張純らとの戦いを終え、討伐軍として彼らと戦った公孫瓚、そして彼の麾下に入る形で共闘した劉備達は、戦場となった遼東郡から右北平郡まで移動していた。
乱の首謀者たる張純が討ち取られた事から、幽州牧にして反乱軍の総大将を務めた劉虞が、烏丸の部族長である丘力居との和平交渉を行うべく前線を下げさせた故である。
以前より異民族と友好な関係を構築していた劉虞としては、張純の死を一つの区切りとして、互いにこれ以上の無益な死人を出さない為にとの思いなのだろう。
その中にあって、劉備達はささやかながら酒宴の席を設けていた。
彼らが先の戦における勝利の立役者となった事、そして劉備に協力する形で参戦した紫鸞達が間もなく薊へと戻るべく出立する事を知った公孫瓚からの計らいである。
そんな宴の中で、二人の男性が夜空の星々を眺めつつ幾度めかの杯を呷った。
「ふうっ、これで暫くは幽州も安泰だろう。
とは言え、今は各地でこの手の反乱が相次いでいるとも聞くが...。」
「黄巾の乱は一つの切っ掛けに過ぎなかった_そう言わざるを得ないな...。
力があれば何かを為せる、そう考えちまう奴がそこら中に潜んでたって事なんだろう。」
「そうだな...。
世の乱れは、最早誰にも止められないのかもしれない。」
共に卓を囲む仲間_ところ天の助からの返答を、杯を再び呷りつつ吟味する劉備。
彼ら二人がこうして一対一で言葉を交わすのは、意外にも珍しい光景だ。
義勇軍での戦いからこっち、劉備の側には基本的に彼の義弟達がいる事に加え、天の助の方も彼ら義兄弟のなかでは関羽と共にいる事が多い故であった。
「しかし、大将も大概ええかっこしいだねえ...。
あの二人も多少の愚痴位は受け止めてくれると思うんだが。」
劉備がここで天の助との密談を望んだのは、この彼の『軽さ』が心地良い故であった。
「雲長は真面目な分、あれで翼徳以上に頑固な所があってな。
それとなく意見を求めても、俺の意見に対する否定は余りしてこない。
かと言って、翼徳の様に表現が感覚的に過ぎるのも考えものだし、そもそもあいつは酒が入るとちょっとな...。
紫鸞は紫鸞で、ちゃんと聞いてくれているのは分かるが、どうにも会話を楽しんでくれているのか不安になる時がある。」
「そこで、天子ママの出番って訳なのね。
もう、玄ちゃんってば上手なんだから!」
「はっはっは、そうだな。
お前なら多少雑な相槌でも問題無いだろうと思っている。」
「!?」
何故か現代のスナックの店員の様になった天の助をあしらう劉備だが、事実今の様に空気が湿っぽくなった所で、道化を演じてくれる彼の言動には感謝していた。
関羽と張飛という二人の猛将が兄と呼ぶに相応しい存在であろうとすると、どうしても彼らに対して弱い所を見せる事に抵抗が出てくる。
故に、先の天の助の様に、ままならない現実を然程空気を重くする事なく指摘してくれる事は、間接的に劉備達義兄弟の風通しを良くしてくれる効果を齎していた。
一度会話が途切れた所で二人は互いに杯を呷ると、今度は劉備が胸中に何かしらの懸念を抱えている事を感じ取った天の助から話が切り出される。
「んで、『どっしり構える』と言ってた大将は何が気になってんだ?
