その姿は、もはや戦友。同じ強大な、そしてあまりにも鈍感な城を攻めあぐねる、二人の孤独な兵士のようだった。

 

その後ろを、東は幽霊のように静かについていく。先程までの軍師としての威厳は見る影もなく、ただただ、この奇妙な女子会に巻き込まれてしまったことへの後悔と、二人の会話のレベルの高さ(低さ?)に戦慄していた。

 

(なんでこんな事に…僕は静かに家で勉強していたいのに…)

 

東は、先ほどの心中での言葉をやはり思い直して。自分の運の悪さを痛感し、を仰いだ。夕焼けが目に染みる。

 

そんな感傷に浸っていた、その時だった。

 

「あっ……! 皆さんこんにちは! 奇遇ですね!」

 

すぐ近くの公園の入り口から、太陽のように明るい声が響いた。その声の主を、三人が見間違うはずがない。

 

声のした方を見ると、制服のシャツの袖をまくり、少し汗ばんだ額のまま満面の笑みを浮かべた優が、ゴムボールを片手に立っていた。まるで、彼らの会話を聞いていたかのような、絶妙すぎるタイミングでの登場だった。

 

「「「ゆ、優(くん)!」」」

 

三人の声が、驚きと共に重なる。

 

「こんにちは、優」

「優くん、こんにちは」

「よ、よぉ……」

 

しずかとまりなが平静を装って挨拶を返す中、東だけがぎこちない返事しかできない。

 

「あんた、こんな所で何やってんのよ?」

 

まりなが、少しぶっきらぼうに尋ねた。心臓が、少しだけ速く脈打つのを感じながら。

 

優がそれに答えようと口を開いた瞬間、彼の背後、公園の中から元気な子供たちの声が響き渡った。

 

「優お兄ちゃーん! 早くボール投げてよー!」

 

見ると、公園の中では小学生くらいの子供たちが数人、キャッキャと騒ぎながらこちらを見ている。どうやら、彼らはドッジボールの最中で、外野に飛んでいったボールを優が拾いに来たところ、偶然にも三人と出くわした、という状況らしい。

 

その光景を見て、まりなは呆れたように、しかしどこか楽しそうにため息をついた。

 

「…………制服を着てるって事を除けば、完全にガキ大将ね、あいつ」

 

その言葉に、しずかも小さく頷き、ふふっと笑みを漏らす。優は、小学生の頃から何も変わっていなかった。誰とでもすぐに友達になり、年の離れた子供たちの中にも、何の違和感もなく溶け込んでしまう。その太陽のような性質が、彼の最大の魅力であり、そして、攻略を困難にしている最大の要因でもあった。

 

三人は顔を見合わせ、仕方ないな、というように微笑み合うと、そのドッジボールの試合が一段落つくまで、公園の隅で待つことにした。

 

数分後、「ありがとうございました! また遊んでください!」という子供たちの元気な声に見送られながら、優がタオルで汗を拭きながら三人の元へやってきた。

 

「お待たせしました! 皆さんは、お帰りですか?」

「まあ、そんなとこ。あんたこそ、高校生にもなって小学生とドッジボールとか、元気すぎでしょ」

 

まりなが茶化すように言うと、優は「ええ! とっても楽しかったですよ!」と、心底嬉しそうに笑った。その一点の曇りもない笑顔に、まりなとしずかの胸が、同時にキュンと締め付けられる。この男は、どうしてこうも、人の心のど真ん中を、無防備なままストレートに撃ち抜いてくるのだろうか。

 

まりなは、ふと、先ほどの喫茶店での作戦会議を思い出した。そして、悪戯心がむくむくと湧き上がってくるのを感じた。目の前に、実験対象がいる。東の立てた緻密な(そしてしずかに言わせれば惜しい)作戦は、果たしてこの究極の天然生命体に通用するのか。試してみたくなったのだ。

 

「ねえ、優」

 

まりなは、あくまでも何気ない世間話を装って切り出した。

 

「ちょっと聞いてほしいんだけど。これ、あくまでも、た・と・え・話、よ?」

 

彼女は「たとえ話」という部分を、ことさらに強調した。隣でしずかが「あ」という顔でこちらを見ているのが分かる。後ろでは東が「やめろ」と無言のオーラを発しているのを感じる。だが、もう止まらない。

