猫はシブヤにいます   作:大森依織

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許され……ました?





24匹目 ノンアレルゲンな猫

 

 

 

 

 

 次の日になっても、まふゆが黙ってセカイから消えた理由はわからなかった。

 恐る恐るお昼の時間に中庭に侵入し、まふゆの様子を窺っても調子は変わらず。

 隣に座ってもいつも通り、目立った反応もないままお弁当を食べていた。

 

 

(怒ってるってわけでもなさそうだし……わからないな)

 

 

 思わずまふゆの癖が出てしまうぐらいには、悩ましい。

 

 

(──ま、いっか!)

 

 

 うにゃうにゃと考えて数分程、考えても答えが出ないので諦めた。

 出ないものはしょうがないもの。僕は頑張ったから、気にするのは終わりだ。

 

 

「にゃーお!」

 

「考え事は終わったの?」

 

「にゃんっ」

 

 

 相変わらず素っ気ないまふゆの声に元気よく返して、体をグイッと伸ばす。

 頭も体も解してから、僕はベンチの上で再び丸くなった。

 

 

「こっち」

 

「うにゃあ」

 

 

 が、まふゆの手によって膝の上に移動した。お弁当箱から僕へと交代の時間のようだ。

 うちの後輩、本当に手の届くところに僕を置くのが好きだよね。

 

 

(いや、違うか……まふゆは不安なんだろうな)

 

 

 仮にまふゆのお母さんに見えるようになったとしても、僕はそう易々と捕まるような猫じゃない。

 それでも後輩が心配するのであれば、安心させてあげるのが頼りになる先輩の仕事だろう。

 

 理論武装も早々に終わらせた僕はぼんやりと、平和な時間を堪能する。

 今日のまふゆも何も触らず、昼休みの時間をまったりと過ごしている中、こちらを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「あら。朝比奈さんにマロちゃん、こんにちは」

 

 

 おっとりとした声で呼びかけてきたのはまふゆの部活仲間である日野森さんとやらだ。

 未だにフルネームを把握していないけれど、見えるようになってからは偶にお話しする間柄である。

 

 

「こんにちは、日野森さん」

 

「にゃーん」

 

「ふふ、今日も2人は仲良しだね」

 

 

 ニコニコ笑っている日野森さんとやらも、変わらないように見えて何よりだ。

 

 まふゆと同じく、薄皮1枚の状態で日々を過ごしているのなら、話は別だけど。

 日野森さんはウチの後輩とは違い、ヒゲに引っかからない程度には元気そうだった。

 

 

「日野森さんは今日もマロを撫でに来たの?」

 

「ええ! ……と、言いたいところだけどこの後、友達と会う約束をしてるの。その子が猫のアレルギーだから、撫でるのはやめておこうかなって」

 

「友達がアレルギーなら、撫でるのはちょっと怖いよね」

 

 

 僕は抜け毛の心配もないノンアレルゲンな猫だけれども、人間には気持ち的な配慮も必要なのは知っている。

 絹にも負けない毛並みが魅力的な僕を触れないのは残念だろうけど、また次の機会だね。

 

 

「にゃーお」

 

「マロちゃんもありがとう。今日は触れないけど、見てるだけで元気になるわ」

 

 

 ついに、僕の可愛さが日野森さんの心の栄養剤となったのか。嬉しいことを言ってくれる。

 今日は余裕があるからちょっとだけサービスして糸を調整してあげよう。ていっ。

 

 

「また何も無いところをパンチして……日野森さんの言葉が嬉しかったみたいだね」

 

「そうなの? マロちゃんも私と同じ気持ちなら嬉しいわ」

 

 

 雫の嬉しそうな笑みに、まふゆも猫被りの笑みで応じる。

 

 

「ところで、日野森さんは友達との約束っていうのはいいの?」

 

「あっ、そうだった。早く行かないと愛莉(あいり)ちゃんに心配かけちゃうかもしれないわ」

 

 

 日野森さんが『まずい』と顔に焦りを浮かべるのと、その声が聞こえてきたのは殆ど同時だった。

 

 

(しずく)! ここにいたのね!」

 

「あ、愛莉ちゃん?」

 

 

 声とともに現れたピンク髪の少女に、日野森さんは目を丸くした。

 同じピンク髪系統でもどちらかというと瑞希のような薄めではなく、えむに近い濃さを感じる髪を揺らして、『愛莉ちゃん』と呼ばれた少女は駆け寄ってくる。

 

