猫はシブヤにいます   作:大森依織

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警戒される方が安心する日が来るとは、思ってませんでした。






15匹目 可愛い猫とカワイイ子

 

 

 

 

 

 

 

 ガヤガヤと賑やかな道に、今日も忙しそうに見知らぬ誰かが通り過ぎる。

 

 規則正しいようで、ランダムな無数の足音。

 その中に混じる車の音や耳に悪い音のシャワーは、いつもと変わらない音の暴力だ。

 

 そんな喧騒の中を潜り抜けて、僕は道の真ん中に座ってみる。

 本来ならば車に『プップー!』と煩い音を鳴らされるぐらい邪魔で仕方がない行為だけど、数分ほどの実験なので許して欲しい。

 

 頭で考えた通りに道のど真ん中に居座れば、普通であれば邪魔だと叫ばれたり、舌打ちされたりと何かしらの騒ぎになるのだろう。

 しかし、誰1人としてこちらを一瞥することなく、まるで何かに引き寄せられるように、人も車も僕を避けていった。

 

 まるで、気分は王様のよう。

 尤もそれは──王様と呼んでも、きっと裸の王様に近いんだけどね。

 

 勝手に数分間の実験に協力してもらい、変化がないことを確認してから僕は道の端っこに戻る。

 

 

(今日も変わらず避けられるんだけど……それでも、奏ってすごいよね)

 

 

 奏の曲によって、おやつで雀の涙程度の回復を繰り返して自転車操業する日々から、あっという間にちょっとだけ余裕ができてしまった。

 これは初回だけの特別パワーなんだろうけど、それでも凄いものは凄い。

 

 

(見知らぬ誰かやまふゆを救う! とか言うだけあるんだよなぁ……あれで生活習慣が自滅的じゃなければなぁ)

 

 

 自分を削る救い方は、後々後悔するものなのだ。情報源(ソース)は反省してる最中の僕だから間違いない。

 まぁ、情報源である僕が偉そうにするなと言われたら、言い返せないんだけどね! ははっ。

 

 

(うむ……やめよう、これ以上は沼だ)

 

 

 だって僕は猫だもの。自虐は似合わない。

 自画自賛してるの方がらしいって言われるからね。はい、僕は可愛いから無罪判決〜。

 

 僕の無罪が決まったので、安心安全。

 気を取り直して歩こうとした僕の頭上に影ができた。

 

 

「おっ、やっぱりマロだ! やっほー」

 

「みゃっ」

 

 

 絵名が着ていた制服に似た衣服を見に纏った瑞希が、僕を上から覗いていたらしい。

 頭の上でヒラヒラと手を振る瑞希に、僕も尻尾を振り返した。

 

 セカイならともかく、シブヤの雑踏で出会うとは思わなかったのでビックリした。

 先にセカイで糸が繋がったからこそ、認識できているのか。それとも別の理由があるのか。

 

 とにかく、こちら側でも瑞希が僕を認識しているのは間違いなさそうだった。

 

 

「キミって本当に、ミクみたいにまふゆのセカイにいる子じゃなかったんだね」

 

 

 そう言う瑞希は僕がセカイで生まれたものだと疑っていたようだが、こちらで平然と歩いている姿を見たら認めるしかないらしい。

 

 

「マロ、ちょっとボクと話そうよ。よかったらここに飛び込んできて欲しいな」

 

 

 瑞希は左腕で抱くようなポーズを取り、右手で腕の中を指差した。

 代わりに歩いてくれるというのであれば、会話に付き合ってあげるのも吝かではない。

 

 姿勢を低くされている腕の中に収まれば、同意完了だ。

 にっと笑った瑞希は僕を抱えて人通りのある道を歩き始めた。

 

 

「マロってさ、ボクが思ったよりも不思議な子だったんだね」

 

 

 瑞希は前を向いたまま、こちらに語りかける。

 

 

「絵名から聞いたよ。突然セカイに現れたり、実は最近まで写真に映らなかったかもしれないんだって?」

 

「……にゃん」

 

 

 疑問の形を整えているけれど、確信したような口調で問いかけてくる瑞希に、僕は最低限の鳴き声で返す。

 

 

「今もちゃんと、ボクの言葉をわかってるみたいだしね。本当に──三毛猫の姿をしてるマロは何者なんだろうね」

 

 

