戦いは数らしいですよ。
(前半:朝比奈まふゆ視点 後半:マロ視点となっています)
「ミク、マロは嫌がっていた?」
千鳥足のようなフワフワとした足取りで、マロがセカイから消えた。
その姿を黙って見送った私は唯一、マロの言葉がわかるミクを見る。
「嫌というよりは、困惑が勝ってたみたい。別のことを考えてた」
私の隣でマロを観察していたミクは、ゆっくりと首を横に振った。
「そう……後でちゃんと話さないと」
いくら私でも、友達が嫌がっていることを自分の都合だけで押し付けるようなことはしない。
……ちょっとだけ、嬉しくなってしまったのは本当だけど。これでもちゃんと
「ねぇ、ミク。本当にあの首輪をつけてたら、ミクがマロを避難させることもできるんだよね?」
「うん。あの首輪はまふゆのセカイにあったものだから、マロとセカイとの繋がりは強くなったよ」
「よかった。これで……マロに何かあっても、ミクの力で逃すことができるね」
「そうだね。まふゆが心配してることは起き難いと思う」
ミクが頷いてくれたので、私は胸を撫で下ろす。
セカイで奏達を紹介してからというものの──マロは他の人に見えるようにと、頑張っているらしい。
人に会うこと自体は良いのだ。反対する理由もない。
人に見えない状態ということ自体がショックみたいだから、奏達に紹介したことも後悔してない。
マロが落ち込むぐらいなら、ある程度の人に見えるのは良いと思うし、私も応援するつもりだ。そうでなければ最初から邪魔している。
(でも……どんな人にも見えるのは、困る)
もしもマロの努力が叶って、私が知らない間に色んな人に見えるようになったら。
その結果──お母さんにも見つかってしまったら?
(少し離された程度なら、マロは自分で戻ってくると思う)
そこは私も疑っていない。
だけど──
(そうやって何度も物理的に距離を置いて、1匹で戻ってくるのがわかった時の……お母さんの行動が怖い)
今まで自分だけにしか見えなかった
明日も在ると思っていたものが、学校から帰ってきたら失ってしまったあの時や。
空いた空間を埋めるように、欲しいと思ってもないものが占領していく、重たい感情。
物も者も何もかも、気がついたらこぼれ落ちていったあの日々は──とても冷たくて、苦しくて、溺れてしまいそうで。
何もしないのは悪手だ。でも、マロの邪魔をするのは友達としてやりたくない。
(だから、首輪を付けることを選んだんだけど……マロには酷いことをしてるんだろうね)
セカイが創られてすぐにあった首輪や、付けた瞬間に口角が上がってしまった自分の気持ちにまで、今は素直になるつもりはないのだ。
飼われることを何よりも嫌がっていた子に、首輪という飼われている象徴を付けるのは悪いこと。そこは間違えてはいけない。
(……そう考えると、やっぱりマロの気持ちを無視した時点で悪いことをしてしまったな)
私が飼ってるように見せて外面を整えても、セカイとの繋がりを強化するのが目的な以上、マロが首輪に納得してくれないとダメなのだ。
(服とか靴って選択肢も浮かんだけど、そっちの方が嫌がりそうだな)
そもそも、私のセカイからそんなアイテムが発生するとは思えない。
何とか、納得できるように話さないといけなかった。
「ミクはマロの試してることがこのまま進むと、色んな人に見えるようになると思う?」
「まだ、わからない。今の所は順調そうだけど……」
「……そう」
順調なのを喜べたら良いのに、やっぱり素直に喜べそうにない。
どうしても頭の片隅に不安が燻ってしまって、胸が苦しくなる。
「まふゆ、苦しいの?」
「……うん。首輪を付けたマロの方が苦しいはずなのにね」
「比較しなくてもいいと思う。それと、悪いことばかり考えちゃうなら、良いことを考えてみるのはどうかな」
「良いこと?」
マロが見えていいことなんて、マロ自身が喜ぶ以外にあるのだろうか。
「今は悪いことばかり考えちゃうかもしれないけど。きっと、その中には嫌じゃないことや、悪くなかったこともあるはず」
