真・三國無双ORIGINぬ   作:モドラナイッチ

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第五話:初陣へ

 幽州広陽郡_州都薊を含めた四つの県を要するこの地に展開する黄巾党を討伐すべく、劉備率いる義勇軍は陣地を築いていた。

 劉備、関羽、張飛の三義兄弟を中心に、遂に迎える事となった初戦に向け、兵の訓練、装備の拡充と可能な限りの準備をしてきた中で、彼らの初陣をより盤石なものとする存在が幕舎を訪れる。

 

「...気持ちは決まった。」

 

 そう語った無名の表情に三人は笑みを浮かべる。

 迷いの無い戦士としての面持ち、陽の光を反射し輝く剣が、彼の戦う決意を表していた。

 左手に謎の木箱_現代風に言えば、出前に使われる岡持ちとでも言うべき形状の箱を引っ提げているのが気になる所だが。

 

「うむ、よく来てくれた。」

 

「泣いてる奴らは見捨てない、か。

 悪くねえ。」

 

「義勇軍へようこそ、無名。

 大いに歓迎するぞ!

 所で...その...、天の助は...。」

 

「けっ、あの野郎、結局逃げやがったのか...。」

 

「よさぬか翼徳。

 我らは義勇軍、誰であっても従軍を命じる立場にはない...。」

 

 無名を歓迎すると共に、その隣にいる筈の者がいない事実から、張飛が思わず悪態を吐くが、それをすぐさま関羽が窘めた。

 あくまで自分達は有志によって集まったものであり、例えどれだけ親しい間柄であっても、参加を強制する権利は無い。

 尤も、指摘した彼自身の表情からは、どこかこの場にいない人物_天の助が来てくれる事を信じていた様な哀しみが見て取れた。

 そんな何とも言えない空気の中、無名が件の木箱を軍議台の上に置き、中身を取り出していくが。

 

「...無名、この皿の上のコレは一体...。」

 

「...天の助だ。」

 

「...は? この透明のがか?」

 

「確かに天の助も透き通る様な体ではあったが...。」

 

「おっ、着いたのか!

 大将達もおはようさん!」

 

「‼︎⁉︎」

 

 皿に盛り付けられた透明の物体_それが天の助だと言う無名の言葉に眉根を寄せる三人。

 彼の言が正しいとするなら、確かに幕舎を訪れた際に天の助の姿が無かった事との辻褄は合うが、そもそも何故こんな状態で運ばれてきたのか、自分達に何をさせたいのかが全く読めないのが実情だ。

 皿の上の物体から声が聞こえてこなければ、まだタチの悪い冗談だと言われた方が納得出来たであろう。

 

「お前...、本当に天の助なのか...?」

 

「もちのロンよ‼︎

 大将達の初陣の為に、天ちゃん体張っちゃったぜ‼︎

 さあ、皆で景気良く行っちゃってくれ‼︎」

 

「もちの...?

 ああいや、それより天の助。

 お前はこんな状態になって、俺達に何をさせたい?」

 

「何ってそんなもん食べて貰うに決まったんじゃねえかよ。」

 

「...なあ、この際おめえが人間と違うのは別に構わねえけどよ...。

 流石に今はふざけてる場合じゃねえってのは分からなねえか?」

 

「ち、違うんだって‼︎

 ちゃんとところてんには、良い所が有るんだよ‼︎」

 

 出陣が近い故の緊張と昂揚も重なったのだろう。

 天の助の理解不能な説明に口を尖らせる張飛だが、流石に天の助の方もこれ以上は制裁が下されると感じたのか、必死にところてんを食す利点を語る。

 ところてんとはテングサやオゴノリといった海藻類を煮溶かして固めたものであり、その性質上全体の九割以上を水分が占める為カロリーが低く、整腸効果が期待出来るのだ。

 

「つまり要約すると...、そのところてんとやらを食うと腹の調子が良くなるという事か...?

