猫はシブヤにいます   作:大森依織

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猫の手も借りたいと言いますし、ちょっとだけですよ?







10匹目 うとうと、うとうと

 

 

 

 

 

 

 セカイという場所は実に興味深い。

 

 まふゆ達が呼び出してこない時間を狙って『誰もいないセカイ』をフラフラ探索している今、セカイを見れば見るほどそう思う。

 僕が知っている領域と同じ『人の想い』で創られているのに、方向性が違うとこれほど環境が違うものになるなんて思ってもみなかった。

 

 昔、訪問したことがある場所は基本的に『我、凄いんだぞ?』とか『俺様の信者数を見ろ、偉いんだぞ』と、自己愛が大変溢れている方々が飾り立ててしまった所ばかりだったので、人の想いを純粋に抽出した『領域(セカイ)』という場所はどこを見ても新鮮だ。

 

 

(あれ? ……ここの景色って、新鮮なのかな?)

 

 

 我が後輩の想いが形になってると考えたら、興味深いのは本当だ。そこは嘘ではない。

 景色的な評価をすると、鉄筋や造形物が似たようなものばかりで、代わり映えがないのはマイナスポイント。新鮮ではない。

 

 静かだし、爪とぎに良さそうなモノや登り甲斐のありそうなモノがあるから、僕は嫌いじゃないけどね。

 後は穏やかな太陽の光があったら満点だったよ、次回があったら考慮してほしいな。

 

 

(……む。今回の呼び出しは遅かったな)

 

 

 無茶苦茶な方向に思考が飛び立ってしまう前に、ミクからの呼び出しが入った。

 僕の体内時計が間違ってなければ、今は夜更けのはず。いつもならまふゆが『作業』をしている時間だと聞いていたので、ここまで遅いのは珍しい。

 

 学校で会ったのが効いていたのか、理由が気になるところだけれども早く行かないと後が怖い。

 早々に探索を切り上げて、僕は呼び出すように震える糸を辿った。

 

 

「にゃあ」

 

「──マロ、おかえり。まふゆが呼んでるよ」

 

 

 猫の足でも走れば数分ぐらいで辿り着く所に、ミクとまふゆが揃っていた。

 ミクはこちらに気がついて小さく手を振ってくれるが、僕を呼んだらしいまふゆはというと反応が鈍い気がする。

 

 瞼も重そうだし、眠いのだろう。

 睡魔に襲われているのなら自室で寝ればいいのに、何故かまふゆはタオルケットと枕をセカイに持ち込んでいた。

 

 

「マロ、こっちに来て」

 

「みゃあ?」

 

 

 僕を見つけたまふゆはゆっくりと造形物の影に腰を下ろすと、タオルケットの上を軽く叩く。

 学校でおやつを貰ったし、今回ぐらいはおとなしく言うことを聞いてあげてもいいか。

 

 ……そう、思ったのが間違いだった。

 

 

「ふしゃーっ!?」

 

「おとなしくして」

 

 

 タオルケットの上に乗った瞬間、まふゆは僕を捕まえて体を横にした。

 

 眠そうな声と少し甘い呂律、更に重そうな瞼まで揃ったら、誰が見ても寝る寸前なのがわかる。

 隙だらけに見えるのに、捕まえている腕の力は逃げられないぐらい強い。寝てしまう前に抜け出そうと体を動かすものの、全く抜け出せなかった。

 

 

「……すぅ……すぅ」

 

(えぇ、もう寝たの? 本当に?)

 

 

 僕を強く抱きしめたまふゆの寝息が、頭上から聞こえてくる。

 たぶん1分も経ってないぞ。それなのにすやすや眠るなんて、このセカイに来た時点でほぼ寝ている状態だったに違いない。

 

 

(寝てるのに力強くて抜けられないし、起きるまでこのままかぁ。そんなに眠いのなら、部屋でゆっくり寝ればいいのに)

 

「寝れないんだって」

 

(はい?)

 

「まふゆ、上手く眠れないんだって。だから、最近はよくセカイに来て寝てる」

 

 

 寝ているまふゆに配慮したミクの声が小さかったこともあり、一瞬、聞き間違いだと思った。

 だけど、返ってきた言葉は全く同じ意味で、僕は抜け出すのを中断してミクに尋ねる。

 

 

(寝れないって、人間にとっての『家』は安心できる場所なんじゃないの?)

