真・三國無双ORIGINぬ   作:モドラナイッチ

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第八話:太平への希望

「汝、太平の要よ。

 玉に光が宿った様だな。」

 

 無名は現在、自身の中の複数の疑問と同時に対峙している気分に陥っていた。

 劉備達との語らいを終え、三人と別れた彼と天の助は薊の宿へと戻っており、頴川への出立迄はここに留まる事になる。

 宿の店主に対する黄巾党との戦いや今後の予定の説明を天の助に任せ、一足先に部屋へと戻ってきた所で彼は一つ目の異変に気付く。

 彼が記憶を無くす前から所持していた謎の玉が、淡いながらも光を放っていたのだ。

 幽州に到着してからこっち、この玉は何とも形容し難い黒い光を放っていたのだが、今はまるで霧が晴れたかの様に輝いている。

 そんな玉の変化に困惑する彼に掛けられたのが、先の言葉である。

 

(誰だ...、そもそもいつの間に...?)

 

 自身へと声を掛けてきた者に内心の動揺を悟られぬ様、平時よりも顔に力を込め表情を固くしようと努める無名。

 その者の外見は、あどけなさを感じる白髪の少年であり、彼が着用しているものと似た模様の肩掛けに灰色の着物を身に纏っていた。

 この外見だけでも無名の中の『普通の少年』像からかけ離れているのだが、それ以上に彼を動揺させているのが、『この少年が、いつどうやって自分に気付かれる事なく部屋に侵入したのか』が皆目検討も付かない点である。

 記憶を無くす前に身に付けた技能なのか、人の気配に敏感な彼が声を掛けられる迄接近された事を察知出来なかった事も十分異常だが、そもそも彼が部屋に入った時点では、部屋の中には誰もいなかった筈なのだ。

 そんな見るからに怪しい存在の正体、この少年が自身の持つ玉についての情報を持っているらしい事、そして少年の言う『太平の要』なる単語の意味_答えの出ない疑問に身動きが取れないでいる彼の姿をどう捉えたのかは定かではないが、少年は言葉を続ける。

 

「それこそ、この地の乱れが除かれた証。

 今はごく微かな光に過ぎぬ。

 だが、その光は人々の希望の形...。」

 

 少年の言葉に、無名は一応の納得を見せる。

 あの黒い光が、黄巾党が幽州に押し寄せた事による人々の不安を表しているとすれば、その総大将である程遠志を討ち取ったという報が人々に安心感を齎したというのは筋が通っている。

 原理は不明だが、少なくとも状況証拠は少年の言葉が正しい事を示していると言えよう。

 

「希望有れば、人は生きる意志を持つ。

 人が生きようと動けば、世も動く。

 この積み重ねが、やがて世を太平に導こう。

 それはまた、汝の失われた過去にも繋がる筈だ。

 『太平の世を作る』_何となれば、それが汝に託された言葉故に。

 そしてやがては、『この姿』を思い出す日も訪れよう。」

 

「どういう事か。」

 

 こちらが黙っているのをいい事に_なのかは分からないが、少年が語った言葉に無名はかろうじてそう返した。

 民衆が将来への希望を見出し、生きる意志を取り戻せば、それがやがて太平の世へと繋がる_これはまだ理解出来る。

 幸福感が高まれば、人々は多少の不満を飲み込み、日々の平穏を維持する事を望むだろう。

 それを太平と呼ぶ事の是非は兎も角、人々が日々を強く生きられるというのは『平和である事』を測る一つの指標と言っていい筈だ。

 だが、それが自身の過去を取り戻す事に繋がると言われても、ピンとこないのが実情である。

 先の『太平の要』なる呼称然り、自身の素性が世の乱れを正し平和へと導く存在だと考える事は出来るが、自身が目を覚ました時の周囲の悲惨な光景を思い返すと、劉備の様に人を惹きつけ大望を掲げる様な存在だったとは思えない。

 ましてや少年曰く、その姿は自身の記憶にある筈の存在だと言われれば、彼が更に困惑してしまうのも当然と言えよう。

 

「ふっ...、さあ、行くがよい。

 汝の真の旅路は、今始まった。」

 

「...何してんだ?

