「ここまで来れば、皆を巻き込む恐れは無い。
存分に暴れてくれ。」
長髪の男に導かれるまま長い髯を蓄えた偉丈夫、黒装束の武芸者、その武芸者に連れ添っていた謎の軟体は、先の騒ぎの場所から移動し村の外れへとやってきた。
開けた場所に辿り着いた所で漸く掛けられた先導者の言葉に、先程の一幕で官軍の隊長に斬られながらも何故か無事なままだった軟体の士が口を開く。
「こうなった以上、暴れる事になるのは仕方ないが...。
お前はどうするんだ?
まさか、一人でとんずらここうってんじゃないだろうな?」
「俺にはまだやる事がある...と言っても信じられぬのも無理はなかろう。
だが、これだけは誓おう。
必ずお前達を逃してやる。」
その問いに対する答えとしては、些か苦しい事を自覚していたのだろう。
長髪の男は自らの言葉に信憑性が無い事を承知の上という様子で毅然と言い放つ。
お前達を官吏の目から逃してやる_と。
そのまま何処かへと去っていってしまった彼に対して掛ける言葉も見つからないまま、残された三人は次の行動方針を話し合う。
「行っちまった...。
んで、そっちの髯の旦那もどうするよ?」
「あの男を信じてよいものかは分からぬが...。
どの道、刃を振るわねば逃げ切れまい。」
「ここに留まれば、いずれにせよ村に被害が及ぶ...。
なら少しでも進んでみよう。」
「うむ、この先に関がある筈だ。
そこを抜ければ...。」
「その先迄は追って来ない筈って事か...。
そうと決まれば、行くしかねえな。」
三人の目的地は定まった。
この辺り一帯と別の地区とを区切る関所、そこを突破する事が出来れば先の官軍の兵士達としても管轄外の地区に逃げ込まれてしまったが故に、追跡を逃れられるという算段である。
無論、関所に向かうと言う事は、先の兵士達が増援を呼びに向かった場所へ自ら飛び込む事を意味するが、他に取れる選択肢が無い以上、何処かへと去ったあの男を信じ進む他ないだろう。
「むっ、あれが賊か!
逃すな、討ち取れ‼︎」
「早速おいでなすったな。」
「先手を打つ...。」
「ねえ、何で僕の頭を掴んでるのかな?」
関所周辺の巡回を命じられていたのだろう。
三人の姿を認めた兵士達が一斉に槍を手に進んでくる。
多勢に無勢の状況において後手に回れば、状況の悪化は必至。
それ故、武芸者は敢えて自ら前に出る事を選択した。
彼の左手によって鷲掴みにされた軟体の士が、嫌な予感を覚えた様だが。
「無謀な...、怯むな、やれ!」
「おお‼︎」
「それは読めている。」
「ぎゃああぁぁぁぁ‼︎‼︎」
圧倒的数的不利の状況で自ら前に出てくるとは思わなかったのだろう。
隊長と思しき兵は冷静にその動きに合わせる様に指示を出した。
兵士達の槍が一斉に突き出された瞬間をまるで待っていたかの様に、武芸者は軟体の士を自らの前に盾として突き出し、その攻撃を防いで見せたのだ。
「なっ、しまっ...ぐあぁぁ‼︎」
「...よし。」
「ほう、敵の攻撃を捌いてみせたか。
多勢を相手取るには、守りこそ肝要。
おぬしは、よく分かっている様だ。」
「いやよしじゃねえし、アンタも何冷静に評価してんの⁉︎
俺を盾にしてんのよ⁉︎」
軟体の士の体によって槍の自由が効かない隙を見逃さず、武芸者は官軍に反撃を加える。
二人に加勢しつつ、その見事な攻防の転換を偉丈夫も素直に賞賛した。
何やら軟体の士が不満を垂れているが、それを無視し一行は進んでいく。
「あれが関か...。」
「いやに静かじゃねえの...?」
「関に守兵がおらぬ筈もない。
これはどうやら...。」
三人が暫く道を進むと、開けた場所に目的である関所が見えてきた。
本来関所には守兵が駐留している事、そして自分達が追われている現状を鑑みると不気味な程の静けさを感じるが。
「はははっ、残念だったな!