 さっきまでの明るい声が嘘みたいな低い声が、疑念という剣となって僕に向けられた。

 

 

「ただ、こっちの言葉を理解してる風に見えるだけかなーとも思ったんだけど、手の形から狐だって理解してるのをみるに、随分と人側に馴染んでるんだよね」

 

 

 瑞希はピンク色の目を細めているから笑っているようにも見えるけれど、その目は一挙一動を見逃さないと言わんばかりに鋭い。

 

 

「ニーゴの皆ってさ、自分の名前をほぼそのまま使ったり、匂わせちゃうようなHN(ハンドルネーム)を使うところもあるし。ミクも警戒心があるようにも見えないから、代わりに確かめたいんだけどさ」

 

「……」

 

「キミは、何なのかな?」

 

 

 初めて向けられる警戒心に、僕は逆に安心してしまった。

 というか、今までがあまりにも見逃され過ぎていたというべきか。

 

 僕が猫でなくてもどうでもよさそうなまふゆや、まふゆが良ければそれでいいミク。

 奏も作曲の方に意識がいってて僕のことは気にしてなさそうだったし、絵名はたぶん、疑うのとかそこまで得意な子じゃなさそうだ。

 

 

(僕が、何なのか)

 

 

 瑞希に答える為にもちょっとだけ考えてみる。

 

 母も父も恐らく普通の猫で、僕もちょっと変わった三毛猫だった。

 ただ物凄く珍しいらしくて、とっても可愛かったから呪わ(愛さ)れてしまっただけで。

 

 じゃあ、今は? と言われると……猫なんだけど、猫とも言い難い部分も多く見せてしまっている。

 

 それでも敢えて言うならば、きっと──

 

 

(──僕は僕だよ、瑞希)

 

 

 無駄になるかもしれないけれど、どうか伝わって欲しいという気持ちも込めて、瑞希の視線に合わせる。

 数秒か、数分か。どれぐらいの長さ見合っていたのかはわからないけれど、先に視線を軟化させたのは瑞希だった。

 

 

「あはは。わかんないはずなのに、何となくわかっちゃったよ、マロ」

 

「にゃあ?」

 

「そもそも、自分が何かなんて聞かれるのは嫌だよねぇ。ボクもそういうのは嫌なのに、キミにやっちゃった……ごめんね」

 

 

 へにょりと眉を下げて謝ってくる瑞希は、猫相手に本気で謝っているらしい。

 

 

「にゃんっ」

 

「許してくれるの? マロは優しい子なんだね」

 

 

 瑞希の警戒心も当然のことなのだから、気にしなくても良いのだ。

 そういう意味も込めてもう1度鳴くと、瑞希は笑みを浮かべた。

 

 

「ボクもさ、似たようなことで何回も嫌だなぁって思ってたのに……キミに同じようなこと、しちゃったね」

 

「……」

 

「ボクはボクなのにって、いっつも思ってたのにさ。はは……あーあ、これじゃあ人のこと、言えないなぁ」

 

「にゃー」

 

 

 瑞希は何かに引っかかってしまって酷く気にしているようだが、猫相手にもちゃんと謝れるのだから気にし過ぎだとも思う。

 

 

「って、ごめんごめん。こんなこと言ってもマロも困るよね〜、はは」

 

「にゃー」

 

 

 別に、僕は話を聞くことしかできないから、困ることなんてないんだけど。

 勝手に決めつけられるのも気に入らないので、ヘラヘラ笑う頬を肉球で虐めてやった。

 

 

「ぬぉっ。マロ、待って。ほっぺた捏ねないでー」

 

「みゃっ!」

 

「うぅ、ボクが悪うございました〜。だから許してくださーいっ」

 

 

 瑞希が白旗を上げたので、肉球攻撃を止めた。

 手放される可能性もあるし、僕だって引き際は見極めているのだ。

 

 

「……ちゃんとやめてくれる辺り、マロってやっぱり賢いよね」

 

「にゃーん」

 

「すっごい自慢げな澄まし顔だねー、このこの」

 

 

 仕返しだと言わんばかりに、指で頭をうりうりと撫でられる。

 僕もやり過ぎたところがあるし、甘んじて受け入れた。

 

 

「うわ、聞いてたけど想像以上にもっふもふだ」

 

 

 目を丸くして撫でる瑞希のテクニックは中々のものだった。

 

 最近の子は猫を撫でるテクニック的なモノを習得しているのだろうか?

