「貴様らの命運は既に尽きている。
何をしようと、無駄な足掻きに過ぎん。」
自身を、そして自身に背中を向け走っていく仲間の後ろ姿を見遣りながらの『鬼神』の言葉に、ところ天の助は苦笑いを浮かべる。
少なくとも、自分一人では彼の言葉の後半に関しては否定のしようがない故に。
「そりゃそうかもな。
さっきの暗殺が失敗した時点で、あの御仁の勝ちって言っていいかもしれねぇ...。
俺だって、あんたに勝つどころか足止めになるかすら分からねえよ。」
天の助のその言葉に、『鬼神』は興味を引かれた。
勝てるとは到底思えない_これ自体は、彼と相対する者の多くが泣き言の様に零すものであり、彼自身も己の武が比類なきものであるという自負がある。
彼がこれまで出会ってきた敵も、逃げた三人の刺客の様に逃げ惑うか、もしくは彼我の実力差すら測れずに無謀な戦いを挑み、結果数合すら打ち合う事なく物言わぬ存在となるかの何れかであった。
それら有象無象の存在と比較すると、この謎の存在はどうだろう。
まず、実力差を弁えているという時点で愚か者ではない事は分かる。
先程彼を一時的に拘束せしめた摩訶不思議な技_それを加味した上での先の発言であるのだから、単純な弱腰などではなく、冷静に戦場における己の能力と役割を判断出来るのだと考えるべきだろう。
先の暗殺が失敗した時点で、戦略的な勝敗は彼の現在の主_董卓へと傾いたとの言を鑑みても、この謎の存在は自分の行動が『悪足掻き』にしかならないだろう可能性を承知の上で殿を引き受けた可能性が高い。
「ほう...。
そこまで理解していながら、何故俺の前に立つ。
全員で逃げた方が少しでも寿命が延びるだろうに。」
『鬼神』の問いに、天の助は頬を吊り上げる。
平時の自分であれば、彼の言葉に同意し一目散に逃げる場面である故の自嘲なのだ。
これでは貂蟬の『使命』という彼女自身を縛る言葉を否定出来ないではないか_と。
「俺にも『使命』ってもんがあるからさ。
文字通り、自分の命を使い倒してでも為さなきゃならねえ事があるんでね。」
彼の心を占めるのは、先程交わした友との約束。
都合数年は行動を共にしているというのに、未だにところてんを口にしようとしない『彼』に、ところてんの魅力を理解させるまたとない好機を逃す訳にはいかないのだ。
「残る刺客は二人だ!
門を閉ざせ!
呂布様の手を煩わせるなよ!」
「...行ったな。
...西棟と庭園には、既に手が回っているようだ。」
「夏侯惇らと落ち合う手筈は整えてある。
まずは何としても、宮城を抜け出すぞ。」
慌ただしく動く兵達を物陰でやり過ごした曹操、紫鸞、貂蟬の三人。
今の様に暗殺が失敗した場合を想定し、脱出地点として設定していた宮城南方の刑務作業場への出入り口には、夏侯惇ら曹操の配下にぬー$の戦士と甘寧が加わる形で待機している。
追手の目を盗む様に、まだ警戒網の構築が完了していない東側を通り逃走するとの曹操が示した方針に二人も頷くと、一行は十常侍討伐戦にて発見した隠し通路を活用すべく、宝物殿へと歩みを進めた。
「...ちっ、帝の兵たる我らを顎で使うとは...董卓め!
漢室を蔑ろにする奴こそ、罪人であろうに...。」
「おい、滅多な事を言うもんじゃないぞ...!
