「あの、紫鸞様...。義父の頼みを聞き入れて下さり、感謝致します。
それで、その...、皆様と合流する前、お一人で参られた時には何かお話がある様に見受けられました。
私達は、これから運命を共にする者同士。
何か気に掛かる事や憂いがおありなら...。」
降り続く雨の中、暗闇の先へと警戒の視線を送りつつ、徐にそう声を掛けてきた自身の隣に立つ女性_貂蟬の言葉に、どう応えるべきかと思考を巡らせる紫鸞。
宿で仲間達が指摘した自身と彼女との類似性については、彼自身成程と思わされたからこそ、彼女との対話を行うという提案を受け入れた。
結果的に急変した状況に流される様にここまで来てしまったものの、今の彼女の台詞からして『何か聞きたい事がある』のを察せられていたのだろう。
相手が聞いてこいと言っているのだから、とでも思えれば気が楽なのだが、それが中々どうして彼には難しい注文であった。
相手の情報を聞き出す上での等価交換の材料と言うべき記憶が無い彼は、互いの信頼関係を構築する為の身の上話を避けようとする。
相手に根掘り葉掘り聞いておいて、『自分は何も覚えていないので話せる事は無い』では筋が通らないと考える程度の良識はあるのだ。
これまでであれば、仲介役として天の助、最近で言えばぬー$の戦士に甘寧と、彼と比べれば随分と社交的な人間がいる故に、記憶を失っている事の説明を含めた簡単な自己紹介であれば支障は出なかった。
「答えたくない事であれば、答えなくとも構わない...。
端的に言えば、同道する仲間として君と君の義父君との関係を知りたい。
君の技は普通のそれにはとても見えなかったが、あれは義父君に言われて?」
しかし、今回は自分だけでなく、場合によっては仲間の命が危機に晒される可能性も孕む故か、意を決した様子で紫鸞はかねてより抱えていた問いを投げ掛けた。
「そういった事でしたか。
皆様のお立場を思えば、当然の疑問かと。
仔細を語るには、まず私の生い立ちをお話しすべきかもしれません。」
話が長くなるかもしれない_そんな言葉を含んだ自身の視線に対する紫鸞の首肯を受け、貂蟬もまた脳内で話の流れを組み立て始めた。
自分で質問をしてきたにも関わらず、何故か自分の返答に小さく息を吐く彼の姿を不思議に思いつつ、彼女は自身の過去を語り始める。
「私は、
「...つまり、君の様な技術を持つ者が生まれ育つ、隠れ里の様な場所だったと?」
「今にして思えばそうだったのでしょう。
外部の人間がどれ程出入りしていたのかは、把握しておりませんが...。
兎も角、その私が暮らしていた里がある時、大火事に見舞われ...、義父と出会ったのはその時でございます。」
(大火事、か...。)
思っていた以上に似ている_彼女の話を自身の境遇と重ね、そう思わざるを得ない紫鸞。
彼女が生まれたという里の正体、そこで彼女に授けられた数々の技術、そして彼女が言う所の『大火事』。
自身の脳裏に残った、炎に包まれる記憶と、自分がいた里の惨状、そして自分という存在。
相違点はお互いが炎に包まれた時の大凡の年齢と、その後に出会った人物か。
「...では、君達はその頃から...。」
「はい。
親子であり、師弟であり、そして主従でございます。
行く宛の無い私の手を取って道を示し、世の腐敗を断ち切る剣として鍛えて下さった...。
義父の目指す『宦官による世の腐敗の断絶』...、私は自身を、ただそれを為す為の剣と考えております。」
強い人だ、と紫鸞は思う。
王允に引き取られた時、別の生き方を選ばなかったのが、彼女の意志か、それとも王允の意志によるものかは定かではない。
彼女が『大火事』という言葉を、ぼかす意味で使ったのか、それとも当時の年齢故に記憶が曖昧なのかによって印象も異なってくるが、何れにせよ彼女の王允に対する忠誠心が本物である事は疑いの余地が無いだろう。
ともすれば、彼女は義父が『自身の里を焼いた人間かもしれない』と分かっていながら、命を救われた恩義に報いる為にその身を捧げると言っているのだから。
「...私からも、一つよろしいでしょうか?
