猫はシブヤにいます   作:大森依織

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可愛い姿は任せてください。






14匹目 猫と自撮りは使いよう

 

 

 

 

 

 

 今日も目が覚めてからというものの、体が少し熱かった。

 頭はボーっとしているというよりは澄み切っていて、体の調子はいつもより軽いぐらい。

 

 ここ最近、奏と単独で話してから……は、語弊があるか。

 お詫びにということでまふゆに聴いてもらう前のデモを幾つか聴かせて貰ってからというものの、ずっとこの調子だ。

 

 もしかしたらと思って外を練り歩いてみたものの、予想は外れて空回り。

 今まで通り、誰にも止められることなく快適なパトロールが終わった。

 

 

(おかしいな。異変があるから体が熱いはずなのに、なーんにもないぞ)

 

 

 気のせいで思い込みだったらいいのだけど、小さな異変が大きな問題を引き起こすのは怖い。

 今はセカイという不思議空間にお世話になっている身なので、自分から異変を持ち込むのは避けたかった。

 

 

(悩んでも答えは出ないし、セカイで起きたことはセカイに詳しそうなミクに聞くしかないか)

 

 

 悩んでパトロールを続けるよりも、ミクの方が別の視点で何かを見てくれるはず。

 そんな淡い期待の元、僕は今日も誰もいないセカイに繋がった糸を辿って跳んだ。

 

 

(よっと、こんにちは。今日もお邪魔させてもらうよ~)

 

「あ、マロ。いらっしゃい」

 

「は? え、はぁ?」

 

 

 セカイに降り立つと、聞き慣れた声と驚きの声が聞こえてくる。

 声を頼りに振り返れば、いつもどおりのすまし顔のミクと、驚きで目を丸める少女が1人。

 

 短めの茶髪に三つ編みが特徴的な少女は確か、絵名と名乗っていたか。

 前のように思わず触りたくなるようなヒラヒラが多い衣服でなく、まふゆとはまた違う制服を身にまとっているのを見るに、彼女も学生らしい。

 

 奏は学生じゃないので、朝でも昼でもセカイに出没する可能性があるのは知っていた。

 だが、学生である絵名がオヤツの時間付近にセカイにいるのはどうしてだろうか?

 

 考えてもわからないし、学生という身分も意外と自由なのかもしれない。

 猫には知らないことが多い世の中である。

 

 

「今、何もないところから飛び出してきたよね? どうなってるわけ……?」

 

 

 目を擦ったり細めたりしながらも、絵名はこちらと別の所へと視線を行き来させた。

 

 

(どうなってるって言われても、感覚的な話をするのは専門外だなぁ。こう、糸を辿って来てるというか)

 

「糸を辿って来てるんだって」

 

「いや、糸なんてどこにもないじゃん。ミクまで揶揄ってくるなんて思わなかったんだけど」

 

 

 揶揄ったつもりは欠片もないので、僕もミクも慌てて首を横に振る。

 1匹と1人が揃って否定する姿がツボに入ったらしく、絵名が僕らを見て「ふはっ」と吹き出した。

 

 

「ごめん、ごめん。しょっちゅう瑞希に揶揄われてるから、疑っちゃった」

 

「伝わったのなら大丈夫」

 

(こっちこそ、疑われるようなことをしてごめんよ)

 

 

 見えないものを説明することほど、難しいものはない。

 今度からはもっと、気をつけて移動しよう。

 

 

「私が思ってたより変な猫だってことにしとく。セカイって場所もおかしいんだから、まぁ。そういうものなんでしょ、うん」

 

 

 変というのは不本意だが、絵名なりに自分に言い聞かせているらしい。

 最後の方はぶつぶつと言っているので少し怖いけれど、これも僕が招いてしまった不注意だ。怖がるのはお門違いだろう。

 

 

「そういえば、マロはどうしてセカイに来たの?」

 

 

 そうミクが問いかけてくれたので、ここに来た目的を思い出した。

 危ない、危ない。ちょうどミクもいることだし、僕は早速本題に入る。

 

 

