真・三國無双ORIGINぬ   作:モドラナイッチ

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第十話:潁川の戦い

(邪術...か。)

 

 潁川の戦場、自分達義勇軍が進軍する西の進軍路を進む傍ら、無名は現在別の進軍路を進んでいるだろう官軍の将_曹操の言葉を思い返していた。

 敵将張宝が待ち受ける敵本陣へと進軍するに当たり、敵陣正面、そして東西の三方向からの同時攻撃を画策した曹操の指示に従っているのだが、出陣前の最終確認となる軍議において、黄巾党の操る邪術についての言及がなされたのである。

 その邪術の詳細な情報は把握出来ていないものの、これが先日朱和から聞き及んでいた香を使う術と一致している可能性が高いと彼は考えている。

 

 彼女が語っていた術を屋外で多数の人間に作用させる事を考えると、相応に大きい香炉を設置する必要がある事は想像に難くない。

 だが設備の移動が困難であるという問題も、本戦闘の様に防衛戦であれば無視出来る点だ。

 曹操の画策した三方同時攻撃は、自陣へ繋がる通路を考えれば黄巾党側にも容易に思い至るであろう。

 こちらの進軍路の中で視認性の悪い地点に香炉を配置しておくだけで機能するのなら、人手すら必要ない厄介な術と言わざるを得ない。

 何しろ、こうして考えを巡らせている無名とて、術の内容はおろか何処で発動させてくるかすら見当がつかないのだから。

 そんな彼の思考が中断したのは、黄巾党先遣隊の将_高昇を撃退した時の事であった。

 

「伝令!

 中央路を進軍する曹操様の軍が敵前線拠点を制圧!

 このまま敵本陣へと進行するとの事です!」

 

「ありがとう。

 俺達も敵の先遣を退けた。

 さあ、先に進もう!」

 

「...むっ、道が塞がれて...。」

 

 劉備の号令に従い先陣を切った関羽の言葉通り、義勇軍一行の視線の先には巨大な岩壁がそびえ立っており、とても進軍出来るとは思えない。

 それも、黄巾党の手によって人為的に塞がれたと言うより、最初からそこで行き止まりであったかの様なその壁に、一行が事前情報との食い違いから困惑する中、異変は何の前触れもなく発生した。

 

「何だ...、この黒い兵士は...。」

 

「ちっ、どっから出てきたか知らねえが...!」

 

 彼らの前方、何もいなかった筈の場所に、突如として数多の兵士が出現したのだ。

 その見た目は黒一色、さながら影がそのまま実体化した様な姿である。

 とは言え、その兵士達の構えは凡百そのものである故に、張飛が得物の蛇矛で持って薙ぎ払うが。

 

「ちっ...、この敵、何かおかしいぜ!

 斬っても手応えねえし、どんどん湧いてきやがる。」

 

「これが曹操殿が仰っていた、黄巾党の邪術...。」

 

 謎の兵士は霞の様に簡単にその身を払われ消え去ってしまう。

 次から次へと出現する同じ存在によって、自らの存在等簡単に補えてしまうと言わんばかりの存在感の無さに、その光景を見ていた劉備も目の前の現象が曹操が語っていた黄巾党の術なのだろうと当たりを付けるが、当然そう言った類の知識に疎い面々には解決策が見出だせない。

 その時、状況を打開すべく動きを見せたのはやはりあの男だった。

 

「斬っても手応えがないならこいつらは幻...。

 なら、プルプル真拳奥義『ところてんモノクル』!!

 雲長殿、俺を通して奴らの中の本体を見極めてくれ!!」

 

「うむ!!

 来い、天の助!!」

 

 天の助が技を発動させ、自身の体を片目用の眼鏡_所謂現代のモノクルへと変形させた。

 自らの体をレンズの役割とする事で、装着者に幻影兵の中に潜む敵の本体を見極めさせようという狙いであった。

 彼の狙いに呼応した関羽が、幻影の秘密を暴かんとモノクルを装着する。

 自らの髯へと。

 

「そこに着けんの!?」

 

「よく分からないが、それは目元に着けるものじゃないのか!?」

 

「むっ...、これは...。

 兄者、この中に幻を操る術者はおりませぬ!!」

 

「何で分かんの!?

 じゃあ、その天の助の意味は!?」

 

「...天の助の意味は兎も角、術者が近くにいないのならこの幻は一体どうやって...。」

 

 天の助の言葉とその形状から、それは目元に装着するものだと予想した劉備達だったのだが、それを何故か髯に着け、しかも何故か術者が不在である事を看破してみせた関羽に唖然としてしまう。

 これでは彼らが、天の助が変身した意味自体にツッコんでしまうのも致し方ないだろう。

 加えて、落ち着きを取り戻した劉備の言う通り、現状の危機が全く解決していないのも確かである。

 彼らとて、これら幻術の知識に疎いなりに、『術者が何らかの方法で対象に干渉する必要がある』位は理解出来る。

 解術にこそ至らなかったものの、天の助の『幻の中に術者が潜んでいる』という予想も、術者が自分達の前で視覚や聴覚に干渉していると考えればあながち間違った考えとも言い難い。

 何しろ自分達全員に幻が見えているのだから、術の源が人であれ物であれ、ある程度の範囲内には存在している筈なのだ。

 

『汝、太平の要よ。』

 

(! この声...、あの時の...!)