今の呂布様に聞かれでもしたら、俺達の首が飛びかねん...。」
「...先程も聞こえてきましたが、『呂布』というのがあの『鬼神』の名なのですね...。
味方の兵にすら、随分と恐れられている様子...。」
「うむ、さもありなんと言わざるを得ない存在感ではあったな...。
紫鸞、仮にお前が対峙したとして、勝算はどれ程あると見る?」
「...直接刃を交えた訳ではないから、確かな事は言えないが...。
少なくとも、普遍的に『猛将』と称される者が単独で対処出来るのなら...、『鬼神』などと呼ばれる事はないだろうとは思える...。」
(『武神を呼び醒ます術』...あの力なら或いは、とも思えるが...。)
曹操の問いに対する紫鸞の返答は、この三人の中で最も武勇に秀でる彼の言葉故に、『鬼神』呂布の脅威を如実に物語る。
言われた曹操にしても、確かに自身が信頼を寄せる腹心であり、『猛将』と称してよいだろう夏侯惇・夏侯淵ですら、自信を持って呂布を単独で討てるかと聞かれれば、断言は出来ないのが実情であった。
これに対し二人、特に夏侯惇は不満を示すかもしれないが、あの呂布の威風を直接目の当たりにした経験の有無は、どうにも埋め難い認識の相違を生んでしまうだろう。
答えた本人が思い浮かべたかつての張角との戦いで発現した力にしても、あれ以降の再発動が叶っていない故に、とても当てには出来ない代物である。
「紫鸞様をして、そこまで言わせる程の...。
では、天の助様は...。」
紫鸞による呂布の評価に、今現在それと対峙している天の助を慮った貂蟬は沈痛な面持ちであった。
正味、暗殺の実行役が彼女でなかったにしても、呂布の存在を考えれば失敗していた可能性が高いが、やはり彼女の立場では天の助が自分達の身代わりとなった印象が強くなってしまうのは否めないだろう。
助け出された手前、『やはり自分があのまま捕まっていれば』などと口走るのは何とか堪えているものの、やり場の無い自責の念に苦しめられている事が窺える。
「そんな事より、先の会話を聞く限り董卓に反感を抱く兵もいるようだ。
切っ掛けがあれば、或いは...。」
「そんな事より!?」
「うむ。
確か、宝物殿の隠し通路を進んだ先に、牢獄があった筈。
心太の事は捨て置き、そちらを目指すとしよう。」
「捨て置くって言った!!!?」
漢達の戦いは続いていた。
「今年度の我が社の新商品、『ところてんのり玉弁当』について説明を始めます。」
そう口火を切った呂布、大きめの卓に並べられた椅子へと腰掛ける衛兵達、呂布と正対する様に卓の最奥側に腰掛ける天の助_その光景は、側から見れば異様と言わざるを得ない光景であった。
敵味方に分かれていた筈、などといった疑問など可愛いもので、一同は全員が現代のスーツを着用、呂布の背後には所謂ホワイトボードとそれに貼り付けられた『ところてんのり玉弁当』なる商品の資料、天の助達の前にもそれと同様の資料が置かれている。
彼らは今、会議室という戦場にて経営戦略という名の戦いを繰り広げていたのだ。
「昨今の情勢不安、各地での反乱活動の頻発といった問題を受けてか、ここ洛陽城内に限っただけでも、全住人の約六割がここ二ヶ月間で下痢や腹痛といった症状を複数回経験したとの事...。
商品開発にご協力いただいた元化医師によると、原因の一つとして日常的に強い心労が重なり続けた事が挙げられるらしく、所謂『百病は気に生ず』である、と。」
最初の切り口として、謎の商品開発の発端を語った呂布の言葉に、衛兵である董卓軍兵士達は口々に意見を交わしている。
洛陽内のみという限定的な調査ではあるものの、彼ら自身も街中の巡回中にその様な病人を目にした覚えはあり、先帝・霊帝の崩御から十常侍討伐までの短期間の変事の頻発は、確かに人々の精神を摩耗させる事だろうと思えた。
監修を担当したという元化なる医師がどの程度の人物なのかは定かではないものの、専門知識を持つ者の意見である事は事実であり、呂布の語った調査内容の信憑性が高いだろうという予測を助長させる。
尚、彼らの表情を見るに、自分達董卓軍の振る舞いも民衆の不安を煽っている一因であるという自覚はないらしい。
「そこで、我が社が全国での販売促進を狙うところてんを使用しつつ、健康食品として展開すべく開発したのが本商品になります。
ところてんの整腸効果によって患者の体調を改善しつつ、食欲が減退している方でも飲み込みやすい為、子供から大人まで幅広い需要が期待出来るものと考えます。」
「成程...。
確かに、『食わなければならないのに、喉が通らない』という状況はままある事だからな...。
話に出た病人だけでなく、疲れ過ぎてまともな食事が出来ない、という者に対しても需要が見込めるかもしれない。
社長はどう思われますか?」
続けて呂布が語った謎の商品についての説明に、役員の様な設定なのか衛兵の面々は手応えを感じた様子で頷く。
彼らの商品に対する謎の信頼は別としても、『社長』と呼ばれた天の助の希望を叶えつつ、販売を推し進める為の実利が明確である点からも、公私両面で期待を掛けるに相応しい存在と感じたのだろう。
後はこの場の最大権力の保持者がどう判断するか_呂布や衛兵達の緊張の色を含んだ視線が敏腕社長へと注がれるが。
「却下だ!