 そんな所でぼーっと突っ立って。」

 

 部屋に戻ってきた天の助の声にハッとした刹那、少年の姿は完全に消え失せていた。

 彼の声色からして、側から見れば誰もいない虚空をじっと見つめていた様に見えたのだろう。

 最後迄その真意を測る事が出来なかった少年がいた場所には、店主がたてたのだろうか、香がその煙と共に香りを部屋の中に広げていた。

 

「うん? ああ、その香な。

 店主が薬草売りから仕入れたって言ってたぜ。

 安眠に効果が有るとかって話だし、疲れてんなら飯迄一眠りしといたらどうだ?」

 

「そう...だな...。」

 

 自身の視線の行き先が変わらないのを、香が気になっていると捉えたのだろう。

 店主から得た情報を伝えると共に仮眠を取る事を提案してくる天の助に対し、無名は悪いとは思いながらもその香から視線を逸らす事が出来なかった。

 何故その香がそんなにも気になるのか_それすらも自身の中で定かではないと言うのに。

 

 

 

「久し振り。

 いえ、はじめまして、の方がいいかもしれない。

 覚えている? 里の事、私達の事。」

 

 無名が謎の少年を目撃した日から少々の時が流れ、遂に彼と天の助が劉備達と共に頴川へと出立する日を迎えていた。

 そんな集合場所へと向かう彼に、すれ違いざまに掛けられたのが先の言葉である。

 相手の口振りに反し、自身にとっては見覚えのない相手の姿を彼も見遣るが、その人物は笠を目深に被っている事から顔立ちは窺えず、体型から女性である事が分かる程度だ。

 必然、彼も先の質問に答える代わりに女性の正体を探ろうとするが。

 

「そう、本当に覚えていないのね...。

 私は朱和。 命の選別を事とする、『太平の要』の一人。

 太平を乱す者を討つのが、私達の役目。」

 

 続けて語られた女性_朱和の言葉と先日の少年の言葉に符合する部分を見出し、僅かながら反応を示す無名。

 少年も語っていた『太平の要』なる存在、少年曰く自身に託されたという言葉と彼女からの『太平の要』の役割についての説明から、自分達が同じ組織の人間であり、自身が目を覚ましたあの荒れ果てた里で共に過ごしていたと考えられる。

 とは言え、それは情報を繋ぎ合わせた末に導いた答えに過ぎず、それに対して実感が伴っていないのが実情だが。

 そんな内心が表情に出ていたのか、朱和は苦笑しつつ言葉を続けた。

 

「何も思い出せない?

 でも...、記憶を失っても尚、張角を討とうとするあなたは、やっぱり変わらず私達の同胞(はらから)...。

 その瞳も、変わっていないのね。」

 

「瞳...?何を言っている?」

 

「あなたが変わらずに在るならば、自分が何者なのか、思い出せる日も必ず来る...。

 それ迄あなたは生きなければならない。

 目的を遂げる迄は、絶対に。ずっと見ているから。」

 

 唐突に自身の瞳に対して言及された事を無名は訝しむが、続けられた彼女の言葉を受けると、不思議な程反論する気持ちは失せてしまっていた。

 『ずっと見ている』_まるで優しく抱き締められたかの様にその言葉に安心感を覚えた事が、記憶を無くす前の彼女との関係性を示しているのかもしれない。

 

「大賢良師・張角。

 彼の者を止めるのでしょう?」

 

「そのつもりだ。」

 

「太平を願って起った黄巾は、今や人々を苦しめる災厄そのもの。

 刈り取らねば、無用の痛みが引き延ばされるだけ。」

 

 張角を、黄巾党を止める_その意志を示すと、朱和も首肯を返すと共に黄巾党の現状に対する寸評を語る。

 関羽も語っていた通り、彼らも決して最初から暴虐の徒になろうとしていた訳ではないのだろう。

 だが、事実として彼らは自らの肥大化した力を制御出来ず、各地で『次の自分達』を生み出し続けている。

 

「だから、助言に来た。

 黄巾党は天の力を借りた術を使うという...。

 でも、それはただの幻覚よ。

 人に幻を見せる香が、何処かで焚かれている。」

 

「香...。」

 

