猫はシブヤにいます   作:大森依織

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 変わらないと思っていた日々を過ごしていたら、後輩ができました。








2匹目 きっかけの日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の縄張りは昔に比べると狭いのだけど、一般的な猫にしてはかなり広い方だと思う。

 

 シブヤにいる野良猫(ノラっ子)家猫(イエっ子)は全員知っているし、野生限定だけど他の動物達との繋がりもある。

 

 そんな僕はいつものようにノラっ子達を見かけたら声をかけて、良いところを見つけたら昼寝を挟みつつパトロールを行って。

 異常がなかったので、その後は真っ直ぐお気に入りの場所に向かう……前に、今日は『塾』とやらがない日らしいので、猫見習いの後輩を迎えに行こう。

 

 

「──にゃあ」

 

「あっ、マロ」

 

 

 同じ性別の人っ子ばかり集まっている『宮益坂女子学園』という学び舎まで足を運ぶと、門の前で待っていたらしい後輩──まふゆが駆け寄ってきた。

 僕を見つけて駆け寄ってくるなんて後輩としての心構えは素晴らしい。猫ポイントをあげちゃう。

 

 ……だけど、『マロ』っていう、よくわかんないあだ名は不満だ。

 

 僕ってば綺麗な三毛猫なんだよね。ミケとかもっと他にも素敵な呼び名があったと思うの。

 そもそも『まろ眉』とは何? 皆、僕のことをマロって呼ぶのが不満なので、そこは猫ポイントマイナスである。

 

 

「念の為に塾がないって伝えてたけど、本当に来てくれたんだね」

 

「にゃん」

 

 

 そういうまふゆは今日も、ノラっ子達を驚かせそうな分厚い猫を被っていた。

 

 これじゃあ、今日も猫ポイントは差し引きマイナスだよ。

 まふゆが猫と和解できる日はまだまだ遠いね。

 

 

「にゃー」

 

「えっと、ごめんね」

 

 

 ふいっと顔を逸らすと、背後から謝罪が聞こえてきた。

 渾名への不満は全く伝わらないのに、自分に対する不満は何となくわかるらしい。

 

 何が悪いのかはわかっていないようだが、それは人間相手ならいつものこと。

 とりあえず謝ってるので、心の広い僕は許してあげよう。

 

 

「にゃあ」

 

「あっ、待って」

 

 

 人間の足なら追いつけるスピードで進んでいるので、待っての言葉は聞かない。

 どうせ待っても化けの皮は剥がれないので、さっさとお気に入りの場所の1つである公園に向かった。

 

 

「今日はここなんだね」

 

「にゃん」

 

 

 夕日があたり過ぎず、かといって暗くもないベストポジションのベンチを前に、まふゆはニコニコと首をかしげている。

 

 僕が飛び乗ったベンチの隣に腰を掛けても、まふゆは猫を被ったままだ。

 いつまでその顔をしてるんだと抗議も込めて、弱めの猫パンチをお見舞いした。

 

 

「ゔーっ」

 

「あっ、ごめんね……これでいい?」

 

 

 うむ。表情が瀕死状態だけれども、笑ってるよりかはそっちの方が怖くない。

 無理して重たい猫の皮を被るよりも、まだそっちの方がまふゆ的にも楽だろうし。

 

 満足して「にゃっ」と鳴き声を出した僕に、まふゆはぼそっと呟く。

 

 

「人には好評なんだけど、猫的には嫌なんだね」

 

「にゃん」

 

 

 当然だろう。むしろ、好評な人間側の感性がわからないぐらいだ。

 

 嫌な笑顔どころか表情も無くなってるしテンションも低いけど、アレよりは数倍マシ。

 というわけで……そろそろ例のあれ、もらおうか。

 

 

「にゃっ」

 

「……撫でたらいいの?」

 

「にゃーっ!」

 

 

 ちーがーうー!

 頭を撫でてなんて思ってなーい!

 

 頭を腕に当てたのが間違いだった。

 勘違いさせてしまうのなら、最初から猫パンチするべきだったよ、もう。

 

 今度は間違えないように、てしてしと鞄に前足を置く。

 頭じゃなくてこっちだ。僕はここにあるかもしれないブツを所望する!