 

「もし、もしよ? わたしが、とーっても楽しい場所に行けるっていうチケットを持ってたとするじゃない?」

「はい! 楽しそうですね!」

「で、でも、そのチケットが、すっごく人気で、2枚分しかなかったとするでしょ? それで、わたしが……優のこと、誘ったら……どうする?」

 

まりなは、心臓がドキドキするのを感じながら、上目遣いで優の反応を窺った。これはシミュレーションだ。本番じゃない。だが、それでも緊張する。

 

優は、その質問に、きょとんとした顔で、こてん、と小首を傾げた。その仕草は、計算されたものではなく、純粋な疑問からくるもので、まりなの心臓にクリティカルヒットする。

 

そして、彼は数秒考えた後、満面の笑みで、まりなの予想の斜め上を行く答えを返した。

 

「それなら! しずかさんか東さん、どちらかをお誘いして、お二人で思いっきり楽しんできてください!」

 

「「「………………」」」

 

その場にいた三人の時が、完全に止まった。

 

まりなは、ぽかんと口を開けて優を見つめている。東は「ほら見たことか」とでも言いたげに、天を仰いで深いため息をついた。そして、しずかは、口元を手で覆い、必死に笑いを堪えて肩を震わせていた。

 

「いや、違う! そうじゃなくて! わたしが、あんたを誘ったら、って話!」

「はい! だから、僕を誘っていただけるのは、とっても嬉しいです! でも……」

 

優は、少し困ったように眉を下げて続けた。

 

「そんなに楽しくて、行ける人も限られている特別な場所なら……僕なんかで、その貴重な一枚を埋めてほしくないですから! もっと、まりなさんが一緒に行きたい人と行くべきです!」

 

彼は、心の底から、本気でそう思っているのだ。その瞳には、一点の嘘も、謙遜すらない。ただただ純粋な、自己評価の低さと、友人へのどこまでも深い思いやりがあるだけだった。

 

まりなは、がっくりと肩を落とし、「あーあ……」と、力の抜けたため息をついた。完敗だった。東の作戦は、理論上は完璧だった。しかし、この男の「僕なんか」という、底なしの自己肯定感の低さまでは計算に入っていなかった。

 

しずかは、あの時、「他の選択肢を物理的に潰すっていう発想、すごくいいと思う」と評価してくれた。まりなも、これならいけると、わずかな自信を持っていた。なるほど、〝こうくるのか〟。

 

優は、ただ鈍感なだけではない。それ以上に、自分が他人から特別な好意を向けられるほどの魅力的な存在であるということを、全く、微塵も、自覚していないのだ。彼にとって、自分は常に「その他大勢」であり、友人たちこそが輝くべき「主役」なのだ。

 

まりなとしずかは、無言で、すっと目を合わせた。その視線だけで、二人は完全に同じ結論に至っていた。言葉はいらない。長年のライバルであり、戦友である二人には、それだけで十分だった。

 

((この男、まずは根本から変えないとダメだ……!))

 

二人の心は、完全に一つになった。優攻略の第一歩。それは、デートに誘うことでも、アプローチをかけることでもない。

 

まず、この男に「自分がいかに魅力的であるか」を、物理的に、視覚的に、徹底的に叩き込むことだ。

 

しずかが、すっと優の前に進み出た。そして、まりなも、その隣に並び立つ。まるで、何か重大な発表でもするかのような、凛とした佇まいだった。

 

優は、そんな二人のただならぬ雰囲気に「え? あの、どうかなさいましたか?」と、不思議そうに首を傾げている。

 

そして、二人は声を揃えて、優に告げた。

 

「「優(くん)、今度の日曜日、一緒に服、買いに行こう」」

 

それは、命令でも、懇願でも、ましてやアプローチですらなかった。それは、二人の戦友が、共通の、あまりにも手強い目標を攻略するために下した、冷徹で、しかしどこか温かい、共同宣言だった。

 

しかし、その宣言の真意が、目の前の太陽に届くはずもなかった。

 

「えっ! 皆さんでお出かけですか!? いいですね! とっても楽しそうです!」

 

