真・三國無双ORIGINぬ   作:モドラナイッチ

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第三十五話:揺らぎ

 火を見ると落ち着くのは、炎の不規則な揺らぎや薪が爆ぜる音が、心臓の音等の生体が持つリズム、小川のせせらぎや波が打ち寄せる音といった自然界に存在する、人間が安心感を覚えやすいものと同じリズムを持っている為と言われる。

 『1/f(エフぶんのいち)揺らぎ』と後世にて称されるそれを、後漢王朝期の現在焚き火を囲んでいる者達は当然ながら知る由もないのだが、その表情は『揺らぎ』についての説が正しい事を示していた。

 

 

 

「私が言うべき事ではないかもしれませんが... 何とも、慌ただしい状況でございましたね...。

 皆様。せめて今宵は、ゆっくりお休みを。」

 

「君の方こそ。

 ...言いたい事があるなら言ったらどうだ?」

 

 火を囲み、人心地ついた様子の紫鸞達四人に、彼らがここまで護衛してきた王允の養女_貂蟬が改めて彼らを労うと共に頭を下げる。

 一行の身を刺していた風雨はすっかり収まり、暖を取れている事に加えて彼らの救援に現れた官軍の将_曹操と董卓へと、護衛対象の身の安全を任せる事が出来た事が、彼らの安堵の表情の所以だろう。

 そんな彼女を同じく労った紫鸞は、寧ろ周囲の自分に対する視線の方が気になっている様だが。

 

「いや何、お前さんがそんな声を出せるなんてと思ってよ。

 こりゃ、二人で話させたのも無駄じゃなかったってな。」

 

「...その手の冗談はせめて彼女がいない時にしろ。

 困らせるだろう。」

 

「ふっ、天の助の言う事は兎も角だ。

 あなた方はこのまま都へと入られるのだろう?」

 

 自身の貂蟬への声色が、明らかに普段のそれとは異なる事を指摘してきた天の助に対し、不機嫌さを隠そうともしない紫鸞。

 異性絡みで人を揶揄うのなら、当人の耳に入らない場所にしろとの彼の視線に、天の助は降参とばかりに両手を上げているが、その表情からは余り反省している様子は見られない。

 そんな二人の遣り取りから話を軌道修正するべく、ぬー$の戦士が彼女達の今後の方針を確認する。

 

「仰せの通りでございます。

 義父は都へ入った後、そのまま何進様の元へ参ります。

 先の曹操様や董卓様と同じく、諸侯が洛陽へと集められているとの事。

 十常侍を討つ為の算段を立てていらっしゃるのでございましょう...。」

 

「...何か気になる事が?」

 

 ぬー$の戦士の問いを肯定すると共に、義父から受け取っている情報を共有する貂蟬。

 そんな彼女の言葉尻の表情から、彼女が何かしらの懸念を抱いている事を四人は感じ取る。

 その内容を問われた彼女はと言えば、それを明かすべきかという逡巡が見られたものの、あくまで個人的な感覚によるものと前置きしつつ、その心中を語り始めた。

 

「宦官にせよ、外戚にせよ、それらの勢力が力を保ち続けてこれたのは、武門_それこそ名族と称される様な方々でさえも容易には近付く事の出来ない、陛下のお側にある故...。

 つまりこの後都で起こる騒乱は、平時であれば近付けぬ者でさえも陛下にお近付きになる事を意味します...。」

 

「新しい帝の身柄が、次の火種になるかもしれねえって訳か...。」

 

「はい...。

 今の都は、様々な思惑が渦巻く危険極まりない魔窟。

 皆様も有事に備え、支度を整えておいて下さいませ。」

 

 自身の懸念に対する甘寧の反応を肯定しつつ、一同に再度注意を促すと、貂蟬はその身を翻し、曹操達との話に区切りがついたのだろう義父の元へと向かっていった。

 

「...良かったのか? 声を掛けなくて。」

 

「まだ蒸し返すのか?」

 

