「ああ、皆さんお戻りでしたか。
丁度良かった。」
王允、貂蟬親子との出会いから日が明け、宿にて続報ある迄待機との指示に従っていた紫鸞達四人。
そんな彼らが待つ部屋へと戻るなり、そう声を掛けてきたのが彼らの同行者である元化であった。
同行を申し出た折の宣言通りと言うべきか、行く先々にて人々への治療を行い日銭を稼ぐ彼は、都に近い司隷に到着して尚忙しない。
白波賊の出現、そして先の討伐戦によって負傷者が枚挙に暇が無い状態故だ。
「つい先程、王允の遣い、と名乗る人から言伝を預かりまして。
暫く協力者からの便りを待つから、皆さんにも引き続きこの街に留まって欲しい、だそうです。
後は...用事があって街にいるから、気になる事があれば聞きに来いとも言ってたかな。」
「ふむ、元化、ありがとう。
紫鸞、恐らくその遣いというのは『彼女』だろう。
お前が話を聞きに行ってはどうだ?」
「...それは構わないが、何故一人で?」
元化からの報告に礼を述べつつ、王允の遣い_貂蟬に紫鸞一人で会いに行く事を提案するぬー$の戦士。
提案を受けた紫鸞の反応はと言えば、特段拒否する理由こそ無いものの、情報共有の手間も考えると自分一人で向かう理由も判然としないという様子だ。
「お前も彼女の戦いぶりは見ただろう?
あれは普通の...、正道の武人のそれではない...。」
「彼女が『里』の生き残りだと?」
「そこまでは分からん。
が、『太平の要』もまた正道から外れた存在であるのは確かだ。
その存在を彼女、もしくは王允殿が把握している可能性はあるだろう?」
「成程...、承知した。」
そんな紫鸞の疑問を想定済みであると言わんばかりに、ぬー$の戦士は彼に会わせる予定の人物_貂蟬の戦闘技術を思い返すよう促した。
成程、彼女が使用していた暗器然り、その戦い方は正面切って相手と斬り合うものとは一線を画している。
その技術や形といったものに見覚えが無いのであれば、身近にある似た存在と比較するのは自然な流れであり、今回はその対象が彼自身、即ち『太平の要』の技術なのだ。
現時点では流石に彼女があの里の生き残りであるかは判断出来ないが、少なくとも似た技術を擁する彼女自身、もしくはそんな彼女と共にいる王允が、彼の失われた記憶の手掛かりとなる情報を持っている可能性は十分に考えられる。
技術の出自、そして聞き出したい情報の内容を鑑みれば、部外者がその場にいるのは得策ではない_その判断に紫鸞も納得したのだろう。
元化に彼女と話した場所について確認を取ると、足早に部屋を後にした。
「...で、実際の所、おめえらはあのねえちゃんをどう見てんだ?
確かにありゃ、並の使い手じゃなかったが...。」
「別にああいう存在自体には思う所は無いさ。
俺としちゃあ、あの二人がどういう経緯で親子になったのかの方が気になるがね。」
「そうだな。
彼女への評価は、王允殿が彼女をどう使うつもりなのかを見定めてからにするべきだろう。」
紫鸞の気配が遠のいた所で、甘寧が仲間達に疑問を投げ掛ける。
今後暫くは道を同じくするだろう貂蟬を、仲間として信用すべきなのか_と。
王允と彼女が互いを義父、養女と一線を引いた呼称で呼んでいる事実から、その関係の実情が親子ではなく主従であるという可能性も否定出来ない。
その可能性を前提に彼女があれ程の技術を備えている理由を考えると、王允が自らの用心棒と言える存在を養女という形で迎え入れているとの線が考えられる。
互いに出会って間もない現状、彼女が最も優先するだろう王允の命の為に、自分達を捨て駒にする事も厭わないのではと甘寧は危惧しているのだ。
その懸念は天の助とぬー$の戦士にとっても承知の事だったのだろう。
二人の返答の内容もまた、『あからさまに警戒するべきではないが、あくまで彼女は王允に仕える者と捉えた方がいい』というものだった。
彼女の様な存在が、特に王允の様に名声のある人間の近くにいる事自体はさして珍しいものではない事に加え、彼女自身の考えや人となりが明らかになっていない現状では、彼女という『力』の使い手に当たる王允の人間性を見極めるべきだと二人は語る。
「どうやって親子になったか、なぁ...。
確かに、『元々そういう存在として育てられた奴を引き取った』のか、『孤児に殺しの技術を叩き込んだ』のかじゃあ、まるで印象は変わってくるな...。」
「ああ。
そして彼らの言う『天下の大事』は確かに見過ごせない問題ではある。
だが、彼の言う『心ある協力者』とやらの正体も分からない現状、彼が後ろ暗い過去を抱えていたとしても不思議ではあるまい。」
「それで、紫鸞の奴に『同類』かどうか探らせようってのか?