(最近、体が熱くて変なんだよね。ミクなら何かわからないかなって思って)

 

「体が熱いの?」

 

「え、風邪? 猫の風邪が人間にもうつるなら、距離とった方がいいかな……」

 

 

 絵名がこちらを警戒するように後ずさる。

 

 くしゃみも目ヤニも鼻水もないから風邪ではないし、人間に猫の風邪はうつらないから警戒しなくても良いと思う。

 今は絵名のことは横に置いて、体調の方を優先した。

 

 

(僕的にはセカイに関することが要因じゃないかと思うんだけど、何か心当たりはないかなって思ってさ)

 

「そういえば……マロ、濃くなった?」

 

(濃く? うーん、どうだろう。薄くなることはあっても、濃くなる理由なんてないと思うんだけど)

 

 

 ミクが指摘してくれたことは僕も考えたけど、パトロールしても何にも反応はなかった。

 そう考えると濃くなったというのも気のせいだと思う、のだけど。

 

 

(いや、他の人にも気付かれるぐらいまでは回復してないだけで、少しは濃くなってるのかな?)

 

 

 通常が1だと考えて、0から0.1に変わった程度じゃそこまで変化はないけれど、数値はちゃんと増えている。

 その程度の違いだと考えると、ミクも間違ってなければ僕も間違ってないわけだ。

 

 僕の予想は大きくは外れていないようで、ミクも首肯する。

 

 

「言われたらわかる違いだから、マロの予想はあってると思う」

 

「内緒話でも始めるの? ……私、邪魔ならあっちに行ってるけど」

 

 

 何もない方向に指差す絵名の反対の手には、まふゆが持っている物とはまた細部が違うスマホが1つ。

 

 

(そういえば。大きな声の少年も、スマホを使って写真を撮ろうとしていたな)

 

 

 写真。

 そうだ、まだ僕だけでは試せないことがあったんだった。

 

 

(ミク、ごめん。絵名に協力を要請できないかな?)

 

「絵名、マロが協力してほしいことがあるんだって」

 

「協力? 予定までまだ時間もあるし……私ができることなら、付き合ってあげなくもないけど」

 

 

 身構える絵名に、ミクを通して『写真を撮ってほしい』と伝えてもらう。

 僕がそんなことを言い出すとは思っていなかったようで、絵名は「写真?」と素っ頓狂な声を上げた。

 

 

「猫の写真ね、写真かぁ」

 

「絵名、嫌そう?」

 

「写真を撮ることが嫌ってわけじゃないんだけど、瑞希の言葉を思い出してムカつくというか」

 

「なら、やめておいた方がいい?」

 

 

 ミクが代理で問いかける言葉に、絵名はしわっとした顔を見せつつも首を横に振る。

 

 

「……投稿するわけでもないし、撮るぐらいならいいけど」

 

 

 苦しそうに導き出された答えは肯定。

 何か写真を撮るという行動に葛藤があるみたいだけど、1枚限りの実験なので許してほしい。

 

 

「普通に写真を撮ればいいんだよね?」

 

「普通じゃない撮り方とかあるの?」

 

「そりゃあ、盛ったり加工したり色々とできることは多いよ。ま、マロにはいらないだろうけどね」

 

 

 絵名の言動を顧みるに、写真を撮るのが嫌というよりも『猫の写真』というものに思うところがあるらしい。

 

 悔しそうに口を動かしながらも、絵名はスマホをこちらに構えた。

 

 

「パパッと撮るから逃げないでよ」

 

「にゃん」

 

「じゃ、いくよ……よし、撮れた」

 

 

 カシャっと高い音を鳴らして光を放つスマホ。

 あまり好きじゃない音と光が見えたので、ちゃんと撮れたのは間違いなさそうだ。

 

 

(写真、ちゃんと撮れてる?)

