真・三國無双ORIGINぬ   作:モドラナイッチ

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第三十九話:儚き願い

 現在、食客として王允の元に身を寄せている武芸者_紫鸞は、目の前で繰り広げられる光景に困惑していた。

 

「ほう、成程そう来ますか...では...。」

 

 一見すれば紫鸞の前にいる二人の人物_彼の仲間であるところ天の助と、この日王允を訪ねてくる事を報されていた客人なのだろう男性は現在、何の変哲もない碁を打っている様に見える。

 そんな碁盤を共に囲む男性の打った黒い石に対して小さく唸った天の助は、何と直前に置かれた男性の石の位置を勝手に一マス動かすと、何事もなかったかの様に自らの白い石を打ち込んだのである。

 

「何という妙手...!」

 

 妙手ではなくルール違反である。

 その筈なのだが、対戦相手の男性が指摘するどころか天の助の一手に嘆息する有り様に、紫鸞は自分の知らない独自の囲碁だろうかと思考を放棄してしまった。

 そもそも、何故二人が碁盤を囲んでいるのかを疑問に感じるべきだと思えるが、彼も大概感覚が麻痺してきているのだろうか。

 

「...失礼。

 天の助、そちらの方は?」

 

 兎も角、これ以上客人をバカの奇行に巻き込むのは忍びないと考えた紫鸞は、男性に対して断りを入れつつ、その素性を天の助へと問う。

 

「さぁ?

 ここで突っ立ってたから、相手して貰ってたんだよ。

 新しい戦術を試そうと思ってな。」

 

「そう言えば、まだ名乗っておりませんでしたね...。

 俺は荀公達...王允殿とは、面会の約束を。

 必要なら、書状もお見せしますが。」

 

 相手の素性どころか、来訪の目的すら聞いていなかったバカへ向ける目を細めつつ、紫鸞は男性_荀攸へと案内する旨を伝える。

 

「おっと、つい夢中になってしまい、本来の目的を忘れる所でした。

 しかし、天の助殿の『石ずらし』...何とも画期的な打ち方です。

 機会があれば、是非もう一度。」

 

「おう、こっちこそ公達殿の手は参考になったぜ。

 またやろうな!」

 

 奇行によるものか、妙に打ち解けた様子の二人を無視し、紫鸞は荀攸への先導を始めた。

 決して巻き込まれるのを嫌がった訳ではない。

 

(あの帯は...。)

 

 故に、荀攸の視線が自身の腰元の赤い帯に注がれている事にも、残念ながら気付く事はなかったのである。

 

 

 

「失礼致します、王允殿。

 この荀公達、お目通りが叶い、恐悦至極。」

 

「おお、よくぞ参られたな荀攸殿。

 近頃は董卓の手の者による監視が益々厳しくなっておるが、無事に来られた様で何より。」

 

 自身への訪問の約束をしていた人物_荀攸の声に、王允は彼が無事に自身の元に辿り着いた事実を認め、窓の外へと向けていた視線を声のした方へと向けるべく体を向け直す。

 

(って、絶対無事じゃなーい!!!?)

 

 体を荀攸と正対させる直前、王允は体の動きを急停止させる事に成功し、同時にその驚愕の表情を荀攸に晒さずに済む事が出来た。

 彼の額に巻かれた布、何の変哲もない様に見えるそれには、『オセロ』なる謎の文字が刻まれている故の反応である。

 

「では、王允殿。

 不躾ながら、早速話を始めさせていただいても?」

 

(普通に話を進めようとするだと!?)

