宛城での戦いを終え、自陣へと戻り一時の休息を得た劉備達義勇軍。
幽州での初陣以降連戦連勝の彼らの表情には、互いに生き延びる事が出来た安堵と共に、自分達の活躍に対する自信が見て取れた。
特に頴川と今回の宛城での戦では、黄巾党の妖術を打破し、正しく勝利の立役者と言って差し支えない働きと言えるだろう。
その自信故に気持ちに余裕が生まれているのか、官軍の将が近付いてくると、些か不敬な態度が目立った張飛ですら佇まいを正している。
尤も、それは彼らの中の自信だけでなく、近付いてきた将に対して彼らが多少なりとも好感を抱いているのもあるかもしれないが。
「義勇軍の皆、全員生き残れたのだな。
よく戦い抜いてくれた。
戦中の活躍、実に見事だったぞ。」
「いえ、孫堅殿のお力あっての事です。
武ではなく弁舌でもって、黄巾の者達の戦意を挫いてみせるとは。」
柔らかい笑みと共に素直に自分達へと称賛を贈る官軍の将_孫堅に対し、自分達の活躍は彼の采配の賜物であると語ると共に、戦の終盤にて黄巾党を説き伏せてみせた手腕への称賛を返す劉備。
特に最後の、ただ相手を斬り伏せるのではなく、黄巾党の背景と心情を慮った上で多くの敵兵を殺さずに勝利してみせた姿は、同じ一軍を率いている立場として、彼の度量の大きさを感じさせられるものだった。
そんな劉備の言葉に、戦場で相対し直に見聞きし感じた黄巾党の想いを思い浮かべつつ、孫堅は自らが為すべきと感じた事を語る。
「ただ、彼らを徒に死なせたくなかっただけだ。
黄巾にも、黄巾なりの大義がある...。
命を賭して、世を変えんとする思いも分かる。
だが、あの場で俺に斬られては何も残らん。
屍には、家族の腹を満たしてやる事さえ出来ん。
俺が官吏という立場に在る以上、実に傲慢な物言いだとは承知しているが...。
黄巾は、生きる為に立ち上がった者達を、甘い理想で扇動し、死に導いている様なものだ。」
「貴殿の仰る通りかもしれぬな。
彼らとて、命を捨てる為に黄巾に身を投じた訳ではあるまい。
冀州でおぬしらと出会った時は、黄巾に、かような歪さは感じなかったのだが...。」
孫堅の言葉は確かに本人の言う通り『傲慢』と言えるかもしれない。
黄巾党の蜂起も、元を正せば彼と同じ官吏の、ひいては朝廷の腐敗によって民が苦しめられた事が要因である。
だがそれでも、彼はその言葉を口にせずにはいられなかったのだろう。
自分や家族の生活を良くする為に立ち上がるのは大いに結構、大望等ではない『ただ明日を生きる為』という願いの前にはなりふり構わず命懸けの決起を行うのも理解出来る。
だがそれが、命を投げ捨て、現実を忘れさせる甘い理想に殉じる事に繋がってはいけない。
この中でも現在の黄巾党と共闘した経験を持つ関羽も、孫堅の言葉に同意しつつ紫鸞、天の助と共にかつての彼らの姿に思いを馳せる。
「あの時の者達は無事だろうか...。」
「さて...、どうなっている事やら。
無事に生き延びておればよいが。」
「あの時のあの村みたいに、黄巾に救われた存在だって間違いなくいるんだがな...。
ああいうのは、それこそこの義勇軍みたいに小ぢんまりとやってる位が丁度いいのかもな...。」
冀州での戦いの後、自分達が黄巾党と共に救い、そして自分達に向けて誇らしげに黄巾党の旗を掲げていたあの親子も、現在の黄巾討伐の気運を考えれば生きていれば上等だと言わざるを得ないだろう。
特に紫鸞と天の助は、先晩の張角との密会の折に彼らの内情についての情報を得ており、孫堅の言う通り黄巾党の暴虐が必ずしも彼らの総意ではない事を感じ取っていた。
組織の理念が肥大化に連れて末端に行き届かなくなるのなら、いっその事義勇軍の様な『張角とその仲間達』程度でい続けられた方が、再び自分達と共に戦う可能性もあったのかもしれない。
そんな三人の話を聞いていた孫堅は、彼らの強さと『冀州での戦い』という情報に何やら思い当たる節がある様だが。
「冀州...、もしや昨年の騒ぎの事か?
