猫はシブヤにいます   作:大森依織

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困った時、落ち込んだ時は、猫メンタルを身につけるのです。











11匹目 猫は最高!

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「くぁっ」

 

 

 ここ最近のまふゆは『セカイ』という他人の目を気にしなくてもいい場所を利用して、無表情のまま僕の体を撫で回してくることが多い。

 その手は慣れていることもあって不快ではないけれども、あまり機嫌がよろしくない姿は正直、面倒だなーとは思う。

 

 

(最近のセカイは誰もいないと言う割に気配が増えたり減ったりしてるし、まふゆの不機嫌は進展の証ってヤツなのかもね)

 

 

 急な変化からくるストレスなのか、まふゆのゴキゲンは日々下降気味だ。これ以上の力が加わると、僕の毛が消滅の危機に瀕してしまう。

 どうかこれ以上、僕の毛並みをストレス発散目的で活用せずに、訪れた変化を上手く乗り越えてほしい。そう祈らずにはいられなかった。

 

 

(自慢の毛が可哀そうな見た目にさえならないうちは、許してあげるのも先輩の度量かなぁ……)

 

 

 祈る程度には毛が気になるけれど、いつも僕をやり込めてくる後輩がムスッとしている姿を見ていると、ちょっとぐらいは良いかなって気持ちが湧いてくるのも事実で。

 

 

(……1ヶ月とかなら嫌だけど、数日程度ならサービスしてあげようかな)

 

 

 ほんの少しだけ後輩に歩み寄った僕の視界の端に、何か白いのが見えた。

 

 いや、何かじゃない。

 ミクの『ツインテール』と呼ばれる髪型の1部分が造形物の影から出たり隠れたりしているのだ。

 

 

(あんな所に隠れて、何やってるんだろ?)

 

 

 バレてるぞと伝える為にじぃーっと見ても、ミクがこちらに来る気配はない。

 本当に何をしたいのやら。ミクにアプローチをしても埒が明かないので、まふゆに声をかけよう。

 

 

(えぇ……まふゆも何してるの?)

 

 

 少し顔を上げてみるものの、まふゆも明後日の方向へ向いているせいで、全く目が合わない。

 まるでミクとは顔を合わせたくないと言っているかのような、露骨な態度だ。

 

 

(あー、なるほどね?)

 

 

 ミクの行動がお気に召さなかった結果、今の2人はちょっと気まずい状態のようだ。

 ミクのお陰で良縁が結ばれたのだが、そんなことをまふゆが知っているはずもなく。

 余計なことをしたようにしか見えなかったせいで、お互いに距離を測りかねているらしい。

 

 

(僕が間にいるせいで、ちょっと拗れてるっぽいなぁ)

 

 

 認めたくないものだね、僕に非があったとしてもさ。

 が、ミクを焚きつけたのも糸を繋げたのも僕だ。2人を仲裁しないと、無責任キャットの汚名は免れない。

 

 

「にゃーおっ!」

 

「あっ」

 

 

 まふゆの手から抜け出して、まずはまふゆに前を向いてもらう。

 

 

(よいしょー。ほら、ミクも)

 

 

 次に隠れているミクの元まで駆け寄り、まふゆの元まで連れ出した。

 

 

「にゃっ、にゃあ」

 

「えっと。まふゆ……」

 

「私は、謝らない。ミクが言うならまだ、探し続けるけど」

 

「……わかった」

 

 

 僕の想像よりも、繋ぎ先の人物達との初体面が良くなかったらしい。

 現場に居合わせていない僕では何とも言えないけれど、いた筈のミクですら殆ど何も言わない姿を見ていると、その惨状が想像できてしまった。

 

 

「マロ、来て」

 

 

 ミクの背中を見送ることしかできない猫の内心を人間がわかる筈もなく、まふゆがまた膝の上を叩いて催促した。

 

 

「みゃー」

 

 

 これ以上のナデナデは困るというか、ただの摩擦でしかないと思うというか。

 本音を言うと撫でられるのは勘弁してほしいのだが、相手を焚きつけた犯人でもあるので、要求を甘んじて受け入れるしかない。

 

 

「……」

 

(はい、どうぞ)

 

 

 まふゆにしては珍しくスマホを片手に持ったまま、僕の自慢の体毛に手を這わせる。

 スマホという意識を遮断してくる道具があるおかげか、まふゆの手は想像よりも脅威ではなかった。

 

 

