まさかこうなるとは思ってませんでした。
ミクと話した翌日。
まふゆ達が人形展に行く予定だと聞いているので、僕は心置きなくフェニランに潜入していた。
有言実行キャットとして、金髪の少年の捜索も順調……と言えたら良かったのだが、そちらは難航している。
少年が言っていた『スター』という言葉はお星さま的な意味じゃなくて、人気者とか有名人という意味だとミクから指摘されたので、大きな舞台っぽい所に入ってみたものの、収穫はゼロ。
どういう手段で『未来のスター』になるのかも知らないので、舞台を回ることが正解なのかも不明だ。
許されるなら頭を抱えてみゃーみゃー鳴きたいくらい、八方塞がりだった。
(ま、そう上手くいかないよねー……フェニランの方も、上手くいってないみたいだけど)
僕のヒゲが明るい雰囲気の裏に隠れた寂れた空気を拾ってくる。
あのお爺ちゃんが自慢する場所からそんな空気を感じてしまうことに、時の流れを感じてちょっとだけ寂しかった。
(お爺ちゃんといえば、あのステージはどうなったんだろ)
中心地からかなり離れた森っぽい木々に囲まれた中にある、小さなステージ。
緑に囲まれたあのステージは僕も気に入っていたのだけれど、とにかく立地が悪い。もう取り壊されていてもおかしくないんだけど、念のために確認しよう。
(少年はいないだろうけど……ステージがあった場所なら、お爺ちゃんをひと目見ることができるかもしれないな)
不思議と人を笑顔できてしまう、絵本の魔法使いみたいなお爺ちゃんだ。
彼でも僕を認識できないだろうけど、遠くから見ているだけでも楽しいことをしているに違いない。
そう思った僕は迷うことなく、小さなステージがある場所に向かった。
(えーと……確か、この道だったかな)
賑やかな喧騒の中を抜けて、記憶を頼りに木々の間を進む。
管理が疎かになってそうな狭い道と人気のない周辺を見るに、やっぱりステージは残ってないかもしれない。
寂しさで胸が少しだけ痛くなりながらも先に進む。
歩くことに集中している僕の耳に突然、大きな声が聞こえてきた。
「──ぉぉおっっ!!」
(……おかしいな。聞き覚えのある声が聞こえたような?)
周囲を見渡しても音量に見合う人の影はない。
確かに僕の可愛い耳が拾ったはずなのに、おかしい状況だ。
訝しい気持ちはあるものの、僕は木々の間を抜ける。
苦労して狭い木々の道を抜けた僕に待っていたのは、懐かしいけれど随分とサビてしまったステージと──ピョーンと勢いよく空へと飛び立った人影だった。
「ふぅんっ、うりゃぁぁぁああっっっ!!」
「!?」
何だあれ? ……何なんだアレ!?
目を凝らさなくてもわかってしまう、弧を描くように宙を舞うあの姿。
(なんで飛んでるんだよ、少年!?)
僕の探し人である金髪の少年が、何故か寂れたステージで空を舞ってる件について。
一体何事なのか、誰か教えてほしい。
何でこんなところで人が鳥になろうとしてるのか、僕の頭じゃ理解できないんだ。助けて、まふゆ。
「とぉうッ、っと。すまーん! 少し休憩にさせてくれーッ!!」
「着地も綺麗だったように見えたけれど。もしかして、今のジャンプで怪我をしてしまったのかい?」
「いや、別件がこっちに来てくれたみたいでな。個人的な用事だから、怪我とは関係ないぞ!」
「そうなのかい? ふむ……時間的にも丁度いいし、ここで休憩に入ろうか」
まふゆとは違った薄めの紫髪の少年と何か話していた金髪の少年が、ぐるりとこちらを向く。
空を跳んでる間に僕の間抜けな姿を目撃されていたようだ。
猛ダッシュでこちらに駆けてくる少年にロックオンされた僕は、何もできずに接近を許してしまった。
「その特徴的な眉毛に、美しい毛並みの三毛……やはりな、お前はあの時の猫だろう!?」
「にゃー」
「む?