まずところてんをラインナップから外せ...。
冷静に消費者のニーズを考えろ!
売れる商品を作れ。
私情は全て捨てろ。」
「!!!?」
彼以外の面々の表情が、一様に驚愕のそれへと変わったのも無理からぬ事だろう。
平時から見せている彼のところてんへの愛着は、最早執念と言って差し支えない程であり、それを理解しているからこその新商品の開発であったのだ。
にも関わらず、その彼自身のところてんというある種の『枷』ともなっていた己の誇りを度外視する発言。
それを口に出した彼の顔は、正しく冷徹な現実主義者であり、所々に混じった聞き覚えのない単語の意味を確認する事すら許されないと思わせる気迫を感じさせたのである。
有り体に言えば所謂『大人』になった、少々失礼な言い方をするなら最早ところ天の助という人物の認識そのものが覆る変化とでも言えばいいだろうか。
昨日から今日までの短い間に一体何が_そんな疑問が一同の思考を支配するが、天の助と彼らはこの日が初対面であり、天の助の過去など何一つ知りはしない。
「もう一度企画から作り直せ!
二日でな。」
企画書を突き返され、呆然と立ち尽くす呂布。
どういう訳か、その脳裏には彼の幼き頃の記憶が甦っていた。
『待っで...まっでくだざい!!
父上!! 母上!!』
并州五原郡九原県_現在の内モンゴル自治区包頭市に相当する場所が、呂布生誕の地である。
その立地上、常に北方の異民族からの脅威に曝される場所であった。
それまで安全であった場所が、次の日も同じであるとは限らない_そんな環境の中においては、『力』こそが日々の明暗を分ける絶対の指標であり、それの前には例え我が子に対してさえ非情の決断を下す者達が後を絶たなかったのだ。
幼き呂布少年が必死に追い縋り、しかしそれに対して歩みを止める事のない彼の両親は冷たく語る。
お前の今の状況は、お前自身の行動の結果である_と。
『阿布よ...お前は先程、父に言ったな。
何故、理由も言わずに剣を握らせるのか、と...。
自分に理由のない人殺しをさせるのか、と...。
そして、戦わずに済む方法はないのか、と。』
既に息は上がり、荒い呼吸には血の様な匂いが混ざる中では、彼が父の言葉に対してまともな思考を働かせる事は不可能であった。
草原の中で、初めて木刀を握らされた中での、何の変哲もない疑問であった筈だったというのに、父はそこにこそ原因があると言わんばかりの態度であり、その隣に腰掛ける母もまた、父の振る舞いを止めようとはしない。
『剣を与える前に伝えた筈だ。
敵は我らを理由なく襲ってくる、と。
なればこそ、お前にも自分で自分を守る術を授ける、と。』
『ゲホッ...ゲホッ...。
だだがうっ...ただがいますがらぁ!!』
自身の言葉を息子が理解しているかどうか_最早それが意識の外であるとばかりに、彼の父が右手を翳す。
その手から感じられる感情は、息子の手を取ろうという親子の情ではなく、弱き者を切り捨てんとする断罪のそれ。
『!!!?
な、何だこいつら...。
馬...いや、羊...?』
『アル、パカ。
ナイ、パカ。』
呂布の行く手を阻み、そして周囲を囲う様に馬とも羊とも取れる様な毛深い動物が突如として出現する。
それらは彼の両親の様に少し高い所から見れば、彼らの家名たる『呂』の字の形に並び、謎の言葉を呟き続けているのだ。
『お前の本意を顕にするのは父でも...、ましてやお前の言葉でもない...。
我ら呂家に伝わりし、アルパカの蹄でパカパカする真拳によって見極める。』
『何ですかそれ!?』
『アル、パカ。
ナイ、パカ。』
謎の技に驚愕する呂布を他所に、呼び出されたアルパカ達は一様に呂布へと視線を向けると、謎の言葉と共に一歩一歩歩みを進め始めた。
それはさながら、日本の『かごめかごめ』と呼ばれる遊びにも見える。
『アル、パカ、ナイ、パカ。
アル、パカ、ナイ、パカ。』
一定の速度で呂布の周囲を歩いていたアルパカ達の歩みはやがて緩やかなものとなり、それは即ち、審判の時が近付いている事を意味する。
『アル...パカ...ナイ...パカ。
アル...ジェリア...ナイ...ジェリア。
ナイ、ナイ、ナイジェリア。』
『...残念だ。』
『何が!?』
両親の無念の表情、その理由を明らかにするが如く、アルパカ達はその体を呂布へと向け始める。
その光景に、これから自分がどんな目に遭うのかを察せない彼ではなかった。
『そんな...嘘ですよね...?