(気が逸れてくれるのはありがたいけど、さっきよりも機嫌が悪くなってるような。いや、違うな。これは気落ちしてる方が近いのかも)

 

 

 表面上はわかりにくいけれど、僕はまふゆの先輩なので彼女の内心に渦巻く靄が手に取るようにわかる。

 どうやら薄い板(スマホ)じゃまふゆが望む何かは見つけられないようで、今も板の上に指を滑らせては目を細めていた。

 

 

(人間も大変だよねー)

 

 

 足しかない僕でも手に取るようにわかることを、今まで誰もわかろうとしないなんて。

 人でもない猫である我が身だからこそ、(スマホ)から何かを探し出そうとしているまふゆを見ているとそう思ってしまう。

 

 

「……マロ」

 

「にゃ」

 

「どうしよう」

 

 

 そう呟いたまふゆの手から、スマホが滑り落ちた。

 慌てて後ろ足を差し込んだので、少し痛い。声が出なかった僕を自分で褒めちゃうぐらい痛いよ、これ。

 

 そんな僕の足の痛みなんてわかるはずもなく、まふゆは落としたスマホすら気にせずに僕の後頭部に顔を埋めた。

 

 

「探してみても、探してみても見つからなくて。それならって曲を作って、作ってみてもダメだった」

 

「……」

 

「結局……見つからなかった。見つからなかったんだよ、マロ」

 

 

 もしかしたら、僕は。

 とても残酷なことをしてしまっていたのではないかと、震えるまふゆの手を見て思ってしまった。

 

 僕はどの一面を切り取っても、やっぱり『人でなし』だ。

 だけど、猫被りの後輩であるまふゆは人間なので、その性質の違いに寄り添うことはできても、交わることはできない。

 

 

「ミクも色々としてるみたいだけど……もう、いいよね」

 

 

 ──諦めてしまっても。

 音になっていないのに、何となくわかってしまう僕の猫的天才具合が憎らしい。

 

 

(だけど、今回ばかりは僕の天才具合を褒め称えなくちゃね)

 

 

 そもそも、本当に諦めてる子が『諦めてもいいよね』とか思わないだろう。

 本当に諦めた人間は理由探しなんてせずに逃げ出すし、良いか悪いか考えているのはまだどこかで『諦めたくない』と叫んでいる時だけだと思う。

 

 自分でどうしようもないから諦めたいと思うしかない──そう、僕の天才でキュートな頭がそんな答えを導き出したのである!

 

 さっきまで押し付け云々~考えていたのはどこいったのかって? このおばか!

 そんな小さいことをうだうだ考えていたら、野生でも人生でも生き残れないぞ。

 上手く生き残りたいなら、猫を見習うのが良いのだ。ふふーん。

 

 

 猫は最強! 猫は最高! 異論を認める()の心は超最強っ!

 

 

 ……って、まふゆも思えたら話は違うんだけどなー。

 人間は難しいね、急に冷静になっちゃうぐらいにさ。

 

 

「にゃー」

 

「……マロはダメって言うの?」

 

「にゃー」

 

「それも違う? ……ミクみたいに、言葉がわかればよかったのに」

 

 

 まふゆの気分が下向き過ぎて顔もまた下に向けられてしまう前に、僕は前足を頬に沿えた。

 

 行動を遮られたまふゆは僕と見つめ合うしかない。

 虚ろでありながらも奥にまだ何かが揺らめいている瞳をじっと見つめてから、先が見えないセカイの方へと顔を逸らす。

 

 僕の行動に釣られてくれたのか、まふゆも何もないように見える自身のセカイへと目をやった。

 だけど、まふゆが期待するような景色はなくて、いつもの何もないセカイだけが見えていることだろう。

 

 

「マロ、私には──」

 

 

 言わせないぞ。

 マイナス方向の言葉を言おうとする悪い口は、僕の前足で閉じてしまおう。

 

 

「みゃっ!」

 

 

 ほら、口が動かなくなった分、その目で何もないって思ってる場所をよく見るんだ。

 似たような景色ばかりが広がってる場所だけど、終わりが見えないぐらいに広いんだぞ、ここ。

 

 多くの領域(セカイ)にお邪魔してきた僕だから言わせてもらうけれども、こんな大きな場所を人間1人の想いだけで創り出し、維持するなんて並大抵の想いだったら不可能である。