お前さんも中々どうして性悪だねえ。」
「ふっ、悪いが俺は誰でも彼でも命を預ける程お人好しのつもりはない。
共に戦場を生き抜いた劉備殿達や孫堅殿達から言われるならまだしも、あの親子にそこまでの思い入れは無いよ。
お前達とてそれは同じだろう。」
「はっ、違えねえや。」
「...どういった事情かは知りませんけど、人様の家の事にああだこうだ言うのは感心しませんよ。」
自分達の言葉に対する甘寧の反応を補足する様に、彼が語った以外の第三の可能性_『貂蟬の様な存在を生み出す過去を王允が持っている』との説、そしてそれらを踏まえて故郷を失った紫鸞に彼女を探らせるぬー$の戦士の行動は何とも悪辣であり、三人共に互いへ皮肉げな笑みを見せ合っている。
するとそんな彼らに視線を向ける事なく、話の内容に苦言を呈したのが、紫鸞を見送って以降沈黙を保っていた元化であった。
「おっとこりゃ失敬。
時に、その見識は『先生』としてのものかい?」
「...世間一般の感性に倣ったものです。
天の助殿がご自分で仰ったでしょう?
『ああいった方の存在自体には思う所は無い』と。
なら、人となりも把握していない方が養女となった背景について探ろうとするのも野暮というものですよ。」
「おっと、こりゃ一本取られたな。」
「俺らと先生じゃあ、地頭が違うってやつだ。」
「...それよりぬー$殿。
俺が会った相手が女性だとよく分かりましたね?」
三人を窘める自身の発言に対してケラケラと笑う天の助と甘寧の姿に小さく息を吐きつつ、話の流れを変える意味も含め、元化はぬー$の戦士に対し、彼らが件の『王允の遣い』の正体を自分が説明する前から把握していた理由について問う。
先晩の出来事の内容を把握していない彼でさえ、王允なる人物が相応の力を持つ人物である事は、『遣い』の身なりや三人の会話からそれとなく感じ取る事が出来ていた。
往々にしてそういった人物は、ある程度の人数の家人を抱えているものであり、普通であれば彼らと王允達が出会った際に同席していたのだろう女性と『遣い』とが、同一人物であると判断するのは困難であろうという考えからの疑問だ。
「端的に言えば、俺達と王允殿が関わっていくだろう『事』は内密に進める必要がある。
互いについて知る人物も極力少ない方がいい故の推測だ。」
「成程...、つまり俺にも詳しくは話せないという事ですね。
何をするつもりなのかは知りませんけど、余り危ない真似はしないで下さいよ。」
「承知している。
それより、俺からも一ついいか?
先の天の助への言...、お前の言葉からは何処か他人事とは思っていない様な感情が見えた様に思えるが...。」
「...気のせいですよ。
ただ、傍から見れば理解出来なくとも、人にはそれぞれ命を懸けるだけのものや理由がある...そう思っただけです...。」
自身の問いに対する曖昧な返答。
そしてそこに浮かぶ元化のもの言いたげな表情の理由を、ぬー$の戦士には察する事が出来なかった。
まるで日を覆うように広がり始めた暗雲が、光を遮るかの如く。
「しかしまあ、暫く留まれって言ってきたその日の夜に洛陽に出発とは...。
せめて雨が弱くなるまで待てなかったんで?」
紫鸞達と王允親子が行く都・洛陽へと続く道。
一同を取り巻く状況の余りの急転直下振りに、その場に響いた天の助の声には僅かながら皮肉の感情が籠もっている。
彼ら三人が紫鸞を送り出してからそう間もおかず、何と二人が揃って彼らの宿へ現れるや否や、今度はそのまま全員で王允と合流、強い雨が降りしきる夜道の移動を開始したのである。
状況の急変に余程余裕を失っているのか、王允からの説明も無いままでの移動開始であり、これには元化との会話の後に別途四人の呼び出しを命じられていたらしい貂蟬の顔にも、困惑の表情が出ていた。
「...今は時が惜しい。
少しでも早く洛陽へ...む?」
「おっと、待ちな!