 

 

「……あぁ、おやつがほしかったんだ」

 

「にゃん……にゃ?」

 

 

 その通り、と鳴き返した瞬間、僕の体が持ち上げられて膝の上に乗せられていた。

 

 あまりにも自然だったので、されるがままになってしまった。

 気が向いたら膝に乗るぐらいなら許してあげなくもないけれど、今はそれよりもおやつだ。

 

 

「にゃー」

 

「嫌なんだ」

 

「にゃあ」

 

「……はい」

 

 

 まふゆは何か言いたそうな顔で、本日のおやつである煮干しを差し出してきた。

 

 そんな顔をされても、このおやつと膝の上に乗るのとでは話が別である。

 その服を煮干しで汚してもいいと言うのなら考えなくもないが、それはやめておけと僕の勘が囁いているのだ。

 変なところに首を突っ込まないのも、野生の処世術である。

 

 

「……」

 

 

 貰った煮干しを食べ始めたのだけど、隣からの視線が痛い。

 他の学生のようにスマホっていうんだっけ。あの薄い板を取り出すわけでもなく、何か反応をするわけでもない。

 

 ただ、じぃーっと。

 瞬きするのも惜しいと言わんばかりに、こちらを見てくるのである。

 

 

「……にゃー」

 

 

 貰った煮干しを綺麗に平らげてから、不満を訴える。

 こっちの気持ちが伝わっているのかはわからないけれど、まふゆはじっとこちらを見つめたまま首を傾げた。

 

 

「やっぱり、猫だね」

 

 

 それはそうだろうよ。

 

 人間から見ても『綺麗な三毛猫』と呼ばれるプリティーキャットとは僕のことである。

 見える人が見たら全員、猫って答えること間違いなしの完全無欠の猫様なのだ。

 

 ……そう、僕が自慢しても伝わるはずもなく、まふゆは未だに首を傾げている。

 あれか。さっき、膝に乗せたがっていたのもこの僕を疑っているからなのか。

 

 

「にゃぁ」

 

 

 しょうがないなぁ。

 

 おやつを貰って気分もいいし、膝の上に乗るぐらいのサービスはしようではないか。

 乗ってあげたんだから、その無表情を崩すぐらい感謝してくれてもいいんだよ?

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 折角、僕が膝の上に乗って丸まったのに、無反応なのも何か嫌だ。

 ちょっとぐらい笑ったり反応をみせてよ……あっ、やっぱりいいです。その猫被りはいらないです。今すぐスンッとした無表情に戻ってください。

 

 

「変なの」

 

 

 君もねー。

 

 

「猫らしくないのに、猫にしか見えない」

 

 

 猫だからねぇ。

 

 

「……猫のことすらわからないって思うのに、自分のことがわかるようになるのかな」

 

「にゃぁ」

 

 

 それは猫相手に言っていい悩み事なのか、判断に苦しむけれども。

 たぶん、猫ぐらいにしか吐き出せないんだろうなぁって思っちゃったから、小さな脳味噌がフル回転する。

 

 

(まふゆが変な猫の被り方をするのも『自分のことがわからない』ってのと関係してるのかな)

 

 

 僕だって自分のことを完璧に理解してるなんて思ってないし、わからないことがわかってるだけでも儲け物じゃなかろうか。

 わからないのなら1つ1つわかっていけばいいのだから、慌てたり落ち込む必要なんてない。

 

 

(って考えられたら、自分がわからないって悩まないか。人間も大変だよねぇ)

 

 

 僕の場合は悩んだら大体、腹を満たせば解決するし、人間だって似たようなことはあるはず。

 煮干しなんて人間も食べられるだろうし……ほら、そのおやつをわけてあげるから元気出しなよ。

 

 

「追加で欲しいの? 太るかもしれないよ」

 

「にゃー」

 

「もしかして、くれるの?」

 

「にゃあ」

 

「そうなんだ。でも、いらないかな」

 

 

 予想外の言葉に、伏せていた顔を上げる。

 そこには猫よりも何を考えているのかわからないすまし顔があって、僕は首を傾げるしかない。

 

 まふゆは『自分がわからない』とか言うものの、律儀な子なのだろう。

 言葉が通じてるかもわからない猫相手にも、ちゃんと理由を話してくれた。

 

 

「……食べたって味がわからないから。煮干しならきっと、口の中がじゃりじゃりしてるだけなんだろうね」

 

「にゃ」

 

「中学の時から味がわからないの。だからこれは全部、マロの分だよ」

 

「に、にぃ」

 

「嫌そうな鳴き声。全部マロのなんだから、喜べばいいのに」

 

「にっ」

 

 

 おっもい話をされて喜べるわけがないよ、このおばか!

