荊州_現代の湖北省一帯に位置するこの場所は、長江中流に位置する事に加え、平野が多く『魚米の郷』と称される程の肥沃な大地を持ち、この後の群雄割拠を経ての三国鼎立の時代において、戦略上の重要な地点となった。
後の時代、中原から華北、そして西涼に至る迄を征した曹魏。
長江以南の揚州を拠点とした孫呉。
益州の険しい山脈によって天然の要害を誇った蜀漢。
これら三国の中央に位置する荊州を巡っての争奪戦が巻き起こったのは、その肥沃な大地を欲しただけではない。
平野が多いという事は、それだけ兵士の進軍が容易になり、駐屯地として機能する。
広大な領地を持つが故に敵国との隣接地帯も広い曹魏にとって、この地を征する事は本拠地許都への道に蓋をする事を意味した。
他方、天然の要害を誇る蜀漢からすると、自らを守るその険しい山道が自分達の進軍を滞らせてしまう要因となってしまった。
故に、打倒曹魏を掲げる彼らにとって、漢中から長安へと至る進軍路との同時攻撃を可能とするこの地は、非常に重要な意味を持っていたのである。
残る孫呉も、長江の存在から北からの侵攻には強かったものの、荊州は先の通り長江中流_即ち孫呉から見れば上流からの侵攻を許す事となってしまう。
敵の侵攻を阻んできた筈の存在が、寧ろ敵を勢いに乗せてしまう存在へと変貌してしまうのだ。
そんな数々の思惑が交錯する事となるこの地にて、劉備達と共に戦った官軍の将_朱儁に謁見する者がいた。
勇猛さを感じさせる表情、武門の長である事を示す屈強な肉体は、正にその男性が荊州の黄巾党を宛城へと追い詰めた猛者である事を示している。
一方で、本人の趣味嗜好によるものか、はたまた側近による口添えがあったのかは不明だが、白い長髪は一部に編込みを加えており、その背を覆う赤い外套には動物の毛らしきものが装飾されている等、外見にも気を配っている事が感じられ、男性が武一辺倒ではない事が窺えた。
何も知らない者が見れば、朱儁との立場を全く逆に捉えてしまいそうな存在感を放ちつつ、男性は拱手と共に朱儁へと挨拶を行う。
「孫文台、お召しにより参上した。」
その男性_孫堅が今回朱儁に召集されたのは、彼ら二人が共に揚州の出身であった事が大きいだろう。
黄巾の乱勃発当時、彼は下邳県にて県令を補佐する副官に当たる県丞の任に就いていたのだが、この任を与えられる切っ掛けとなったのが、西暦172年から174年に掛けて揚州の会稽郡で発生した『許昌の乱』である。
この許昌なる人物もまた、黄巾党首魁・張角と同じ様な妖術や宗教によって民衆を煽動した妖賊とされる存在なのだが、当時の揚州刺史であった
一方の朱儁は、この乱当時出身地である会稽郡にて帳簿管理を担う主簿という役職に就いており、この時に孫堅の勇猛さを理解していたのだろう。
黄巾打倒の為に、彼を官軍として取り立てるべく召集したのだ。
「今後は我が下で、その手腕を発揮して貰いたい。
共に、天に仇為す賊徒らを討とうではないか。」
「成程...。 つまりは麾下に入れ、と。」
「虫の良い話に聞こえようがな。
それだけ、その力を買っておるという事だ。
態々ここに顔を出して、それは出来ぬ、とは言わぬであろう?」
孫堅が二つ返事で了承しない事は朱儁にも分かっていたのだろう。
彼からしてみれば、黄巾党打倒を掲げて自らの手勢と共に旗揚げし、武勇を世に知らしめようという頃合いであり、しかもその一端を『荊州の黄巾党を宛城へと追い詰める』という形で証明して見せている。
勿論、義勇軍としてと官軍としてでは、同じ参戦でも乱鎮圧後の褒章に差が出る故に、朱儁の提案も彼にとって全く利がない訳ではない。
とは言え、彼の力を本当に買っているのなら、もっと早い段階で_それこそ先の頴川での戦への参戦を要請する事も出来た筈だ。
これでは彼から見ると『都合良く声を掛けてきた』となるだけでなく、より穿った見方をすれば、朱儁が自らを超える可能性がある者を予め抑えようとしているとも捉えられる。
そんな後ろめたさを隠す為か、朱儁の言葉には若干の圧が含まれているが。
「...ふっ、ははは! 何とも、遠慮深い御方だ。
わしに従えと、そう一言だけ仰ればよいものを。
朱儁殿は中郎将、俺は一介の県丞に過ぎん。
あなたの麾下に入る事を、渋る理由があると?
