「大将軍の呼び掛けに従って、各地より諸侯が続々と集まっておる。
いよいよ宦官を一掃する機が巡ってきた訳だ。
そしてこれは、我らが力を示す好機でもある。
そうは思わぬか、曹操?」
大将軍・何進が中心となって画策された、都・洛陽に巣食う宦官の中心勢力『十常侍』討伐。
その決起直前となる段階での作戦の最終確認の場にて、発起人たる何進が姿を見せないのをいい事に_と言うと本人はむきになって否定しそうな場面で、自身へとそう声を掛けてきた旧友に、多分に呆れを含んだ息を吐きつつその声の主を窘める官軍の将_曹操。
お前は宦官と外戚の二の舞となるつもりか_と。
「不正を正すに、力を示す必要などない。
ただ宦官の罪を暴き、獄吏に委ねれば事足りる。
腐敗を焼き払う為の火も、大きくなり過ぎれば災いを齎そう。
袁紹、それが分からぬ程の愚物であったか?」
「ふん...相も変わらず、歯に衣着せぬ言い様よ。
旧知の仲とはいえ、多少の礼ぐらい示したらどうだ?」
「旧知の仲だからこそ言っている。」
曹操とて、袁紹を嫌っている訳でも彼の考えを真っ向から否定したい訳でもない。
外戚と宦官の衝突による権力争いと政治腐敗、それによって高まった政治不安が、黄巾の乱を代表する各地での乱の勃発を招く大きな要因となっているのは近年の歴史が証明している。
成程、漢王朝に仕える官吏として、その歴史を繰り返したくないと考えるのは至極真っ当な思考であるし、第二の十常侍を生み出さぬ為の抑止力が必要であるとの考えも理解は出来る。
しかしながら、漢王朝において不正を取り締まる警察担当に当たる尉官という役職が存在する現状、徒に軍事力を使った示威行為はいらぬ反発を呼びかねないだろう。
十常侍を筆頭として悪吏の印象が強くなってしまっている宦官の中にも、真面目に職務を全うし帝の為に身を捧げている者がいる事も事実なのだ。
そういった存在をすら一緒くたに弾圧してしまっては、『宦官でなければ出来ない職務』に支障をきたす可能性も十分に考えられる。
名族・袁家の名に違わぬ人を束ねる才覚を見せているからこそ、何進もまた彼に大きな信頼を寄せているのであり、故に彼には己の言動にこれまで以上に責任が伴う事を認識して貰わなければ困るのだ。
順調に事が運んだ場合、今後何進を補佐していく若手官吏を束ねる立場をも求められるであろう故に。
曹操も彼の人を惹きつける人柄を認めているが故の忠言なのだが、彼が都合の悪い事に耳を塞いでしまうきらいがある事もまた理解していた。
「まあ良い。それよりも大将軍よ。
我らとの会談を放って、何処へ行かれたのだ?」
「お二方、失礼致します。
義父・王允の言伝を預かって参りました。」
旗色が悪くなった故だろうか、袁紹が話題を自分達が待つ何進の居所へと移した時であった。
機を見計らっていたかの様に、彼らの協力者_王允の養女である貂蟬が、現在彼女の義父の食客となっている武芸者_紫鸞達四人を伴ってやってきたのだ。
用件を問えば、何進が
「何っ、宮中に...!?
宦官共の巣窟に自ら飛び込むとは...。」
「罠であろうとも詔とあらば逆らえまい。」
十常侍もまた、何進が自分達を排除しようという動きを本格化させているのは当然の様に把握していたのだろう。
対何進の為に彼らが打ってきたのは、正しく自分達の立場を存分に利用する策であった。
未だ幼い新帝・劉辯、もしくは彼の母であり何進にとっての妹である何太后に言い含めたのか、何れにせよ曹操の言う通り、罠だと分かっていながらも帝の名を出されては如何に大将軍と言えど逆らう事は出来ないだろう。
紫鸞達も王允から今の話を聞き、すぐに動けるようにと貂蟬に同行してきたのだという。
一同が感じる嫌な予感が的中する前に、急ぎ支度をせねば_そんな焦りを見せる袁紹の表情は、次の瞬間には驚愕のあまり硬直してしまった。
「た、大変です!
何進様が、宮中で宦官の手に掛かり...!」
「なんという...。」
「考え得る中で、最悪の事態となったか...。
と言え、既に事は動き出してしまった。
今になって引き返す事など出来ん、呆けている場合ではないぞ、袁紹。」
「うむ...やるぞ、曹操。
何進殿に代わり、宦官共を成敗する!!」
事態は人の感情など無視して進んでいく。
曹操からの活によって思考を取り戻した袁紹の号令により、兵達が宮中へと駆けた。
玉座の間に血しぶきが飛ぶこの後の未来、帝の手を掴むのは果たして誰となるか。
「帝を惑わし、私欲で政を動かす十常侍...。
今こそ奴らを討ち果たし、世を正さん。
亡き大将軍の遺志を継ぐのは我らぞ!
