本話より登場する女性を、ゲーム本編とは異なり、推測される本話時点(西暦187年頃)での年齢設定に合わせる形で描写させていただきます。
『無双ってそういうもんじゃない?』っていう方にとっては苦手と感じる可能性がございますので、予めご了承の上、お読みいただけますと幸いです。
「この度の不始末...、何とお詫びすればよいか...。」
複数人を代表してその兵士が震えた声で謝罪の言葉を絞り出す姿は、そしてその声に続く様に兵士達が同じく取った姿は正に平身低頭。
可能な事なら、そのままの勢いで地中へと埋まって消え去ってしまいたい_むくつけきその兵士達からそんな感情が見て取れるのは、大きく二つの理由が考えられるだろう。
一つ目は、彼らが自分達の主から下された『とある重要な任務』の遂行に支障をきたす問題が発生してしまった事だ。
無論任務である以上、その内容の客観的な重要度の高低に依らず、遂行に全力を注ぐのが家臣の務めであり、その兵士達の様に主に対する忠誠心が強ければ、尚の事その思いは強くなるだろう。
とは言え、何事にも『不測の事態』というものは存在し、この時代は勿論の事、科学技術が発展した現代ですら人知の及ばない領域は存在してしまうのが実情だ。
事実、今回発生した問題の原因は、実の所彼ら自身の制御出来る範囲の外であり、真相を知る者が見れば、寧ろ彼らは同情を誘う事だろう。
にも関わらず、彼らが自責の念に駆られているのは、偏にその任務が『絶対に失敗してはならない』類のものである故なのだ。
「若輩よ、今は謝罪の言葉などよい。
まずは『あの方』が今どちらにおわすか...それについての考えを述べよ。」
そんな彼らの前に立つ、彼らの上司らしき人物は、問題解決の為に建設的な意見を述べる事を促してくるが、実の所この人物の放つ威圧感が、彼らが『この場から消え去りたい』と考える二つ目の理由である。
この人物_『江東の虎』こと孫堅の宿将の一人である程普は、彼と同じ宿将である黄蓋や韓当は勿論、彼の目の前で頭を垂れている兵士達と比較しても、一見すればスラリとした体型であり、彼らを知らぬ者が『どちらが屈強な者に見えるか』と問われれば、多くの者が兵士達の方だと答えるだろう。
しかしそこは程普も孫堅軍の宿将、ここに居並ぶ兵士達が全員で挑んだとて、その尽くを制圧してしまう実力を誇る。
加えて彼の場合、感情任せに怒鳴り散らすのではなく、今の様に論理的に解決への道を追求してくる事が余計に兵士達の緊張を高まらせてしまうのだ。
とは言え、程普の方にも威圧感を発してしまうだけの言い分はある。
彼らが請け負っていた任務が、彼の言う『あの方』_即ち孫堅軍にとっての重要人物の護衛であり、平たく言えば要人警護である故に。
彼らもまたそれを自覚する故か、未だ声を震わせながらではあるものの、少しずつ言葉を続けていく。
「はっ...、あの方を見失ったのは、そこにある竹林の中でございました...。
然るに、あの方の体躯を鑑みれば、ここから然程離れてはおらぬ筈なのですが...。」
「事実として、あの方は見つからぬ...か。」
兵士が指し示した件の竹林は、正しくすぐそこと言える場所であり、件の要人が未だ幼い子供である事実も併せると、一時は見失ってしまったとしても、そう遠くには行けない筈だとの予測に、程普も納得の表情を見せる。
彼らが知る件の要人は、非常に活発、というよりお転婆と評した方がいい程には大人達の手を焼かせる人物であった。
現代で言えば未だ未就学児の年齢であるにも関わらず、平素から子供用に大きさを調整された棒剣を振り回し、挙句の果てには母や侍女達の目を盗んで彼ら孫堅軍の従軍に忍び込む始末だ。
子煩悩な所のある孫堅でさえ、件の要人が兵糧を運んでいた牛車の中から飛び出してきた時は、空いた口が塞がらない様子であったが。
「その...程普様...。
発言よろしいでしょうか...?」
「ふむ、申してみよ。」
「は、はい...。
その...、この長沙に蔓延る賊徒めらが、あの方をかどわかしたのでは...。」
そこで徐に手を上げ、発言の許可を求めてきたのは、兵士達の中でも若い者であった。
自身の考えを語るに当たり、緊張と不安が拭えなかったのだろう。
所々で言葉を支えさせつつ彼が語った内容に、周囲の仲間達がざわめき立つ中、程普は彼の最悪の状況を想定する危機管理意識を評価しつつ、一方で状況の把握が不十分である事を指摘した。
