猫はシブヤにいます   作:大森依織

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仕事、やりきりました。
褒めて、褒めて!





26匹目 猫と家事代行の人

 

 

 

 

 

 体内時計が朝だ、と騒ぎだす。

 パチリと目を開くと軽快な──いや、体が重いわ。重鈍な朝だよ、これ。

 

 

(ぐぇえ、苦しい……って、あれ?)

 

 

 まだ重たいお腹に喘ぎつつ、僕はベッドの方を見る。

 奏も眠れるようにベッドの端っこの部分を拝借していたはずなのに、この時間まで空っぽなのは予想外だった。

 

 

(奏は何処にいるんだろう?)

 

 

 真っ先に思い浮かんだのは、寝ずに作業している姿。

 

 ……奏ならありえる。

 そう思って薄暗い部屋で耳を澄ませば、カチャカチャ音の代わりに規則正しい呼吸が聞こえてきた。

 

 

(音はかなり近いけど……って。あらら、こんなところで寝ちゃって)

 

 

 僕がベッドを借りていたせいか、奏は作業をしていた場所でスヤスヤと眠っていた。

 

 一瞬、僕のせいかもと思ったけれど、机に突っ伏して寝ている姿は力尽きたように見える。

 うむ、これは寝落ちだな。僕のせいである比率がちょっと減った。

 

 

(うぅむ……監視役で派遣された猫として、放置はダメか)

 

 

 短い針はまだ5時を指していない。予定の時間は10時らしいし、まだ寝たいだろう。

 

 僕は散乱したモノを踏まないように気をつけつつ、ベッド周辺を見渡す。

 運良く猫でも持ちやすそうな薄めの布団を見つけたので、ソレをぐいっと引っ張った。

 

 口と体を駆使して持ちやすいように折り畳み、紙を避けて奏の元へ。

 机の上に乗ってからも、紙束を崩さないように注意する。息を止めちゃいそうなぐらい慎重に、深く眠ってそうな体に布団を被せた。

 

 

(ふぅ、仕事したぜ)

 

 

 この僕に布団をかけさせるなんて、贅沢な子だよね。

 良いことをしたし、僕もこの机の端っこでもうひと眠りしよう。

 

 

「くぁっ」

 

 

 猫の睡眠時間は人間の倍は最低でも欲しいからね。

 寝なきゃやっていけないのである。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 目を開くと8時を過ぎてしまっていたので、まだ夢の中にいる奏を起こした。

 

 

「……あれ、マロ?」

 

「にゃあ」

 

「明るい。わたし、寝ちゃってたんだ……布団もたぶんマロだよね、色々とありがとう」

 

(どういたしまして)

 

「えっと、時間は……うっ、ギリギリ片付けもできるよね」

 

 

 奏は小さく呻いてから、のそのそと行動し始めた。

 床に散らばった紙に目を通して、何とか人が通れるぐらいの床面積を作っていく過程は見ていてちょっと面白い。

 

 

(めんどくさそうだけど頑張れ、奏)

 

 

 猫ができることは応援ぐらいなので、上から奏の掃除姿を眺めながら1時間ぐらい時間を過ごす。

 道が開通した頃にはもう、お手伝いさんとやらがくる時間が目前まで迫っていた。

 

 

「にゃーん?」

 

「疲れたけど、片付いたね」

 

「みゃあ」

 

「ふふ、ありがとう。マロが見てくれてたから、途中でいいアイデアが浮かんでも掃除ができたよ」

 

 

 僕は何もしてないけど、一定の抑止力になっていたらしい。

 お役に立てたのならば何よりである。

 

 

「後は望月さんが来るのを待つだけだね」

 

 

 奏がそう言うのとほぼ同時に『ピンポーン』と独特な音が鳴り響いた。

 聞き馴染みのない音だけど、玄関の方から感じる気配から察するに……あの音は来客を知らせるもののようだ。

 

 

「来たみたい。行ってくるよ」

 

 

 奏は僕をひと撫でしてから、部屋を出て行った。

 

 耳を澄まして聞こえてくる声は高い。

 奏のような若い女の子の1人暮らしの家に異性の家事代行の人を選ぶとは思っていなかったけれど、それを考慮しても声が若い気がする。

 

 

(家事を代行してくれる人っていうんだから、てっきりオーラが凄い歴戦のマダムが来るのかな~って思ってたんだけど)

 

 

 どうやら僕が想像していたような『家事に対しては一家言あって、数多の戦場を駆け抜けてきた代行のマダム』はいないらしい。

 話し声が間近に迫り、部屋に入ってきたのは奏と歳が近そうな女の子だった。

 

 

「この部屋にお友達から預かっているという猫がいるんですよね?」

 

「うん、まだこの部屋にいるはずだよ。ただ、隠れるのが上手な子だから、見つけるのは難しいかもしれないね」

 

「そうなんですね。もしもがあったらいけませんから、少し探してから取り掛かることにします」

 

 

 確かに今まで見えてきた人と比べると落ち着いているけれど、絵名よりも明らかに明るくて薄めの茶髪だ。

 絵名がチョコレートだとすると、少女は赤みの強いミルクティーのよう。

 奏と比べると明らかに大きいけれど、穏やかな波のような目のおかげで全く威圧感がない。

 

 好奇心のまま、僕は一石を投じた。

 

 

「にゃーん」

 

「っ!? ……今、何か聞こえたような?」

 

 

 猫の鳴き声に肩を跳ねさせ、家事代行の女の子は部屋を見渡す。

 まだ見えていないようだけど、鳴き声が聞こえているということは……もしかして。

 