 そう聞くと悪くはないとは思うが、しかしなぁ...。」

 

「せめておめえの体じゃないやつを用意出来ねえのかよ...?

 流石に気味が悪いって...。」

 

「いつだってそう‼︎‼︎

 いつだってアナタ達は食べず嫌い‼︎‼︎

 食べればいいじゃない‼︎

 食べてみればいいじゃない‼︎」

 

 ところてんの特性を聞いて尚、食べる事を渋る一同に天の助が喚き立てるが、張飛の言い分は尤もだろう。

 そもそもこの場にいる誰も食べた事がないもの、しかも曲がりなりにも知人の肉体である。

 これで抵抗を示すなと言う方が無理があると言うものだ。

 

「仕方あるまい。

 ここは代表して拙者がいただこう。」

 

「雲長さん素敵‼︎」

 

「兄者、正気かよ⁉︎

 これから戦なんだぜ⁉︎」

 

「過日、天の助が兄者に渡した『義太』の中身も同じものであろう。

 さすれば、体を害するものではなかろうて。

 では天の助、失礼いたす‼︎」

 

(...と言うか、それこそその『ぎふと』ってので食べればいいんじゃないのか...。)

 

 このままでは埒があかないと考えたのだろうか。

 周囲の静止を振り切り、関羽が決死の表情と共にところてんを食べ始める。

 この時点で既に食事という概念から逸脱している気もするが、他の皿に残された天の助からはとても満足げな声が聞こえてきた。

 

「うっ、う...、う...。」

 

「お、おい雲長⁉︎

 大丈夫なのか、おい⁉︎」

 

「うまい‼︎」

 

「...ま、待てって兄者‼︎

 ぶん殴りてえのは分かるが、それはやっちゃ駄目だ‼︎

 ...おい無名、剣は洒落になんねえから勘弁してくれ‼︎」

 

 そんな中、突如として苦しみ始めた関羽の様子に、劉備は勿論の事、ここまで静観を保っていた無名も慌てふためく。

 やはり、得体の知れないものを口に入れさせるべきではなかった_そんな周囲の思いを裏切る様な彼の言葉、その腹立たしい笑顔の直後には、まるで真逆の反応になってしまったが。

 ここで張飛が冷静だったのは、他者の怒りの表情を見せられた故だったのだろうか。

 

「ふむ、しかし天の助よ。

 おぬしの体は茘枝(レイシ)だったのだな。」

 

「れ...、えっ、何...?」

 

「茘枝だ。

 拙者も以前、旅の道中で一度だけ口にしただけだが、この独特の甘みは間違いあるまい。

 自分で食べろと言っておきながら不思議に思うとは、面白い男よな。」

 

(普通に元に戻った...、本当に何なんだろうなこいつ...。)

 

(えっ、これライチだ...。

ってか、ライチって中国に有るんだ...。)

 

 関羽が語った茘枝なるものに聞き覚えがない故か、困惑した様子で元の姿に戻った天の助が彼の食べかけを口に含むと、口の中に広がったのは何故かライチの甘みだった。

 今日ライチと呼ばれている果物は、分類をムクロジ科レイシ属とされ、現代における広東省、広西チワン族自治区、海南省の全域と、湖南省、江西省の一部を指す嶺南地方が原産とされている。

 唐時代の皇妃楊貴妃もこの果実を大変好んだとされ、中国において紀元前より温暖な地域で栽培され古来より珍重されていた。

 関羽はかつて無名や天の助と出会う前の旅の道中、自らが助けた者からの御礼として振る舞われていたのである。

 尤も、天の助の方はところてんだと思っていた自分の体からライチの味がする疑問から立ち直るのに苦心している様だが。

 

 

 

「新しい仲間も加わった事だ。

 早速、軍議を始めよう。

 俺達義勇軍は、この地に攻め寄せている黄巾党を撃退する。

 敵の大将は、程遠志。

 かの者を倒せば、我らの勝利となる。」

 

