得意になったのは透明になってからなんですけどね。
人形展に行ったまふゆは、ちょっと体調を崩したり大変だったらしい。
そんな感じで山あり谷あり、なんやかんやした結果。
最終的に人形展のことをイメージした曲ができあがり、最近、その動画が投稿されたんだとか。
(ふむふむ。音楽にそこまで詳しい猫じゃないけど、今までのとはちょっと違う気がするな)
現在の僕は、いつもの中庭にてその曲を聴かせて貰っている。
今までの曲と一味違うように感じるのは、僕の気のせいじゃないはず。
前のも悪くはないけど、今回の曲の方が僕の好みだ。思わず頭をちょっと振ってしまった。
「それ、頷いてるの?」
「にゃー」
「そう……今日も変な行動をしてるね」
まふゆから尋ねてきたのに、興味がなさそうに教科書へ視線を戻す。
この様子だと、僕が否定したのも気付いてないだろう。
午後の授業から小テストがあるとはいえ、こうも興味を持たれないのも悲しい。
(ま、いつものことだけどねー)
余程の愛猫家ならこっちが嫌になるぐらい反応してくるのだろうけど、うちの後輩はそうじゃない。
距離感の問題は猫レベルの低さのせいだろう。今後に期待である。
(前みたいに僕が構わなくても、あの子達と対面するようになってからは落ち着いてるからなぁ。今は慌てずゆっくりと大きくなるのを見守りますか)
気分はまるで親猫だ。
僕は子育てや、そういうことはできないんだけども。
伸びしろの塊である後輩を見ていると、ついつい視線が上になってしまう。
「ふにゃっ!?」
そんなことを考えていたら、不意に鼻先を人差し指で突かれた。
「今、変なことを考えてなかった?」
「みぃ……」
指の主を見ると、恐怖の猫被りを見せられた。
なんという恐ろしさだ。これは素直に謝るしかない。
(むむ、親目線はダメかぁ)
小さくて毛玉な僕が親目線になるのはダメらしい。やはり僕は親よりも猫なのだ。
まふゆはきっと、僕に父性や母性ではなく、猫としての可愛さを求めているのだろう。
ならば、答えてあげるのが先輩猫としての務め。
まふゆよ、覚悟するがいい……!
「にゃ~ん♡」
「……」
……スルーされた。
そうだよね、勉強の方が大事だもんね。
(ははっ……寝るか)
勉学に勤しむ後輩を放置して夢の世界に旅立とうと目を閉じたのとほぼ同時に、僕の耳に足音が届いた。
「──あれ、朝比奈さん?」
今まで来たことがなかったお客さんがやってきた。
普段から、僕と一緒にいる時間ぐらいは嫌な思いをしそうな人を避ける『人避け』をしていた。
それがあまりにも効果覿面だったみたいで、今まで人がほぼ来なかったお昼休み。
そんな時間に現れた声の主はまふゆを認識できているので、恐らく友人的な存在だと思われる。
(まふゆの友人ねぇ。さて、誰かな?)
ゆっくりと目を開いて見えたのは、長身の女の子だった。
夏に眺めたくなる氷のような髪は、まふゆとは違った方向で猫パンチし甲斐がありそうな長さだ。
僕も猫界隈では美人と呼ばれているけれど、彼女もまふゆとは違うタイプの美人さんと呼べるだろう。
穏やかそうな雰囲気も、まふゆとは相性が良さそうである。
(でも、まふゆのクラスにこんな子はいなかったような?)