優は、ぱあっと顔を輝かせ、まるで遠足の前日の子供のように目をキラキラさせた。その純粋すぎる反応に、まりなとしずかは一瞬、作戦の意図を説明すべきか迷ったが、すぐに諦めた。説明したところで、この男には理解できないだろう。いや、理解できたとしても、「僕なんかのために、ごめんなさい!」と、さらに縮こまってしまうのがオチだ。

 

彼の思考回路は、常に「自分」ではなく「他人」が主語なのだ。

 

優は、興奮冷めやらぬ様子で、後ろで地蔵のように固まっている東に向き直った。

 

「東さんも、一緒に行きましょうよ! きっと楽しいですよ!」

 

そのキラキラした視線を真正面から浴びて、東は思わず後ずさる。

 

「……? いや、僕は……行かないが──」

 

そもそも、なぜ自分がこの恋愛戦争の兵站を担わねばならないのか。東は、丁重に、しかし断固として断ろうとした。しかし、優はそんな彼の心の壁など意にも介さず、ぐいっとその手を握った。

 

「楽しいですよ! 東さんも行きましょう! ね!」

 

その太陽のような笑顔と、有無を言わさぬ力強い握手。東は、もはや抵抗する気力すら失っていた。この男に「NO」と言うことが、いかに無駄なエネルギーを消費するか、彼はすでに学んでいた。それに、この面倒な友人たちの暴走を監視する役目が自分にはあるのではないか、という奇妙な責任感も、ほんの少しだけ芽生え始めていた。彼は、小さく、そして深いため息をつくと、諦めたようにこくりと頷いた。

 

そんな男たちの微笑ましい(?)やり取りを横目に、まりなとしずかは、静かに、しかし確固たる意志のこもった視線を交わしていた。

 

二人の間には、もはや嫉妬や焦りはない。あるのは、共通の目標に対する、同志としての連帯感だけだ。

 

まりなが、そっと口火を切った。その声は、公園の喧騒にかき消されそうなほど小さかったが、しずかの耳にはっきりと届いた。

 

「……あいつが、自分の価値を自覚するまで、抜け駆けは禁止だから」

 

それは、恋愛のライバルに対する牽制というよりも、むしろ、共同戦線を張る上での絶対的なルール確認だった。この「一ノ瀬優改造計画」は、どちらか一人の手には負えない。二人で協力し、地盤を固め、外堀を埋め、そしてようやく、本丸への突撃が可能になるのだ。

 

しずかもまた、静かに、しかし力強く頷いた。

 

「うん。分かってる」

 

その短い返事には、まりなへの同意と、そして、この長く険しい戦いへの覚悟が込められていた。

 

そして、二人は示し合わせたかのように、そっと互いに手を伸ばした。まりなは『右手の小指』を、しずかは『左手の小指』を。夕暮れのオレンジ色の光の中で、二人の指が、ゆっくりと絡み合う。

 

それは、小学生の頃に交わした、ただのライバル宣言とは違う。幾多の戦場を共に(別々にではあるが)戦い抜き、互いの痛みと苦しみを知り尽くした二人が、今、初めて結ぶ、神聖な「休戦協定」であり、そして「共闘の誓い」だった。

 

指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。そんな子供じみた約束の言葉は、もう必要ない。絡み合った小指の温もりと、互いの瞳に映る決意だけで、十分だった。

 

この瞬間、ここに、対・一ノ瀬優恋愛戦線における、史上最強の同盟が誕生したのである。

 

その神聖な儀式が、自分を改造するためのものであるなどとは露知らず、優は「わあ! まりなさんとしずかさん、とっても仲良しですね!」と、無邪気に拍手をして喜んでいた。

 

その光景を見て、東は静かに天を仰いだ。

 

(…はあ…僕は、とんでもないものに巻き込まれてしまったのかもしれない……)

 

夕焼け空に、一番星が瞬き始めていた。これから始まる、長く、そしておそらくは非常に騒がしいであろう戦いの幕開けを、静かに見守っているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








以上です。

勢いで始めた手前、どこで終わらせていいか分からず半端な地点で終わらせてしまいました


また熱が入れば続きを手がけるやもしれません


最後に。本当にご好評、ありがとうございます。
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