 

「絵名、マロの写真は撮れてる?」

 

「心配しなくても撮れてるわよ、ほら」

 

 

 絵名が見せてくれた画面には、確かにすまし顔の僕がきっちりと収まっている。

 

 

(おぉ、消えてない。カメラで僕の姿が見えるようになるぐらいには回復してるんだ)

 

「おめでとう、マロ」

 

 

 感動する僕にミクが小さく拍手を送ってくれた。

 そんな僕らのノリについていけない絵名はというと、呆れるような視線をこちらに向けてくる。

 

 

「……で、これって何を試してたの?」

 

「マロが写真に映るかどうか確かめてたらしい」

 

「えっ。それってつまり、映らない可能性もあったってこと? それって、幽霊じゃ……!?」

 

 

 さっと顔を青ざめさせると、飛ぶように鉄筋の後ろに隠れる絵名。

 風邪よりも幽霊の方が恐ろしい。そんな感情が透けて見えるぐらい、気持ちの良い逃げっぷりだ。

 

 

「マロって幽霊なの?」

 

(死んでないから幽霊じゃないでしょ)

 

「絵名、マロは幽霊じゃないって」

 

「ほほほ、本当に? 嘘じゃないよね!?」

 

 

 幽霊という単語に動揺していた絵名も、数分経つと落ち着いてきたらしく、恐る恐るこちらに戻ってくる。

 僕のことをじっと見つめると、絵名は震えた声で威嚇した。

 

 

「わ、私は悪くないから! 急に何もないところから出てきたり、写真に映らないとか怖いこと言う方が悪いの! わかった!?」

 

「に、にゃあ」

 

 

 り、理不尽な……

 

 そう思っても僕の気持ちはミクにしか伝わっておらず、ぷりぷりと怒る絵名には届かない。

 じろじろと僕のことを見回して、絵名は小さく唸った。

 

 

「やっぱり……よく見ても、あんたって綺麗なのよね」

 

 

 急に褒められても、どう反応したらわからない。

 固まったまま視線に晒されていると、顔色が良くなってきた絵名が目を細める。

 

 

「ねぇ、マロ。ちょっと私と写真を撮らない?」

 

「にゃ?」

 

「驚かしたお詫びだと思ってさ。ね?」

 

 

 ね、じゃないのだが……結果的に驚かせてしまったのは事実なので、お詫びも必要か。

 仕方がないので僕は絵名にされるがままに、抱き上げられる。

 

 

「じゃあ、写真を撮るから。いい感じに可愛い顔でよろしく」

 

(注文が雑じゃないかなぁ……)

 

 

 お詫びらしいから、やるんだけども。

 とりあえずスマホに向かって可愛い顔とやらをし始めた絵名を見習ってみよう。

 

 絵名がスマホの下の方へと指を這わせるのに合わせて、僕は精一杯の猫を被る。

 

 

「撮るよ、せーの」

 

(よーし──きゅるるん♡)

 

 

 ふっ、決まったぜ。

 僕がここまでサービスすることは稀だ。貴重な写真が撮れてよかったね、絵名。

 

 

「ありがとね、マロ……それで、写真は……狙った通り、中々良いじゃん。うん、これなら……」

 

 

 僕のことを下ろした絵名は感謝を伝えてすぐに、スマホの世界へと旅立ってしまった。

 その場で放置された僕とミクは2人で顔を見合わせてみるが、集中した絵名が気がつくこともない。

 

 

「すごく集中してるみたい」

 

(そうだね。絵名の邪魔にならないように、退散しよっか)

 

「うん」

 

 

 集中している絵名の邪魔をしないように、小声で話しながら僕達はその場を離脱する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──嘘でしょ……私のアカウントなのに、マロの方がいいね付いてるし! というかこれ、バズってるじゃん!?」

 

 

 セカイに奇妙な叫び声が響き渡ったのは、僕らが離れて数十分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 







☆マロ知識
マロによる絵名の評価は面白い子。反応がいいから見ていて楽しい。余計なことも考えなくて良いぐらい感情に素直なので、付き合いやすいらしい。
ただ……たまにスマホと睨めっこして「猫が、猫が」と変な声を出してる姿は心配になるんだとか。


…………


マロの体が熱かったのはただ単に、消化中で体温が上がってただけです。
風邪とは無縁の健康にゃんこです。

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