「...構わぬ。

 それで、折り入っての相談とは?」

 

 謎の布についての自覚がないのか、はたまた彼にとってはこれが普通である故なのか、早速『相談』を始めようとする荀攸に内心の動揺を察せられぬよう、体の向きを変える事なく王允は話を続けるよう促す。

 

「では、率直に。 王允殿、決起を。」

 

 簡潔に語られたその内容は、確かに『折り入って』と言って差し支えないものであった。

 決起、即ち現在都を牛耳る悪逆の徒を誅滅せよという事である。

 

「確かに、近頃の董卓の専横は目に余る。

 しかし、如何にしてあの男を止めよというのだ?」

 

 董卓を討つ_その考え自体は、心ある者ならば諸手を挙げて賛同するだろうというのが、今の洛陽の現状であった。

 当初こそ、董卓配下の賈詡とぬー$の戦士達との先晩の会話然り、朝廷に巣食う『癌』と呼ぶべき悪吏達の粛清が目立った董卓の采配は、苛烈ではあるものの一概に否定し難い行いであった事もあり、結果として十常侍討伐に参加した曹操や袁紹といった反対勢力に成り得る者達の勢いを殺ぐ事となったのだ。

 十常侍を含めた宦官に対する溜まりに溜まった民衆の不満、それらを討った曹操達と帝の身柄を確保し洛陽へと連れ戻した董卓が、内情を知らぬ者達から見れば同じ『官軍の将』であるという事実も重なり、民心が急速に董卓軍へと集まってしまった事も大きいだろう。

 事実、董卓の洛陽入りから二週間が経過した頃には、洛陽から犯罪者が消失してしまった程だ。

 意図したものかは兎も角、処刑された宦官や旧宮中衛兵らが見せしめの役割を担った故だろう。

 

 だが、当然董卓がそこで止まる筈もなかった。

 『掃除』が済んだ所で、彼は紫鸞達への宣言通りに漢王朝の権威を喰らうべく動きを見せる。

 手始めに彼は三公の一つである司空_土木・治水・建築事業を担当する最高官僚に就任すると、朝廷に残った『癌』_即ち外戚の旗頭と成り得る何太后の排除に取り掛かる。

 太后が予てより亡兄・何進と十常侍らとの間を取り持ってしまった事が、朝廷の腐敗を加速させたとして彼女の権力を剥奪。

 更に彼女の亡夫であり先帝である霊帝の母・董太后に対し、自身の息子である劉辯を帝とするよう後押しを迫ったとして、少帝・劉辯の帝位の正当性を否定、彼を廃して弘農王とすると、陳留王・劉協を新帝_後の献帝としたのである。

 この後、司空と同じ三公にして最高軍事長官である太尉の座に就任すると、洛陽の軍事力を完全に掌握。

 直近では、この時代には置かれていなかった三公の更に上に当たる相国を自称、朝廷内で靴を履いたままの昇殿や帯剣を行う等、傍若無人と言う他ない振る舞いだ。

 これらの動きと並行し、并州刺史にして董卓と同じく十常侍討伐の為に洛陽に召集されていた丁原を暗殺、彼の軍勢と共にその配下の猛将を引き入れたとの話も届いており、これでは王允でなくとも『どうやって止めればいいのか』と言いたくもなるだろう。

 事実、袁紹は董卓の勢いが止められぬと判断し、自ら洛陽を離れる決断を下している。

 

「承知しています。

 ですが、この布を俺に渡してきたところ天の助殿はこう申しておりました。

 『王允殿は、董卓を葬る術を持っている』と。」

 

「彼が...。

 時に、その布の文字はどういった意味なのだ?」

 

 尚も視線を合わせない王允に対し、荀攸は頭に巻いた布を渡してきた人物の言葉を引用し、董卓を止める術は他ならぬ王允自身の手にあると語る。

 そこで出てきた名が意外なものであった故でもあるだろう。

 天の助が荀攸に渡した布の文字、そこに彼の意図が隠されている事を感じた王允は、その文字の意味を問う。

 決して荀攸が来てからずっと気になっていたからではない。

 

「はい、別れ際でしたので意味までは聞く事が出来ませんでしたが、これで『おせろ』と読むとの事です。

 王允殿には、何か心当たりが?」

 