 

 状況が膠着する中、無名の脳裏に声が響く。

 自分の前に突如として現れ、『太平の要』なる言葉を初めて掛けてきた人物_宿屋で現れたあの少年の声だった。

 

『全てを忘却しようと、身に刻まれた技は消えぬ。

 お前は知っている筈だ。

 万象の流れを見抜く、霊鳥の眼...、その用法を。』

 

(霊鳥の眼...。)

 

 その力の名を聞いた故か、事前に朱和より自身の瞳について言及されていた故か、或いはその両方か。

 無名が意識を集中させると、まるで風や空気の流れが手に取るように『視える』のだ。

 そしてその眼は、空気の中に妖しく紫の色を放つ部分を捉える。

 

『そうだ、その眼ならば見えよう。

 人心を惑乱する香の流れが...。

 見えぬものを見、知り得ぬ事を知る。

 其こそ、霊鳥・鸞の眼。

 汝、太平の要よ、その力、為すべき事の為に使え。』

 

「...。」

 

「どうした無名、何か思い付いた事があるのか?

 何でもいい。出来る事があるなら、やってくれ!」

 

「待ってくれ大将!!

 今、ここから入れる保険を探してる!!」

 

「何でか分からんが、お前絶対諦めてるだろ!!」

 

「ハッハッハ、翼徳と天の助もすっかり打ち解けたのだな。」

 

 悪意を含む気の流れを見つめる無名に、彼が自分達には視えていないもの_解決の糸口を見出している事を察する劉備。

 何やら騒がしい彼の周囲を余所に、劉備に促されるまま無名は幻術の源へと走り出す。

 

「...あれか、術の香炉...。」

 

 義勇軍の進軍路から少しばかり外れた細い道、そこに香炉が設置されていた。

 目の前に立ってみれば、それは無名の胸程の高さを持つ大きさであり、発せられている香りも非常に強い。

 成程、これだけの大きさのものを用意すれば、確かに大多数に対して効果を発揮出来るだろう。

 事前の予想通り人が配置されていない事もあり、無防備の香炉は彼によって無惨な姿へと変えられてしまった。

 

「くっ、どうやら、気付かれたようだな。

 ならば、正面から当たるのみよ!」

 

 香炉が破壊されて間もなく、劉備達の前にそびえていた壁が消え去り、術によって隠されていた敵将_趙弘が姿を現した。

 その光景に、彼らは無名が事を成し遂げたのだと確信する。

 

「どうなってやがる!

 妙な敵が消えて、別の奴らが出てきやがった!」

 

「途絶えていた道も現れたようだ。

 術が解けた、という事であろうな。」

 

「無名、お前が術を解いてくれたんだな!

 ありがとう、本当に助かった。

 しかし、曹操殿達は無事だろうか...。」

 

 眼前の危機が去り人心地ついた所で、劉備は同じく進軍しているだろう友軍がいる方角へと視線を送る。

 この状況に陥っているのは、自分達だけではないだろう_と。

 

 

 

「これが噂に聞く、黄巾党の妖術か...。

 突破を試みるにも、手が足りぬな。」

 

 無名が義勇軍に掛けられていた幻術を破ったのと同じ頃、黄巾党本陣の目前迄迫っていた曹操軍は、予想以上の苦戦を強いられていた。

 劉備達の前にも出現していた幻影兵に加え、どういった原理なのか曹操軍が本陣に近付いた途端に発生した巨大な竜巻。

 黄巾党が何かしらの術を使うという情報を報されていた曹操も、自身の目に映る光景には現状打つ手が無いと言わざるを得なかった。

 この謎の黒い兵士や竜巻が幻術によるものと仮定しても、その中に敵兵が潜んでいるとすれば、相応の被害は免れない。

 幻術の範囲外との期待を持てる東西の友軍によって、潜んでいる敵軍を排除して貰おうにも、その手を打つには彼らは突出してしまっていたのだ。

 

 これには曹操が抱く二つの思惑が作用していた。

 まず一つ目は、単純に黄巾党の術への対策。

 この戦場にいる殆どの者達と同様、彼もまた幻術や妖術といった類の知識は疎く、無官である義勇軍の者達と大差無いのが実情である。

 故に彼はこう考えた。

 内容すら分からないのだから対策等立てようがない、ならば術を掛けられる前に敵本陣へと突入してしまえばいい_と。

 如何に強力な術士と言えど、眼前に敵兵の大群が押し寄せる状況で尚、術を掛け続けられるとは思えず、そうなれば単純な力比べに持ち込む事が出来るからだ。

 そしてもう一つが、この戦いにて初めて共闘する事となっている義勇軍に対し、官軍の精強さを示す為である。

 先の幽州での活躍に加え、本戦闘でも順調に西側進軍路を攻略中との報告を受けており、曹操はこの戦いの先に控える黄巾党との最終決戦にも必要となるだろう事、そして彼ら無官の勇士達が民衆にとってある意味では官軍以上の存在足り得る事を理解していた。