「ふむ、若輩よ、確かにおぬしの言う様な事態を考慮する事は必要だろう。」
「は、はい!」
「だが、その状況が『現実に起こり得るのか』までをも考慮し、発言せねば、徒に味方を混乱させてしまう事を頭に入れよ。
仮におぬしの言う説_敵軍の斥候部隊が、意図せずしてあの方を発見したとして、この場にいるおぬしら全員の目を掻い潜り、誘拐を成し遂げるなどという芸当がただの賊上がりに出来ると思うか?」
「は、はい...、いいえ程普様...。
当時の我らは、一定の距離を保ち、竹林の外周に人を配置。
そして配置が出来ない範囲は、我々が今いるこの場所...、即ち我が軍の陣へと向かう方向...あっ...!」
自身の問いに応える形で思考を整理し、自分達がまだ捜索していない範囲に思い至った様子の兵士達の様子に頬を吊り上げる程普。
灯台下暗し_彼らは件の要人が、『自分が戻るべき場所』へと一人で帰っていたという可能性を失念していたのだ。
「童とは兎角気まぐれなものよ。
今頃、殿の膝で眠りこけておるやもな。」
「我ら『姫様親衛隊』、これより陣内の捜索を開始致します!!」
自陣へと走ってゆく兵士達の姿に、らしくない悪戯心が働いたかと自嘲する程普。
彼らに呼ばれこの場へと移動する道すがら、暢気に鼻歌を歌いながらすれ違った少女の姿に、ここが戦場のすぐ近くであるという事実を失念させられてしまっていたのかもしれない。
彼らの状況判断能力を試す意図があったのは確かだが、今にして思えば、あの時自分が少女の首根っこを掴んで、彼らの下に連れ戻すべきだっただろう。
件の少女、そして主の次男が着用していた謎の模様の前掛けを贈ってきた『とある者達』が増援として駆け付けるという情報も、気の緩みを助長させたのだろうか。
少なくとも以前の自分であれば、彼らの話に耳を傾ける前に叱責してしまう程度には余裕が無かったと自覚する。
「この風通しの良さも、おぬしの狙い通りか?
なあ、ところ天の助よ...。」
「紫鸞、天の助。
来てくれると思っていたぞ。
書簡にも記した通り、お前達には賊徒の鎮圧に手を貸して貰いたいのだが...、そっちの者は初めて見る顔だな。」
「お初にお目にかかる。
俺はぬー$の戦士、黄巾の乱以後、二人と行動を共にしている。」
「その...、彼の素顔については...。」
「事情があるのだろう?
お前達が共にいるというなら、俺達も詮索はせん。
こんな時勢だ...、知った顔位は信じたくもなる。」
「その様子じゃ、『江東の虎』も苦労が絶えないみたいだな?」
先頃程普が思い浮かべていた者達_紫鸞、天の助、そしてぬー$の戦士を孫堅軍陣地にて出迎えていたのが、書簡にて彼らへの救援を要請していた黄蓋であった。
初対面であるぬー$の戦士と挨拶を交わしつつ、天の助からの軽口に肩をすくめてみせる黄蓋の仕草通り、黄巾の乱以後も彼らに平穏は訪れていないのだろう。
今回、彼らが今いる荊州南部の長沙郡で反乱を起こした
自分達もまた各地を転戦している故に、紫鸞達も黄蓋の困り顔の原因が、相次ぐ反乱への対応に追われている故と考えた所だった。
陣内とな思えない甲高い声_どう考えても子供のものとしか思えない声が響いたのだ。
「黄蓋、少し聞きたい事があるのだけど...。
あら、どなた?黄蓋の知り合いかしら。」
「...。」
その少女、と言うより幼女と言っていい様な外見年齢の少女の出現には、紫鸞は勿論、初対面の相手とも流暢に話せる印象のある天の助や、その過去故に子供の相手に慣れている筈のぬー$の戦士ですら目が点となってしまっている。
「姫様、この者らは順に紫鸞、天の助、ぬー$の戦士と申します。
紫鸞と天の助とは、黄巾との戦いで背中を預け合った間柄でして。
此度の戦に加勢せんと参じてくれたという訳です。」
「...なあ、聞き間違いじゃなければ、今『姫様』って言ったよな...。」
「お前のその言葉で、たった今その可能性は潰えたがな...。」
即座に双方の間に入った黄蓋の子供相手とは思えない丁寧な口調、そして彼の語った『姫様』という言葉から、少女の素性を類推し、現実逃避を始める天の助だが、彼に応答したぬー$の戦士によってそれが幻聴ではない事が明らかになってしまった。
「そうだったの。
私は孫尚香、孫堅の娘よ。よろしくね。」
「...な、なあ、黄蓋殿...。
この姫さんは、何でまたこんな所に...?」
「皆と一緒に戦う為よ!