今回の事で、暫くは公孫瓚殿に面倒見て貰えるんだろ?」
自身のかつての発言を引き合いに出した天の助の記憶力に舌を巻きつつ、劉備は声を絞る為に彼へと顔を近付けた。
ここから話す内容は、聞き手によっては表情を大きく変える内容である故に。
「...その公孫瓚殿が、どうにも劉虞殿との関係がよろしくない様に思える。」
「おいおい、そりゃ何でまた...。
自分で揉め事が原因で反乱起こした奴を討ったばかりだろうに。」
劉備の言葉に天の助が胡乱げな視線を返してしまうのも致し方ないだろう。
確かに彼とて、公孫瓚と劉虞の人間関係を把握している訳ではないが、先晩自分が討ち取ったばかりの張純と同じ愚を犯す、そんな懸念を他者に抱かれているというのは穏やかではない。
対する劉備も、『あくまで自分と公孫瓚しかいない場で聞かされた事』と前置きしつつ、その懸念を感じた経緯を語る。
曰く、劉虞からの指示を受けた彼らが現在地である右北平郡へと到着、駐屯地の幕舎にて件の話が出たのだと言う。
麾下の諸将に指示が出た後、公孫瓚は劉備にその場に残るよう指示。
これ自体は彼ら二人が旧知の仲である事を知る故に、諸将も劉備自身も特に不審には思わなかったそうなのだが。
「『劉虞殿の言う烏丸との宥和政策を、お前はどう思う』、そう問われて人払いをした理由が分かったよ...。」
「...因みに、それに対する大将の意見は?」
「どちらの言い分も分かる、それ以上の事はないさ。
なるべく血を流さずに済む様にとの劉虞殿のお考えが実を結べば、戦などやらずに済む訳だし、あの方は以前にも異民族との良好な関係を築いた実績がある。
だが一方で、遼西の豪族出身の公孫瓚殿は、俺達が考える以上に異民族の脅威を肌で感じてきた事だろう...。
元々、意固地になる所がある人だったが、今回の件で『劉虞殿に烏丸を討つ機会を奪われた』と考えているのやもしれん。」
「で、それを大将に話したって事は、『何か』が起きたら手伝えって事か...。」
その『何か』が起きては困る_そんな返答の代わりに劉備は肩をすくめた。
自分の兄弟子に当たる人物が反乱を起こす事も、それに巻き込まれる事も御免被るという感情が透けて見えるが、旧知の仲である事に加え、公孫瓚の客将となっている現状、彼も余り強くは言えないのだろう。
「翼徳殿が聞いたらどんな顔をするか楽しみだな。」
「ふっ、確かにこういう時は少し翼徳の性格を羨ましく感じるな。
だが、今は他者に流されるのではなく、俺達自身が何を為すか、何を為せるかを見極める時だと考えている。
それが再び官職を得て、漢室を内部から支える形となるのか、それとも何処かに自分の領地を持つのか...。
形も決まっていないし、先の長い話ではある...が、俺は本気だぞ。」
彼自身が言った通り、それは現状何の具体性も無い夢物語とすら言えないものだ。
だと言うのに、彼の笑顔を見るとどうにもそれを否定する気にはなれないのだから不思議なものだと天の助は思う。
「だからな、天の助。
お前も、紫鸞もぬー$の戦士もだ。
いつか、俺達と同じ夢を見てもいいと思う日が来たら、この劉玄徳の元を訪ねて欲しい。
何かを為そうとする者は歓迎するし、それがお前達ならば大歓迎だ。」
「ふっ、んじゃ大将が領地を持った時には、ところてんを主食にして貰うとするかな。」
「さて、それはどうだろう?
皆が何を食べるかは俺の一存では決められないからな。」
「んもう、玄ちゃんってばズルいわよ!!
そうやって自分に都合の良い事ばっかり!!」
「はっはっは、お前が俺に『綺麗事の方がいい』と言ったんじゃないか。
だから俺は、俺にとっての綺麗事を言い続けるぞ。」
「...楽しそうだな、あの二人は。」
「うむ、あれこそ天の助の強みよな。
何分、拙者も兄者が相手となるとああはいかぬ。」
「ふっ、あれは真似出来るものではないだろう。」
「はっはっは、おぬしも言うようになったな、紫鸞。」
劉備達から少しばかり離れた場所にて、彼らの笑顔を見遣りつつ杯を交わす関羽と紫鸞。
元来、然程口数が多くないこの二人からすると、劉備や天の助の様に嫌味を感じさせずに自分の考えを伝えられる様は非常に眩しく映るものだった。
天の助の奇行は、事情を知らぬ者が見れば滑稽に映るかもしれない。
だが事実として、彼の存在は場の空気を明るくし、あの人垂らしな所のある劉備ですら他者に打ち明けられぬ悩みを話しているのだから、外野の風聞など当てにならないものだ。
「...以前、天の助に『カンチョー』という技の話をされた事がある...。」
当時の紫鸞と同様、関羽にとってもそれは聞き覚えの無いものだったのだろう。
唐突に出てきた話題を訝しみつつ先を促すと、彼はかつての義勇軍に出会う直前の遣り取りについて語った。
「つまり、天の助はその時点で...。」
「ああ...。