「兄者達が西側から、俺と無名、天の助が東側から追い込むんだよな?」

 

 軍議台に広げられた地図、地図上に置かれた駒を指し示しつつ、劉備が作戦の概要を語り、張飛が二つに分かれる部隊の進路を補足していく。

 敵将程遠志は、ここ幽州を襲撃している五万もの黄巾党の総大将であり、彼を討ち取るのが作戦の最終目標だ。

 州都薊を中心に幽州各地に広く展開している故か、太守劉焉も乱の鎮圧に手を拱いているのが実情である。

 そこで、各地に大軍となって押し寄せている敵の本隊を官軍が迎撃している間に、凡そ千程度と手薄になった敵本陣を突くのが義勇軍の役目だ。

 全体で五百の内、三百五十の主軍を劉備が率いて敵本陣の正門へと進行、一方の張飛らが残りの百五十を率いて東側より進軍し敵の側面を突こうという狙いである。

 戦場、両軍の規模から言っても然程複雑な戦いとはならないだろう事は明らかである故に、劉備は他の面々に視線を送り質問の有無を確認する。

 

「少しいいだろうか?」

 

「無名? ああ、勿論だ。

 気になる事は何でも聞いてくれ。」

 

 そこで徐に手を挙げたのが無名だった。

 劉備に促され、彼は自分達義勇軍を示す駒を指しつつ口を開く。

 

「東側に割り振られたのが百五十人との事だったが...。

 先程、東への出陣準備をしていた者達はそこからは足りない様に見えたが、これは幾らか先遣隊が?」

 

「よく気付いたな...。

 実は、黄巾党の者らが、東の里で略奪を働いたらしくてな。

 義勇兵の一部が、その者らを止めようと動いている。

 三人には、出来る限りそちらを手伝って貰いたい。

 涙に暮れる者を救う為...それが義勇軍の意義だから。」

 

 劉備の言葉に東側を担当する三人はただ首肯を返すのみだ。

 無駄な言葉は必要ない。

 『涙に暮れる者を救う』_綺麗事と笑われる様なその言葉を、愚直に実現させる為に。

 

「報告!

 主軍、東軍共に出陣の準備、完了致しました!」

 

「他に質問は無いか?

 よし、では行こう。 ふう...。」

 

 兵からの報告に頷くと、劉備は一同に最後の確認とばかりに視線を送るが、今度は誰も動きを見せない。

 いざ出陣という所で息を吐いた彼に、他者を死地へと向かわせる総大将としての重責を感じているのかた、張飛が心配そうに声を掛けるが。

 

「なんでえ、兄者。

 今になって怖気付いてやがんのか?」

 

「まさか、寧ろその逆だ。

 いよいよ始まるのだと思うと、胸が躍って仕方ない!」

 

 彼から返ってきたのは、いっそ太々しさすら感じる自信に満ちた笑みだった。

 自らも初めての戦であるにも関わらず、その自信はどこから来るのか_周囲からの視線に彼は語る。

 根拠は目の前にいるのだ_と。

 

「俺達は、これから初めての勝利を掴む。

 こんなにも頼もしい仲間が付いているのだから、当然だ。」

 

「へへっ、言い切りやがった。」

 

「うむ、これこそ我らが見込んだ劉玄徳の器よ。」

 

「大将のこういう所に、皆付いていくんだろうな...。」

 

「ああ。 そしてそれは、人々が明日を生きる希望となる。」

 

「さあ、行くぞ。皆で天下に雄飛する!」

 

 後に天下の英雄の一人と目される劉備玄徳。

 今はまだ、その名はただの義に厚い凡夫に過ぎないものだが、しかし確実にその身は天下への道を歩み始めた。




 短いですが、キリがいいので今回は出陣直前まで。
 次話で広陽の戦いです。
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