 僕は畜生だけれども、悲しいことを言ってる子を前にして『やったー』って喜べる程の外道じゃないよ。もう!

 

 

(ふぅ……こういう時は自分の賢さが憎いぜ)

 

 

 僕だと供物(たべもの)作戦はちょっとは効果があるんだけど、味がわからないまふゆには意味がないことだけは理解した。

 他に元気になりそうなことといえば、そういう気持ちだとか、後は……歌や踊りだろうか。

 

 

(歌ったり踊ったりと言ってもなぁ。僕、猫の歌い方も踊り方も知らないよ?)

 

 

 こっちは万年、歌も踊りも見る専門キャットだ。

 人間みたいに二足歩行でも鈴を持つ手があるわけでもないし、踊りは無理でしょ。

 歌も言葉が伝わらないのに、何を歌えというのか。

 

 それでも挑戦する気になれるものといったら……辛うじてできるのは歌、かな?

 色んな音楽を聴いてきたし、こんなにも可愛い僕なのだ。

 まふゆも思わず『わかった!』ってなるぐらい、素晴らしいものを披露できる可能性がある、はず。

 

 

「にゃー、にゃー、にゃー」

 

 

 おや? これは割といけるかもしれないぞ……?

 頭の中に流れる曲と自分の声が重なって聴こえる気がして、僕はノリに乗った。

 

 

「にゃー、にゃ、にゃー、にゃー、にゃー」

 

 

 これは完璧な歌唱なのではないだろうか。

 頭の中のイメージにピッタリ合ってた気がするし、これならまふゆも。

 

 そう期待込めて見たまふゆはというと、いつも以上に瞬きをしていた。

 

 

「……もう少し、考えさせて」

 

 

 そして、絞り出した答えがこれである。

 歌った後に考えさせてってどういうことなんだ。僕も反応に困ってしまう。

 

 

「その、もしかしてだけど……あれは、歌ってたの?」

 

「にゃあ」

 

 

 もしかしなくても歌ってたよ。

 そんな反応をされるよりも、下手だって言ってくれた方がまだマシだったかもしれないな、これ。

 

 

(まぁ……僕のアレが歌かどうかは置いておくとしても、だ)

 

 

 最終的に、僕の天使のような声で『暗い顔をどうにかする』という目的が達成できたので、結果だけ見れば僕の計画通り!

 

 流石は僕。

 なんか上手くいったし、全ての出来事は僕の肉球の上だったんだろうね。ふふん。

 

 

「凄く自慢気な顔だし、マロは本当に歌っていたんだね」

 

「にゃあ」

 

「あれを歌だと呼んでいいのかはわからないけど……たぶん、悪くはなかったと思う」

 

「にゃんっ」

 

 

 そう言うまふゆは全くもって笑っていないけれども、今だけはノラっ子達が逃げ出しそうな雰囲気が緩んでいる気がする。

 今なら他の子を紹介しても逃げることはないだろう。あ、勿論、猫被りの笑顔はなしって前提でね。

 

 

「マロ」

 

 

 ちょっとよろしくないかもしれないことを考えたのを察知されたのか、まふゆが呼びかけてくる。

 何を言われるのか警戒している僕の耳に届いたのは、予想外のすっとぼけた内容だった。

 

 

「よくわからなかったから。もう1度、歌ってほしい」

 

「にゃーっ!」

 

 

 イーヤーだーねーっ。

 よくわかんないって言ってる子のアンコールに答えるほど、僕は安い猫じゃないんだよーだっ。

 

 

「あっ、マロ……」

 

「にゃにゃ~んっ」

 

 

 今日のおやつのオマケ時間はこれにて終了。サービスタイムもおしまいなので解散だ。

 

 背後からちょっとだけ残念そうにも聞こえる声を無視して、僕は公園を走り去る。

 残念だったね、猫の気まぐれは止められないのだ。

 

 

「……歌、か」

 

 

 そうやって強制的なお歌タイムを拒否したからこそ、最後にまふゆが呟いた言葉の真意も、僕にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 








☆マロ知識
会った人間が大体『マロ』と呼ぶので、無視するのも可哀想だからと渋々、本当に仕方がなくマロで反応してあげている。
ただ、そのせいで余計にマロと呼ばれるようになっているなんてことは、本猫はわかってないらしい。
因みに、大体の人がマロと呼ぶ理由はというと、やはり眉毛にしか見えない特徴的な黒い模様のせいである。





……

5か0の日と言いましたよね。アレは本当なのですが。
まだ話数が少ないかなということで、間に追加です。



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