下賤な賊どもめ、絶望して果てるがいい!」
「やはり、先回りされていたか。
多勢に無勢だが、覚悟を決めねばなるまい。」
関所の見張り台に姿を現し、三人を嘲ったのはあの隊長だった。
彼の言葉と共に兵士の大群が関所前に整列する。
自分達が逃げおおせる為にはこの関所を抜けねばならない事は、当然官軍にも分かっていた事だったのだろう。
遠目に見ても現時点で百人以上の兵士達は今も続々と数を増しており、たった三人でそれを相手にしなければならない事実に、自然と彼らの表情も強張るが。
「当に立つべし‼︎」
「...今のは。」
「...む、そう言えばおぬしの連れは何処に?」
彼らが立っている場所から少し離れた小高い地点から、謎の集団の声が一帯に響く。
声のした方へと視線を向けたのも束の間、いつの間にやら軟体の士が姿を消してしまっているのだが。
自らの眼前に整列した同志達、彼らが身に付ける黄色の布、そして自分達の視線の先の関所に、男は覚悟を決める。
今から自分は彼らに関所破りを、官軍への反乱を命じるのだ。
軍人ですらない、元は農民の集まりだった彼らに武器を取らせ、人を殺す事を命じる自分はきっと地獄に落ちるだろう。
それでも自分は、彼らを導く者であらねばならない。
彼らを奮い立たせなければならない。
今自分達が立てば、明日への道が開けると信じさせる為に。
「我は問う。
汝ら、このまま搾取に甘んじ、屍を晒す事を選ぶか?」
「否‼︎」
「ね‼︎」
「...ね?
いや、ならば問う。
汝ら、奪われしものを取り戻す為、勇を奮うか?」
「おお‼︎」
「ぬー‼︎‼︎」
「...何をしている。
お前はあの二人と共にいたのではないのか...?」
「あっ、やべ、バレた‼︎」
男が同志達の声の中に違和感を感じ背後を振り返ってみれば、なんといつの間に合流したのかあの軟体の士が最前列に紛れていたのだ。
見た事がない『ぬ』という文字が書かれた布を額に巻き付けさも当然の様に隊列に参加していたが為に、他の同志達も気が付かなかった様である。
男が、彼がこの場にいる理由を問い詰めようとした矢先に、元いた二人の下へと逃げていってしまった為にその真意を問う事は出来なかったが。
(何がしたかっ...‼︎)
彼が去っていった方向から視線を同志達に戻した所で、男は彼の意図を察した。
自らの言葉に力強く応えていた同志達はしかし、当然と言うべきか緊張の色が見えていたのだ。
これから命懸けの戦いを始める事を考えれば当然だろう。
それが今はどうか。
同志達の過度な緊張はほぐれ、中には先の彼の行動に笑顔を見せている者もいる。
(俺達が来る事を信じた上で、その正体に当たりを付け、敢えて道化を演じてみせる...、食えん奴だ...。)
恐らく単純な戦闘力だけならば、彼のそれはあの武芸者や偉丈夫には遠く及ばないかもしれない。
が、味方の力を引き出す事は何も武勇で持って奮い立たせるばかりではない事をまざまざと見せ付けられてしまった。
余計な力を廃し、訓練通りに行動するには過度な緊張と興奮は却って害悪となってしまう事を理解しての行動だったのだろう。
やる気と決意に満ちた同志達の表情に、男_張角は思う。
勝てる_と。
「されば、皆共に行かん‼︎
新しき、太平の世を見る為に‼︎」
後に黄巾党と呼ばれる者達の戦いが、今始まったのだ。
「ぐうぅ...、貴様ら、官吏に逆らってただで済むと思うな!
必ず後悔する事になるぞ...!」
黄色い布を身に付けた者達によって取り押さえられた隊長が恨み言を吐くが、周囲の状況を考えればそれはどう見ても負け惜しみとしか言えないものだった。
あれだけの大群を誇っていた筈の部下達は今や物言わぬ存在の山と化しており、彼の命運は風前の灯としか言い様が無い。
類稀な武勇を誇る武芸者と偉丈夫の存在に加え、まるで死を恐れていないかの様な勇猛さを見せ付けた黄色の戦士達の前に、関所の守兵達は呆気なく敗れ去ってしまったのだ。
「お前達の義心に感謝する。
後の事は我らに任せ、この地を離れろ。
いずれまたどこかで会う事もあるだろう、さらばだ。」
「仔細は語らず、か...。
さて、まずは落ち着ける場所迄参ろう。」
戦闘が終了し、張角が三人へと声を掛けると、彼の意図を汲んだ故か偉丈夫が応えつつ二人へと目配せを行う。
結局、三人からすれば彼の正体も、そしてこの兵士達の事も分からず終いだったが、自分達が早急にこの地を離れるべきなのもまた事実。
彼の言う通り、天の巡り合わせがあればまた出会う事もあるだろう。
