猫はシブヤにいます   作:大森依織

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その目はとても、苦手です。







13匹目 猫と傷だらけの救い手

 

 

 

 

 

 

 ミクから継続してセカイに来てもいいと許可を得たのをきっかけに、呼ばれてもいないのにセカイを訪ねる時間が増えた。

 今の所、あの自己紹介の日からセカイで改めて会った人はまふゆとミク以外にいない。

 

 全員、まふゆとは歳が近そうだったので、午前やお昼過ぎぐらいの時間は学校で勉学に励んでいるのだろう。

 そう考えると、夕方や夜といった時間に訪れない限り、誰かとばったり会うはず──

 

 

「あっ。マロ、だっけ」

 

 

 ──も、あったねぇ。

 

 油断していた所に現れたのは、前回のような幽霊っぽい顔色の悪さが少し和らいで見える、ちょっと気まずそうな顔をした女の子。

 手短に『宵崎奏』と名乗ってくれていた少女は、行き場を探すように周囲を見渡した。

 

 

「困ったな。ミクもいるかなって思ってたんだけど……」

 

 

 奏は行き場ではなく、ミクを探していたようだ。

 僕もミクには会っていないけれど、糸を辿れば簡単に探せるだろう。

 

 

(言葉通りにミクを探してるなら、ついでに案内すればいいんだけど)

 

 

 どうしてか、奏はミクというよりも僕に注目していた。

 第一印象的に僕にはあまり興味がないのかと思っていたのだが、何故か今日に限って目が合うのだ。

 

 ちょっと試しに体を動かしてみても、視線が付いてくる。もしかしてだけど、実はミクよりも僕の方に用事があるのだろうか?

 勘違いとも思える推測を導き出したのと、奏がしゃがんだのはほぼ同時だった。

 

 

「この間はごめんね。あの日は2日ぐらい寝てなかったから、あなたみたいな小さい子相手にもあんな態度で接しちゃって」

 

「……」

 

「えっと、伝わってるかな。ミクがいれば意思疎通ができるらしいし、安心して話せたんだけど」

 

 

 苦笑する奏がミクを探していた理由は、ちゃんと僕に謝りたかったからだと。

 伝わってない謝罪は謝罪じゃないと思ってるのかもしれないけれど、猫にもその姿勢なのは驚いた。

 あまり話してないけど、彼女はいい人間なのだろう。畜生にも誠実なのは好印象だ。

 

 

「にゃあ」

 

「頷いてくれたの? ……だとしたら凄いな。まふゆが言ってた通り、あなたは賢い子なんだね」

 

 

 しゃがんでこちらに視線を合わせつつも、近寄り過ぎず。

 脅かさないように心がけてそうな奏も、猫との付き合い方を心得てそうで素晴らしいと思う。

 

 

「もしよければ、触らせてもらっても良いかな?」

 

 

 急に頭に手を伸ばさず、ゆっくりと鼻先に手を差し伸べるだけなのもポイントが高い。

 猫との距離感を弁えているのも好印象なので、僕は素直に指先に鼻を押し付けた。

 

 

「ありがとう。じゃあ、触らせてもらうね」

 

 

 奏の手が僕の耳の後ろに回る。

 

 

「柔らかいね。まふゆに手入れとかしてもらってるの?」

 

「にゃー」

 

「えーと、違うって言ってるのかな。ミクじゃないからわからないけど……まふゆが褒める理由はわかるかもしれない」

 

 

 ほんの少しぎこちない手は顎の下や首元を撫でてから、離れていった。

 

 

「少しだけだけど、まふゆの気持ちがわかった気がするよ」

 

 

 それは気のせいじゃないだろうか。

 

 猫を触って誰かの気持ちがわかるのなら、苦労しないもの。

 ギリギリ、猫の気持ちがわかるかもしれないレベルだと思うよ。

 

 

「どこまでまふゆから聞いてるのかはわからないけれど、わたしは誰かを……今は、まふゆを救う曲を作るために作曲をしてるんだ」

 

 

 うん、その辺りの話はチラッと聞いたね。

 

 

「今のところ、わたしの曲はまふゆにはちゃんと届いていないんだ。近いけど、まだ遠い」

 

 

 そりゃあ、全く同じなんてことはないだろうね。

 