 遠ざかっていく彼女の背中を見遣りながらのぬー$の戦士の問いに対し、またも不機嫌な様子の紫鸞だが、質問者の態度はと言えば先程の天の助のそれとは違い、戯ける様な仕草は見られない。

 

「真面目に聞いている。

 声色が明らかに違う事は、お前も自覚しているだろう。

 お前の記憶に僅かに残っているという、例の朱和という女性との記憶もそうなのか?」

 

「...分からない。

 彼女_朱和からの視線や声色は、『見守ってくれている』と感じられる...が、記憶の中で自分が話しているという光景は無いんだ...。

 それが記憶が無い故に自分の口調が分からないからなのか、それとも元からこういった性格なのか...。」

 

 憮然とした表情の紫鸞に対し、ぬー$の戦士もまた毅然とした口調で再度問い掛ける。

 当初の目的であった、お前の記憶の手掛かりは掴めたのか_と。

 そんな彼の姿に、紫鸞もまた相手が真剣に自分が貂蟬との関係をどう捉えているのかを問おうとしている事を察し、少しずつ自身の記憶に残る朱和と共にいる光景との比較を語っていった。

 

「彼女もまた、故郷で間者となるべく育てられ、技術を仕込まれたらしい。

 それと、故郷を『山火事』で失ったとも...。」

 

「...どっかで聞いた様な話だな...。」

 

「ああ。

 彼女が王允殿に拾われたのはその頃だそうだ。

 彼女の方も、こちらの技術が普通ではない事から、出自が似たものではないかとは感じていた様でな。

 お互いに同族意識の様なものを感じていたのかもしれない...。

 とは言え、何か記憶に引っ掛かる感覚があるかと言われれば、否定するしかないのが実情だが...。」

 

 紫鸞から語られたのは、あくまで貂蟬によって聞かされた『今』の情報のみであった。

 現状判明している互いの情報から親近感を感じたのは事実であるが、一方でそれが自身が里で暮らしていた『過去』を呼び起こすものとはなり得なかったのである。

 とは言え、こうして冷静に振り返ってみれば、未だ『出会ったばかり』である事実は変わらない筈の貂蟬との会話に、周囲がすぐに察知する程の変化が見られているのだから、彼らが二人の会話を切っ掛けとして『何か』があったと考えるのも自然な事だと思える。

 

「自分の中で引っ掛かるもんが無えってんなら、昔の事は関係無え『今』のおめえの感情だって考えりゃいいじゃねえか。

 気が合う奴と一緒にいてえってのに、男も女も関係無えだろ?」

 

「それはそうだろうが...。

 異性だからこそ不快にさせてしまう事もあるだろう...。」

 

(...成程ねぇ...、こいつなりに『一人じゃない』って感じたい訳か...。)

 

 貂蟬との会話が記憶の復活に影響を及ぼしてはいない現状に対し、それならば過去の自分と、今自分達と関わっている自分とは別の存在であると割り切るよう促したのが甘寧であった。

 現実として過去の人間関係はおろか、己の口調や性格すらも思い出せないのなら、その不透明な過去が齎すかもしれない影響を考えたとて、確かに栓のない話ではある。

 これで現在の紫鸞が、相手の好悪、或いは己に向けられる感情にすら左右されない機械の様な判断基準によって動いている存在なら兎も角、『今』の彼はこうして他人との距離感や自身の過去について悩み、同時にぬー$の戦士や甘寧自身の様に、人によっては共にいるだけで白い目でみそうな存在とも『戦友』として行動を共にしているのだ。

 文字通り今日この時迄の仲間との戦いの経験から、彼もその言い分に一定の理解は示しているが、それでも尚自身の過去が貂蟬へと悪影響を及ぼす懸念を捨て切れない姿に、この中でも特に付き合いの長い天の助は、先の彼自身が語った『同族意識』が、彼自身も気付かぬ内に大きな感情となっている事を察するが。

 

「まあ、もし本当にそうなっちまったら、昔のおめえを恨むしかねえな。

 それが分かっちまう日が来る時までに、精々良い所を見せておくこった。」

 