ただ守られているだけなんて、武門の家に名を連ねる者として、失格だもの!」
少女_孫尚香が何故戦場にいるのか_天の助の黄蓋への問いは小声で行われたのだが、それを耳聡く察知した彼女は、胸を張りつつ堂々と宣言した。
無論、天の助の疑問がそれで解決された訳ではないのだが。
「とは言え、ご自分の命をしっかり守るのも、武門の娘の務めにございますぞ。
ところで姫様、程普殿は何処に?
確かご一緒していたのでは...。」
「あっ...いけない、向こうに置いてきてしまったわ。
もしかして、あちこち捜し回っているかも...。
それじゃあ、私は行くわね。
また軍議で会いましょう!」
「ははっ、あの程普殿までをも振り回すとは恐れ入る。」
「黄蓋殿...。」
「...正直、すまなかったと思っている...。」
黄蓋の指摘にハッとした様子の孫尚香が、無邪気に手を振りながら、程普と自身の護衛部隊がいる方向へと駆けていくのを微笑ましく見遣る黄蓋だが、三人からの鋭い視線に即座に頭を下げた。
「つまり、俺達はあの姫君をご家族の下に送り届ければいいのか?」
「それが出来れば最上だが...。
あの齢で単身牛車に忍び込む様な方だぞ。
無理矢理連れていって怪我でもされては堪らん...。
そこで、殿はいっその事近くに置いておけと仰せでな。」
今回自分達が呼ばれた理由を、孫尚香を彼女の家族が待つ本拠へと移送する事としたぬー$の戦士の考えに、当たらずとも遠からずと返す黄蓋。
成程、彼女が従軍に紛れた経緯然り、三人に大人しく連れて行かれるとは思えないのは確かだ。
加えて、乱が発生している場所の近隣にいる現状、移送中に賊の仲間と遭遇してしまう危険性も否定出来ない。
孫堅が、公私混同との指摘を受ける可能性を承知の上で彼女を手元に置いているのも、それが一番安全であるとの判断からであろう。
彼女が『また軍議で』などと語っていたのも、その一環と考えれば一応の辻褄は合う。
正味、乱の鎮圧だけなら紫鸞達の手を借りる必要はないのだろうが、ある意味戦闘そのものよりも重要な『要人の安全確保』の為に彼らを呼び寄せたという事だろう。
「お前ら揃いも揃ってそんな目で見るな!
俺や程普殿の頭が韓当の様になるよりはいいだろ、な!?」
ここにいない人物に対して非常に失礼な発言なのだが、それだけ主の娘に苦労させられているという事だろうか。
必死に自らの行動の正当性を主張する黄蓋に促されるまま、三人は軍議が行われる幕舎へと向かっていった。
「紫鸞、天の助、そしてぬー$の戦士だったな...お前達が来てくれて心強い。
俺からも改めて歓迎の意を伝えよう。
それで、お前達の立場についてなのだが...、自由にしてくれ。」
「...そういった指示には慣れているが...、本当にそれで?」
黄蓋に続いた紫鸞達が辿り着いた幕舎には現在、この陣地の総大将たる孫堅を筆頭に、彼の宿将たる三人の将、そしてそこに当然の様に参加している孫尚香が集まっていた。
一応の行動指針を先んじて黄蓋から聞いていたとは言え、孫堅直々に委任するとの申し出には紫鸞達も面食らった様だが。
「ああ。
黄巾との戦いの折、お前は自分の判断で動き、戦功を上げていた。
俺達の元でも、それを期待したいのだ。
尚香と共に、な。」
「ああ、それで『自由にしろ』って訳ね。」
孫堅の出した名、そして『自由にしろ』との指示に、彼の真意を察する紫鸞達。
じゃじゃ馬の娘の相手をさせる人間は確保したが、それで彼女が陣内で大人しくしているとは思わないのは流石は父親と言う所か。
私も行く_そんな戯言を喚き始めるのが目に見える故に、先んじて彼女を『戦場』へと案内しておこうという事だ。
安全が確保された全体を俯瞰出来る場所に駐留し、孫堅軍が苦戦していると判断すればその都度援護、遠目に異変を察知した場合には伝令の為に走る、そして何も無ければそのまま、それらの判断を自由に行えという訳である。
遠目とは言え、本物の戦場を実際に目の当たりにした幼い娘が何かを感じ取ってくれれば尚良しという事だろう。