 僕のように可愛くてキュートでチャーミングな猫は唯一無二の神であるように、人間だって同じ人はいないだろう。

 これから理解していく時間は君達には残ってるんだし、焦らなくても良いんじゃないかな。

 

 

「もしかして、励ましてくれてるの?」

 

 

 足を前足で『てしてし』してあげると、奏はその意図をちゃんと汲み取ってくれた。

 

 うむ、見所があるね。

 作曲もできるらしいし、奏も将来有望だよ。僕が保証する。

 

 

「ありがとう……その、もう少しだけ話しても良いかな?」

 

「にゃあ」

 

 

 腰を下ろした奏は、真剣な顔で尋ねてくる。

 

 

「マロとまふゆはニーゴができる前からの付き合いらしいね」

 

 

 ニーゴというのは確か、サークルの名前の略称だったかな。

 まふゆが作業しているサークルの名前が『25時、ナイトコードで。』とちょっと長めだから、略称で呼んでるとかなんとか、言ってた気がする。

 

 その前提で考えると事実だね。

 

 

「にゃっ」

 

「わたし、まふゆのことを全然知らないんだ。だから、まふゆが感じていることをもっと知らなきゃいけないんだよね」

 

 

 ははーん。それで僕に謝って、話を聞こうとしたのか。

 ま、今の状態だと一方通行だけどね!

 

 

「まふゆを知って、作って、また知って。まふゆが救われるまで、作り続けなきゃいけないんだ。そうじゃなきゃ、わたしは──ここにいる意味がないから」

 

 

 おぉう……ふざけてる場合じゃなかったわ。

 

 類は友を呼ぶなんて人間は言うけれど、まさか本当に類友してるなんて思わないでしょ。

 まふゆを救うという意気込みは買うけどさ、奏もまふゆ並みに危うさを感じる。

 

 医者を募集したら患者が増えてるんだけど、まふゆの縁はどうなってるんだろう?

 もしかして、あの賑やかな2人も似た感じだったりするのだろうか。奏とまふゆが重症患者っぽいので、マシであることを祈りたかった。

 

 

「みゃっ」

 

 

 とりあえず、思い詰めた顔をする奏の頬に肉球を乗せてやる。

 

 その『意味がない』って思考は自傷にしかならないからやめた方がいい。

 君はあくまで人間であって、曲を作る(誰かを救う)機械じゃないんだ。視界も可能性も狭める姿は、僕に嫌なモノを思い出させるから嫌いだ。

 

 

「えっと。マロ、この手は何?」

 

「にゃん」

 

「あ、待って。押さないで、倒れちゃう……っ」

 

 

 いやいやいや。猫の力で倒れるような人間なんているわけが……って、本当に倒れた子がいるんだけどっ!?

 

 ひ、貧弱……あまりにも貧弱過ぎる。

 昔の良き時代と比べると、僕も驚くほどにか弱い猫のはず。

 まふゆだったらじとっとした目で「何してるの?」と反応はしても、物理の面では人間には全く敵わない弱き生き物なんだよ、僕。

 

 そんな僕に押し倒される程、雰囲気通りにガラス細工のような危うさだとは思わないではないか。

 あの肉球で押し倒してしまえるなんて誰も予想できないだろう。少なくとも僕は予想できなかった。

 

 

「みゃー?」

 

「うっ、ごめん。先にマロと喋りたかったから、ご飯も抜いてる状態のままで来たんだ。そのせいか思ったよりもその、力が出なくて……」

 

 

 そういえば、さっきも2日寝てなかったとか言っていたような。

 

 寝ないし食べないのなら、薄紙のようなか弱さも納得だ。人間は寝ず食べずで活動できるような進化はしていない。

 味を感じないという拷問のような状態であるまふゆでも食べるのに、自主的に食べてなさそうな奏の方が重症かもしれないな。

 

 

「まさか、猫に押し負ける日が来るなんて思わなかったな」

 

 

 本当にね、もっと反省してもいいんだよ?