命が惜しけりゃ、金目のものを置いていけ!」
「我らには金が必要なのでな...悪く思うな。」
「そんなあなた達に、この『ぬのハンカチ』を。」
「いるか! 邪魔だ!」
「ぎゃあ!!!!」
その言葉を受けて尚、歩みを進めようとする王允だが、そんな一行の前に粗暴な雰囲気を放つ集団が立ちはだかる。
言動からして高価な物品を狙った野盗の類と思われるが、残念ながらバカが提示した布では誤魔化せなかった様だ。
「この者ら、ただの野盗ではなさそうだな。
近頃、巷を騒がせている白波とかいう輩か。」
「こいつらが何者かなんてのは後だ。
俺らが片付けるまで下がってな。」
その野盗を、先晩自分達を襲い、そしてその前には官軍との衝突によって敗走したとの話が流れていた黄巾党の残党_白波賊であると当たりを付けた王允。
そんな彼と貂蟬を庇う様に、彼へと声を掛けた甘寧、そして紫鸞とぬー$の戦士が睨みを効かせている為、賊徒もすぐさま自分達に襲い掛かってくる事はない。
彼らの実力を考えれば後れを取る事はないだろうが、今は一刻も早く、それこそこうして考えを巡らせている時間すら惜しいのが実情。
そこで彼は状況を一気に打開すべく、懐からあるものを取り出し白波達に向け投げ付けた。
「致し方あるまい...。
賊共よ、これが欲しかろう!」
「何だ...な、そ、それは今は亡き大賢良師様の署名入りの文だと!?」
「えっ...?」
王允が白波達の足元に投げ付けた複数の竹簡、そこには『黄天當立』_旧黄巾党が掲げた文言の一部と共に、その指導者であった張角の名が刻まれている様であった。
尤も、そんな代物がここで登場した事、それがこの様な効果を齎した事実に、署名した本人である張角ことぬー$の戦士は目が点になっている様子だが。
「くっそ、こんな大事なものを粗雑に扱いおってからに!
者共、一度退くぞ!
急ぎ砦に戻って乾かさねばならん!」
「ふぅ...何とかなったな...。
では、先へ進もう。」
「いや待ってくれ...。
流石に今のは説明を求める。」
「しかし...。」
「お義父様、この先に見通しの良い広場がある筈。
そこで休憩がてら、状況の説明をされては?」
何故黄巾党の書類を王允が持っていたのか、白波達のあの反応の理由、そしてこの洛陽への急な移動_様々な疑問が重なった故に、声を上げたぬー$の戦士を筆頭に、他の三人も王允を訝しむ様な視線を送る。
それでも尚、時間惜しさに説明を渋る義父に対し、これ以上彼らの間に緊張が走るのは避けたいと考えたのだろう。
一度休憩を取るべきとの貂蟬からの提案に、自身の体力も鑑みて納得したらしい王允は、漸くその首を縦に傾けた。
「それでは、私はあちらを警戒致します。
その間にお義父様は皆様へお話を。」
「こちらには三人がいれば十分だろう。
そちらへ加わる。」
「紫鸞様...いえ、ではご厚意に甘えさせていただきます。」
件の広場に一行が到着した所で、貂蟬が宦官からの刺客を警戒し少し離れた場所へと向かうと、それに紫鸞が追随した。
自分達が離れて尚、王允の護衛には残る三人がいる事、そして日中にぬー$の戦士から提案されていた彼女との対話が果たされていない事もあるだろう。
二人が自分達から距離を取ったのを確認すると、王允は手始めにこの洛陽への急行の理由を語り始めた。
「さて、まずは事態が急変した理由を語るとしよう。
今日、一度貂蟬を送り出した後、都より報せが届いた。
陛下がお隠れになった、と。」
「あん?
おいおい、ただでさえ宦官の野郎共が幅効かせてんだろ?
そんな時にこりゃあ...。」
「たしか、今の皇子はまだ子供だったんじゃなかったか?