帝を奸臣の手からお救いせよ!」
「ひぃっ、な、なにご...うわぁぁぁぁ!!」
袁紹の声を合図に、十常侍討伐の号砲とでも言うべき十常侍の一人_
兵士達が丸腰の文官相手に何度も槍を突き立てる様は、正しく彼らが買ってきた恨みが相当のものである事を示していた。
「...なんつうか、大将軍さえ殺っちまえば自分達の勝ちだと思ってた様な無警戒振りだな...。」
「うむ、余りにも脆い...。
襲撃があるとは思ってもいなかったのだろう。」
「だが、ここは奴らの庭も同然。
警戒を怠ってはなるまい。」
程曠の死に様は、天の助が零した言葉通りに衛兵を呼ぶといった抵抗をする間すらも無い無惨なものであり、いっそ気の毒にすら思えてしまう程に呆気ないものだった。
彼が何進の謀殺を知らなかった故の無警戒振りと考えれば、一応の納得はいくものの、曲がりなりにも権力争いを続けてきた者達がこの様な情報伝達の不備を晒す事には違和感がある。
何進殺害が、十常侍側にとっても不測かつ緊急の手段だったのか、はたまた程曠が捨て駒とされてしまったのかは定かではないが、この状態が玉座の間まで続くと考えるのは楽観的に過ぎるだろう。
果たして、そのまま歩みを進めた一行は、程なく現れた広間を固く閉ざす扉によって足止めされてしまった。
「むう、扉が閉ざされているか。
玉座の間は目前だというに...!」
「有事に備え、城内には隠し通路がある...。
義父が、そう申しておりました。
紫鸞様...。あなたならば、それを見出だせるでしょうか。」
帝の安全を確保する為に一分一秒も惜しい現状、突破の困難な障壁に歯噛みする袁紹。
緊急時故に門を破ろうにも、この事態の急変故に丸太など用意出来る筈もなく、周囲の配下に当たらぬ様に自身を抑えるのが精一杯という事だろう。
そんな八方塞がりの中で、貂蟬が義父から聞いていたという情報を明かした。
見えないものを見、知り得ぬ事を知る_その眼を持つ存在へと注目が集まる中、その眼の持ち主_紫鸞は徐に向かって左側の壁を調べ始める。
「その壁の向こうに、か?」
「ああ、恐らくはな。
僅かにだが空気、つまり風がこの壁の向こうから流れている。」
ぬー$の戦士からの言葉に応えた紫鸞の推測通り、彼が壁に巧妙に隠されていた窪みを押すと、空気が抜ける通り道_即ち隠し通路が姿を現した。
「凄えな...やるじゃねえか、紫鸞!」
「情報通りだったな。
王允殿は、宮廷の事情によく通じていらっしゃる。」
「宦官と言えど、知る者は少ないそうです。
隠し通路は、きっと私達に有利に働く筈。」
『霊鳥の眼』を初めて目にする甘寧が紫鸞を称賛する横で、曹操と貂蟬とが王允の掴んでいた情報について言葉を交わしていた。
宦官ですら、それこそ曲がりなりにも生前の霊帝からの寵愛を受けていた張譲ら十常侍の中心人物ですら知らない情報を何故彼が知っていたのか_二人はその疑問を共に抱きながらも口にはしなかった。
貂蟬の言葉通り、まずはこの自分達が有利となる状況を最大限に活かさねばならないのだから。
「城内の兵は十常侍共の言うがままか...。
帝をお捜ししたい所だが、厄介だな...。」
自分達に敵意を向けている兵士達の姿に、改めてこの宮中における十常侍の影響力の大きさを感じ取る袁紹。
隠し通路を抜けた彼らはそのまま一息に帝がいる筈の玉座の間へと到着したものの、そこは既に帝どころか人っ子一人いないもぬけの殻となっていたのだ。
何進を害すればすぐにその仲間がやってくると分かっていたのだろう。
せめてまだ洛陽の城内にいる事を願うばかりという中で、十常侍もまたこうして兵を動かしている辺り、彼らもなりふり構ってはいられなくなったという事か。
「今は、十常侍共の討伐を急ぐべきだろう。
ここは、二手に分かれた方がよい。」
「うむ、異論はない。
曹操、お前は西を。私は東を受け持つ。」
取り急ぎ行動指針を決めたい一行故に、曹操からの提案を袁紹もすぐさま受け入れる。
帝と残りの十常侍、両方の捜索を並行して進めなければならない現状、より効率的な行動が求められる故であった。
その中にあって、紫鸞達にはどちら側に進むべきか、或いは自分達も二手に分かれるべきかの迷いが生じる。
宮中の地理に不明である点は、同行している貂蟬や曹操、もしくは袁紹らの存在によって緩和出来るとして、この四人の中でも特異性を発揮している紫鸞をどう差配すべきかが一番の焦点と言えよう。
現状唯一の『隠し通路を発見出来る存在』である彼の力を有効活用する為にも、東西において捜索範囲の広い方へと彼を向かわせたい所だ。
「すまない、自分達はどう動けば...?