あの日、ちょっとの時間しか過ごしてないはずなのに、少年は僕のことをはっきりと覚えていたらしい。
どうして彼が僕を見て喜んでるのかはわからないけれど、騙したなと怒られるよりはよっぽどマシか。
「今度こそ、咲希に写真を見せてやるためにも……そぉーいっ」
「にゃっ?」
「
少年の好意的な態度に気を取られていた僕は、いつの間にか抱え上げられていた。
よもやよもやだ。僕があっさりと捕まってしまうとは……うん、それはいつものことだったね。
現実逃避しそうになったけれど、このままだとまずい気がする。
少年には見えているけれど、まふゆやサークルの皆以外の人間には未だに透明猫さん状態なのが今の僕だ。
このままだと少年が大声の人だけでなく、変人扱いされてしまう。
焦る僕の内心なんてわかるはずもなく、少年はそのままステージの上にいる人達に合流してしまった。
「あれ、こんな所に猫が来てるなんて」
「うむ、
「いや、知り猫って何なの?」
予想に反して、薄緑の髪の女の子は僕をちゃんと見て反応した。
「ふむ……あそこに猫がいるようには見えなかったけど、隠れていたのかな」
「それはわからんが、上からだとよく見えたぞ」
「ふふ、跳んでる状態で猫を見つけるなんて凄いじゃないか。そんな余裕があるなら、もっと跳んでも大丈夫そうだね」
「……それは本当に演出に必要なのか? お前が楽しんでるだけじゃないだろうな?」
訝しむような声をかけられても涼しげな顔のまま、薄紫の髪の少年は笑みを浮かべる。
「さて、どうだろうねえ……ほら、写真を撮るんだろう? 後で画像は送っておくから、構えてくれるかい?」
「ん? おぉ、そうだな。よろしく頼む!」
僕の目には丸め込まれているようにも見えるけど、猫じゃどうすることもできない。
薄紫髪の少年にスマホを向けられ、逃げられない僕は金髪の少年と一緒に写真を撮ることになった。
(その件は申し訳なかったし、いいんだけど……見られているもう1人分の視線の正体だけ、確認させてくれないかな)
不思議なことに、少年に捕まってからずっと視線を感じる。
恐らく僕が認識している3人以外……もう1人が視線の主だと思うのだけど、少年の腕の中に捕まっているせいで、前しか状況がわからない。
動けない状況の中、僕の視界の範囲外から強い視線をずっと感じるものだから、ヒゲがムズムズしてしまう。
「よし、写真を撮れたから今から画像を送っておくよ」
「感謝するぞ、類!」
写真も撮れたみたいだし、もういいだろう。
僕は少年の腕から抜け出して、何とか視線から逃げようとステージに向かって走る。
「あ、待ってーっ!」
だが、その選択肢は間違いだったらしい。
聞いたことのある声の主によって、僕は再び抱き上げられてしまった。
お爺ちゃんの庭みたいな場所なんだから、彼女もいてもおかしくないとは思っていたけれど……この声はもしかして。
「わぁ。このフワフワーのキラキラした感じ、やっぱりマロちゃんだ! 久しぶりだね☆」
(まさかお爺ちゃんより先に会うとは──久しぶり、えむ)
上を向くと、嬉しそうにピンク色の目を細める少女がいた。
瑞希と比べると明らかに鮮やかな桃色の髪は変わらなくとも、身長は記憶の中と比べると大きくなっているが間違いない。
僕が知るフェニランの主であるお爺ちゃんのお孫さん、
「む? えむはその猫のことを知ってるのか?」
「うん、この子はマロちゃん! おじいちゃんと友達の猫ちゃんで、私も昔からブンブン、わわわーってやってんだよ!」
うむ。昔はよく遊んでたね、懐かしいな。
「ということはこのマロという猫はえむの家の子なのか」
「んーと、ぐわっとされるのが嫌みたいだから、皆フワフワ〜ってさせてたみたい。皆に愛されてる子だから、うちの子にはできないんだよっておじいちゃんが言ってたよ」
なんと、あのお爺ちゃんは僕のことをそんな風に説明していたのか。
確かに僕は皆のアイドルと言ってもいいぐらい可愛いから、大きく外れてはいない。
どうやらお爺ちゃんも魅了してしまっていたぐらい可愛い猫な僕だから、愛されてるのも当然だよね。
「あ! そういえば、司くんはもうマロちゃんに自己紹介してる?」
「ん? 猫に自己紹介は必要なのか?」
「他の子はわからないけど、マロちゃんはキュピーンッてしてるんだよ。自己紹介した方がきっとワクワクすると思う!」
「そのキュピーンっていうのが何なのか、疑問があるが……求められたら答えるのもまた、スターだろう!」
何故かえむの言葉でやる気になったらしい金髪の少年は、カッと目を見開いて大声を出した。
「天翔けるペガサスと書き、天馬! 世界を司ると書き、司! その名も──天馬司! オレこそがワンダーランズ×ショータイムの座長にして、煌めく未来のスターだッ!」
……あ、はい。
ご丁寧にどうも、ありがとうございます。
「ふ、フハハハハハッ! バッチリ決まったな!」
「えぇ……猫が引くような自己紹介なんて、初めて見たんだけど」
自慢げな顔をする金髪の少年──司には、僕がドン引きしてることも、緑髪の子が辛辣なことを言ってるのも聞こえていないようだ。
「司くんへの反応を見ると……えむくんの言う通り、ある程度の知能があるのは間違いなさそうだね」
「でしょでしょ! 類くんもどうかな?」
「そうだね、マロくんだったかな。僕は
こっちはこっちで底知れぬ怖さを感じる。
演出家の類ということはわかったので、覚えておこう。忘れたら大変なことになりそうだ。
「なんで皆、猫に自己紹介してるの?」
「寧々ちゃんは嫌?」
「嫌というか、猫相手にするのは変でしょ……って、そんな目で見ないでよ」
今まで1歩引いた距離を保ち、呆れた顔でツッコミを入れていた少女がえむの視線に負けて、溜息を溢す。
「
「にゃん」
嫌がってる所、紹介してもらって申し訳ない。
寧々って名前はちゃんと覚えておくから、安心してね。
「あ……その、別にあなたが嫌ってわけじゃないから。猫に自己紹介するノリがわからないだけで」
「みゃっ」
それはそう。
こっちもこんな流れになるとは思わなかったから、寧々の気持ちはほんの少しだけわかる。
(さてと、そろそろえむの腕の中からお
そう思って顔を上げると、ふにゃりと笑うえむと目が合った。
「えへへ。皆に紹介もできたし、マロちゃんとも久しぶりに会えたし。何だかとってもわんだほーいって感じだね!」
「……みゃあ」
まぁ、僕も……もう見えることはないと思っていたえむと、再び話せたのはとても嬉しいよ。
☆マロ知識
鳳家のお爺ちゃんとはマブダチとのことだが、数年前から透明猫さんになっていたマロには1年前にあったお別れのことなんて、全く知らないのだ……