 

「まふゆにとっての家は、別なんだと思う」

 

 

 何それ。人間ってそんな不快な環境でも逃げずに我慢しなきゃいけない生き物なの?

 鎖で物理的に縛られてるわけでもないのに勝手に自縛してしまうとは、猫的には信じられない話である。

 

 

(そんなんだから、こっちが緩めてあげても縛っちゃうのか)

 

「それ、何の話?」

 

(んーん、こっちの話)

 

 

 危ない危ない。ミクはこっちのことがわかるのに、ついうっかりしていた。

 これも全て、まふゆの腕の中という不本意な姿勢なせいにしておこう。逃げられないように抱き締めてくるまふゆが悪いのだ、僕は悪くないね。

 

 僕が悪くないのは決定事項だとしても……寝てる後輩が眉間に皺を寄せるぐらい苦しんでるっぽいのは、現実として存在している。

 

 

(しょうがないにゃー)

 

 

 僕は慈愛に満ちた聖猫でもあるので、家で嫌なことがあったらしい後輩に少しぐらい猫パンチをサービスする優しさもあるのだ。

 こんなに優しい猫の先輩なんていないんだから、おやつの1つや2つや3つぐらいくれてもバチは当たるまい。

 

 

「手を動かして、マロは何をしてるの?」

 

(色々とねー)

 

「色々って?」

 

(気になるだろうけど、これはデキる猫の秘密だよ)

 

 

 緑と赤の目を細めるミクは少し不満そうだけど、そう易々と口を滑らせるほど僕のコレは甘いものじゃない。

 まふゆにすっごく甘いミクにはまだまだ教えてあげられないな。

 

 うにゃうにゃと誤魔化す僕に、何を言っても意味がないのを察したようで、ミクは早々に話題を転換した。

 

 

「言いたくないのなら聞かない。でも、1つだけ聞かせてほしい」

 

(何を?)

 

「まふゆは……わたしが待っていたら、良くなると思う?」

 

(それはミクが1番良くわかってるんじゃないかな)

 

「そうかもしれない。でも、わたしよりも長くまふゆを見てきたマロの話も聞いておきたい」

 

(歯に衣は着せた方がよかったりする?)

 

「いらない」

 

(なら、遠慮なく……待ってて良くなるなら、既に快調に向かってるのがまふゆの現状じゃないかなー。ま、あくまで猫目線だけどね)

 

 

 人間には『時薬(ときぐすり)』なんて言葉があるけれど。

 僕のアレがまふゆに効いていない時点で、まふゆにとっての時間は『良薬』じゃなくて『火薬』のようなものだろう。

 

 大量の火薬が溜まった場所なんて、ちょっとの衝撃でドンッである。

 こんな状態で待つことを選び、事態が良い方向にいってくれたのだとしたら……それはただ単に、周りの人が頑張ってくれただけだ。

 

 僕的にはそれでもいいのだけど、ミクは蚊帳の外で満足できるような子ではなさそうだし、敢えて待つ行為はオススメできないよね。

 

 

「動くにしても、どうしたらいいんだろう」

 

(どうしたらいいか、ねぇ)

 

 

 本当は猫の本分から外れるようなことはしたくないのだけど、まふゆは猫の後輩だし、ミクもあっち側の後輩のようなもの。

 真剣に悩んでいるミクを見ていると、僕にも少しだけ悩みが伝染してしまう。

 

 うぅむ……ちょっとぐらいなら糸を補強してもいいか。

 ダメだったらこの関係もおしまいだけど、ミク相手なら触ってもいけるでしょ。

 

 自分の行き先の危機をほんの少しの楽観で決めて、僕はまふゆに抱き締められたままミクと会話をしつつ糸に触れる。

 

 

(ミクはもうわかってると思うけど。まふゆの現状はあの子の性格とかも考えると、個人でどうこうできるレベルを超えてると思う)

 

「うん」

 

(1人で無理なら外部の力に頼るのがいいんだろうけど、今のまふゆなら大人に頼るのは難しいかもね)

 

「どうして?」

 

(世間一般的な正しさが、まふゆにとっての正しさとは限らないからだよ)

 

「それはわかるよ。けど、マロは猫なのによく知ってるね」

 

 

 ふふーん。僕、エリートですから! これぐらいは嗜みとしてね?