 心の底からの願望。信念というか、目的そのものと言わんばかりの強すぎるエネルギーがあってやっと、できるかできないかの瀬戸際なんじゃないかと僕は睨んでるわけだ。

 

 

(って、偉そうに講釈垂れ流してみたけど……僕ってばこのセカイってヤツを最近知ったばかりの、流行に乗り遅れ気味にゃんこだからなぁ)

 

 

 数多の人間の想いの方向性を揃えて、1柱が纏めて形を作る──そんな似た場所の仕組みは知ってるけれど、人間1人が異空間を創り出すような恐ろしい御業なんてわかんないよ。

 実際に見ても、あり得なくて『知らん、何それ怖い』って状態だもの。こんな場所を創れてしまうまふゆの想いが本当に怖いよ。

 

 

(この僕ですら恐れるような想いを持っているまふゆが、そう簡単に諦められるのかって? 僕は思わないね!)

 

 

 そもそも、本当に諦めた人間は他人や猫に相談しないし、諦めた方がいいのかと悩むこともない。その時点でまだ未練が残っている筈だ。

 だからこそ……まふゆが諦めるべきなのは探すことそのものじゃなくて、1人で探す手段の方だと思う。

 

 迷子が1人で家に帰れるわけがないように、そもそも1人でどうにかこうにか帰れるのなら、それは迷子じゃなくてちょっと慣れない道で迷ってしまっただけの人だ。

 そういう人は動き回っている間に知ってる道を見つけ出し、何とか家に帰れるのである。

 放っておいても勝手にお家に帰ってしまうので、好きにしてくださいで万事解決だ。

 

 

(だけど、まふゆはそうじゃない。1人でできないって言っているもんね?)

 

 

 先程の迷子と同じように例えると、1人で帰れませんって救難信号を送る遭難者がまふゆだ。

 遭難者が求めているのは勿論、救助してくれる第三者だろう。猫でもなければ、自分で脱出する思考に至るのは最後の方である可能性が高い。

 

 ここまで聞いたら少しは心変わりしないだろうか?

 人間に猫の言葉はわからないかもしれないけれど、この熱い視線で伝わってくれるはず! ほら!

 

 

「にゃっ!」

 

「……」

 

「うー、にゃっ!!」

 

 

 暫く見つめ合った後、まふゆは口を閉ざしたまま僕を抱え、ゆっくりと傍に置いた。

 

 

「何を言いたいのか、わからない」

 

「みぃー……」

 

「……けど、もう少しだけ続けてみる。たぶん、そういうことでしょう?」

 

「にゃあ!」

 

 

 長々と伝わらない想いを語ったのは零れ落ちたけれど、大事な部分がわかってるのなら、僕から言うことはない。

 

 肯定の意を込めて鳴く僕に、まふゆもわかりやすく頷き返してくれた。

 これ以上はセカイにいる理由はないと判断したのか、まふゆは何も言わずにセカイから立ち去った。

 

 

(ふぅ、今回はどうにかなったか)

 

 

 心の中の汗を拭って、僕はセカイの真ん中で丸くなる。

 まだ切れてないから大丈夫だとは思っていたけど、僕が悪い方向への最後の一押しになるわけにはいかなかったので、かなり緊張した。

 

 僕がいることで事態がややこしくなってる可能性はあるけれど……たぶん軌道修正はできてると思うので、ヨシ!

 

 

(それでもダメだった時はもう、しょうがないよね。僕ができることをするしかないよ)

 

 

 もしも──どうしても無理になって消えてしまうのなら、僕は一緒についていくよ。

 ぼっちが寂しいのは実体験だからね。背中を押してる先輩の責任として、後輩を1人にしないであげなきゃ。

 

 

(ま、大丈夫だろうけどねー)

 

 

 頑張れ、ミク。いけるぞ、まふゆ。

 猫である僕はすみっこで応援してるから、良い知らせを持ってきてね。

 

 

 

 

 

 

 







☆マロ知識
猫メンタルじゃどうしようもないことも多いけれど、大抵のことは猫メンタルでどうにかなると思っている。だから、猫的な面では自己肯定感が高い。

それ以外の面は? それは……えぇっと。




……


一緒についていってあげるなどと強がってますが。
マロは弱々猫ちゃんですので今、まふゆさんが消えてしまうと道連れになってしまうんですよね。
どう頑張っても時間稼ぎしかできないので、バス停で見つかった時点で選択肢なんてほぼないのです。かわいそうですね……




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