「我らは、白波と名乗る賊徒を討伐する!!
白波はかつて、かの張角に呼応した者共だ。
数は多いが、その実態は野盗と大差ない連中よ。
頭領の
ものの見事に整列する官軍の兵達、そしてその後ろに雑多に居並ぶ非正規兵達。
そんな彼らに力強く声を掛けているのが、現大将軍・何進である。
彼が率いるこれらの軍勢は、并州・西河郡の白波谷より蜂起した旧黄巾党の残党、通称『白波賊』討伐の為に集められていた。
「討伐軍の指揮は、このわし...大将軍・何進が執る。
賊徒の汚れた手を、我が袖先にも触れさせるな!!」
「...ふっ、元は屠殺業者だった男が、随分と気位が高くなったものだ。」
「妹が皇后になったってんで、取り立てられたんだろ?
はてさて、大将軍様のお手並みはどんなもんかねえ...。」
「豚や羊の方が美味しくいただける分、マシだったりしてな。」
「はっ、違えねえや。」
「くくっ、もう少し声を抑えないと賊より先に討たれるぞ。」
「...。」
そんな何進の声が響くその場所には、やはりと言うべきか彼らがいた。
この一行に加わって日が浅いというのに、すっかり馴染んだ様子でぬー$の戦士やところ天の助と共に些か不謹慎な冗談を言い合う甘寧。
残る紫鸞にしても、彼らの言葉を否定も肯定もせず、ただ瞑目して腕を組むばかり。
正規兵と比較して少しばかり柄の悪い人物が見られる非正規兵達の集まりの中でも、四人は若干ながら周囲から距離を取られていた。
「さて...報告によれば、賊は里を襲っているようだ。
民より、救いを求める声も寄せられているという。
だが、我ら官軍が為すべきは、第一に賊の討伐である!!
情に流され、目的を見失ってはならぬぞ!!」
「...今の内に里へと向かうか。」
「おいおい、まだ屠殺将軍様の話の途中だぜ。」
「何進の隣にいるのは、確か名門・袁家の者だった筈...。
余程の暗愚でなければ下手は打つまい。」
「里を救うついでにところてんも広めていかねえとな。
都・洛陽を攻めるには、まず周囲の民草からってやつよ。」
近隣の里が襲われているという情報を受け、早々に移動を開始しようとする紫鸞に笑いが堪えられない甘寧。
仮にも今声を張り上げているのは大将軍であり、こんなぞんざいな対応をしていい相手ではないのだが、彼が同行を決めたこの武芸者達にとっては、名も知らぬ民衆以下の存在という事なのだろう。
そんな彼らの行動原理に居心地の良さを感じる持ち主の心情を表すが如く、彼の腰の鈴がコロコロと清らかな音を響かせた。
「敵の数は多いが、統率などない烏合の衆よ!
正面から堂々と当たり、打ち崩すのだ!」
眼前に迫る敵将_楊奉が率いる軍勢を前に、一切怯む事なく号令を出し、配下を激励する官軍の将_袁紹。
彼の言葉、それを口にするだけの根拠となる彼我の戦力分析に偽りは無い。
確かに、楊奉率いる敵前線部隊を含め、白波の数は多い。
だがその内情たるや、実際に相対してみれば統率など全く取れていないのは明らかであった。
現在も彼が付き従う何進の下で戦った旧黄巾党と比較すると、その士気の差は歴然。
大賢良師・張角を筆頭とした指導者達を失った結果、信じるべきものを見失い、かと言って人里離れた場所で静かに暮らすという事も出来ない哀れな集団と評するのが的確だろう。
決して侮れる数ではないが、自身が率いる精兵を中心に各個に当たれば、問題なく対処出来る相手であると彼は考えていた。
尤もそこには、何進も言及していた、『近隣の里の被害』を完全に無視すれば_という枕詞が付くが。
(将軍の仰られていた事も間違いではない...。
だが果たして、大義の下に犠牲になった民の前で、私は名族として堂々と胸を張れるのか?)