二人の偉丈夫と謎の物体が、官吏の私兵を追い払ったとか。」
「...貴殿の耳に入れるべき話ではなかった。」
話の流れから過去の出来事を思い返した三人だったが、仮にも官軍の将である孫堅の前で官吏と衝突した話をしてしまった迂闊さに、その表情は渋いものへと変わった。
自分達の保身の為なのか、天の助が逸早く頭を下げると共に、懐からあるものを孫堅へと差し出すが。
「今はこの『ぬの前掛け』しか手持ちが無いのですが、どうかぁ...!」
(これは形からすると赤子に使う物...、偶然か...?)
「ふっ...、そういうのも本来なら逆効果だから気を付けた方がいいぞ。
義侠の徒を捕らえるのは、俺も本意ではない故な。
聞かなかった事にしておこう。
しかし、咄嗟に仲間を庇うべく身を切るとは、冷静に見えて、熱い所もある様だ。
俺はお前達の様な者が、嫌いではないぞ。」
「...やだあ、イイ男...。」
「何故巨大化する必要が?」
「それだけ天の助が孫堅殿に深く感謝しているという事だろう。
肥え豊かになった者ですら、その侠気に惚れ込んでしまう事を示しているのであろうな。」
「そうかな...、そうかもな...。」
「なあ、せめて兄者はしっかりしててくれよ...。」
賄賂と捉えられても仕方のない妙な代物を気持ちよく受け取った上で、先の三人の話を不問とする孫堅から感じる侠気を感じてか、天の助の姿や話し方が何処となく某デラックスなタレントの様に変化する。
当然、現代日本の芸能人の事を知る筈もないこの場の面々では、関羽のみが妙に好意的な解釈をするのみで、他は全て頭に疑問符が浮かんでしまっているようだ。
(無視だ無視。)
「悪吏の専横は、漢室の力が弱まっている兆し...。
我らが盛り立てていかねばならぬ。
機があれば、再び共に戦う事もあるだろう。
その時にはまた、よろしく頼む。」
目の前で繰り広げやれる妙な遣り取りを努めて無視しつつ、孫堅は別れの挨拶を行い踵を返した。
故郷に残してきた家族、一昨年生まれたばかりの次男に向けて、右手に持つ妙な布を贈ってやったら喜ぶだろうか_そんな事を考えながら。
「お客さん、すいませ...って何してんのこの人!?」
飲食店の一角に店員の声が響く。
ありがたい事に店が盛況で混み合っている故に、声を掛けた二人組の男性に合席を願おうとしたのだが、何故かその二人組の内の一人が卓上に寝そべり、まるで自分も出された品の一つだと言わんばかりに盛り付けを行っているのだ。
「こいつの事は気にしなくていい。」
「いや気にしますよ!!
ってか、お客さんももっと気にして!?」
「邪魔なら退かす。
それより、何か急いでいたんじゃないのか?」
もう一人の男性の余りの泰然自若振りに、逆に自分の方がおかしいのかと困惑する店員だが、男性の言う通り別の客を待たせているのも事実である為その旨を伝えると、男性は快く申し出を受け入れた。
自分もあれ位どんと構えていた方がいいのかと考える店員だったが、客観的に見ておかしいのはどう見ても二人組の方である。
「すまないなあ...、邪魔にならない様にしてるからな。」
「おお。 お前は、確か義勇軍の...。
これは何をしておるのだ...?」
程なくして店員に案内された二人の男性が、件の二人組_紫鸞と天の助の姿を認め声を掛けてきた。
声を掛けられた紫鸞も、二人の姿への見覚えと軍議の折に簡単に挨拶を交わした事は覚えているのだが、どうやらお互いに相手の名前までは思い出せないようだ。
「おっ、孫堅殿の所の。
お二人もこれから飯かい?」
(そのままで普通に話すのか...。)
「あ、ああ...、邪魔をする。
こっちのところ天の助とは戦場で少し話したが、折角だから、お互いに改めて名乗るとしよう。
俺は黄公覆。」
「俺は韓義公。」
「紫鸞だ。」
軍議での光景が互いの脳裏に蘇り、三人共にそれぞれの顔と名前が一致したようだ。
紫鸞と黄蓋は互いに向かい合わせの位置にいた事で、韓当はあの小さい虎に球を打ち付けられていた事が印象に残っていたのだろう。
「さて紫鸞よ。
飯の席で華がないが、先の戦の事で聞きたい事がある。
此度の戦、それにお前達義勇軍が参戦した頴川での戦、敵が妙な術を使ってきても、お前は自ら状況を判断し、解決に向け動いたという話だったな。
義勇軍には他に、あの目を引く二人の偉丈夫もいるにも関わらず、軍議での口振りからも、敵の術の対処に関してはお前に一任されている様に感じられた...。
単なる腕自慢ではない、妙な肝の据わり方をした奴がいるものだと思っていたが...、お前は一体何者なのだ?