言い回しこそ冗談めいていたが、暗殺術について話していたのだろう。」
「...記憶が戻ったという事か?」
唐突に出された失われた記憶に関する出来事_これを、紫鸞が多少なりとも記憶を取り戻した故と解釈した関羽が問い掛けるものの、対して彼は首を横に振る。
「まだよくは...。
だが、それ故に恐ろしく感じる事もある。
故郷を襲った者達は何者なのか、天の助の言う通り後ろ暗い経歴なのだとすれば、また近くの人間に危害が及ぶ事も...。」
紫鸞の懸念は、事情を深く知らない関羽としても否定は難しい。
天の助も感じたのだろう『紫鸞が特殊な戦闘技術を持つ』という感覚は、彼も同意する所だ。
技術の出所が一般的なそれとは思えない事に加え、紫鸞がかつて暮らしていた場所が襲撃されたという情報も鑑みると、刺客の可能性を考えるのも自然な流れと言えよう。
故に彼は、変える事の出来ない過去ではなく、自分達が出会った末に辿り着いた『今』、そしてこれから先の『未来』へと目を向けるべきだと語り始める。
「暫しの別れの前だからこそ、伝えておきたい事がある。
初めて相見えた時より、おぬしらの心は、義と呼ぶべきものであった故。」
関羽の言葉に、紫鸞はふとかつての冀州での戦いの後、彼と語り合った焚き火での一幕を思い返す。
彼の中でその時の記憶が美化されていると感じたのか、あの時の天の助の汚い笑みについては黙っておく事にした様だ。
「例え記憶を失っていようとも、大切なものは、胸の奥底で息づいている。
おぬしの姿には、そう確信させる『何か』があるのだ。
ともあれ、まず見据えるべきは、目の前の一時を如何に生きるか...。」
そこで関羽は一度話を区切ると、互いの空いた杯に酒を注いでいく。
液体が注がれる音のみが響くその卓は、周囲の喧騒から断絶した空間に存在するかの様であり、紫鸞の心に落ち着きを取り戻させていく。
「混迷を極める今の世だからこそ、心に、揺るがぬ芯を通す事が肝要。
故に拙者は、人として正しく在り、義を貫かんと志す。
その義を捧ぐに足る大器...即ち、兄者と巡り会えた事は、この上ない僥倖。
一つ、大き過ぎて先が見えぬのが、些か困りものだが。」
杯を手に関羽が視線を送ったのは、正しく彼にとっての『揺るがぬ芯』という事だろう。
確かに劉備の掲げる『夢』は、未だ形も定まらず、それを実現させる地盤の獲得にすら至っていない。
だが、それでも_。
「それでも...、信じるものがあれば、人は前へと進めるか...。」
二人は再び杯を掲げ合う。
願わくば、互いの道がその手の如く交わる事を_その言葉は喉へと流し込まれた。
「よう、ぬー$。
おめえ、何こんな隅っこで一人でやってんだ?」
仮面を少しばかり持ち上げ、器用に飲み食いをする男性_ぬー$の戦士の姿は、率直に言って奇妙なものであり、彼へと声を掛けてきた者が現れるまでは、周囲の共闘した筈の兵士達にも遠巻きに見られていた。
「張飛殿...。
いや、俺の様な者が近くにいては気を遣うだろう...。」
「そりゃおめえ、飯時ですらんなもん着けてんだからそうなるだろ。
まあ、色々事情があるんだろうがよ...。
それより、この肉美味えだろ?」
どっかりと自身の対面に座り、酒を注ぎ始めた張飛の行動、そして彼の何の脈絡もない質問に、兜の中で目を丸くするぬー$の戦士。
周囲の者達が自分を避けている理由は互いに分かっていながらの行動である故に、この世間話の様な問いにどの様な意図が隠されているのかについて頭を巡らせる。
「あ、ああ...。
しかし、どういった伝手でこれだけのものを?
もしや、劉虞殿からのご配慮が?」
張飛の意図を読み取るのと同時に、純粋に気になっていたのもあるのだろう。
一先ず彼に対して、自分達の前に並べられた肉料理の数々を指し示しつつ、それらの出所を問う。
というのもこの時代、一般庶民にとって肉食というのはそうそう日常的に取り入れられるものではなく、所謂祝いの席等で出される様なものだった。
上流階層の人間は既に食していたとされる牛肉や馬肉は、庶民の間では農業や移動手段としての貴重な代物であった故に、余程の事が無い限りは最も普及していた畜産である豚肉や、狩猟した兎、猪等をタンパク源としていたのである。
その過去故に各地を巡って戦ってきたぬー$の戦士も例外ではなく、目の間に並べられた料理の数々は彼の感覚からすると『豪勢』と呼ぶしかない内容であった。
これらを先の戦の勝利を祝した劉虞からの配慮と考えたのである。
そんな彼に対し、張飛の方はと言えば何故か得意気な笑みを浮かべているが。
「家業が肉屋なんだよ。
結構でかい店なんだぜ。
劉備の兄者が腹空かせねえで済んでるのも、俺のおかげってな。」
(恩を着せる...と捉えるのは邪推が過ぎるか...。
交流が少ない俺に、自分と劉備殿との関係を示す為...とするのが妥当か?)