下手すりゃ、宦官の勢いが止まらなくなるな...。」
「そこで、あなたの元に報せが届いた...。
然るに、あなたの『協力者』というのは帝に近しい人物と見受けるが?」
現皇帝・霊帝の崩御_王允へと齎された情報と、それが市中に広がった後の影響を吟味し、眉根を寄せる三人。
先代皇帝・桓帝と並んで宦官の増長を許し、漢王朝の滅亡への流れを決定的なものとしてしまった故に、後世において後漢王朝屈指の暗君と称されてしまった霊帝であるが、そうは言っても国家の象徴にして民衆の心の拠り所としては大きな影響力を持つ存在である。
政治情勢に疎い者であったとしても、天災と重税は自らの身に降り掛かっているものであり、将来どころか日々の生活にすら不安をかんじているのはあらゆる民衆に等しい状況だろう。
次代皇帝として擁立されるだろう皇子が、何皇后との子である
仮に二人が次代皇帝に相応しい聡明な少年であったとしても、所詮は国家運営の実務も知らぬ小童に過ぎないのが実情。
実質的な政治の実権を握る十常侍を中心とした宦官達に丸め込まれてしまったとしても無理からぬ事だろう。
そんな否応無く漢王朝の今後が決まるという折に、宦官の排除を画策し、未だ朝廷内への影響力を持つ王允へと、皇帝の崩御をいち早く報せた人物を、彼と同じく宦官を排除しようとしている者であり、それが彼の言う『協力者』であるとぬー$の戦士は予想する。
「さもありなん。
わしの協力者にして報せを届けてくれた者とは、他でもない、大将軍・何進殿だ。
あの者は皇后の兄、言わば外戚の筆頭よ。」
「...それでは正味、敵の敵は味方、となってしまいそうだが...。」
「それについては返す言葉もないな...。
何進殿の文には、わしを政に迎えたいとも記されておった。
恐らくはこの機に乗じて、都の宦官を一掃するつもりなのであろう。」
宦官勢力と政権争いを繰り広げ、世の混迷を招いた要因の一端と言える外戚一派。
それと与して宦官を排除したとて、結局は権力を握る勢力が変わるだけであろう。
結局はお前も権力が欲しいだけなのでは_そんな感情が見え隠れする三人の視線を受け、王允が俯いたのは体力的な要因故か、それとも心理的な影響故か。
「...まあ、政はあんた達が上手くやってくれる事を期待するとしてだ。
さっきの白波の奴らに放ったあれは一体?」
「内容は先程奴らに語った通りのものよ。
十常侍の一人、張譲が持っていたものを、わしが奴と黄巾党との繋がりの証拠として抑えておったのだ。」
「あいつらは黄巾党の残党って話だったしな...。
そりゃ食い付きもするって訳か...。」
「うむ。
残党の中には、未だに張角を敬虔に信奉する者達もいる様でな。
噂話故に真偽の程は分からなんだが、中にはああいった張角の直筆の書物や祈祷に使ったという道具を祀り、
「何それ怖い...。」
「そうであろうとも。
わしもあれに対する奴らの反応を見るまで半信半疑ではあったが、死人に縛られ、今を生きる事すら出来ぬとは...。
あの様な哀れな存在を生んでしまったのも、わしら官吏の不徳故よな...。」
重くなった空気を変える意味もあったのだろう。
続いて天の助が指摘した件の竹簡については、王允はあっさりと真相を明かした。
張譲という宦官が黄巾党と繋がっていた事を掴み、その証拠を確保したまでは良かったのだが、当時の黄巾の乱による各地の混迷も相まって、乱の鎮圧に派遣される事となってしまった王允は結果的に宦官側の動きに後れを取る事となってしまったのだ。
それでも彼がその物的証拠を今日に至るまで守り続けていたのも、今回の様に宦官に対する逆襲の機会を待っていた故なのだろう。
とは言え、話半分程度に認識していた黄巾残党の張角への執着を垣間見た事で、自分達官吏の不明があの様な世の歪みの象徴と言える存在を生み出してしまった事には痛恨の表情を浮かべている。
彼やその隣に立つぬー$の戦士の体が震えているのは、果たして雨に打たれた事による身震いだけが原因なのだろうか。
半端な所ですが、文字数的にも丁度いいので一端ここで区切ります。
ギリ土日内に投稿出来たって事でご容赦いただけると...。
次回、紫鸞と貂蟬の会話から始めようと思います。