 もっと褒めてくれてもいいんだけど、話が逸れるのでこれぐらいにしておこう。

 

 

(ミクもスマホとやらを通して、まふゆを見てきたんだよね? 3人ぐらい、良さそうな子はいなかったの?)

 

「……いるけど、どうしてそんなに具体的なの?」

 

(あー、すぅー……それも、色々と関係かな)

 

「そうなんだ。じゃあ、聞かないでおくね」

 

(ごめんね、助かるよ)

 

 

 ここだけ、ポンコツも愛嬌ってことにはならないだろうか?

 ……あ、はい。ならないよね、気をつけます。

 

 

(そんな感じで、心当たりのある子達とまふゆを引き合わせてみたらどうかな)

 

「それでまふゆの力になれるのなら、そうしてみる」

 

(即効性があるわけじゃないし、人間なんだから衝突もあるだろうけど……上手くいくことを祈ってるよ)

 

「うん。ありがとう、マロ」

 

 

 力強く頷くミクを見てから、僕は目を閉じた。

 これ以上は僕が話せることはない。後はミクやまふゆが頑張って欲しい。

 

 僕の意図をちゃんと汲み取ってくれたようで、ミクの気配が離れていくのを感じた。

 早速、動き始めるのかもしれない。まふゆが寝ている今がチャンスなのは僕でもわかる。

 

 

(あーあ、それにしても……僕も弱くなったもんだよね)

 

 

 後輩だとか何とか言いながら、気の遣い方は信者(特別)扱いだ。

 前も何やかんや言い訳して、こんな醜態を晒すような力の行使をしたのだから、僕は全く反省してない猫なのである。

 

 

(ミクと糸が繋がってからは少し上向いたみたいだし、まふゆの件は放っておいてもいいはずさ。何やかんや頑張って、いい感じになるはずだもの)

 

 

 そわそわしてしまう気持ちに蓋をして、僕はもう慣れてしまった言い訳の重石を乗せた。

 

 僕が何かをしなくても、まふゆにはこちら側に近しい初音ミクという存在がいる。

 無理をする前みたいなことはできないのだし、僕にできるのは待つことだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──もう、私の番が来ちゃったか。村の皆を救ってくるから、いい子で待ってるんだよ……ごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(──あぁ、もう! このまま寝たら懐かしくて変な夢を見ちゃいそうだな。考えるのやーめたっ!)

 

 

 うだうだ考えてるのだって、僕らしくない。

 

 だって僕は猫だもの。

 難しいことを考えたってしょうがないし、その時じゃなければ動かず、その時になったら捕らえにいく孤高の捕食者。それが猫なのだ。

 

 嫌なものは嫌、やりたければやる。

 難しく考えなくても、それでいいではないか。

 

 

(人間は『猫の手も借りたい』とか言うらしいけど、僕の手は凄いぞ〜?)

 

 

 ちょちょいと僕が猫パンチすれば、少しばかり僕が削れちゃうけれど、3本の糸とまふゆの周りの糸を強めに結べちゃうのだ。

 

 ここまでお膳立てしたら、馬鹿みたいに失敗を重ねなければ大丈夫なはず。

 ミクも頑張ってくれているのか、糸達はそろそろ繋がる予定だったらしく、僕が弄っても削れた量は思ったよりも少なかった。

 

 

(うむ、これも日頃の積み重ね(おやつ)のおかげだね。これからもちゃんと強請(ゆす)らなくちゃ)

 

 

 1週間ぐらいあの魅惑の液状おやつを毎日、献上してくれてもいいぐらいの働きを前払いしたのだから、感謝してよね。

 

 ちょっとだけ腕の力が緩んで顔を見れるようになったまふゆの眉間に肉球を乗せて、ぐいっと皺を伸ばしてやる。

 

 うとうと。

 うとうと……

 

 まふゆに温められているせいで、眠くなってしまった。

 今ならそこまで悪くない夢を見れそうなので、僕も睡魔に身を任せて夢の世界に飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 







☆マロ知識
マロが誰かに飼われるのを嫌がるのは、昔のことがあるからである。
昔のことがあるからこそ、つい昔のことと重ねて短い前足を伸ばしてしまうのだ。


……

ニーゴのメインストーリーとか何とか言いましたが。
マロは基本的に目に見えることは何もせず、にゃーにゃー鳴いてそばにいるだけです。
猫なのでしょうがないですね。

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