「この近くにいる筈だが、天の助は何処に...。」
「溶けた...いやすまん、不謹慎だったな...。」
孫堅軍の陣地近くから長沙の川を流された、ヌズベーことところ天の助を追って川を下る様に後を追ってきた天の助の仲間_紫鸞とぬー$の戦士。
彼が拘束されていた磔の残骸を発見し、その付近に彼がいるだろうと当たりを付けた二人だったが、尋ね人の痕跡すら見つけられない事実に途方に暮れてしまっているのだ。
彼の軟体や体色から連想したのだろうぬー$の戦士の言葉が、笑えない状況になってしまっている。
「おい、お前、いい所に連れてってやるよ。
ごちゃごちゃ言わずに、大人しく着いてくるんだな。」
そんな彼らの背後から掛けられた言葉は、雰囲気からして穏やかではなく、事実彼らが声の主へと視線を向ければ、柄の悪い男の三人組が鋭い視線を彼らへと送っていた。
「何か用でも?」
「あるから声掛けてんだよ。」
「兄貴の指示で『ところてん』とかって奴の仲間を待っててみりゃ、えらいハリキリボーイがやって来たじゃねえか。」
(ハリキリボーイ...?)
「嫌だって言っても力ずくで...。」
天の助の捜索を続ける為にも、なるべく事を荒立てたくないといった声色の紫鸞だが、男の一人が『ところてん』という単語を口にした事もあり、相手の言葉をそのまま返す如く力ずくで居場所を吐かせる事も考慮し始めた。
男達の言う『兄貴』なる者が何者かは分からないが、男達の様な人間が慕う存在ともなると、『普通』とはかけ離れた人物である可能性が高い。
天の助の外見の特異性から、彼を珍獣と捉え監禁、彼を知る存在が現れれば身代金でもふんだくろうという腹積もりだろうか。
素直に要求に応じる様子のない二人に苛立ったのか、声を荒げる男達との間に緊張が走る中では、ぬー$の戦士が気になっている単語についての説明を求めるのは難しいだろう。
「おいおめえら! 何やってやがる!」
「あ、兄貴...。」
(あれがこの者達の...。)
そんな不穏な空気の中で現れた男性の口振り、そして遠目にも分かる屈強な肉体から、二人も男性が男達を含めた手下を実力で従えている事を察する。
外見的な威圧感だけでなく、男達から『逆らってはならない』という感情が見て取れる事、男性の男達の行動を窘める様な発言から二人と事を構える気はないとの意志が感じられる故に。
そんな二人に一度視線を送った男性は、一つ溜息を吐くと一同へと近付いてきた。
「俺の子分共が悪かったな。
俺は甘興覇、あちこちで頼まれ事をこなして食いつないでる。」
「...彼らはあなたの?」
「ああ。
誰に仕えてる訳でもねえから、礼儀を知らなくてよ。
無礼は許してやってくれや。」
男性_甘寧の『頼まれ事によって食いつないでる』との言葉から、彼らの素性を何となしに察した様子の二人が、一度出し掛けた戦意を収めると、彼もまた手下の非礼を素直に詫び、バツの悪そうな手下を尻目にこの事態の背景を語り始めた。
「ところ天の助が流されてきたのを、偶々俺達が見つけてよ。
本人からの話もあって、おめえらが捜しにくるだろうってこいつらを待たせてたんだが、どうにも勇んじまったみてえだ...。」
「それは構わないが...。
何故こちらが天の助の同行者だと?」
「そりゃ、界隈でおめえらの話をよく聞くからさ。
『黒装束に赤い帯』、『見た事のねえ文字が刻まれてる兜を被った男』...噂で聞いてた特徴ともぴったりだ。
まあ、取り敢えず付いてこいよ。
お仲間にも会いてえだろうし、こっちも色々滾る話が聞けそうだからな。
一つ、親睦会と行こうや。」
「...どうする?」
自分達が天の助を保護した経緯、そして二人の外見的特徴を判断材料としたと素直に明かしてみせた甘寧。
天の助本人からの情報も重なって確度が上がった故と考え、二人としても彼の言葉に対する信憑性は高まったが、そこからの『親睦会』とやらの誘いを素直に受けるべきかは悩ましいのが実情であろう。
現実として、この甘寧とは文字通り出会ったばかりの間柄であり、流石に信用に足るとは言えない相手だ。
天の助の状況にしても、彼らが本当に『保護』しているとは限らず、彼らの本拠地にて袋叩きに_という腹積もりとも考えられる。
かと言って、ここを無理矢理にでも突破するとの考えが甘い見積もりである事は、甘寧の隙のない立ち姿から容易に察する事が出来た。
甘寧達の雰囲気から敵意が無い事は理解しつつも、答えが出せない様子の紫鸞からの問いに、ぬー$の戦士も考え込む仕草を見せるが。
「...天の助の事もあるが、俺は彼らの話を聞いてみるのも悪くないと考える。
彼の言う『俺達の噂』...これは、客観的に俺達がどの様に見られているかを知る良い機会だと言えよう。
それに、俺達を知った上で『そのつもり』で待たせるのが三人だけというのも、な。」
「成程...。」
「腹は決まったみてえだな。
じゃ、改めて俺らの根城に招待するぜ。」
改めて頷いた甘寧の誘いに従い、二人は天の助の待つ場所へと移動を開始する。
鼓膜に届く鈴の音に、何にも縛られぬ気軽さを感じながら。
「...あん?