 彼らが勇猛果敢に戦う姿は、民衆にとっての希望となるだけに留まらず、本来民衆が従うべき官吏が軽んじられ、他の存在へと心を寄せる正に黄巾党の二の舞と成りかねない危険性を孕んでいる。

 劉備達に近い者は、『彼らはその様な過ちは犯さない』と言うかもしれない。

 成程、実際に自分達が戦っている黄巾党を反面教師にするという言い分は確かに理解出来る。

 だが、はっきり言ってそんな事を宣う者は現実を知らない世間知らずか、或いは主と定めた者を盲信し思考を放棄した愚か者であると彼は断ずる。

 今の義勇軍と同じ様に、黄巾党も最初は気高い志を抱いていた_そんな簡単な発想にすら至らない者だと言えるからだ。

 故に、自分達が力を示す必要があるのだ。

 義勇軍は正しく勇敢な戦士達であるが、民衆を守るのはあくまで自分達軍人の務めなのだと、他ならぬ民衆に示す為に。

 

 以上の理由が悪い方向に重なり、身動きの取れない曹操軍の下に福音が届く。

 この状況を打破する援軍の声が。

 

「曹操殿、ご無事ですか!?

 ご助力致します!」

 

「義勇軍...、逸早く西の戦場を突破したか。

 ならば、遠慮なく頼るとしよう。」

 

 

 

「義勇軍が大活躍ってのは痛快だな、惇兄!

 侮ってた奴らの顔が見ものだぜ。」

 

 自分達の姿に慌てふためく黄巾党を尻目に夏侯淵が語った言葉に、曹操も内心で同意せざるを得なかった。

 無官と侮られた彼らが、官軍を差し置いていの一番に黄巾党の妖術を突破し、あまつさえ自分達官軍の危機をすら救ってみせた。

 成程、痛快と言う他ない活躍である。

 颯爽と現れた彼らが術を解くと、やはりそこには多くの敵兵が潜んでおり、あのまま無理に突破しようとすれば大損害を免れなかっただろう。

 だと言うのに、自分達の功を誇る訳でもなくすぐさま東を進軍し、同じく苦戦しているだろう官軍の射援将軍らの救援へと向かっていったのだから、夏侯淵でなくともその姿に好感を覚えるのも当然と言える。

 尤も、声を掛けられた彼の従兄はと言えば、渋い表情を見せているが。

 

「浮かれるな、淵。

 せめて俺達が張宝を討たねば、面目が立たんぞ。」

 

 その言葉に、やはり彼ら二人が自らの腹心に相応しい存在であると再確認する曹操。

 自身の真意を理解し、義勇軍の活躍を認めた上で、自分達官軍の権威を保つ事の重要性を語る夏侯惇。

 一方で夏侯淵も、夏侯惇に窘められこそしたものの、何の躊躇もなく目下の者達の活躍を素直に賞賛出来るのは、彼ら二人よりも更に上に位置する自身が義勇軍の活躍を賞賛しやすく出来るという意味で非常にありがたい存在だ。

 そんな考えを抱いている時だった。

 黄巾党の兵達が次々に武器を捨て、降伏の意を示してきたのだ。

 丁度、東側から義勇軍らも突入してきた頃合いであり、勝機はないと悟ったのだろう。

 彼らを指揮していた筈の張宝らしき人物が見当たらない事から、自分達の将を逃がした上であわよくば生き残ろうという考えなのやもしれない。

 尤も、その顔は彼の言葉を受けた瞬間に絶望へと染まる事となるのだが。

 

「貴様らは、ただ天を仰ぐばかり...。

 地の有り様が目に入らぬようだ。

 黄巾の徒とやらは、人々を襲い、糧を奪った。

 天を持ち出しても、その罪は消えん。

 地上の罪は、地上の法で裁く。」

 

 その言葉を引き金に、周囲の兵達が勝鬨を上げる。

 敵大将の張宝こそ討ち損じたものの、黄巾党の妖術を破り勝利を手繰り寄せた事実に、皆喜びを噛み締めているのだ。

 その勝利の立役者達に視線を送りつつ、曹操は独りごちる。

 彼らは間違いなく、自らが注視すべき存在である_と。

 

「張宝は逃がしたが、敵は退けた。

 勝利と言って良いだろう。

 この戦、義勇軍の戦功こそ第一。

 私からも礼を述べねばなるまい。」




 早くも十話到達、お読み下さっている皆様のおかげです。
 次回、ようやっと紫鸞の名を使えます。
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