義勇軍が解散したところで、故郷に戻って畑を耕す様には見えんが...。」
食事中にする話ではない事を謝罪しつつ、黄蓋が紫鸞にその素性を問う。
彼の功績として目を見張るのが、やはり黄巾党の妖術に対処だ。
先んじてその脅威を伝えられていた故に、黄蓋達孫堅軍はその脅威に晒されずに済んだのだが、なまじ自らの目で術の発動、終了双方の瞬間を確認していない為に、その手腕に興味が尽きないのだ。
劉備達三人ともまた雰囲気の異なる外衾も含め、彼の出自や技術が『普通』ではない事を感じた故の問いだったのだが。
「何者...と聞かれれば、ただの旅の者と答えるしかないだろうか...。
義勇軍に参加する前は、武芸者として天の助と共に各地を巡って旅をしていた。」
「この乱世に、旅とはな。
生き延びる術は心得ているという事か。」
「ああ、その...、実は紫鸞は今記憶が無いんだ...。
だから、出自や技術に関してはこいつ自身もさっぱりって感じでな...。
『紫鸞』って名前も、頴川で会った官軍の人に付けて貰ったもんでよ。」
「何と...、それはすまんかったな...。」
「いや、構わない。
体が覚えている技術を使えている現状、記憶を失う前も戦場に身を置いていたのだと考えている。」
「成程なあ...、色んな場所で戦っていれば、いつか自分の事を知ってる人間と会えるかもしれないから旅をしてるって事かあ...。」
紫鸞からの返答が要領を得ない事を黄蓋が訝しむも、すぐさま天の助から彼についての情報が補足された事で、知らなかった事とは言え自身が不躾な問いをしてしまっていた事を謝罪した。
尤も、こうした反応は彼にとっても慣れたものの様で、自身の言葉に続いた韓当に首肯を返す。
「だが、お前のその臨機応変さに得心がいった。
記憶を持たないが故に、物事に対する先入観が無く状況を判断出来るのだろう。
戦場では、どんなに優秀な人間が綿密に策を立てても、何が起こるか分からない...。
だがそんな中、お前を戦に加える事で、様々な状況への対応が可能になる。
今後、これはという戦の前には、お前に声を掛けるとしよう。
その時はよろしく頼む、紫鸞。」
「ああ、こちらこそ。
恐らくその時は、天の助と共に世話になるだろう。」
「ふむ、意外と愛想もある様だな。
さて、飯が出来たようだ。
野暮な話はこれ位にしておこう。
天の助、悪いが退かすぞ。」
「退かすって言われた!?」
「邪魔だからだろ。」
話に一つの区切りが付き、店員が料理を運んできているのが見えた事も重なったのだろう。
卓上を無駄に占領するバカを黄蓋が退かすと、予想通りその空いた場所に料理が並べられた。
どう見ても一人分のみの量が。
「...なあ、俺が頼んだ分は...。」
「あ、あれ!?
申し訳ございません、すぐにお持ちします!」
「...。」
「忘れられた...のか?」
「悲しいが...、その可能性は大いにある。
皆、悪気があって忘れる訳じゃないんだ。
それぞれ忙しいからな...。」
(戦場で名前を呼んだ時に妙に嬉しそうだったのは、これが理由だったのか...。)
自分の分の注文を忘れられるという、どう考えても店側の不手際をすら庇ってみせる韓当の姿に、紫鸞と天の助は悲哀を感じてしまった。
こんな状況に隣の黄蓋が何も言わない事実も、彼らにとってはこれが慣れたものとなってしまっている事が窺える。
「... 目立たないのは立派な才能だ。」
「そ、そうだぜ!
変な失敗はしてないって事だよきっと!」
「そうなのか?
そう言われるとそんな気がしてくるから不思議だな。
ありがとな、何か俺はこのままでいい気がしてきたぞ。
今日の事は、お前が忘れても、俺はずーっと覚えてるからな。」
果たして、二人は次に会う時、この韓当の眩しい笑顔を覚えているのだろうか。
タイトルが全く思い浮かばなかったので、そのまんまです...。