「嫌じゃないことや悪くなかったこと……」
それなら思いつく。
さっきの絵名の弟とのやり取りも、マロを手放してしまうことに不安はあったけどすぐに決まって助かった部分もあった。
マロが見えていた上で、飛び出してくれなかったら起きなかったことなので、これも悪くない。
(後は、日野森さんのことも)
今までは部活のことは話しても、それ以外の話はあまりしなかったから。
でも、改めてマロを間に挟んで話した時間は、振り返ってみても嫌じゃなかった。
(私、嫌じゃないって……悪くないって思ってるんだ)
ずっと『わからない』って思っていたのに、意外とわかってることもあったことに、今更気がついた。
まだまだわからないことの方が多いが、いつの間にか何となく言葉にできるようになっていたなんて、不思議な状態である。
(ううん、これもマロが原因か)
事あるごとに『どう? 可愛いでしょ?』と自慢げな顔をして、私にその日あった話や曲の感想を求めてきて。
少しでも自分の言葉じゃないと判断されたら、顔に肉球を押し付けてくる荒療治をされてきた日々。
どれだけわからなくても、何日も繰り返していたらある程度は勝手がわかる。
それを今、やっと意識できたのだ。
(……このまま進めば、本当にわかるようになるかもしれないな)
奏や絵名や瑞希と一緒に作って、偶にマロと一緒に他の人と関わって。
そうしていけば、わからないこともわかるようになるかもしれない。
「ミク」
「どうだった?」
「皆に見えるのは嫌だけど、悪くもないみたい」
「そっか、よかったね」
「うん。このままいけば、いつかは私も──」
見つかるかもしれないね。
と、言葉にする前に、頭の中に奏の姿が過ぎった。
──大丈夫だよ、雪。絶対に、いつか救ってみせるから。
震える手で、私は自分の口元を押さえる。
「……ぁっ」
「まふゆ?」
「ごめん……今の話は全部、忘れて」
「え?」
ミクが目を丸くして、私の前に回り込む。
「どうしたの、まふゆ。苦しいの?」
「違う、違うの。ただ……だめなの」
「何が?」
「まだ、これはそのままにしなきゃだめなの。だから、お願い。忘れて、黙ってて」
(根本を放っておいたまま、呪いは解いちゃダメだ)
曲を作り続けてくれる約束をした以上、私だけ勝手に抜け出すのは何か違う。
それが何なのかはわからないけど、今までなら飛びついていたことが『嬉しくない』と思ったのだけは、確かだった。
「……わかった。マロに首輪を伝えること以外は、なかったことにしておくね」
「うん……ごめん」
「謝らなくていい。まふゆが必要だって思ったのならそれでいいし、今は慌てなくて良いよ」
ミクは糸の切れたマリオネットへ目をやり、少しだけ口角を上げた。
「つい最近、人形展に行って曲を作ったばかりだよ。そんなに急いで結論を出さなくても、今のまふゆはいいんじゃないかな」
「……そうだね」
奏が曲を作ってくれるのか、私が見つけてしまうのか、どちらが早いのかはわからないけれど。
どちらかに集中する理由もないし、今は自分が見つからない焦りもない。
「ミク、忘れないうちにマロを呼んでくれる?」
「もう?」
「喋ってる間にマロも落ち着いたと思うから」
「わかった。呼んでみるね」
ミクは頷いてから、両目を閉じてそのまま動かなくなる。
私のことについては慌てる理由はないものの、マロの件は対処が必須だ。
(頑張って説得しないと)
マロがセカイに来るまでの間、私は頭の中で話の流れを考えていた。
…………………………
《side:マロ》
── 呼ばれてセカイに来たら、とんでもない話をされたことについて、誰か真相を教えてほしい。
(まっさかー。いくら何でも、まふゆのお母さんが物理的に僕をどうこうする可能性なんてないでしょー……ないよね?)
「お母さんが見えるようになっても、1度目は比較的穏便だと思うよ。2度目からはわからないけど」
(それって2回目からは物理の可能性があるってことじゃん!)