やはり捜索範囲の広い方へと参加した方がいいだろうか?」
「ふむ...さらば紫鸞、お前は夏侯惇と共に東へ進め。
あちらは宝物庫を初めとして建物が多く、隠れる場所には事欠かん。
逆に
「あっ、はい...。」
「...孟徳、最早お前が天の助に拘る理由は問わん。
だが、せめて東西に分ける理由位は説明してやれ。
こいつらとて、俺達よりもお互いの方が連携が取りやすいのは分かっているだろう?」
紫鸞からの問いに、曹操は端的に指示を出すものの、流石にこれだけでは紫鸞達も納得が出来ないだろうと考えたのか、若干呆れ気味に夏侯惇が助け舟を出した。
彼自身が語った連携の問題だけで言っても、彼らと共闘するのが初めてとなるぬー$の戦士と甘寧の存在から、紫鸞達だけでなく彼ら自身にも降り掛かるものだ。
言及の無かった二人は委任、実質紫鸞と共に東へ進ませるとしても、やはり天の助のみに同行を求める意図は不明瞭なままである。
「ここより西に進むと、『太平道学』がある。」
「えっ?」
「ああ、黄巾共が暴れていた頃に陛下が建立された...。
だが、あれは確かこじんまりとした学堂だった筈だ。
あんな場所に逃げ込む奴が...成程、そういう事か...。」
「十常侍が逃げ込んでいれば討てばよし、しかし仮に陛下が連れられているとなれば話が変わる。
狭小の場において陛下の御身の安全を確保するには、心太の変幻の体躯が必要と踏んだまでだ。」
曹操が言及した学堂の存在は、当然袁紹も把握していたのだろう。
宮中の建物の中では一際小さく狭いものであるらしく、態々自分から逃げ場を無くす様な所に逃げ込むだろうか、と考えた所で彼も曹操の意図を察したようだ。
あんな場所に逃げる者などいない筈_そんな追手の思考を逆手に取る者の存在をどうして否定出来よう。
加えて、曹操の頭脳にはその場所に帝が連れ込まれていた時の対応策までもが準備されていた。
成程、空間が狭ければどうしても一度に進める人数は限定され、その状況下で万が一皇帝を人質に取られれば、無闇に武器を振るう事は憚れる。
建物外に増援を呼ばれ、逆に挟まれてしまうなど冗談でも笑えない状況だ。
そこで曹操が目を付けたのが、変幻自在の天の助の体躯であり、それによって帝の身の安全を確保しようという事だろう。
その弁に袁紹も膝を打つ様な反応を見せる中、件の建物を知らないらしい紫鸞達は、どうにもその建物の名が気になっている様子だが。
「あ、あの...今の『太平道学』っていうのは...。」
「今言った通り、先代の霊帝が建立された『太平道』なる教えの学堂だ。
尤も、その建立の裏には間違いなく宦官の息が掛かっているだろうがな。
それがどうかしたのか?」
「どうしたっていうか...その...。
その『太平道』って黄巾の太平道なんじゃないかな〜、なんて...。」
「っ!?
な、何故それをもっと早く言わん!!」
「落ち着け、袁紹。
この者らがあれを知ったのは今だ...責めるのは酷だろう。
しかし...その符合を見出すとは、流石は心太よな。」
「先の情報のみでそこに辿り着かれるなんて...。
各地での戦いの日々が、あなた方の洞察眼を磨き上げた、という事でしょうか...。」
「なあ、洛陽にいる奴らってのは皆幻術にかかってんのか?
それとも馬鹿ばっかなのか?」
『太平道学』と黄巾党の太平道、そして十常侍の中に黄巾党との内通者がいたとの情報、これらを並べれば子供でも気付きそうな事を恐る恐る天の助が語ると、何故か曹操や袁紹らの顔は驚愕の表情に変わってしまった。
彼らに冷たい視線を送る甘寧の疑問に応えてくれる者は、当選存在しなかった。
このまま一話で収めようとしたら一万文字位いっちゃいそうなので、一回ここで区切ります。
『太平道学』の所は、当初は太学やら鴻都門学やら元初学宮やら、実在のものを絡めてみようかと思って調べてみたのですが、地理的な問題だったり規模が拙作中の描写と合わなかったりした為、断念してオリジナルでギャグに。