ったく、あの野郎共...。
悪いなおめえら...、待ってろっつってたんだが、あいつら我慢出来なかったみてえだ。」
前を歩く甘寧の言葉に、紫鸞達が彼と同じ方向へと視線を送ると、成程、多くの男達が卓を囲んで何かしらを口に運んでいくのが見て取れた。
「...皆、鈴を身に着けているのだな。」
「ああ、それが俺達の仲間の証って奴だ。
と、んな事より...おい、おめえら!
客人の前で、何みっともねえ真似晒してんだ!」
「あ、兄貴!?
す、すんません...。」
「天の助さんの体、するすると飲み込めちまうんで...。
こんなにたらふく食えたのなんて久し振りですよ。」
「...今、天の助と言ったか?」
甘寧の怒声で我に返った様に箸を止めた男達。
彼らにしろ先の三人組にしろ、彼と同じく衣服の何処かしらに大小様々な鈴を装飾しており、よく見れば他の場所に置かれた卓にも料理が準備されているのが分かる。
こうして見ると、甘寧としては最初から先程の『親睦会』に二人を招待するつもりだったのだろう。
問題は、男達が我先にと貪る様に手を伸ばしていた卓上のそれを『天の助の体』と語った事だが。
「おう、お前ら来てくれたんだな!」
(今に始まった事ではないが、やはりそのまま普通に話し出すんだな...。)
「...随分と気に入られたんだな。」
「ところてん歴35年、私...こんなに求められたの初めて...。」
「では親睦会が終わったらお別れだな。
達者でやれよ。」
「ウソウソ、冗談よ冗談!
それはもうマイケル並に!!」
体のあちこちを食われていた筈の天の助が何事も無かったかの様に体を再生させ、甘寧に促された三人は彼らの根城の最奥にある卓へと腰掛けた。
ここが所謂、『甘寧の場所』という事なのだろう。
他の卓と比べ、気持ち装飾が見られるのは彼の趣味によるものか、はたまた彼を慕う配下達の手によるものか。
「ここがおめえらの席だ。
大したもんは出せねえが、まあ座ってくれや。」
「しかしよ。
お前さんら、結構な人数なんだな。」
甘寧に促されるまま彼の隣の席にかけた天の助の言葉は、先の自身を貪られていた一幕を考えると多分に実感が籠っているか。
事実、彼らが座ったまま見渡した範囲だけでも、卓か、或いは空いた場所での焚き火を囲んでか、何れにせよ相応の数の男達が確認出来る。
「さっきのを見た後じゃ、誤魔化しようもねえよな...。
実際、この人数で食ってくのは中々骨でよ。
あいつらにああは言ったが、正直さっきの天の助には助けられたぜ。」
「...彼らと共に士官する事は考えないのか?」
彼らの懐事情を改善する上で、最も安定した道と言える手段をぬー$の戦士が提示するも、それに対する彼の反応は何とも煮え切らないものであった。
「...そりゃあ勿論、今の生業を続けるよりはまともな暮らしが出来るのは分かっちゃあいるんだ。
正直な所、俺はどうだっていいんだ。
だがよ...子分まで路頭に迷わせちゃ、おしまいだろ。
俺一人で生きてる訳じゃないからな。」
「...では何故?」
「これは俺の勘だがよ。
今も、そしてこの後も暫くは、群雄が湧いては消えてくご時世になると睨んでる。」
「確かに、黄巾の乱以後、各地で様々な乱が頻発しているな...。」
「ああ。
だから俺らやおめえらの様な武芸者の界隈じゃ、何処もかしこも、腕利きの囲い込みが多くなってきてる。
俺が知ってた連中も、腕利き程何処かに根を張るようになってきててな...。
『先が見えねえ世を、己の腕一つで渡り歩く』...そんな生き方は難しくなってきたんだろうな。
って訳で、一度おめえらの話を聞いてみたいと思ってたんだよ。
あちこちに火種を見付けては、殴り込み掛けてんだ。
黄巾討伐の時の活躍も含めれば、どっかしらから誘いくらい来てるんじゃねえか?」
彼のその言葉から、三人も彼が自分達の身の振り方を悩んでいる事を察する。
実際、凋落の一途を辿っていた漢王朝の権威は、黄巾の乱によってほぼ決定的な打撃を被ったと考えてよく、乱が頻発している事実も併せれば、群雄割拠の時代の到来を否定するのは難しい。
その流れが彼の身近にも影響を及ぼし始めている中で、各地を転戦しているとの三人の噂から、勧誘の話や目星を付けている人物の有無を参考として聞きたいのだろう。
「先の事はまだ...。」
「甘寧殿の言葉を借りるなら、これから遠くない先、『群雄が湧いては消えていく時代』となるのは俺達も同意する。