願わくば、またこうして沓を並べられれば_その言葉を互いに飲み込み、男達は別れる事となった。
「さて...まだ、礼を言っていなかったな。
この関雲長、おぬしらの助力に心より感謝いたす。
背を預けた者の名を聞かぬのも無礼だな。
拙者をおぬしらを何と呼べばいい?」
「俺はところ天の助だ。
天の助でいい。
こんな一騒動を出会った初日に乗り切ったのも何かの縁だ。
この『天ちゃん特製ところてんギフト』を受け取ってくれ。」
(『ぎふと』...、『義太』、或いは『義不等』か...。)
焚火を囲みつつ、髯の偉丈夫_関羽が名を名乗ると共に、成り行きで共に危機を乗り越えた戦友の名を問い掛ける。
その問いに最初に答えたのが、軟体の士ことところ天の助であった。
関羽としても、ある意味もう一人の戦友の身のこなし以上に彼の正体が気になる所だったのだが、彼が挨拶と共に差し出した品に詮索の意を取り下げる。
『ぎふと』なる聞き覚えの無い言葉と共に彼が差し出してきた『ところてん』と言うらしい透明の麺の様な代物。
彼曰く、故郷でよく食べられていたものであり、こうした機会に際して友好の証として相手に贈っているらしいのだ。
その行為から関羽は『ぎふと』を『義太』、もしくは『義不等』と書くのだろうと考えた。
友誼を太く強くする為の贈り物、しかも関羽側から彼に対し何も返せない事が分かりきっている状況にも関わらずである。
状況や相手によっては媚を売っているとすら捉えられかねないその行為はしかし、彼の表情を見れば真にこの『ところてん』なるものを親愛の証として薦めているのが理解出来る。
「この時勢において食物を無償で渡してくるとは、何とも奇矯な者よ。」
「あー...、気に入らなかったか...?」
(こんだけの腕っ節の人なら顔も広そうだし、ところてんPRのチャンスだと思ったんだが...。)
「その様な事はない。
天の助、おぬしの義心とその品、この関雲長ありがたく頂戴いたす。
天の助け...、正にこの『ところてん』とやらの様なおぬしの澄んだ心に相応しき名よな。」
「そ、そうかい...?
へへ、そんな風に言われると照れちまうな。」
(...打算まみれの笑みに見えたが...、まあ本人達がいいなら口を出す事ではないか...。)
関羽とは逆側に座っていた故に、天の助の汚い笑みが武芸者には丸見えだったのだが、当人同士が和やかに親交を深めている所を邪魔する必要はないと判断したのだろう。
二人の様子を薄い笑みで見つめていた彼にも水が向けられた。
「して、おぬしの方は何という?
見たところ、拙者と同じ旅の武芸者の様だが...。」
「...すまない、分からないんだ...。」
「分からぬ...と?」
彼の戦闘技術は様々な地を巡ってきた関羽にとっても初見のものであった。
故に、それを何処で身に付けたのかが気になっていたのだが、自らの名すら分からないという返答には思わず眉根を寄せてしまう。
お互いしかいないこの状況でその様な事を言う理由_例えば、何らかの罪を犯した者という可能性が関羽の脳裏に過ぎる中、助け船を出したのが天の助だった。
「そいつにも悪気はないんだ...。
ただ、何も覚えてないんだとよ。」
「...己の過去を忘れてしまったという事か。
...出自を答えられぬのにも、得心がいった。」
「俺達が出会った時には、既にこの状態でな...。
どうしてもって時は仕方ないから『無名』って言わせてるんだ。」
「それは何とも不便な事よな...。
だが、拙者はおぬしが過去を忘れていようと、その心根は紛う事なく義侠の徒であると信じる。」
「今日会ったばかりの相手に、何故そこまで...。」
自身の事情を聞いて尚、関羽が出会って間もない素性すら分からない相手をそれ程に評価するのかが理解出来ない様子の武芸者_無名だが、そんな彼の問いを何でもない事の様に関羽は受け止める。
「己が武芸の腕を売って糧を得る武芸者には、金銭を受け取らねば、動かぬ者も多い。」
「...道理ではあるな。
武芸者だって命を張る以上、あくまで飯の種だって割り切るべき時もある筈だ...。」
「左様。
拙者の考えとは相入れぬが、かと言ってそういった者達を否定も出来ぬ。
態々好き好んで死地に赴く者等おらぬからな。
だが、おぬしは違う。
あの童を守ったおぬしは正に、弱き者の為に刃を振るえる者よ。
おぬしらがあの場に居合わせたのは、拙者としても僥倖であった。」
「『そう在れ』、と言われた気がする...。」