まふゆは言葉を濁しているけれど、保健所と呼ばれる野良っ子の天敵が相手になるーとか。
話を聞いている限りでは、すっっっごい面倒なことになるのは間違いないだろう。
僕の意識がある間は何をされても応対するが、害意のある人間なんて何をしてくるかわからない。
意識がない時に好き放題されたら無力だ。そこまで僕は無敵じゃない。
それを心配して、まふゆ達がこのセカイとの繋がりを補強してくれようと試みているのは理解した。
首輪以外を希望して、代わりに家っ子が『外して欲しい』と言う服とか靴とかに代替されるのも、すっごい困る。
そんなのを付けて生活していたら本当に毛が全滅してしまうので、妥協するしかないのかもしれないな。
(はぁ……なんて厄介な問題なんだーっ)
身の危険をひしひしと感じるので近くの鉄筋の隙間に潜り込み、防御態勢を築く。
今だけは、狭い場所が人間で言う温泉の如く僕に癒しを与えてくれた。
「マロ、また変なことしてる」
まふゆが呆れるような目を向けてくるけど、構うものか。今は安心感が最優先だ。
狭くて落ち着くところで考えをまとめてから、僕は改めて2人を見る。
(あぁでも、そういう危険があるのなら猶更、見える人は作った方が良さそうだね)
「危険があるから、見える人を作るの?」
「どういうこと?」
まだまだウチの後輩達は考えが及ばないようだ。
ミクとまふゆが揃って首を傾げるので、僕は胸を張った。
(いいかい? 『将を射んと欲すればまず馬を射よ』って言葉があるように、警戒するべき相手がわかっているなら、周りを味方で固めるのが1番なんだよ)
「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ……?」
ミクは理解ができなかったようで、話の内容をそのまままふゆに伝えた。
珍しくストレートに伝達された話を聞いたまふゆが、目を細める。
「味方で固めるのと、お母さんへの対策に何の関係があるの?」
(もしも逃げることになった場合、味方が多い方がいざって時に頼れるでしょ。いくら強いボス猫が相手でも、周りの猫達を呼んで集団戦に持ち込めば勝率も倍増さ)
「結局、猫の話なんだね」
ミクを介して話を聞いたまふゆは肩を落とした。
猫だから猫で例えてしまったのが悪かったらしい。回りくどいことはするものじゃないね。
(まふゆに当て嵌めるのなら……お母さんの相手をするなら、お父さんを味方にすればいいよってこと)
「お父さんを味方に?」
(ここ1年近く、まふゆの話を聞いているけれど。お母さんと2人で話すことはあっても、お父さんと2人きりで話したことはなさそうだし。ちゃんと向き合って喋ったら案外、お父さんも味方になってくれるかもよ)
「……」
ミクの通訳を聞いたまふゆは黙り込む。
そのまま何も言わずにスマホを取り出すと、セカイから消えてしまった。
(……僕、何かやっちゃったかな)
「マロはまふゆに何かされてるけど、まふゆにも何かしてるよね」
(うぐぅっ)
猫なのに、にゃーとも鳴き返せないぜ……
☆マロ知識
もしも、3色の糸が見つかってなかったら。
その場合、後輩は一部の三毛猫がものすごーく好きになるけれど、主因であるマロが頑張ってくれるので、後輩だけは救われる結果になる。
マロがちゃんと3色の糸を見つけたので、とんでもないネコスキーは生まれなかったようだ。
めでたしめでたし?
……
ライン越えを躊躇わなかった場合、セカイに来て3日後にはマロの首に同じものが付けられて、上機嫌なまふゆさんが目撃されたことでしょう。
まふゆさんの自制心がなければ大変なことになっていました。危ないですね。
まふゆさんのお父さんとの関係については、作者が勝手に解釈した独自設定です。
恐らくですが、1対1では話してないように思うんですよね……気にはしていてもお母さんに任せてそうっていうのが作者の偏見です。
7月分も調子が良かったこともあり、『