猫はシブヤにいます   作:大森依織

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今は人だけでなく猫すら派遣する時代のようです。







25匹目 派遣猫は不貞寝する

 

 

 

 

 今日もお昼はまふゆと過ごしてからお昼寝をし、パトロールも終わらせて充実した1日だった。

 

 外はもう真っ暗だし、寝ること以外にやることもない。

 少しだけミクと話そうかと思ってセカイへ跳べば、正座してる奏と無表情で仁王立ちしているまふゆに遭遇してしまった。

 

 

(あー、お邪魔しました?)

 

 

 周りにはミクもいないし、背後に鬼が見えそうなぐらい恐ろしい気配を纏うまふゆを邪魔するのも忍びない。

 さっさと退散してしまおう。それがいい。

 

 

「──あ、マロ。ちょうどいいところに」

 

 

 僕の判断は遅かったようで、正座中の奏に声をかけられてしまった。

 奏の声に反応してまふゆも振り返ってしまったので、もう知らぬ存ぜぬでは通せない。

 

 

「うにゃあ」

 

「マロ、今から奏の家に行ってきて」

 

「にゃ?」

 

「家の前で待機してほしいってわけじゃないよ。部屋の中で奏の監視をしてほしいって話」

 

「……にゃぁ?」

 

 

 まふゆの言葉を理解するのを、僕の小さな頭が拒絶した。

 

 何がどうしてそうなった?

 そもそも奏の家も知らない猫に、乗り込んで来いと言うなんて尋常ではない。

 

 

(まふゆも奏の生活習慣に対しては深く突っ込んでなかったみたいなのに、急にどうしたんだ?)

 

 

 何か心境の変化でもあったのか。聞きたいのにこの場にはミクがいない。

 誰かー、僕に足りてない状況の説明をしてくださーい。

 

 

「じゃあ、奏はマロを持って帰ってね」

 

「え、でも」

 

「マロを、持って帰ってね」

 

「うっ、うん……」

 

(……僕の予定は聞かないんだねぇ。別にいいけどさ)

 

 

 結局、まふゆが暗黒優等生スマイルで怒ってるのと、その原因が奏にあること以外は何もわからず。

 僕はセカイに来て早々、奏の家へと派遣猫されることになった。

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

「──っと。マロもちゃんと来てるね」

 

「にゃーん」

 

 

 奏の頭の上に乗って光に包まれると、奏の部屋らしいごちゃっとした場所に辿り着いた。

 

 今日の奏は猫を抱き上げるのも危うい悲しき生き物だった為に、妥協案としての『頭乗せ』だったのだけども。

 足の踏み場もない部屋を見てると、頭に乗る選択は正解だったように思う。

 

 

(それにしても、まふゆが昼休みも学校に来なくていいって言うなんて……奏は何をしたんだ?)

 

 

 どこかむすっとしてるようにも見える無表情でまふゆがオーダーしてきたのは『家事代行の人が来る明後日まで、奏を見守ること』と『しょうがないから、明日のお昼は学校に来なくていい』ということだけ。

 詳しいことはわからないけれど、僕の毛でストレス発散することよりも奏を優先したのだから余程のことがあったに違いない。

 

 

「とりあえずここでいいかな。じゃあ、2日間よろしくね」

 

「にゃあ」

 

 

 奏にとベッドの上に置かれた僕は、大きな画面が3枚並ぶ机の前に戻る奏に向かって鳴いた。

 

 

(僕も奏のことはちゃんと見ておいた方がいいと思ってたんだよね。いい機会だし奏が普段、どんな生活をしているのか観察してみようかな)

 

 

 そんな軽い気持ちで決めたのがよくなかったのかもしれない。

 

 

(……奏って化け物か何かなの?)

 

 

 ほぼ1日、密着して奏を見た僕の感想がこれである。

 住宅街の道端で偶に肝っ玉母さん達が『息子がゲームにハマって困ってる~』みたいな井戸端会議をしていたけれど、僕の気持ちはこれに近い。

 

 奏ってば、僕をベッドに置いてからというものの、数時間経っても全く画面の前から動かないのだ。

 凸凹した『キーボード』と呼ばれるらしい板と、楕円形に似た形の『(マウス)』とかいうあの勝手に住居に侵入するヤツ共とは似ても似つかない形のものをカチャカチャと鳴らして、ずーっとよくわからないものを夢中で見ている。

 

 

(頑張ってるなぁ)

 

 