然らば、仕える主は慎重に選ぶ必要があろう。」
「それこそ、区星みたいな奴に付いていって即鎮圧されたなんて洒落にもならねえからな...。」
「そっちも悩んでる真っ最中って訳か。
勢いで決めてもなんだしな。」
三人からのそれぞれの返答を噛み締める様に、腕を頭の後ろに組みつつ宙を見上げる甘寧。
ここまでの道中で三人が出会った大まかな経緯や、紫鸞と天の助の黄巾討伐への参加については聞き及んでおり、彼らが噂以上に歴戦の猛者である事を感じさせられていた。
必然、好悪問わず自分よりも様々な人物と出会ってきたであろう彼らですら、己の将来を掛ける相手を決め切れずにいるのだから、荊州に留まっている自分が情報面で遅れを取っているのは当然だろう。
この身一つならまだしも、自身に付き従う者達の存在も鑑みれば、将来性すら感じられない者に仕えるのはごめん被りたい。
「でしたら
「チクワン...、それにGUYも...。」
そこで横から声を掛けてきたのが、甘寧の側近として彼を支え、配下達を取り纏めているチクワンとGUY坊であった。
「お前は天の助を拘束したと言う...!
よくもぬけぬけと...。」
「いいんだよ、二人共。
こいつらも色々と苦労してたみたいだからな。」
そんな彼らの、特に孫尚香から聞いていた特徴と一致する天の助拘束の下手人_チクワンの出現にぬー$の戦士が語気を強めるも、二人の怒りを制したのは他ならぬ拘束された天の助本人であった。
川を流される途中で聞かされた事によると、彼ら二人が元々仕えていた主が、戦いの終結と共に旅に出てしまったらしく、その主を捜す中でここまで流れ着いてきたらしいのだ。
件の元主と似た所を感じた甘寧に惹かれ、今はこうして彼に付き従っているのだと言う。
「お前自身がいいと言うなら構わないが...。」
「...んで、話を戻すがおめえら揃って急にどうしたってんだ?」
「前から皆とも話はしてたんですよ。
師匠はこんな所で燻ってる様な人じゃないって。」
「師匠がおらずとも...、GUY達がいれば留守は守れる...。」
「俺達全員、師匠が『ここだ』って言えば、地獄にだって着いていきます。
でもどうせだったら、師匠やその人らが言う様な時代が来る前に、師匠自身の目で色んな人を見てくる方がいいんじゃないかって。」
「おめえら...。」
天の助の言葉によって紫鸞達が敵意を収めた事もあり、甘寧が改めてチクワン達に発言の意図を問うと、彼らからは『寧ろこの様な機会をずっと待っていた』と言わんばかりの答えが返ってくる。
紫鸞達との対面を望んでいた事然り、甘寧の言葉の端々から、将来への迷いを感じ取っていたのだろう。
そんな中で、おあつらえ向きに各地を転戦する実力者が自分達の近くへと来ていた故に、些か乱暴な手段を使ってでも三人を連れ込もうとしたという事か。
対する甘寧もまた、瞑目して彼らの提案を吟味し始める。
実際問題、三人の許可が得られれば魅力的な案であるのは疑いようが無く、自分達が先程話していた『群雄割拠の時代』が本格化する前に、様々な『英雄足り得る人物』をその目で見ておくというのは、将来を決める上で理に適っている。
チクワンとGUY坊の実力、そして彼らが決して無茶をしないという前提が成り立つならば、自分がいなくともこの場所を守り切る事は出来るだろうとの思いも、この提案に乗る気持ちを助長させた。
「こちらとしては構わない。」
「実力者が味方になってくれると言うなら、心強い以外の答えは無いな。」
「お前さんの鈴の音でところてんの素晴らしさを天下に知らしめようぜ。」
対する三人はと言えば、こちらが聞く前から歓迎の意を示してくる有様だ。
揃いも揃って、実は自分にだけ秘密で彼ら全員が示し合わせていたのではないかとすら思えてくる。
「ったく、ほんとありがたい話だぜ...。
だったら俺も遠慮はしねえ。
これから長い付き合いになるんだ。
子分達を帰らせた後は、俺ら四人、しっぽりもしてくれよ。」
『鈴の甘寧』を加えた一行。
各々の、そして漢という国の将来を見定めるべき戦いにおいて、彼らがそこへと導かれるのは必然だったのか。
都・洛陽_漢王朝の中枢に程近い場所へと、彼らは向かう事となる。
甘寧とハンペンが同じって、改めて声優の方って凄いって思いました...。
次回、白波討伐戦からです。