もう一度、もう一度!!』
『この世界に二度目は無い。
さらばだ、息子よ...。』
『アルパカーー!!!!』
『ぎゃああぁぁぁぁ!!!!
っていうか、アルパカの鳴き声適当過ぎだろーー!!!!』
「...。」
「どうした...返事も出来なく...っ!?」
反応を見せない呂布を訝しんだのも束の間、天の助が彼から一歩後方へと距離を取ったのは、正に本能的な判断故であった。
長年に渡って戦場を生き抜いてきた者として、そして今自分が感じ取った『力』と『同種のものをその目にした』者として。
(こいつは...、あの時の紫鸞と同じ...!?)
その脳裏に過ぎるのは、かつての友が見せた圧倒的な力。
張角の人知を超えた力すらも、まるで児戯と言わんばかりにあしらい、形勢をひっくり返してみせたあの衝撃的な光景は、その後の発動者の疲弊した姿も相まって、未だ彼の記憶に鮮明に焼き付いていた。
(...あれ...、何で俺、天井を見て...。)
そんな天の助の思考が中断したのは、突如として自身の視界があらぬ方向へと向いた故であった。
警戒の為に視界に捉えていた筈の呂布も、衛兵達もいる筈のない天井をいつの間にか見ている_そんな事実を彼が認識し、そしてその原因を把握するまでの一瞬が、彼にはまるでスローモーションの様にゆっくりと、見せつけられる様に映る。
(...ああ、成程...これが『鬼神』か...。
確かに、こりゃバケモンだな...。)
自身の上へ覆い被さる様に跳び上がった呂布、その漆黒の影を彼の人外の如き呼び名の由来かと考えた所で、天の助の意識は途絶えた。
「幻覚か...ふん、小賢しい真似を...。」
自身の鎧、そして自身が斬り伏せた『ところ天の助であったもの』の周囲に気絶した状態で倒れ伏す衛兵達のそれが、気付けば謎の堅苦しい服装から元に戻っている事実に、先程までの意味不明な遣り取りが全てところ天の助の掌の上であった事を悟る呂布。
成程、天の助の目線で考えれば、仲間の逃走を確実に成し遂げる為には、あの場で圧倒的な実力を感じさせただろう呂布自身は勿論、その周囲の衛兵達の足止めをも画策する事は理解出来る。
事実として、衛兵達に加えて呂布自身をも一定時間_少なくとも、足止めされていた時間が一瞬では把握出来ない程度には拘束せしめていたのだから、腹立たしい事ではあるがその有用性を認めざるを得ないだろう。
そんな考えに耽っていた彼の背中に、この場にいなかった者の声が掛かった。
「呂布様、ご報告致します!
戝めらが囚人達を解放し、それに呼応した反乱分子の動きによって、城内に混乱が...!」
「ふん、この俺を短い時間とはいえ捕らえてみせた事は誇るがいい。
だが所詮、お前の技は子供騙しに過ぎん。」
兵士の報告に応える様にその言葉と共に己の前で倒れ伏す者達へと背を向けると、呂布はゆっくりと歩みを進める。
兵士からの報告、この場所からでも聞こえてくる喧騒を鑑みるに、その下手人を確保する事は困難だろう。
城内の騒ぎを鎮める頃には、逃亡者達にも脱出されてしまっていると考えるべきだ。
そんな、自らを足止めした敵方にとっての功労者と言うべき天の助の働きに一定の評価を下しつつも、彼はそれを『あくまで子供騙しに過ぎない』と断じた。
自他共に認める無双の武を誇る呂布の認識をすら歪めてしまう技_しかしそんな強力な技を使いながらも、天の助は呂布に傷一つ付ける事がなかった故に。
それは即ち、真っ向勝負では太刀打ち出来ない呂布の首を取る絶好の機会をみすみす逃した事を意味するのだ。
それが彼の甘さ故か、はたまた何か別の目的が含まれているのかは定かではない。
ただ一つ言える事は、その命ある限り自分は何処までも進み続けるという事のみである。
倒れ伏した者達の姿が、かつての幼く弱い自分と重なった呂布が残した言葉は、そのまま彼が己の父に吐き捨てられた言葉と同じであった。
「大人になれない奴は置いていく。」
何で中国にアルパカがいるの、とか細かい事を気にしてはいけません。
拙作はそういう作品です。