「『おせろ』...、ふむ...。」

 

 残念ながら、双方共にその音に聞き覚えは無かった。

 文字そのものが読めないものであった事実からも、それらの音に当て字をする形で意味を類推していく。

 

「単純に考えるなら、『お』は弘農王の王、『せ』は背...即ち御身を、『ろ』は虜...即ち囚われの身であるという意味でしょうか...。

 確か、王は何太后と共に幽閉されていると...。」

 

「...或いは、『ろ』は髏かもしれぬな...。」

 

「なっ...、そんなまさか...!?」

 

 自身の推理に対する王允の反応に、荀攸はその意味をすぐさま理解し、それが事実である可能性を考え驚愕する。

 髏、即ち弘農王と恐らくは共にいる何太后とが、亡きものとされる事となる故に。

 

「もしそれが本当なら、尚の事猶予はありません...!

 それにあの食客_『太平の要』を使うという手も...!」

 

「... すまぬが、事はそう単純ではないのだ。

 今日のところは、帰ってくれ。」

 

「王允殿...。」

 

 天の助の、そして荀攸の語る『手』については王允自身も重々承知している。

 養女は、こういった事態に対処する為に育ててきたのだ_と。

 今しがた出てきた懸念が事実であった場合、荀攸の言う通り迷っている暇など無いのも事実だ。

 にも関わらず、彼の要請に即答出来ない自分自身への情けなさに、王允は眉間に深い皺を刻み込む。

 そんな彼の全ての事情を把握していない荀攸には、それ以上の掛ける言葉が見つからなかった。

 

 

 

『彼女の本当の願いを引き出してやれ。

 それが出来るのは、お前だけだ。』

 

 王允の屋敷から少しばかり離れた街角、彼の養女である貂蟬に呼び出された紫鸞は、彼女との集合場所へと向かう傍ら、出発前に掛けられたぬー$の戦士からの言葉を思い返していた。

 客人である荀攸と王允との会談は然程時間を掛ける事なく終了したようで、二人が何を話したのかは明らかではないが、その内容に関する事なのか、はたまた別件についてなのか王允は今度は天の助・ぬー$の戦士・甘寧の三人を自室へと呼び出したのである。

 義父から三人へとその旨を伝えた貂蟬は、恐らく同時に受けたのだろう『義父からの指示』に手を貸してほしいと紫鸞に声を掛けたのだ。

 貂蟬の側が、義父から三人へと話す内容を把握しているかは不明だが、少なくとも『自分達には聞かせられない内容』である事は察せられた故に、紫鸞もまた彼女の頼みを了承した。

 

(本当の願い、か...。)

 

 彼女は以前、自らを『腐敗を断ち切る為の剣』と考えている、と語っていた。

 その事は三人にも共有しており、その上での文脈を考えると、彼らの言う『本当の願い』とは貂蟬の『私人としての願い』と考えるべきだろう。

 そうなると問題は、自身がその願いを聞き出す事が出来るのか、そしてそれを叶える事が彼女の幸福に繋がる事なのかであると紫鸞は考えるものの、当然ながら彼が一人で考えた所で答えなど出る筈もない。

 

「ああ、紫鸞様。

 来て下さり、ありがとうございます。」

 

「ああ...いや、気にしないでくれ。

 それで、義父君から受けた指示というのは?」

 

 集合場所への距離を鑑みれば、答えどころか願いの引き出し方すら見出だせる筈もなく、自身の姿を認めた貂蟬の声に対し、若干呆け気味に応えてしまった紫鸞。

 そんな彼の姿に小さく笑みを零しつつ、彼女は『指示』の内容を語り始めた。

 

「ふふ、それでは早速。

 一つ、私の我儘を聞いていただきたいのです。」

 

「...我儘?」

 