一見すれば本来軍が守るべき存在である筈の民よりも、賊の殲滅を優先する事は矛盾している様にも思える。
事実、この戦場が他の場所_帝のいる都から程近い地区でなければ、受け入れられるかは別として、何進への意見具申を考える程度には、袁紹にも民を慮る事の意義への理解があった。
現在相対している白波も、元は黄巾党、つまりは反乱を起こした民であり、ここで件の里の被害を黙殺する事が、次の不満分子を生む事に繋がってしまう。
何進がそれを理解しているかはさておき、その危険性を踏まえて尚、優先しなければならない存在_それが帝だ。
万が一にも自分達がここで賊に後れを取り、更に洛陽に近付かせる様な事態は避けなければならない。
そこで彼が採った苦肉の策というのが、南北それぞれの里に配下である許攸と高幹を配置、更に里への増援を妨害する為に
半端に戦力を割き、結果民を救う事も出来ずに徒に家臣を危機に陥らせる愚策となる可能性も否定出来ない。
こんな様を古くからの友人が見たら、『相変わらずの優柔不断振り』と断じられてしまうだろうか。
兵達と楊奉の軍勢とが激突して尚、彼は自らの中で答えを見出す事が出来なかった。
「くっ、この戦力で里を守るのは厳しいか...。」
兵達と共に怯える民を庇い、白波と対峙する袁紹軍の将_高幹は、未だ軍内において若輩でありながらも、周囲からその才を認められ、またそれに驕り高ぶる事のない高潔な精神の持ち主であった。
これは多分に、現在彼が仕えている主_袁紹や、彼の両親からの影響が大きい。
彼の父である
そんな出自故に、名族袁家が名族たる所以、そしてそれに属する人間がどの様に振る舞うべきかを時には両親、時には叔父である袁紹から直々に説かれ、そんな叔父を彼は心から尊敬し、袁紹もまた彼を実の子の様に可愛がった。
幼い頃より文武に励んだ彼は徐々に頭角を現していき、こうして一軍を与えられる程の立場にもなったのだが、優秀であるが故に、彼には現状が非常に厳しいものである事実を否定する事が出来ない。
与えられた兵数の倍はいるだろう敵兵、それと無力な民を守りながら戦わなければならない現実の中、彼に出来るのはどうにか兵達の士気を保つべく鼓舞を続ける事のみであった。
「ぐああぁぁぁぁ!!!!」
「な、何事だ!?」
「お前ら逃げろ!!
あんな奴らがいるなんて、話が違え!!
やってらんねえぞ!!」
すると討伐軍、白波双方の耳に、その場にいない人間の悲鳴と、彼らがいる方向へと近付いてきているのか徐々に大きくなる足音が聞こえてきたのだ。
声のする方向へと目を向ければ、方角としては南側にある里の方から白波の仲間達が賢明に走ってきているのが確認出来た。
余りに必死な彼らの様子は、何者かから逃げているのだろう事を感じさせる。
高幹としても突然の出来事に理解が追いつかない中、自身と同じ様に南側の里の救援に派遣されていた許攸の活躍によるものかとも考えるが。
「『
「うわあぁぁぁぁ!!!!」
「な、何なのだ...あの怪物は...。
白波を攻撃しているという事は、味方...なのか...?」
鋭角的な形状の外殻に反し、水色の体色も併さって水の様な軟らかな印象を与える巨大な体躯の物体。
その背中に広がる両翼には、見た事のない『ぬ』という文字らしきものが刻まれており、その口から吐く黒い塊によって、その眼下で狼狽え逃げ惑う白波達を攻撃しているのだ。
よく見ればその頭部には、その物体に指示を出しているのだろう軟体の士も確認出来る。
「くそっ、味方を援護するぞ!!
矢を射掛けろ!!
あの頭部にいる奴を狙え!!」
この状況では味方の撤退を援護する事が最優先と判断したのだろう。
高幹と対峙していた白波の部隊長が、件の物体への矢による攻撃を指示する。
正味それが効果にあるとは思っていない様子ではあるが、指示を出している存在の排除、ないしは妨害が出来れば御の字という目論見か。
「援護するぞ、天の助!!
出よ、『精霊の鏡』!!」
「なっ...、矢が止まった...!?」
しかしながら、天の助を害さんと放たれた矢の雨は、彼の前に突如として出現した巨大な鏡によって完全に空中で静止してしまった。
鏡の後ろには青白い光を放つ女性が佇み、鏡を、そして矢を包み込む様に両手を広げている。
巨大な物体の足元に進んできたぬー$の戦士が、『鏡』の効果と共にこの先の未来を語り始めた。
「この『鏡』は、映したものに込められた人の意思を吸収し、掌握する。
精霊が見出した『邪な心を持つ存在』へと標的を変えさせるのだ。」
「そんな...それじゃあ、あの矢が俺達に返ってくるってのか...!?」
「流石だぜ、ぬー戯!!」
「さあ精霊よ。
その鏡に、真に討つべき対象を映し出すのだ!!」
ぬー$の戦士の声に応える様に、精霊が鏡へと祈りを捧げると、矢を映していた鏡面が漆黒に染まり、対象を探し始める。
やがて、この場で最も『邪な心を持つ存在』の選定が終了したのか、鏡面に対象の姿が映し出されるが。
「何で俺!?」
「あ。」
「ぎゃああぁぁぁぁ!!!!」
「...くっ、今の内に退くぞ!