1年生の時も、2年B組になってから窓からこっそり覗き込んだ時も、ここまで目立つ髪の子はいなかった。
まふゆ以外の子は皆、落ち着いた髪色なのでここまで目立つ色なら見逃すはずがない。
そう考えると、目の前の少女はクラスメイトではないはず。
では誰だ? と首を傾げていると、まふゆの口から答えが出てきた。
「あぁ、
(部活で困ったこと、ね。友人さんは同じ弓道部の部員というわけか)
何故か部長や副部長と呼ばれるまとめ役な子ではなく、まふゆがいる教室に弓道部の準備のことで尋ねに来る後輩もいるし、僕も部活の存在については知っていた。
が、弓なんて集中力が必要なモノに猫がお邪魔するなんてこと、まふゆを思えば実行するはずもなく。
遠目で外観を見ているだけだったので、日野森という少女のことは全く知らなかった。
「偶然、朝比奈さんが見えたから声をかけたの。朝比奈さんは……勉強中だったのね、邪魔してしまってごめんなさい」
「え? あ、えっと……」
まふゆは開いていた教科書を閉じて、猫被り状態だとハッキリとわかるぐらい困った顔をする。
まふゆがちらちらとこちらに視線を送っているが、日野森さんとやらは全く僕を見ていないことに気がついたのだろう。
(あちゃー、そっか。僕が見えてないんだ、この子……ごめんよ、まふゆ)
まふゆが本気で勉強に取り組むつもりなら、行くのは中庭じゃなくて自習室である。
中庭にいる主題は勉学ではなくて
(それを説明しようにも、相手様には僕が見えないと)
それはまふゆも困ってしまうだろう。
今、まふゆの脳内では当たり障りのない言い分を構築しているに違いない。
そうして逡巡すること数秒ほど、まふゆは観念したと言わんばかりに苦笑いを浮かべた。
「内緒にしてほしいんだけど……実は、猫がいるんだよね」
「にゃっ!?」
思ったよりも早く答えを出したまふゆの口から出たのは、真っ直ぐ過ぎる爆弾だった。
友達には嘘をつきたくなかったのかなー、と思うんだけど。
僕が見えないんだから、まふゆが変な子だと思われるんじゃないか?
「え? 猫……?」
「うにゃにゃっ」
首を傾げる日野森さんと、慌てる僕。
どうすればいいのか、見渡す日野森さんとやらを見ながらうにゃうにゃ鳴くことしかできない。
「そういえば、鳴き声が聞こえてくるような?」
気を利かせたように首を傾げる日野森さんと、申し訳なさそうにまふゆが僕に手を伸ばす。
ごめん、と口を動かしてるのを見るに、まふゆも後悔してるようで。
どうしたものかと僕の小さな脳味噌もフル回転させていると、ふわふわと泳いでいた日野森さんとやらの糸が僕に触れる。
その瞬間──髪の毛の色とそっくりな瞳が、バッチリと僕の存在を捉えた。
「あっ、見つけた!」
「にゃっ?」
「こんなに近くにいるのに気が付かなかったなんて、ビックリしちゃった。あなたって隠れんぼがすっごく得意な子なのね」
(えぇ……これって『すっごく隠れんぼが得意』で済むレベルかなぁ?)
僕は困ってまふゆの方を見た。
まふゆも何とも言えない苦笑いでこちらを見る。
今の顔なら猫被りでも全く怖くないや。
今はまふゆの友達の天然さに驚けばいいのか、助かったと思うべきか。僕もまふゆも困惑していた。
「皆、気がついてないみたいだし、ビックリしちゃうぐらいの隠れんぼの達人みたいだけど……この猫ちゃんは朝比奈さんのお友達?」
「うん、私の猫だよ。いつも一緒にいるんだ」
「そうだったのね。じゃあ、その子との時間にお邪魔しちゃったのかな。勉強中とは違うけど、邪魔してごめんなさい」
「得意なのはいいんだけどね。どちらかと言えばその『隠れんぼが得意』な猫の方に原因があるから、日野森さんは悪くないよ」
しれっと僕に責任を押し付けて、まふゆは日野森さんと笑っている。
(……あれ? 今、何か聞き捨てならないことを言ってなかった?)