 

 小学校ぐらいの時の杏が街の大人に『人っていう字は人と人とが支え合って~』とか言ってたけど、だからといってまふゆと依存関係になっていいとは僕は思わない派の猫だからね。

 

 なーにが支え合ってだよ。2本の足で仁王立ちもできないのに互いに寄りかかったら、片方折れたら共倒れだよ。

 僕はそんな姿を見たくないし、なってほしくないから是非とも健全に立ち上がることを願うばかりだ。

 

 

「……ちょっと疲れたし、もう帰って曲を作ろうかな」

 

「ふしゃーっ」

 

 

 いやいやいや!

 どうしてそこで『寝よう』とか『食べてなかったご飯を食べよう』じゃなくて、曲作ろうになるの。

 

 生き物としての大切な本能をねじ伏せてしまうのは色んな意味でまずい。

 まふゆはどうでもよさそうな態度で接しているように見えるけど、ああいう態度でも物凄く繊細なのだ。

 

 あの子に一生、消えない傷を与えるぐらいなら『救う曲』を作る行動そのものを、猫の先輩は許しませんからね!

 

 

「マロって本当に賢いんだね」

 

 

 こっちは怒ってるのに、奏は特に動じた様子もなく目を伏せた。

 申し訳なさそうに見えたのは一瞬だけで、こちらに向けられた目はもう、別のものになっている。

 

 

「だれど、これは譲れないんだ。猫にも心配されるのは情けないけれど、わたしは曲を作り続けるしかないから」

 

「……」

 

「あぁでも、先にご飯は食べるよ。それでいいかな」

 

「みぃ」

 

 

 あの目の色はあまりにも見覚えがあり過ぎて、僕の中にあったはずの勢いがあっという間に萎んでいく。

 こちらが大きな動きを見せないのを良いことに、スマホを手に持った奏が苦笑を浮かべた。

 

 

「ごめんね。それじゃあ、わたしは帰るね」

 

 

 スマホを操作した奏は光に包まれて消えていく。

 その姿とさっきの目がどうしても昔の記憶に重なってしまって、頭の中が煩い。

 

 

(……何がごめんなんだよ。ああいう目をしてるヤツは皆、そんなこと思ってない癖に)

 

 

 あの日も、そうだった。

 糸の切れる音もなくて油断していた所に──急に全部を振り切って、皆、僕の前からいなくなったんだ。

 

 待ってって鳴いても。

 置いて行かないでって叫んでも。

 縋っても追いかけても、止まってくれなくて。

 

 一緒に行けないから、好きに生きるんだよ──なんて、無責任過ぎる言葉を残して、僕を置いて行った。

 

 覚悟だとか意地だとか、そんな最悪なものを決めたあの目が。

 あんな目が──散々周りを振り回して、望んでもない状況を作り上げて。最後に僕をひとりぼっちにしたんだ。

 

 

(どうして、人間の子供があんな目をしちゃうんだよ)

 

 

 覚悟を決めてしまった、強くて嫌な目。

 あの目をしている相手には、猫如きじゃ何を言っても無駄なのはわかっていた。

 

 

(救うって、なんて身勝手な言葉なんだろうな)

 

 

 皆、そうだ。相手が大事だから、大切だからって勝手に決めて。

 勝手に『お前は強いから』って置いていくんだ。思い込みで『君は大丈夫だ』って決めつけて、周りのことなんて全く考えない。

 

 甘い言葉に乗った先で、相手や自分が破滅する可能性を全く考えられないのだ。

 

 

(あんな思いはしてほしくない……そう思うのも、我儘なんだろうなぁ)

 

 

 きっと、押し付けてる時点で僕も皆と同じなのだろう。

 それでも、後輩には──まふゆには、先輩として同じ思いはしてほしくないから。

 

 

(奏のことも、気にしておこう)

 

 

 ほら、奏って猫に押し倒されるような人間だし。

 心配になるのも当然でしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 







☆マロ知識
マロによる奏の評価は放っておけない子。時々見える目が思い出を刺激してかなり嫌……苦手ではあるのだけど、それでも猫に倒されるような人間なので放っておけない気持ちが、今は勝っている。


……

まふゆさん評価は後輩扱いしてるのもあって、同族だと思ってるみたいです。猫被りを見てなくても何やかんやで後輩扱いしてきます。
……まふゆさんがマロのことをどう思ってるかは、また別の話ですけど。



今月は調子が良かったので、6月の更新は猫の鳴き声に因んで、6/2と8の付く日にも更新します。
宜しければどうぞ、お楽しみにくださいませ。

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