「その者の言う通りだ。

 例え私の知らぬお前が獣の如き存在であったとしても、『今』のお前の在り方を続けるのならば、変わらず私は『人である』と考える。」

 

 

 

「久しいな、紫鸞、そして心太(シンタイ)よ。

 いずれまた会うだろうとは思っていたが、まさか王允殿の食客になっていようとは。」

 

「御三方こそ、相変わらずの戦い振りでしたぜ。

 まあ、本音を言えばもう少し早く来て欲しかったけどな。」

 

 紫鸞と甘寧との会話に割込む様にして声を掛けてきた男性_曹操に対し、代表して天の助が返答した事で、一同の中の既知の面々は望外の再会を喜ぶ。

 天の助のそれに対して他の三人が指摘をする様子が無い事からも、彼の後半の文言は、風雨と夜の闇に包まれた中での長距離移動を乗り越えてきた四人にとって偽りの無い本音であったのだろう。

 尤も、それを聞いた曹操の宿将達はと言えば、自らの主の立場故に素直に受け入れる訳にはいかないとばかりの反応が見られるが。

 

「おいおい、久々に会って早々皮肉かぁ?

 まあ、初めて見る奴もいるし、お前らも色んな所で暴れてるって噂は来てたけどよ...。

 こっちだって『王允殿に先を越されちまった』って思う位には、お前らに来て欲しかったんだぜ。」

 

「すまない...。

 こちらも先の白波との戦からこっち、急転直下の連続でな...。

 所で、『先を越された』というのは...その、自分達が王允殿の元にいると何かまずい事が?」

 

「まずいとは言わんが、惜しいのは確かだ。

 孟徳は、お前達を気に入っているようだからな。」

 

「我らは今、都の奸臣共を相手取って戦っている。

 何進殿や王允殿らと手を携えて、な。」

 

 天の助の言葉に対する苦笑いを浮かべながらの夏侯淵の返答に、同じく苦笑した紫鸞が弁護をした所で、双方は互いの状況の確認、そしてぬー$の戦士と甘寧との挨拶を行う。

 

「そういや、さっきまで一緒にいた董卓殿はどうしたんで?

 王允殿と一緒に行った訳じゃないみたいだが...。」

 

「あの男は都の外に陣を敷いてあるそうだ。

 本人曰く、『西涼よりはるばる駆けてきた故、砂に塗れた衣で、目通りを願う訳にもいかない』との事だがな...。」

 

「...尤もらしい言い分ではある。」

 

 続いてなされた天の助からの問い_この場にいない董卓の動向について、彼自身の言葉を使って語った曹操。

 それに対するぬー$の戦士の反応に首肯を返し、彼が都で起こるだろう変事の気配を感じ取り、敢えて都の外で待機したのだと語る。

 

「猛々しくも賢しい、獣の様な男よ。

 あの男を呼び寄せた何進殿の判断は、如何なる結果を招くか...。」

 

「少なくとも獣には獲物を食う時に容赦ってもんが無えからな...。

 俺の故郷で、遠くの国に行った事のある奴に聞いた話だが、世界には貝を食べる為に石を使って殻を叩き割ろうとする動物もいるんだと。」

 

(いや、うん...何となく言いたい事は分かんだけどよ...。

もうちっと締まる例えは出来ねえのかよ...。)

 

「ふむ、宦官共の牙城は余りにも堅固。

 打ち砕くには、獣の武が必要...か。

 お前達も今宵は休むといい。

 この後起こるだろう騒乱に備えて、な。」

 

 自身の董卓に対する評価に、相変わらずの納得出来る様な出来ない様な例えを返した天の助に満足げな曹操。

 そして相変わらず、妙な遣り取りにげんなりした様子の夏侯淵。

 黄巾の乱以来となる懐かしさを感じる光景が齎すのは、間もなく洛陽で巻き起こる嵐の前の静けさか。

 或いはこれも、彼らを照らす焚き火の『揺らぎ』の効果故か。




 originsの甘寧は従来より精神年齢が上がった印象なので、拙作中でも本話の紫鸞に対してみたいなイケメン台詞を言わせていきたいです。(願望)
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