 想像していた作曲とは全然違っていて、それらしい音は1つも聞こえてこない。

 時計の音とカチャカチャ音だけ聞こえてくる部屋はお昼寝には丁度良かったけど、あまりにも動く音がしないのが気になって眠れなかった。

 

 長い時計の針が1回りするごとに鳴いてみたけれど、奏はまったく動かない。

 人間の片手の指で数えられるぐらいまでは邪魔しない程度に鳴いていたのだけど、流石に10回以上になると僕の声にも感情が乗り始めて──

 

 

「にゃーっ! ふしゃぁーッッ!!」

 

 

 そこから追加で5回ほど鳴いて、流石の僕もキレた。

 

 

「ご、ごめんね、マロ」

 

 

 ほんっとに、このお馬鹿さんは!

 そんなに謝っても、僕はお母さんじゃないから許しませんよ!

 

 僕は奏の頭に飛び乗って、水を飲め、ご飯を食べろと催促する。

 鳴き声だけでは全く動かなかった奏も頭の上に猫がいる状態は無視できないようで、フラフラと画面の前から移動した。

 

 

「にゃーっ、みゃあっ!」

 

「あ、うん。飲む。水だよね、ちゃんと飲むよ」

 

「ふしゃぁーっっ!!」

 

「……うん。ご飯も──カップ麺を準備してるから、3分待って」

 

 

 僕、待つよ。

 3分ぐらいならさっきと比べたら大したことないし、分程度なら待つよ。

 

 頭の上から奏が作業に戻らないように目を光らせる。

 妥協案として紙にメモをするのは許可しよう。

 

 しかし、机に戻らせたらまた作業に没頭するので禁止。

 ちゃんとご飯と水を補給するまでは監視するからね。

 

 後、人間は猫と違うペースがあるのかもと遠慮していたけれど、ここからは強気でいかせてもらう。

 この後も寝るつもりがないのなら、せめて水分補給だけはしてほしい。

 じゃないと僕も、奏の隣でまふゆにごめんなさいすることになっちゃうんだからね!

 

 

望月(もちづき)さんが来るのは明日の10時だったっけ」

 

「にゃ?」

 

「あ、望月さんっていうのは、家事代行に来てくれてる子の名前なんだ」

 

(あぁ、まふゆも言ってた家事代行の人ね。そんな名前なのか)

 

 

 その望月さんという家事代行の人が10時に来るということは、僕も明日の朝にはお役御免。玄関かセカイを通って僕も帰れるってわけだ。

 

 そう僕は受け取ったのだけど、奏は淡々と否定してきた。

 

 

「だから、マロも10時までは待っててね」

 

(えっ? 僕も待つの?)

 

「実は、家事代行の人の髪の色はそこまで目立った色じゃないんだよね。もしもマロのことが見えるようになったら、絵名も気にしなくて済むかもしれないんだ」

 

(あぁ……絵名、まだ弄られてるんだね)

 

 

 奏が家事代行の人と会わせてくれる気になったのは、あの『地味なんあだ名事件』の影響らしい。

 

 あの事件、まだ続いていたのか。

 僕が原因で始まったことだから、絵名に申し訳なくなっちゃうな。

 

 

「最近、ナイトコードで地味かどうかで絵名と瑞希が盛り上がってるんだ。望月さんにもマロが見えたら、少しは落ち着くかな」

 

(それは難しいんじゃないかなぁ)

 

 

 奏やまふゆと違って、絵名や瑞希はおしゃべりが好きな方だ。

 仮に僕のせいで発生した変なあだ名の件が解決しても、また別の揶揄う何かを見つけた瑞希が絵名の反応を見て遊ぶ気がする。

 

 僕としてはどちらに転んでもありがたい機会なので、会わせてくれるのならばお言葉に甘えるんだけどね。

 

 

「……あ、もう3分だ。ご飯を食べるから、降りてくれる?」

 

「にゃん」

 

 

 奏は時計や何かで計ることなく、僕が頭から降りるのとほぼ同時に容器の蓋を開いた。

 体内時計が酷く正確なのだろうか。喋りながら3分計るのも余裕だとは驚きの特技である。

 

 

「いただきます」

 

 

 ずるずると麺を啜る音から意識を逸らして、僕は奏の足元で丸くなった。

 

 時間的に、この後はお風呂なり入ってから作業を始めるはず。

 いつまでもベッドの上でぬいぐるみのようにおとなしくしているわけにもいかないし、この部屋で待機しておこうか。

 

 

「ごちそうさま……今から準備して、作業に入るんだけど。マロはどうする?」

 

(どうするって、心配しなくても待機するよ?)