「それはそうと、おめえもあいつらに負けず劣らずに場数を踏んでるみてえじゃねえか。」
「...戦での関羽殿への献策の事なら、劉虞殿と異民族との関係について聞き及んでいた故のものに過ぎない。
山道の突破に関しても他の三人の活躍ありきの結果だ。」
肉料理の話題は挨拶代わりだったのか。
ぬー$の戦士の内心の推察を知ってか知らずか、張飛によって転換された話題を先の戦における献策への称賛と捉えた彼は、同行した者達の奮闘こそが主因であると返すが。
「そっちもそうだけどよ。
俺を怖がらねえのは大したもんだと思ってな。
兄者達以外じゃあいつらだけだったんだぜ。
きっと、兄者達もおめえの事気に入ってくれるさ。」
「...ふっ...。」
自分を恐れない_そんな、深読みしていた自分が馬鹿に思える様な張飛の言い分に思わず吹き出してしまうぬー$の戦士。
当然いきなりそんな反応が出てきた故に、張飛の方はと言えば眉根を寄せているが。
「いやすまない。
二人に聞いていた話からすると、張飛殿がそういった事を気にするのが意外でな。」
「ああん?
あいつら、俺のいねえ所で何言ってやがった?」
「『良くも悪くも素直な人』だと。
二人がかつての義勇軍の前に現れた時には、露骨に邪険にされたとの事だが?」
「うぐっ...あん時は悪かったって思ってるっての!
ったく、あいつらも大概しつけえな。」
バツの悪そうな表情を見せる張飛に、兜の中で笑みを浮かべるぬー$の戦士。
成程、これだけ人の好き嫌いが激しいだろう事が察せられる彼だが、今の宴席だけでなく、先の戦前での初対面の際にも兜に対しての一定の理解を示していた。
先程の兜に対するざっくばらんな寸評然り、根本的に腹芸を不得手としているのは変わらないのだろうが、知らない人間に対する歩み寄りを見せていると言えよう。
紫鸞と天の助からの人物評からすると、正味『粗暴な人物』との印象が拭えなかったのだが、こうして直に話をしてみると確かに『良くも悪くも素直な人』としか言い様が無かったのだろうと思える。
そんな彼も、彼なりに二人からの指摘に思う所があったからこそ、行動に変化が見られているのだろう。
「だああ、人垂らしの劉備の兄者と違って、俺はこういうの苦手なんだよ!
おめえがどんな過去を持ってようとな、俺達と一緒に戦って、そして勝つ事に貢献した、それで十分だ。
けど、おめえにもあいつらにも事情があるのは分かってるからよ、どうやったら、おめえらがここに居てくれるのか、皆目見当が付かねえ...。」
「...存外、あなたがその調子で絡んだ方が早く折れるかもしれないぞ。」
交流の浅いぬー$の戦士にすら笑われてしまった事に不貞腐れた様子で、自身が既に三人を仲間として受け入れている事を語る張飛。
そんな彼らしからぬ弱気と取れる発言に、ぬー$の戦士が『いっそ普段通りの態度で押し切ってしまえば』との考えを示すが、それに対する彼の表情は至って真面目なものであった。
「それじゃ駄目だっての位、俺にだって分かってんだよ...。
おめえらの道は、おめえらが決めるもんだからな...。
けど、この先一緒に戦って欲しいってのも本当だしよ...。
うーん...じゃあ、こういうのはどうだ?
ぬー$、いつかおめえがあいつらと一緒にこっちに来て、そいつを外してもいいって思える日が来たら、そん時に庭で盃交わして、桃園の...俺達義兄弟の誓いの再現すりゃいい...。
そしたら、俺達がおめえの居場所になるだろ?
結構破格の待遇だと思うぜ。」
「...ああ、本当にな...。」
「...なんでえ、おめえそんな真面目に返してくんじゃねえよ!
こっちが恥ずかしくなってくるじゃねえか。
ったく、まだまだ飲んでやるから、おめえも俺の気が済む迄付き合えよ。」
その者の処遇が適切であるか、それとも破格か、或いは不遇か。
それは立場によって見え方が異なってしまうものだろう。
張飛を恐ろしく思う者は、ぬー$の戦士が絡まれていると捉えるであろうし、逆に得体の知れない謎の人物を気に掛けていると捉える者もいるかもしれない。
彼の表情が兜によって隠されている現状、彼自身がどう感じているのかを余人が推し測るのは困難なのだ。
いつもと少し違う組み合わせで試してみたら、調子に乗り過ぎて某薬草売登場まで行けませんでした。
次話で薬草売登場と、入れば次の戦いの導入位まで行ければと思います。
しかしこのペースだと2章終わるまでどの位掛かるんだろう...。