 日野森さんの隣に並ぼうとしたのだろう。少女は丁度、まふゆの前に位置取りした。

 こちらとの距離がかなり近いものの、相手には僕が見えていないので全く気が付いていないようだ。

 

 

「もう、中々来ないから探しに来ちゃったじゃない。って、人と話してたのね。邪魔しちゃってごめんなさい」

 

「う、うん。たぶんその辺は朝比奈さん達も許してくれると思うんだけど……その、愛莉ちゃんはここに来ちゃって大丈夫なの?」

 

「? 何の話?」

 

 

 おずおずと尋ねる日野森さんに、少女は首を傾げる。

 さっきの会話と日野森さんの反応。そして、後の言葉でどんなに鈍くても気が付いた。

 

 

「朝比奈さんの膝の上に、マロちゃんが……猫が、いるんだけど」

 

(やっぱり、この子が話題のアレルギーっ子か!)

 

 

 疑問が氷解してすぐに、僕はまふゆの肩に飛び乗ってベンチから離れた。

 踏み台にしてしまったまふゆには申し訳ないけれど、今は緊急事態だ。許してほしい。

 

 

(猫アレルギーとやらがどんな反応なのか知らないけど、ここまで離れたら大丈夫な範囲だよね?)

 

 

 ベンチの裏にある茂の前まで距離を取ってから振り返る。

 僕的にはナイス判断だと思ったのに、視界に入ったのは目を丸くしている3人の姿だった。

 

 

「わぁ、猫ってよく飛ぶのねぇ」

 

「というかどこにいたのよ、あの猫!? 急に現れたように見えたんだけどっ?」

 

 

 呑気な日野森さんの声の後に、鋭いツッコミが響き渡った。

 どうやら少女も見える人側だったらしく、急に僕を認識してしまったせいで混乱しているようだ。

 

 

「マロちゃんは隠れるのが得意な子だから、近くにくるまで愛莉ちゃんもわからなかったのね」

 

「そういう話ならあの子、忍者もビックリなぐらい隠れてたわよ!?」

 

「マロちゃん、すごいよね。ところで愛莉ちゃん、体は本当に大丈夫? 無理なら無理ってちゃんと言ってね」

 

「……そういえば、かなり近づいてたみたいなのに何もないのよね。いつもならくしゃみぐらいは出るのに」

 

 

 少女は自分の体を隅々まで確認してから、首を傾げた。

 唯一、僕のことを知っているまふゆは苦笑いを浮かべているけれども、僕がノンアレルゲン体質だなんて想像すらできないだろう。

 

 

「こんなところに猫がいるなんて思わないよね、ごめんなさい。それで、えぇっと……」

 

「雫の友達よね? わたしは桃井(ももい)愛莉、雫とは同じクラスなの」

 

「私は朝比奈まふゆです。日野森さんとは部活で仲良くさせてもらってます」

 

「あぁ、弓道部繋がりなのね。同級生だろうし、敬語なんていらないわよ。猫を驚かせてあんなところまで逃がしちゃった上に、同い年の子に敬語を使われたら気まずいもの」

 

「……そうなの? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

 

 僕が距離を取ってる間に何故かまふゆと少女──愛莉が仲を深めていた。

 これが本当の蚊帳の外。物理的にも会話的にも外だなんて、僕も初めての経験だ。

 

 

(というか、日野森さんとやらのお名前、雫って言うんだね)

 

 

 日野森さんとやらは、日野森雫さんだったわけだ。

 いつまでも『とやら』呼びは違和感があったし、この際に愛莉と一緒に日野森さん呼びを卒業して雫と呼ばせてもらおう。

 

 勝手に2人の呼び方を決めていると、まふゆ達も勝手に話を進めていた。

 

 

「さっき、それらしい話を聞いたんだけど、桃井さんって猫のアレルギーなんだよね?」

 

「えぇ、残念なことにわたし、猫アレルギーなのよ」

 

「やっぱり。桃井さんがアレルギーなら、私はあの猫を膝に乗せてたし、あの子を回収して離れるよ」

 

「あー。そのことなんだけど、あの子って本当に猫なの?」

 

 

 愛莉の困惑が伝染するように、猫を被った状態のまふゆも目を瞬かせる。

 

 

「え? ……えーと、マロは三毛猫にしか見えないけど、日野森さんはどうかな?」

 

「私? 私もマロちゃんは猫に見えるよ」

 

 

 急に話を振られた雫も同意したせいか、愛莉は悩ましげに唸った。

 

 

「そうよねぇ。どう見ても猫なのよねぇ……」

 

 

 全員揃ってこちらを見るだけならまだ僕も理解できたのに、何故かアレルギーだという愛莉がこちらに近付いてきた。

 

 

(いやいや、お嬢さん。(ぼく)に近付いたら危ないからアレルギーと呼ぶんじゃ無いのかい?)