 

 

 安心してほしい。

 僕はあくまで後輩に頼まれて行き過ぎた不健康生活を見張るだけであって、普段の生活については不干渉なので。

 

 この部屋の隅っこの方で待機してるし、お構いなく~。

 

 

「そこにいるの? ……いいのかな」

 

「にゃ~ん」

 

「じゃあ、ちょっと離れるね。マロなら暴れたりしないだろうし、ベッドに戻るなり好きにしていていいよ」

 

(おうよ、いってらっしゃーい)

 

 

 奏が出て行くのを見送ってから、僕も立ち上がろうとした、その瞬間。

 

 

「あっ、ごめん。わたしもだけどマロのご飯も忘れてたね」

 

(あ、今日はご飯ナシってわけじゃなかったんだね)

 

 

 てっきり今日はなしなんだと思っていたが、どうやら違うようだ。

 奏は浅めのボウルの1つに水を注ぎ、もう1つのボウルにはこんもりと家っ子御用達の餌を盛った。

 

 

「まふゆからご飯をもらってたんだ。預かってる間のご飯らしいから、好きに食べていいよ」

 

(え、ちょ……お、多くない?)

 

 

 一仕事を終えたと言わんばかりの満足げな顔をした奏は、僕の気持ちを察せずにまた部屋を出て行ってしまった。

 

 

(……どうすんの、これ)

 

 

 こんもりしてるんだが。

 3食分ぐらい、カリカリしたモノがこんもりとしているんだが。

 

 奏、奏? 

 明日にはお手伝いさんとやらが来るんだよね?

 僕、明日までに頑張らなきゃいけないの? 奏ー?

 

 

「みゃーん?」

 

 

 返事がない。僕はぼっち猫のようだ。

 

 出されたものを残すのは失礼だろうし、うぅむ。

 ……仕方がない。覚悟を決めるか。

 

 

「──げぷっ」

 

 

 がんばりました。

 お腹いっぱいで動けません。カリカリしたの、もう暫く食べたくない。

 

 

(いや、でも。他人の前でだらしない姿は見せられないよねぇ)

 

 

 苦しいけど、もう少し頑張ろう。

 ベッドを使ってもいいって許可を貰っているから、そこで休憩するんだ。

 

 ポッコリおなかを引き摺って、紙束の山を潜り抜けた僕はなんとかベッドの近くまで辿り着いた。

 

 

(うっ、重い。体が重くて華麗なジャンプが披露できない)

 

 

 奏がいなくて助かった。このどたどたとした間抜けな姿を見られずに──

 

 

「ふぅ……あれ、マロ。ベッドで遊んでるの?」

 

 

 ガチャッと扉を開けて、しっとりとした髪の毛を揺らしてこちらを一瞥する奏。

 

 

「今から作業するから、遊ぶなら静かにしててね」

 

 

 すぐに視線が3枚の板に向いて、奏はまたカチャカチャと特徴的な音を響かせた。

 せめてこの間抜けな姿を笑ってくれたら、ちょっとぐらいは報われたのかもしれないのに、奏はもう画面に夢中だ。

 

 

(はぁ……早く登ってしまおう)

 

 

 慣れない体重に四苦八苦しつつも、僕はまたベッドの上に戻ってきた。

 こちらが必死になってベッドの上に戻っている間に作業が始まったようで、奏が画面に向かって何かを話している声が聞こえてきた。

 

 

(寝るか)

 

 

 猫の睡眠時間は長いのに、今日はあまり眠れていないのだ。

 今日ぐらい、不貞寝しても許されると思うのである。

 

 

 

 






☆マロ知識
正直、食べ物も栄養源的な意味で必要ではない猫……? なので、沢山もらっても食べれないことはないけど、とても困るらしい。


……


・怒りの朝比奈さん
原因:セカイの地面と同化している状態を通報される(3回目)
現在は派遣猫で経過観察中。
改善の兆しがなければ監査官(まふゆ)さんによる監査が入ります。
もう少し怒ってたら『これが……怒りなんだね……』と覚醒していたかもしれません。

・こんもりご飯
マロは出されたものは残しちゃダメだと思っている猫です。
支給された朝・夕、プラス次の日の朝ごはんも残さずに食べてしまいました。

・しっとり宵崎さん
マロは猫なので人間の都合(サービスシーン)とかは考えません。
お腹がいっぱいってことしか、考えてませんでした。


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