義父は、初めてあなたとお会いした時に、何かを察した様でございました。
あなたの足運び、立ち回り、正道の武人とは違う...それは私と同じ...。」
「先に質問をした手前申し訳ないが、記憶が...。
先の問いも、こちらも同じ事を感じた故のものだ。」
「左様でしたか...。
でしたら、どうか聞かなかった事に。
忘れたのには、きっと理由がございましょう。」
「すまない...気を遣わせる...。」
案の定と言うべきか、貂蟬からなされた逆質問_自身の技や過去についての問いに、想定通りの回答と共に頭を下げる紫鸞。
そんな彼の姿に、思わずといった様子で貂蟬の顔には笑顔が浮かぶが。
「...何か失礼な事を言っただろうか...。」
「いえ、失礼...。
紫鸞様は、余り腹芸が得意ではないご様子ですので。
初めてお会いした時の隙のない立ち姿からすると、少々意外だと。」
「...喋るのは普段から彼らに任せきりだ。
そのつけが出たのだろう...。」
「真面目な方なのですね。
先程私に頭をお下げになっていましたが、私が真実を話しているという保証も無いというのに。」
「それを言うなら、そもそも最初の時点でこちらが不誠実というものだろう。
自分には返せるものが無いと分かっていながら、君の過去を探ろうとしたんだ。
元がどんな人間であったかも分からないからな...。
せめて、今関わっている相手には誠実でありたいと思う...。」
自身の言葉に自嘲気味に応える彼の姿、その言葉の内容や表情から感じたものに、貂蟬は心地良さを感じている事を自覚する。
それは、判明している互いの類似点に親近感を抱いた故か、或いは己の言動に一つの芯を通す考え方故か。
自身の中に芽生え始めた感情を言語化出来ぬまま、彼女は変わらず水分を齎す天へと呟いた。
「僅かの間も、気が抜けない。
私一人だったら、どうなっていた事か...。
あなたがいて下さって、本当に良かった。」
熱を奪う冷たい雨の中に彼女の言葉は溶けてゆく。
その呟きがどう受け止められたかは、雨中で並び立つ二人だけが知るものだ。
「はあ...はあ...。
どうにか切り抜けた様だな。」
「...しかし、あんた相当恨み買ってんだな。
逆によく今日迄生き延びてこれたもんだ。」
「言っちゃあなんだが、この人一人が都に入るのをそこまで怖がる理由が分からねえな...。」
肩で息をする王允の姿は、正しく生きた心地がしないといった様子だ。
先の休憩中を含め、一行は三度に渡り宦官の放った刺客の襲撃を受けた。
特に最後の三度目の襲撃では、崖上に兵を潜ませ、矢を射掛けてくるという周到さであり、武装もしていない人一人を殺す為としては些か過剰と言える準備に、狙われた本人はさぞ神経を擦り減らした事だろう。
矢による攻撃に関しては、先の白波討伐戦の折と同じくぬー$の戦士が『精霊の鏡』を呼び出し、天の助を身代わりとしている間に、身軽な紫鸞と甘寧が崖上の敵兵を排除した事で事なきを得た。
矢を受けた天の助曰く『お約束』との事らしいが、それを見た王允の顔が引きつっていたとは彼の養女の弁である。
数々の襲撃、そしてそこまでしてでも王允を害したいという宦官の執念には、最早甘寧と天の助は嘆息までしてしまっている。
「宦官が権力を握れるのは、帝の側仕えというその立場故。
外戚一派に王允殿が加わる事により、朝廷内の打倒宦官の気運がこれ以上高まる事を恐れているのだろう。
先の張譲なる者との一件を見ても、王允殿を慕う者は数多く存在し、そしてこの御仁が外戚側に味方すれば、それらの中立勢力まで敵に回す事になるのは火を見るより明らかだからな。」
「...互いの妥協点を探すという選択肢は無いと?」
「一度『力』に魅入られてしまった者達がどうなるかは、お前達も知っているだろう?」
ぬー$の戦士による、宦官が王允を狙う理由の解説。
紫鸞がそれに対し、互いに血を流す事になる前に、他の選択肢を探そうとはしないのかと問い掛けるが、それに対する彼の答えはと言えば、『身近に悪い見本がいるだろう』と言わんばかりのものだ。
元は農民であった黄巾党と朝廷内の権力争いに明け暮れる宦官とを完全に同列に扱う事は出来ないが、一度手にしてしまった力に執着し暴走してしまった存在という意味では、両者は同じと言っていいだろう。
「おい! あんたら、そこで何をしている!