尤も、渦中の少女は周囲の大人達が笑みを浮かべる理由を把握出来ていない様だが。
「さて、続けようか。
漢室の支配を是とせぬ者の乱が、長沙で起きている。
乱の首謀者は区星、そしてそれに呼応して零陵で反乱を起こした周朝、桂陽で反乱を起こした郭石。
何れも元は賊の首領と聞く。
この者らを討ち、速やかに乱を収めるぞ。」
「三郡一斉の乱...。
賊なりにある程度の統制は取れていると見た方が?」
「うむ、俺は暫く、本陣から戦況を見守るつもりだ。
だが...、危うい状況となれば、すぐに前線に駆けつけよう。」
孫堅の語った敵の情報に対する紫鸞の反応然り、区星達を烏合の衆と断ずるのは危険であろう。
流石に正規軍の練度とは比べるべくもないだろうが、長沙に派遣された討伐軍への対応の為に周朝と郭石が呼応したという事は、孫堅軍を眼前に迫る共通の脅威として認識し、協力しようとの考えと見るべきだ。
曲がりなりにも三郡に跨った賊の連合軍となれば、相応の数、そして孫堅軍打倒の為に様々な知恵を絞っている事だろう。
そんな主の言葉に、彼の宿将達も地図へと視線を落としつつ、敵の狙いについての考察を開始する。
「殿のその仰りようからして、罠があると見るべきでしょうな。」
「ふむ…地形を鑑みるに、伏兵か。」
「けどなあ、兵を伏せられる場所が多過ぎて、何処から襲われるか分からんぞ。」
「...。」
「どうしたい、姫さん。
何か気になる事でも?」
「えっ、あっ、ううん...。
何でもないわ...。」
(子供ながらに無力感を感じるか...。
まだ小さいというのに、聡明な子だ...。)
そこかしこに点在する竹林、そして区星達が相応の軍勢を誇っているにも関わらず、北西の敵本陣にて待ち構えている事実から、伏兵の存在を看破する程普達。
無論、韓当の言う通り、その伏兵の居場所の特定までには至っていないのが実情だが、戦前に認識の共有を行い、足並みを揃える事が出来るのは大きい。
一方で、何故周囲の大人達が敵の策をすぐに見破る事が出来たのかが理解出来ない様子の孫尚香は、天の助の言葉に生返事を返すなど、先程までの元気が嘘の様に大人しくなってしまっていた。
幼いなりに、周囲の者達の雰囲気が剣呑なものへとなっていく事を、即ち戦が近い事を察知した故であろう。
そんな彼女の感情を察し、声を掛けたのはぬー$の戦士であった。
「姫君殿。
敵が兵を伏せている事が考えられる訳だが、あなたならこれにどう対処される?」
まさかここで自分に意見を求められるとは思っていなかったのか、目を丸くする孫尚香だが、彼女が一度父へと視線を送ると、笑みと共に首肯が返ってくる。
そこで漸く、恐る恐るといった様子で彼女は自らの考えを口にしていく。
「えっと...、韓当の話だと、敵が何処に隠れてるのかが分からない...のよね?
だったら...、別の所...、上から見下ろせる場所とかから、先に見付けられないかしら...?」
「では、見付けた敵を叩くのはこちらが担当しよう。
天の助、広宗の時の様に。」
「合点承知だ。」
「えっ、あ、あの...。
本当にいいの、父様...?」
そんな彼女の考えに、ぬー$の戦士だけでなく紫鸞と天の助も同調するが、それが却って彼女を困惑させたのだろう。
大人達が自分の様な子供の言う事を真に受ける筈がない、何故ならこれから始まるのは命懸けの戦いであり、子供の遊びではないのだから_そんな彼女からの問いに、父は自信を持って返した。
お前もまた、武門の家の一員である_と。
「尚香、お前が先んじて敵を見付けてくれれば、それだけ皆の危険が少なくなる。
頼りにしているぞ。」
「...!
はい、父様!
孫家の名に恥じない働きをしてみせるわ!」
少女の笑顔を最後に、軍議は幕を閉じる。
最早孫堅軍の中に、憂うべき事柄など存在しないのだから。
遂に孫尚香登場です。
彼女の拙作中の年齢設定ですが、兄・孫権の生まれが182年ですので、その翌年の183年誕生として進めていきます。