貰えるもんも貰えねえのに、命が張れるかよ!」
残念ながらと言うべきか、それとも当然の帰結と言うべきか、精霊によって『邪な心を持つ存在』と認定されてしまった天の助に矢が降り注ぎ、これを撤退の好機と見た白波達がその場を後にする。
結果的には里の安寧が守られた形ではあるものの、その経緯故に何とも言えない空気に周囲が包まれる中、南の里からはそちらの白波への対応をしていたのだろう紫鸞と甘寧が、そして逆側からは楊奉率いる軍勢を退けた袁紹が合流した。
「よう、こっちも片付いたぜ。
しっかし一緒にいて飽きねえ奴だな、何がどうなってそうなったよ。」
「...また何かやらかしたのか?」
「違うんだって!!
今回は俺、ちゃんとやってたんだって!!」
「何事だ、騒がしい...。」
「叔父上...、この者達の働きもあり、里の危機を脱する事が出来ました。
ですが、先行している麹義殿は未だ...。」
この場での出来事を部分的に把握しているらしい甥の言葉に半信半疑と言った様子の袁紹だが、一先ず状況の整理と次の一手をどう打つべきかに思考を移す。
「民と共に我が麾下の者達も世話になった様だな。
この袁本初からも、お前達の働きに礼を言わせて貰おう。
名族の名において、戦後の査定で考慮すると約束する。」
「そういう事なら、洛陽でところてんを_」
「褒美が欲しくてやっている訳ではない。」
「官軍が手を差し伸べぬ者達に、俺達が手を貸したというだけだ。」
「嫌味のつもりじゃねえが、大将軍にああ言われりゃ、あんたらも簡単には動けねえだろ?」
目の前の武芸者達のさっぱりとした物言いに、袁紹は思わず戦場にいる事を忘れ、頬を緩めた。
褒美が欲しい訳ではない_成程、確かに黒衣の男性の言う通りなのだろう。
仮に、出陣前に何進より言及されていた名族への覚えを良くする為であれば、その近くで戦おうとするだろう。
兜を被った男性や刺青の目立つ男性の痛烈な物言いからして、官軍の現状に全く期待していない故の行動と言わざるを得ないが、結果こうして自分達だけでは救いきれない存在を見事に救ってみせたのだから、文句のつけようも無い行動だ。
最初に口を開いた軟体の士の言葉は、遮られてしまった故にその詳細は闇の中となってしまったが、恐らくは他の三人と同じ様な想いでの行動なのだと思える。
「ふっ、ではその気概を買ってもう一つ頼まれて貰いたい。
お前達はこのまま進み、我が麾下の麹義と合流後、南東の敵拠点を目指すのだ。」
「南東...、敵本軍は北方に陣取っているとの話だったが、何か狙いが?」
「うむ、我が同族の袁術が援軍を率いてそちらより進軍してくる手筈となっているのだ。
未だ到着の報告が来ていない故に、敵の妨害に遭っていると考えられる。
お前達の働きもあり、我が軍の士気は高いが、ここは万全を期しておきたい。」
(敵の妨害...ねえ。)
敵本陣とは反対の方向へと向かう指示に対し、紫鸞から当然と言うべき疑問が出るが、続く袁紹からの説明により四人も彼の意図を理解した。
件の袁術に与えられた軍勢の規模は不明だが、少なくとも『本来なら今頃には到着している筈』と想定される程度の兵を与えられてはいるのだろう。
その上で援軍が到着していない現状を鑑みると、当初の想定以上に敵からの妨害が激しいと考えるのは自然な事だ。
そこで進軍を妨げている拠点を制圧したい所だが、先行させている麹義のみでは心許ないのが実情。
褒賞への拘りが少なく、自由に動ける四人に白羽の矢が立ったのだ。
かくして、彼の指示に従い南東を目指す四人は、この後もう一人の袁家と出会う事となる。
「よし、これで援軍も進む事が出来よう。
お前達にも助けられた、殿に代わって礼を言わせてくれ。」
「良いって事よ。
それより、援軍の大将の出迎えはあんたに任せるぜ。
ほら、噂をすればだ。」
自身と合流後、速やかに拠点を制圧してみせた四人の武芸者に、袁紹軍の将_麹義は素直に礼を述べた。
主から任された役目を全うし、優勢な戦況をより万全なものとする働きが出来た事実を喜んでいるのだろう。
そんな彼に返答した武芸者の一人_甘寧に促され、遠目にも華美な意匠の鎧を纏った者へと近付いていく。
「袁術様、お待ちしておりましたぞ。
我が殿の勢いに貴軍が加われば、正しく万全。
どうか、そのお力をお貸しいただきたく。」
拱手と共に頭を下げる麹義の言葉は、少なくとも客観的に見れば一般的な目上の人間への挨拶であったのだが、それに対する馬上の男性_袁術の反応は何とも冷たいものであった。