大量の賊が迫ってる!
早く東の砦に避難しろ!」
「全く忙しない事よ...。
致し方あるまい、砦の中へ急ぐとしよう。」
そんな若干重くなった空気の中に、第三者の声が響く。
一行が声のした方向へと視線を送れば、兵士がこちらへと松明を片手に手を振っているのが確認出来た。
雨中の闇に差す光明_彼の言葉を示す様に、確かに彼が通ってきたのだろう砦の門が開いている事、そして一行が先程白波賊と戦闘を行った事実から、砦の者達が自分達を見つけてくれたとの一行の予測を助長させたが。
「よーし、よし! 引っ掛かったな!
さっきの借りを返してやるぜ!」
「な、何事だ?
賊が何故ここに...。」
「見りゃ分かんだろ...、罠だったって事だ。
...流石にあの数を相手にすんのは骨だな...。
どうにか頭を狙いてえ所だが...。」
「...しゃあねえ、とっておきだ!!
プルプル真拳奥義『こんにゃく信号弾』!!」
砦の中に響く笑い声、武器を構える白波の集団の姿に動揺する王允に活を入れる様に、甘寧が冷静に現状を分析した時だった。
今までにない程に逼迫した状況である事を悟ったのか、天の助が奥義を発動させると共に腕を砲塔の様に変形させると、空高くへと蒟蒻を打ち上げる。
「...何かがあると期待していいのか?」
「運が良けりゃ、洛陽周辺の官軍が援軍に来てくれるかもな...。」
「つまり、現状は俺達のみで何とかするしかないという事だな...。」
「はっ、おめえらといると飽きねえぜ、くそったれが...。」
「厳しい状況ですね。
このままではいずれ...。」
貂蟬の呟きは、一行の心情を如実に表していた。
砦の壁を背に、王允を囲う様に並んだ五人の戦士達。
彼ら一人一人の戦闘力の高さ、互いが互いの死角を隠す様に立っている事、先の崖上に現れた刺客への配備が優先された故か、はたまた白波の懐事情によるものか弓矢が使われていない事も重なり、一同の周囲には死体の山が築かれ、その体に目立った手傷は見られない。
だが、この一見すれば優勢に見えるこの状況が、白波を全滅させるまで続くとも言い難いのが実情なのだ。
敵の練度は高くないとは言え、ただでさえ冷たい風雨の中を移動しながらの連戦は少しずつ、しかし着実に彼らを消耗させていた。
この場にいたのが彼らのみであったなら、或いは多少の危険を承知で敵中に飛び込み、一息に敵の指揮を執る韓暹らを狙う手を打てたかもしれないが、護衛対象である王允がいる状況ではそれも不可能である。
せめて先程の様に、白波の動揺を誘う手段があれば_一行がそんな思いを抱いた時だった。
「ほう...。
都のかように近くで、賊が暴れておるとはな。
帝の威光は、その足元にすら届かぬと見える。
面白い...実に、面白い。」
「ありゃあ西涼の...おい、紫鸞!
後から来たあの人達...!」
「ああ...。
都で奸臣との戦いを始めるとの話だったが、成程な。」
その集団の装備を見た後に、先程自分達を誘い込んだ兵士のそれを思い返すと、何とも粗末な変装であったと思える。
白波達が慄く程に荒々しい、西涼の砂塵を纏った戦士達。
それを率いる男の獣の如き獰猛な笑みに一行が反応したのも束の間の事だった。
彼らに続いてこの場に突入してきた者達は、確かに宦官の存在を許さない者と言えるだろう。
その怜悧な瞳で白波達を一瞥したその男は、かつての戦いで結ばれた縁を示すが如く、一行へと蒟蒻を掲げる。
「蒟蒻の反応に従って来てみれば...、やはりお前達がいたか。
ここで再び見えるとは、縁があるものよな...紫鸞、そして
一応拙作中では、貂蟬をメインヒロインにしていく予定ですが、筆者の力量上ロマンス要素は余り期待出来ないものとお考え下さい...。
そして地味にこんにゃくフラグを回収していく。