会話を思い返してみるが、しれっと僕に責任転嫁した印象が強過ぎて違和感の正体を掘り起こせない。
思い返している間にもうふふ、あははと楽しそうに笑ってるのが気になってしまって、僕は会話の中にあった違和感を忘れてしまった。
「ところで、その猫ちゃんは何て名前なの?」
「私はマロって呼んでるよ」
「あっ、この短い眉毛みたいな模様から付けたんだね。この子の特徴を掴んでいて良い名前だと思うわ」
(マロって良い名前なのかなぁ)
本猫はもう少し良い名前があったと思ってまーす。
マロ眉模様が特徴って、僕は三毛猫であって本体は目の上の模様じゃないでーす。
と、不満を訴えてみても、会話に花を咲かせている2人には全く通じない。
「私もマロちゃんって呼ばせて貰おうかな。よろしくね、マロちゃん」
「だって、マロ」
日野森さんとやらの笑顔は悪気がなさそうなのに、まふゆの笑みからは謎の圧力を感じる。
ぐぬぬ、僕はマロって名前が気に入ってるわけじゃないんだぞ。
先輩としてここはビシッと、強めにバシィッと……
「……にゃあ」
無理です。
言葉も何も通じない状況でとっっても怖い猫被りモードに対抗するなんて、よわよわ猫さんには無理なんです。
あっさり折れるしかできない僕は日野森さんとやらの手にも抵抗できず、そのまま頭を撫でられた。
うーむ、普通の腕前かな。
最近はテクニシャンが多かったから、逆に普通な日野森さんの腕前に安心する。
「人懐っこいわけでもなさそうだし、賢い子なのかな。とてもおとなしいのね」
「そうだね、先生達に見つからずに学校に入って来れる程度の賢さはあるんじゃないかな」
「あ、そっか。先生達に見つかったら大騒ぎだよね。そんな騒ぎが起きたって聞かないし、本当にすごい子なんだね、マロちゃん」
撫でる腕前は普通なのに、精神性があまりにもおっとりし過ぎていてまふゆとは違う方向で怖いな、日野森さんとやらは。
今も僕へのツッコミ所さんが大量発生しているはずなのに、ゆったりとした声と共に全部流してしまうのは感心すら覚えるよ。
僕は深くツッコまれなくてありがたいけれど、日野森さんとやらは本当にそれでいいのか?
……困ってなさそうだし、いいんだろうな。触れないことにしよう。
「そういえば、日野森さんはここで時間を過ごして大丈夫なの? 何か用事があって移動してたんじゃなければいいんだけど」
「……あっ、職員室に用があるんだった。ありがとう、朝比奈さん」
「ふふ、思い出せたのならよかったよ。気をつけて向かってね」
「ええ、また部活の時に会いましょうね。マロちゃんも、また会えたらよろしくね」
日野森さんはひらひらと手を振ってから、良い姿勢で廊下を去っていった。
まふゆも姿勢は良いんだけど、日野森さんはワンランク違う気がする。
何かそういうお仕事でもしているのだろうか。
僕でも見えない糸が、頭から天井に向かって伸びてるように感じる姿勢の良さだった。
「……ふぅ」
(あ、戻った)
そんな日野森さんとやらを猫被りな笑みで見送った後、まふゆはスンッとした顔に戻った。
友人相手にも猫被りしなくてはいけないのは大変だけれども、切り替える瞬間が見れるのはちょっと面白い。
「マロ?」
「み、みぃ」
あ、はい。ごめんなさい。
面白いとは思っちゃったけど、意外と学校の中でも仲が良さそうな子がいて安心したのも本当なんだよ。
だから先輩に圧をかけるのはやめよう? ね?
「……」
(ふぅ、許されたぜ)
目線が僕から教科書に移ったので、ホッと一息。
(それにしても、何で日野森さんとやらも僕を認識できるようになったんだろ?)
出会った当初は見えてなかったはずなのに、途中から認識できたのは何か理由があるはずなのだけど。
考えても答えが出なくて、僕の思考は予鈴の音と共に中断されたのだった。
☆マロ知識
見えなかったはずの人も、何かをきっかけで見えるようになっているらしい。
マロ視点だとヒントが足りないので、答えには辿り着けないのが残念である。
……
信仰心も広義的には想いの力と扱っても良いと思うんですよね。
……怒られるかもしれませんが。