睥睨という表現が的確だと思える様な、まるで価値の無い存在が視界に入ったかの様な視線と共に、彼は大きく鼻を鳴らす。
「ふん、貴様は本初の下にいる者か...。
その様な薄汚い姿でわしを出迎えようなど、躾がなっておらぬな...。
いや、愚かな主を持つと、苦労するのは下の人間という事か...。」
「なっ!?」
「まあ良い。
今は都の近くで賊徒が暴れ回るこの状況を解決するのが先決よ。
この袁公路が、直々に成敗してくれよう。」
麹義の名誉の為に言えば、彼らが今いるのは戦場であり、そして彼は直前迄戦闘を行っていた。
必然土埃が付き、泥が跳ね、場所によっては殺した相手の返り血を浴びている。
そんな状態で清潔な服装で相手を出迎える事など不可能な事は、袁術自身も分かっている筈であり、そもそも麹義は他でもない彼の進路を拓く為に戦っていたのだ。
労いの言葉の一つも掛けるべき所に先の対応なのだから、麹義が立場を忘れて唖然としてしまうのも致し方ないだろう。
「...時に、色んな奴を見てきたおめえらから見て、あの袁公路様はどう映るよ。」
「...下にいると苦労するだろうなとは思う。」
「...同じ袁家なら、まだ袁紹殿の所に行きたいね。」
「元々の人格もあるのだろうが...他者...、或いは袁紹軍に対して良い感情を抱いていない様に見えたな。」
「その遠慮なく言われちまった奴だが、俺の聞いた話が間違ってなけりゃ、あっちが袁家の宗家の筈だぜ。」
麹義を無視して進軍していった袁術の姿が見えなくなった所で、徐になされた甘寧からの問いに対し、その意図が読めない故に率直に考えを語る三人。
同じ袁家の人間で好対照な人物と直前に接していたのもあるだろうが、総じてその答えは好意的とは言えないものばかりであった。
袁紹の方も気位の高さを感じる部分はあり、人間的に合う合わないというのは考えられるが、少なくとも相手の官位の有無をすら問わず、認めるべき功績を素直に評価する姿勢は見られており、これだけでも二人の印象の差は大きく開くだろう。
故に、続く甘寧の言葉_自分達が低く評価してしまった側が立場上は袁家の正当後継者であるとの情報に目を丸くしてしまったが。
「...詳しいんだな。」
「荊州にいると、色んな人間が行ったり来たりする訳よ。
そうすっと、当然色んな噂も耳に入ってくる訳だ。」
「...では、先程言ってしまった感想は一般的にも間違っていないと?」
「奴の、袁家のお膝元の汝南近辺は分かんねえが、そこから離れれば離れる程、後継者に袁紹の方を推す奴が増えてるって話だぜ。
つまりぬー$、おめえが感じた事ってのも、あながち間違っちゃいねえって訳だ。」
「...挙句、同族相手に嫉妬し感情を制御出来んなど...。
掛ける言葉も見つからん...。」
「まさかとは思うが、今回援軍が遅れたのってわざとじゃねえよな?」
甘寧が語った情報に三人は唸らされる。
成程、袁家の出身地であり、四世三公の功績を含めた歴代の袁氏に対する忠誠心が高いだろう汝南周辺から距離を置けば置く程、言い換えれば袁紹と袁術を客観的に比較すればする程、どちらが『名族の後継者』に相応しいかが端的に感じ取れてしまうのだろう。
当然そういった声は袁術の耳にも入る筈であり、自分を認めない周囲への悪感情が、袁術の人格を歪ませる要因となっているか。
その行動の是非は兎も角、かつて弟達と文字通り死ぬ迄支え合ったぬー$の戦士は、最早呆れを通り越して哀れみすら感じさせる態度を見せている。
袁紹に功を重ねさせない為に、敢えて援軍の到着を遅らせた_そんな天の助の暴論とすら言える推測を受けてさえ、その場の誰からも袁術を擁護する言葉は出てはこない。
彼らの感じた袁家への想いを他所に、その後の戦闘は官軍が終始優位に進め、白波達は散り散りの状態で退却を余儀なくされた。
彼らの活躍もあり士気を高めた袁紹軍に、猛将・紀霊を中心とした袁術率いる援軍が加わった官軍の勢いは如何ともし難く、韓暹ら首魁を討ち取る事こそ叶わなかったものの、官軍側の完勝と言っていい内容であった。
寧ろ、帝のお膝元である司隷ですら、賊徒が出現し荒れ果ててしまった事こそが憂慮すべき事項であると言わんばかりに。
高幹=交換=エクスチェンジ→洗脳城之内君とか、自分で書いてて頭おかしい...。
次話でいよいよ、あの美人さんが登場です。