 

 

 逃げるべきか迷っている間に、ずんずんと僕の前まで来てしまう愛莉。

 

 

「愛莉ちゃん?」

 

 

 雫の困惑する声もなんのその。怖いもの知らずなのか、とうとう愛莉は首を傾げつつも僕に手を伸ばしてきた。

 

 

「にゃっ」

 

「あっ」

 

 

 愛莉が触ってしまう前に僕は自分の身を引き、まふゆの方へ駆け寄った。

 

 僕は自分のことを知ってる猫だけど、愛莉の方は僕を知らないわけだし、変なことはしない方が安牌でしょ。

 

 

「マロも桃井さんが心配みたいだね。そろそろ昼休みも終わるし、私はマロを外まで送ってから戻るよ。それじゃあ、またね」

 

「ありがとう、朝比奈さん、マロちゃんも。またね」

 

 

 僕を抱えたまふゆは素早くその場を離脱して、校門近くまで早歩きで向かった。

 

 

「……何とか終わったね」

 

(ホントになー)

 

 

 お互い、色んな意味で猫の皮が危なかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マロを抱えたまふゆの背中を見送った雫は、愛莉を見ながら眉を下げた。

 

 

「愛莉ちゃん、アレルギーなのにマロちゃんに近寄るのはダメだよ」

 

「……そうよね、ごめんなさい」

 

「本当に心配したんだから。体は何もない? 強がってたりする?」

 

「本当に何もないのよ。くしゃみも体の怠さもないし……あの子が本当に猫なのか、疑っちゃうぐらい」

 

 

 言われてみれば、と雫は手で口を押さえた。

 

 愛莉は猫アレルギーで、偶に遭遇する猫に至近距離まで近付かれては、くしゃみする姿を雫も目撃していた。

 何回かくしゃみしていてもおかしくないぐらい、マロと愛莉が近い場面はあった。

 

 が、何故か愛莉はそのどの場面でも、反応どころかくしゃみすらもしていない。

 まるで──アレルギーなんてなかったかのように。

 

 

「もしかして、マロちゃんの隠れんぼの才能はアレルギーにも効いてるのかしら?」

 

「そんなわけないでしょ……と言いたいところだけど、あのマロって三毛猫にはそれらしい症状も出てないのよね」

 

 

 こうして喋っている間に時間も過ぎているはずだが、それでも愛莉は何ともなさそうで。

 

 

「マロちゃんは不思議な猫ちゃんなのね。でも、愛莉ちゃんに何もなくてよかったわ」

 

 

 考えてもわからなかった雫は、愛莉に何もなかったことを喜ぶことにした。

 

 

「そうね、わたしも軽率だったわ。あの首輪を見るに、朝比奈さんの猫なのよね? 今度、お詫びしないと」

 

「ええ、一緒に朝比奈さんとマロちゃんにお土産を買っていきましょうね」

 

 

 もう1度近付いてみて、何かあれば薬を持参して対策しておくのでそれで対処して。

 

 

「──何もなかったら、わたしが唯一可愛がれる猫になるかもしれないわね」

 

「愛莉ちゃん、ぼーっとしてどうしたの?」

 

「何でもないわ! さ、予鈴が鳴る前に教室に戻りましょ!」

 

 

 ほんの少し漏れてしまった欲望に蓋をして、愛莉は雫を連れて校舎に入っていった。

 

 

 






☆マロ知識
自己申告通り、毛も消えるヤツにアレルギー反応が出るようなナニカなんて存在していなかった。
問題は相手の気持ちだけであるが、それが1番の問題でもある。


……


私もマロみたいなふさっふさの三毛猫を思う存分、触りたーいっ!
毛のある子をわしゃわしゃして一緒に寝たりしてみたーいっ!
シブヤだけじゃなくてウチの家にも来てほしーいっ!

……ふぅ。
本作品はそんな欲望と理想もエネルギーとして作られております。


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