我が孫家の知勇は、漢室が為にあり。
天下安寧の為、存分にお使いになればいい。」
朱儁の言葉をそよ風の様に受け流すと、孫堅は己の信念を語る。
自分達が戦う理由は、乱を鎮め平和な世を取り戻す事。
天下に広く跋扈する黄巾党に対抗する為には、確かに力が必要だ。
しかし、無闇に力を振るうだけでは局地的な勝利は得られても、黄巾の乱そのものを鎮圧するには至らない。
どの場所にどの程度の敵がいるのか、首魁である張角やその弟達の居所は何処なのか、情報を把握する者が各地への適切な差配を行ってこそ、戦略的な勝利、その果ての漢室の権威の復権が見えてくるのだ。
そして今自分の前にいるのは、平時は宮殿の門を護衛する重要な任に就き、その戦略的な勝利の為の差配を行うべき立場である中郎将の朱儁がいる。
ならば、自らは漢室の『矛』であり、朱儁や皇甫嵩といった相応の立場にある将がその矛を振るう『腕』であるべきだろう。
あくまで自分達の知勇は、『腕』と『矛』が守るべき『体』_即ち漢室の為なのだから。
「義勇軍の皆も来てくれたようだな。
では、軍議を始めよう。
俺が先遣隊の指揮を執る事となった、孫文台だ。」
そう口を開いた孫堅に続き、彼の旗揚げ時からの宿将である程普、黄蓋、韓当、そして彼らの前に立つ劉備達義勇軍の面々が挨拶を交わす。
朱儁と別れた後、前線部隊の指揮を任された孫堅が、その足で敵将_人公将軍・張梁を討つべく招集を掛けた形だ。
最後に自己紹介を行ったところ天の助の頭部が蓋の様に開くと、中から二足歩行の小型の虎が現れたかと思えば、卓球のラケットを持ち丁度対面する位置に立っている韓当の額にピンポン球を打ち付けているが、何か意味があるのだろうか。
(...義勇軍の様子を見るに、アレは触れない方がいいのだろうか...。)
「さて、城攻めの手筈を説明しよう。
固く閉ざされた城門を、衝車によって打ち破り、城内へと攻め入る作戦だ。
衝車建造の為の資材確保は、この宛城正面の拠点攻略を含めて朱儁殿が担う。
俺達は城の前で戦い、敵を引き付けて援護しよう。」
「つまり、我らもそれに参加すると?」
天の助の奇行を努めて視界に入れないようにしつつ、孫堅が作戦の概要を語れば、自ずと自分達は彼らと同行すると考えたのだろう劉備が反応する。
敵城の正面ともなれば激戦区となるのは必至、しかもその中で今回の戦で初めて共闘する事となる孫堅軍と連携し、朱儁が手筈を整える迄凌がなければならない。
彼の表情が幾分厳しいものとなるのも当然であった。
同じ部隊を率いる立場として同じ懸念を抱いていたのか、孫堅はそれを払拭する行動指針を示した。
「いや...、お前達には城の西を目指して貰いたい。
恐らく敵の目は衝車に集中する。
その隙に、城内への潜入を試みて欲しいのだ。」
地図を指す孫堅の言葉に、劉備達も彼の意図を理解する。
宛城正面に注意が向く事は、攻防両方の視点から避けられないのが明確だ。
城正面の拠点の存在は、当然黄巾側も捨て置けない場所として認知はしている筈だが、かと言ってそちらの防備を厚くする余裕はないのが実情。
ならば、拠点が奪われる事を前提に城門に辿り着かせない守備を考えるのが合理的である。
しかし、そこで別方面からの侵攻が分かればどうなるか。
その軍勢の規模を把握出来ない状態では、どうしても黄巾側も多少の注意を向けなければならないだろう。
仮に黄巾が西側の防備を軽んじ、後背を突ければそれで良し。
西側への防備に比重を割けば、それだけ正面を攻略する孫堅達の負担が軽くなるのだ。
「...少しいいだろうか。」
劉備達が孫堅の指示に頷いた所で、紫鸞が徐ろに手を挙げた。
敵将が張宝と同じくあの張角の弟である事から、どうにも拭えない懸念が有る故に。
「今回の敵も、頴川の時と同じく張角の弟...。
ならば、また妖術を授けられている可能性が高い...。」
「言われてみれば、今回も黄巾にとっては防衛戦...。
宛城の中にあの黒い兵士が出てくる事も考えられるか...。」
紫鸞の言葉に怪訝な表情を見せる孫堅達に、劉備が自分達が頴川の地で経験した事を語る。
宛城の黄巾党を率いるのは、張宝と同じ張角の弟である張梁。
となれば、城内に攻め入られる事を想定し、準備を整えておく可能性は十分に考えられるだろう。
頴川の時の様なある程度開けた環境でさえ十分な脅威と成り得ていただけに、城内の様な閉鎖空間ではともすれば同士討ちを誘発させられる事態に成りかねない。
「その様な術が...。
紫鸞と言ったな。
その術を事前に食い止める事は出来ないか?」
「同じ仕組みであれば、香炉を発見出来れば可能性はあるが...。」
「戦の最中、焚かれていない状態で見極めるのは至難の業か...。
いや、それを事前に把握出来た事を良しとするべきだな。
義勇軍の皆には手間を掛けるが、西側の攻略に加え、城内の捜索も任されてくれるか?」
「それこそ、我らに相応しい役目かと。
お任せ下さい。」
「うむ、感謝する。
では各々、準備に掛かってくれ。」
果たして、彼らは待ち受ける脅威を跳ね除ける事が出来るのか。
その答えは、天の助の頭部で強烈なスマッシュと共に雄叫びを上げた虎にも分からない。
デコは警察の隠語。
孫堅は若い頃に海賊退治によって有名になり、県尉(軍事・警察担当官)になった。
なので彼は江東のデコ虎。
自分で書いてて意味が分かりません。