 それだけでは要領を得ない事に加え、『我儘』という単語が彼女の口から出てきた事を相当意外に感じたのだろう。

 素っ頓狂な返事となってしまった事に申し訳なさそうな表情を見せる紫鸞だが、彼女の方もまた自分に似合わない台詞である自覚があった様で、それを気にする事なく言葉を続ける。

 

「はい、我儘でございます。

 こんな事をお願いするなんて、初めてで...。

 何だか、緊張致しますね。

 実は、少し街でも歩いてくるように...と義父に申し付けられたのです。

 ですが、街をそぞろ歩いた経験など無く。

 何処へ足を向けたものか、途方に暮れておりました。」

 

「成程...。」

 

 散策の経験すら無いなど、どんな箱入り娘でも流石に有り得ないだろうと思える様な言葉だが、それは恐ろしい事に事実であるのだろうと思える強い感覚が紫鸞にはあった。

 他ならぬ彼自身も、記憶を失う以前からそういった人間だったのだろうと考える故に。

 彼女が幼少期を過ごした『里』では、訓練の時間を差し引いても移動範囲は限られたものであったろうし、王允と共に街を歩く際も、その意識は護衛へと傾いていただろう事は想像に難くない。

 

「分かった。

 とは言え、申し訳無いがこちらもそういった経験に乏しい事は先に伝えておきたい。」

 

「...ええ、ありがとうございます。

 それでは、早速参りましょう。」

 

 

 

 紫鸞と貂蟬が出発したのと同じ頃、王允の私室には彼に呼び出された三人が集まっていた。

 彼が信頼する家人によって、既に余人は遠ざけられ、正に密談と呼ぶべき状況になっている。

 その部屋の雰囲気、先頃この屋敷を訪れていた荀攸と彼との会談の内容、そして紫鸞と貂蟬を分かりやすく遠ざけた事実に、三人も自然とこれから彼が話す内容が気軽に話せるものではない事を察し、空気を重たくしていく。

 

「そなたらに話しておかねばならぬ事がある。

 わしが元々官吏であった事は、以前にも話した通り。

 刺史として、政に奔走してきた。

 長らく...漢室に忠を尽くしてきたのだ。」

 

 そんな重たい空気の中、手始めに王允が語った内容は三人にとっても既知の情報であった。

 後半の内容に関しては、彼自身が言わずとも、彼を知る者の多くが同じ様に話すものだろう。

 話者の眉間に皺が寄ってなどいなければ、何と言う事はない内容である筈だが。

 

「しかし、それは表向きの話。

 わしにはもう一つ、役目が与えられておった。

 間者や刺客の類いを使い、叛徒や政敵を排除するという役目がな...。」

 

「...爺さん、あんた一体何もんだ...?」

 

「貂蟬殿は、あなたが宮中の隠し通路の存在を知っていると語っていたが...。

 それもその役目と関係がありそうだな...。」

 

「うむ、朝廷ではありふれた事よ。

 貴人は決まって、己に代わり手を汚す者を必要とする。

 態々、そうした者を育てる里もあるのだ。

 山奥や谷底の様な、人の目につかぬ土地にな。」

 

(成程...、そりゃああの二人には聞かせられない訳だ。)

 

 王允が明かした裏の顔_朝廷の暗部を司っていたとの話に、三人も最初こそ目を丸くしたものの、一方でこれまでに得た情報から納得する部分があったのだろう。

 彼の続く言葉を遮る事はなく、寧ろ彼がこの情報を明かす上で紫鸞と貂蟬_即ち彼が使い、そして場合によっては排除してきた者達と同類の存在を遠ざけた理由に得心がいった様子だ。

 扱い方を間違えれば、彼と養女との親子関係が崩壊しかねないものである故に。

 

「聞くに、隠密を生業とする者達が、密かに頭領として仰いでいた組織がある。

 それが『太平の要』...。

 属する者達は皆、赤き帯、霊鳥の帯留めを身に着けていた。

 紫鸞と同じ様にな。」

 