「親か師か、或いは友の言葉か...。
何れにしても、良き存在に導かれたのだろう。
しかし...このところ、かようか事ばかりよ。
兵や官吏が、己が栄達の為に民を虐げ、虐げられた者達が、糧を求めて野盗となる。
蟠る雲は
「...なぁ、雲長さん何言ってんだ...?」
「お前は黙っていた方がいい。
天意には逆らえない、という事だろう...。」
天下の混迷を憂う関羽に対して、天の助がいらぬ戯言をほざく前に彼を制した無名。
彼の天の助に対する視線の鋭さの理由は関羽には分からなかったが、彼の天意という言葉には同意する他なかった。
天候や自然現象は人が干渉出来るものではなく、どれだけ健康に過ごしたとしてもいずれ訪れる死の運命から逃れる事は出来ない。
人が人である以上、自然の、天の摂理の前には余りにも無力なのだ。
「しかしそれでも、誰かが起たねばならぬ。
拙者は、そうも思うのだ。
無名、天の助、太平道の噂は、おぬしらも聞いた事があったろう。
あの者達は大賢良師・張角を奉じる一団。
近頃、急速に信徒を増やしていると聞く。
世の在り方を変えんとする彼らの姿は、力無き者達の導となったのであろうな。」
その言葉を最後に、関羽がこの辺りで休もうと提案してきた。
夜空を見上げれば、確かに月の位置が随分と高くなり、夜が更けてきたのだろう事が分かる。
野宿の身である以上、休める時に休むのも必要な事だ。
それ以降、その場には焚火の音のみが響いていた。
ふと気付くと、無名の目に映る景色は先程迄と全く違う場所になっていた。
彼が背を預けていた木は大木となっており、眼下には何軒かの建物の燃え跡が残されている。
彼が記憶を失った後に目を覚ました場所、記憶を失う前の彼自身がいたのだろう場所だった。
ふと、風に乗って届いた花弁を掌の上に収めると、懐かしさを感じる光景は彼を苦しめる光景へと変わる。
花弁が、建物が、その場所一帯の至る所が赤い炎に包まれ、物が焼ける臭いが、音が彼の五感を支配する。
瞬間、自身の腕の中で死に瀕した者の姿が脳裏を過ぎり、同時に激しい頭痛に襲われた。
「天下、久しく分かれれば必ず合し、久しく合すれば必ず分かれる。」
「天の...助...?」
「漢の高祖が国を興し、光武帝が中興してより、長い時が経った。」
「ッ⁉︎ 誰だ...?」
激しい頭痛が止んだかと思えば、彼の前には二人の人物が立っていた。
一人は現在自身と同行しているところ天の助と同じ姿。
もう一人は見覚えのない白髪の少年。
二人の言葉は、さながら漢王朝の天下の滅亡を暗示している様に思える。
「しかして、天の意は明らか。
これより世が大いに乱れる事は避けられぬ。」
「故に太平の世を作るのだ。
導きの光は、既に汝の元にある。」
その言葉の直後、無名の胸元から光が放たれ、やがてその光は視界の全てを包み込んでいく。
「汝、太平の要よ...、行くがよい。」
世界が、少年と天の助が光に包まれ、無名はこの光景が終わりを迎える事を察した。
彼らの正体、その言葉の真意、自身の脳裏に過った光景_今の彼には何一つ分からなかったが、一つだけ確かだと言える事があった。
「ところてんを、食卓の要とする為に。」
それだけは絶対に有り得ない_と。
自らの目元に落ちた朝露によって無名は目を覚ます。
自身に寄り掛かっていた天の助の口に焚火の残骸を放り込んで周囲を見渡すと、昨日共に戦った関羽は一足先に次なる場所へと歩き始めていた。
そんな彼が向かう先から、昨日の戦いで現れたのと同じ黄色い布を身に付けた者達が列を成して歩いてくるのが見える。
列を成す者達の表情は生き生きとしており、何らかの希望を胸にしているのが窺えた。
「あっ。」
無名の姿に逸早く反応したのは、列の先頭で旗を掲げている少年とその隣を歩く男性だった。
昨日、自らが助けた少年とその父親、彼ら親子もまた何かしらの生きる希望を見出した様な明るい表情で会釈をしてきたのだ。
昨夜の関羽の言葉を借りれば、あの黄色い布、太平道と呼ばれる宗教が、力無き者達の導となったのだろう。
彼らの道は一旦分かれる事となった。
この広い天下において彼らが再会した時は、果たして敵か味方か_その答え知る為に、無名とところ天の助_珍妙な二人組もまた歩みを再開する。
こんな感じでやっていきたいと思います。
前話も含めてですが、ゲーム本編に登場した台詞に対する筆者の解釈(例えば前話なら関羽の「士大夫殿〜」の辺り)が間違っておりましたら、遠慮なくご指摘いただけますと幸いです。