 香を持って人に幻覚を見せる_その手法に、無名は直近の経験を思い浮かべる。

 自分達がいた部屋で焚かれていた香、恐らく悪意を持った現象ではないだろうが、彼は事実としてその香の香りによって他人には見えていない少年の姿を捉えた。

 嗅覚から人の脳へと作用する事が可能であるという証左だ。

 問題はそれをどう打開するか、であるが。

 

「そう...、その眼なら見破れる筈。

 『風の流れを見る』、唯一の力があなたには有るのだから。」

 

 その手段を伝えると、彼女は別れを告げてきた。

 まるで『それを伝える為に来た』と言わんばかりに。

 

「ああそうそう、忘れるところだったわ。

 あなたの戦友、ところ天の助殿にこれを渡してくれるかしら。」

 

 互いに踵を返そうとした時だった。

 朱和が天の助に渡して欲しいと、とある物を差し出してくる。

 自分の過去だけでなく、彼の事すらも把握している事に驚きつつ、無名は布に包まれたそれを受け取るが。

 

「...大根?」

 

「『魔剣大根ブレード』。

 彼の御仁にこれを託せば、きっとあなたを助けてくれる筈よ。

 それじゃあ、また会いましょう。」

 

 先程と同じ彼女の柔らかい笑み。

 安心感を覚えたばかりのそれに、無名はどうしょうもなく不安を感じてしまった。

 

 

 

(『天意は我らにあり』...、さらばこの光景も奴らにとっては『天意』か...。)

 

 高台から臨む、街から赤い火が立ち上る光景に、その男性は何処か冷めた様な所感を抱いていた。

 官軍の将としてこの地を訪れている男性の立場を考えれば、眼下に広がる黄巾党が齎した災禍に対し、民を苦しめる事に対して義憤に駆られるか、或いは徒に世を乱すその蛮行に苛立ちを覚えると言った反応がまず思い浮かぶ中、男性はただその光景を『事実』として捉えている様に感じられる。

 

「全く、酷いもんですな。」

 

 男性の両側を囲む二人の側近と言うべき将、その内右側に並ぶ者がそう口にする。

 男性の所感を察した上での発言だったのか、彼自身が同じ光景を見た上での率直な感想を述べたものだったのか。

 平時より人好きのする印象がある彼_夏侯淵の沈痛な面持ちに、男性はただ首肯を返す。

 天意を掲げ、『苦しむ民の為』と起ち上がった者達が、今やその天意の下に同じ立場であった筈の民を苦しめ、奪い尽くす存在へと成り果ててしまった。

 成程、確かに『酷い』としか言い様がないだろう。

 或いは、他者への配慮の気持ちが強い彼だからこそ、黄巾党の者達の背景をも慮り、完全な悪逆と断じ切れないのやもしれない。

 そんな彼の、そして自らに付き従う者達の迷いを払拭すべく、男性は己の信念を語る。

 

「秩序を力で犯せば、力に溺れる...、それが人の性よ。

 故に、法は等しく守られねばならず、犯した者は罰されねばならぬ。」

 

「今更御託はいらん。命令を出せ、孟徳。」

 

 秩序を守る為の法を重んじ、そしてそれを犯した者は罰せられるべき_天下太平を目指す上での厳然たる指針を示せば、夏侯淵も兵達もただ真っ直ぐに黄巾党の災禍へと視線を向けた。

 男性の左側に並び、そして字で呼ぶ彼_夏侯惇の様に、誰しもが『命令』と容易く割り切れる訳ではないのだ。

 実際、兵達の出自もそれぞれ異なる以上、黄巾党に対する考えも違ってくるであろう。

 彼らの規模を考えれば、兵達の中にも黄巾党員に知己の者がいたとて何ら不思議な事ではない。

 故に男性は、夏侯惇に促されるまま右手を掲げ、『命令』を出す。

 兵達が刃を振るう、その大義を与える為に。

 男性_曹操の怜悧なる瞳に、黄巾党の未来はどの様に映ったのだろうか。




 朱和の真相の都合上、紫鸞は自分の中では大根ブレードを朱和に託されたと思っていますが、実際には無意識に天の助の武器になると判断して自分で大根を手に入れています。
 なので、側から見ると『自分で大根を買ったのに、何故か困惑する』という感じになっています。
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