「はあん、成程...。

 あいつのあの身のこなしはそういう訳か。

 おめえらは、その事を知ってたのかよ?」

 

「その組織にいたって事と、あいつの故郷の里の位置はな。

 あの帯に反応する様子が無かったから、お前さんには余計な先入観を与えたくなくて黙ってたんだが...。」

 

「知っての通りあいつは記憶の殆どを失ったままだ...。

 朧げながら、あいつ自身は外から里に入ったという記憶があるらしいが、そうなるといつからどの程度の期間を過ごしていたのかすら定かではない。」

 

「肝心のあいつ自身が分かってねえ事を、他人が話せる訳もねえって事か...。

 あんたはその『太平の要』とかってのを詳しく知ってんのか?」

 

 紫鸞の素性を初めて知った甘寧が、同じ情報を受け取った二人がさして驚いた様子がない事から、それを既に把握していたのかと問えば、二人の方も素直に『太平の要』についての簡単な情報は知っていた事、そしてそれが例え仲間であっても簡単に明かす事が出来なかった事情を説明する。

 王允の様に、彼の素性に心当たりがある者ならば自ずとあの帯に対して反応が見られる筈であり、逆に甘寧の様にその組織自体を知らない者にまで徒に情報を明かしてしまえば、互いを知る前から相手に警戒感を与えてしまう事だろう。

 事実、甘寧も『腕の立つ武芸者』と『暗部養成施設によって訓練を受けた暗殺者』とでは、同じ人間に対しての印象がまるっきり異なってしまう事に理解を示している。

 

「残念だが、わしも彼らの里を訪れた事もないのだ。

 語れる事は、精々その成り立ち位か。」

 

 そう言って王允が語った内容も、厳しい言い方をすれば資料を見れる立場の人間であれば誰しもが手に入れる事の出来る情報であり、紫鸞の過去_特に交友関係や彼の人となりを探る手掛かりと成り得るものではなかった。

 漢の高祖・劉邦と共に戦ったという侠客を祖とする刺客達であり、妖術をも操る神兵だったとも言われる。

 にも関わらず、彼らは功を誇らぬ事こそを誇りとし、敢えて影働きに徹する集団であった故か、史書にも殆ど姿を現さず、全貌を知る事は困難_というのが語られた内容であるが、それを紫鸞に伝えたとしても何の記憶も呼び起こさないだろう事が容易に想像出来る。

 

「記憶の事はわしも貂蟬から聞いていた故な。

 あの子には不要な話をすべきではないと止められたが...。

 今話した事とこれから話す事を考えれば、片方についての情報のみを秘しておくのは、二人に不誠実であろう。」

 

 そこで一度言葉を区切った王允の目は伏せられ、ここにいない二人の内の残る一人_養女である貂蟬についての秘密を明かす事を、口を再び開く最後の瞬間まで躊躇している様に見えた。

 

「...貂蟬の生い立ちは聞いたな。

 あの子の育った里は、大火事で滅びたのではない。

 このわしが焼いたのだ。

 朝廷に反旗を翻したが故に。」

 

(二人が互いに親近感を抱いているのは、二人もそれぞれ自身の過去を何となしに察している故か...。)

 

「... そして、帰る家を無くしたあの子に伎芸を仕込み、剣として研ぎ上げてしまったのも、このわしよ。」

 

「...で、それを俺達に話して、あんたはどうしたいんだ?

 俺達に何をしろってんだ?」

 

「彼女に代わって自分を罰してほしいなどと言うつもりなら、俺はあなたを心底軽蔑する。」

 

「... わしには、貂蟬を一人の娘に戻してやる事は出来ぬ。」

 

「だから俺達に何とかしてくれってか?