 初期の頃のまふゆ並みに上手いので、経験を積めばテクニシャンになる可能性を感じる。

 

 

「ごろごろ」

 

「あは、すっかりリラックスしちゃって。いやぁ、ボクって可愛い猫も虜にしちゃう才能があるのかもなー♪」

 

 

 ちょっと気を抜いたせいで、調子に乗せてしまった。

 

 何というか、瑞希って意外と気が合いそうなのが良くないんだ。

 まふゆみたいに慣れなきゃ怖い猫被りとかないし、つい懐に入られるというか。

 

 

「うにゃあ」

 

「抵抗するつもりかな? 残念だけど、ボクの手の中にいる内はおとなしくしてるのだ〜」

 

 

 僕は瑞希のなすがままに、うりうりと撫でられた。

 抵抗することも可能だけど、ガッツリと抱き抱えられているので、無傷で抜け出すのは難しそうだ。

 

 

(しょうがないにゃー。怪我させたくないし、サービスだよ?)

 

「あ、おとなしくなった。今のうちにちゃちゃっと移動しちゃおっか」

 

 

 ……サービスしようとした瞬間に、撫でるのをやめるのはなんなの?

 

 そんな僕の不満が伝わるはずもなく、今がチャンスと思ったらしい瑞希はすいすいと人混みの中を抜けた。

 軽い足取りで向かったのは、人の少ない公園だ。

 

 

「はい、とうちゃーく……ここならうっかり、学校の子にも会わないでしょ」

 

 

 そんなことを呟いてから、瑞希は慌てて口を押さえる。

 

 

「ごめん、ちょっと気が緩んでたかも。つい、余計なことを言っちゃった」

 

「にゃ?」

 

「あはは。まぁ、色々あってねー」

 

 

 首を傾げる僕から目を逸らしたものの、瑞希は頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。

 

 

「ボクがマロと遊んでたら色々と言われちゃうかもしれないし……人の言葉がわかっちゃうキミに、変な負担はかけたくないんだよね」

 

 

 よくわからないが、瑞希がこちらを気にしてくれているのだけは理解した。

 猫にも色々あるのだから、人間にだって事情があるのは当然のことだ。深くは聞くまい。

 

 

「みゃあ」

 

 

 まだ僕を抱えたままの瑞希の首元に頭を押し付ける。

 瑞希はまふゆの友達なんだから、猫である僕が口出しすることなんて殆どない。猫に倒されるような子は例外だけど。

 

 そう思ってるけれども、こちらの気持ちが通じるはずもなく。

 瑞希は何かを思い出したように「あっ」と呟くと、腕の中にいた僕を綺麗なベンチの上に下ろした。

 

 

「マロってこの後も暇?」

 

「にゃん」

 

 

 視線を合わせるように問いかけてくる瑞希に僕は頷く。

 僕はいつもフリーな猫だし、予定なんて呼び出しがなかったらないのだ。

 

 

「よかった! じゃあ、もうちょっと付き合ってよ。おやつもセカイで渡そうと思ってたから、偶然だけど用意してたんだよねー」

 

 

 鼻歌混じりに瑞希が取り出したのは鰹節だった。

 

 セカイで渡すつもりのものを持ち歩いてるのも不思議だけど、まぁ、そういうこともあるのだろう。

 貰えるのなら、ありがたくいただくのが僕の流儀である。

 

 

「はい、召し上がれ〜」

 

「にゃーん」

 

 

 おやつに飛びつく僕に視線を向ける瑞希が微かに声を漏らす。

 

 

「疑っちゃってごめんね」

 

 

 ……瑞希は律儀だし、繊細な子でもあるようだ。

 

 特に気になることなんてないんだけど、お詫びのつもりなら受け取っておくよ。

 そっちの方が、瑞希の気が楽になりそうだしね。

 

 

 

 






☆マロ知識
マロによる瑞希の評価は気の合う子。1人だけちゃんと警戒心も見せてくれたのも安心材料になったようだ。
マロも可愛いものには一定の理解があるので、偶にリボンとかを付けるぐらいには仲良くなったようで、同志扱いしてる時もある。


……

マロは何? と聞かれても、本猫も「猫です、両親も猫です。本当なんです……」としか答えられない不思議な猫(?)です。
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