 あの子の本音を聞き出す事すら紫鸞任せ...よくそんなんで親を名乗れたもんだな...!」

 

 自分で貂蟬の故郷を滅ぼしておきながら、いざ彼女を暗殺者として使うべき状況を目の前にして情けない言葉を吐き続ける王允に、三人は遠慮なく痛烈な言葉を浴びせていく。

 親としても、漢の忠臣としても半端としか言えない振る舞いである事を自覚する故だろう。

 それらの言葉をただ黙して受け止めていた彼は、一度場が静寂に包まれると、徐に自身の傍らに置いてあった木箱の中身を取り出し三人の前へと並べていった。

 

「...どういうつもりだ、こりゃ?」

 

「これは...『五麺』か...。」

 

「えっ?」

 

 並べられた五枚の皿、それに載せられた麺に、甘寧は意図が読めず馬鹿にしているのかとすら感じるが、その答えは何故か自分の横から飛び出してきたのだ。

 

「『五麺』...文字通り麺五人前に相当する誠意の謝罪って事さ。」

 

「何言ってんの?

 ってか、謝る相手俺達じゃなくね?」

 

「...あくまで俺達が尊重するのは彼女の意志だ。

 人として、あなたの行いを認めた訳ではない。」

 

「いや何でぬー$も納得してんの?

 えっ、これ俺がおかしいの!?」

 

 

 

「今日は、本当にありがとうございました。」

 

「いや、こちらこそ不慣れですまなかった。

 ...少しは気晴らしになっただろうか。」

 

 周囲の意味不明な言動に甘寧が困惑している頃、渦中の二人は束の間の散策を終え、屋敷の近くへと戻ってきた所であった。

 事前の白旗宣言同然の申し出をしていたとは言え、自分の様な面白みの無い人間と出歩いて楽しめただろうかと不安と申し訳なさを感じさせる紫鸞の姿に、貂蟬は思わず口元に手を当て笑ってしまう。

 

「ふふっ、申し訳ございません。

 けれど紫鸞様...自分と同じだと思える、そんなあなたとだからこそ、楽しい一時を過ごせたのかもしれません。

 ...今日の思い出があれば、私は何時までも強くいられます。

 例え、どんな苦難の中にあっても...。」

 

「...それが、君の覚悟なんだな...。」

 

 胸の前で握られた小さな手、己のそう遠くない未来がどうなるのかを悟ったかの様な悲壮さを感じさせる、美しい笑顔。

 そこから紫鸞が汲み取ったのは、同じ『戦士』としての己の使命を全うするという覚悟。

 私人としての望みなど、『剣』となった時に既に捨てていると言わんばかりの決意であった。

 ならば、彼が返す応えは一つのみである。

 

「君が戦うと言うなら、共に戦おう。

 君の願いが果たされる様に、全力を尽くすと誓おう。」

 

「... あなたは本当に、優しく、強い御方でございますね。

 混迷極まる都において、その瞳にはまだ希望の火が灯っているかのよう。

 私が今日あなたをお誘いしたのは、その言葉を聞きたかっただけなのかもしれません。

 ...これにて、失礼致します。」

 

 力強い宣誓、自身へと向けられる暁天の瞳と優しく柔らかい笑顔。

 それを見せられた事で、彼女は悟る。

 己が一人の女子でいられる時間は、何も背負う事なく彼の隣にいられる時間は、ここで終わりを迎えたのだ_と。

 

 

 

「また、こうして二人で歩きたいものですね。

 その日が事を、心から願っております。」

 

 背中を向けた彼女の呟きは、誰に聞かれる事もなく儚く消え去っていった。




 この辺の王允と貂蟬のお互いへの感情がすれ違っているのは、紫鸞と出会った事で『娘がまだ戦いを捨てる生き方が出来るかも』という甘えた考えを持ってしまった王允と、薄々と自分の過去と義父との関係を察しながらも、この辺もまた紫鸞と似た者同士なのか『今更そんな生き方が出来る様な器用な人間じゃない』貂蟬との相互不理解だったりするのかなとか思ってます。
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