 僕は寝ていた体を起こして、居住まいを整えた。

 ちょうど彼女が前を通ったタイミングで、もう1度声を出す。

 

 

「にゃーお」

 

「あっ」

 

 

 振り向いた少女の目と僕の目が合う。

 どうやら縁が繋がったようで、丸くした目には僕がちゃんと映っていた。

 

 

「宵崎さん、いましたよ! 机の近くに隠れてたのか、出てきてくれました」

 

「ホントだ。こんなところに隠れてたんだね、マロ」

 

 

 最初から見えていたはずの奏は、しれっと話を合わせる。

 ここに全てを知っている猫がいなければ、きっと誰もが奏を信じてしまいそうなぐらい自然だった。

 

 

「マロっていうのはこの子の名前ですよね? やっぱり目の上の模様からなんですか?」

 

「そうみたい、教科書を思い出したって言ってたよ」

 

「ふふ、写真にありそうですもんね」

 

 

 こうしてまた、不本意な名前が広まってしまったわけだけど、そんなに僕の模様と眉毛が似てるものなのかね?

 あまりにも似てると言われるので、最近だと不本意よりも興味の方が勝ってるよ、僕。

 

 

「──それじゃあ、そろそろお仕事に取り掛かります。今日はお掃除でしたよね?」

 

「うん。部屋は片付けたところから、後はお風呂と台所をお願いするよ」

 

「わかりました。早速、取り掛かりますね」

 

 

 笑みを浮かべた家事代行の女の子はささっと部屋から出ていく。

 残された奏がこちらを見たので、僕も見つめ返した。

 

 

「見えてたね、望月さん」

 

(家事代行の人でも、見えたね)

 

 

 彼女のおかげで、僕が見える人は髪の毛が派手な人やら有名人という話は薄くなったわけだ。

 

 

「性別とかも関係ないとなると、後は年齢とかかな」

 

 

 奏の言う通り、あの家事代行の望月さんとやらも歳が近そうだし、今のところ見えてる子達は奏以外は高校に通っている子達である。

 

 

(……んー、でも。それだとおかしいんだよなぁ)

 

 

 いくら()払いをしてたとはいえ、僕は1年ぐらいまふゆの高校に通い詰めていた猫だ。

 その間に少数ではあっても、まふゆが他の子達に声をかけられた場面はある。

 

 だが、その1年では残念なことに、誰も僕を見ていない。

 まふゆも最初の頃は僕を隠そうと不自然な行動をしていたし、アレで見えないのなら今も見えないだろう。

 

 ……年齢制限は偶然であって、僕が見えるかどうかはまた別の要因があるのだ。

 

 

「考えてもわからないし、こういうのはまふゆや瑞希の方が得意なんだろうな」

 

「うにゃあ……」

 

「そろそろ、わたしはデモ作りに戻るよ」

 

「にゃっ」

 

「望月さんの掃除の邪魔をしなければ、好きに過ごしてくれていいんだけど……あまり、悩み過ぎないようにね」

 

 

 奏は僕の頭を軽く撫でてから、カチャカチャと音を鳴らす行為に戻った。

 奏の言う通り、悩み過ぎたところで答えはでないのは僕もわかっている。

 

 

(もうひと眠り、しちゃおっかな……)

 

 

 軽快なマウスとキーボードの音を子守唄に、まだまだ寝足りなかった僕は己の欲求に身を任せる。

 近い音と遠い掃除の音の二重奏に意識を漂わせている間に、いつの間にかその音の1つが消えていた。

 

 その代わりだと言うかのように、扉を叩く音が聞こえてくる。

 

 

『──宵崎さん、掃除終わりましたよ』

 

「あれ、もうそんな時間?」

 

 

 パタパタと忙しない足音と共に、扉が開く音が部屋に響いた。

 目を開くと、3枚の画面の光以外に特に光明がない部屋が視界に入った。

 

 

(部屋の扉は開いてるな)

 

 

 気を遣ってくれたのか、不注意なのか。

 開いてるのなら部屋を出てしまおう。隙間に鼻先を突っ込んで部屋を抜け出す。

 

 

「マロも来たんだね」

 

「わたしも宵崎さんもここにいるので、気になったのかもしれませんね」

 

「あぁ。特にマロはわたしの監視役を頼まれてるから、目を離さないようにしてるのかも」

 

「え、猫が宵崎さんの監視?」

 

 

 家事代行の望月さんでも理解できない話なのか、あからさまに瞬きする回数が増えた。

 だが、冗談でもなくまふゆは僕に監視を頼んだので、奏は苦笑するしかない。

 

 

「うん、心配かけちゃったみたいで。わたしよりもマロの方がしっかりしてると思われたのかもしれない」

 

「そ、それは……あまり無理はしないでくださいね?」

 

「わたしも病院のお世話にならないように、あれからは気をつけてるよ。それよりも、望月さんの方が大変じゃないかな」

 

 

 露骨な話題変換に、望月さんは首を傾げる。

 

 

「え、わたしですか?」

 

「家事代行の仕事もしてもらってるけど、最近はバンドも再開したとか言ってたよね」

 

「覚えてくれてたんですね。でも、大丈夫ですよ。家事も好きでやってますから」

 

「それもこの前、言ってたね。なら、大丈夫なのかな」

 

 

 そう言って小さく笑みを浮かべる奏の姿は、望月さんの穏やかさがちょっとだけ移ったかのようだった。

 

 

(一瞬でも休まる時間があるのは、いいことだねぇ)

 

 

 奏は年がら年中、疲れて溺れるのも関係なしに泳ぎ続けるような生き方をしてると思ったけれど。

 家事代行の人の手も借りて、何とか息継ぎができてるようだ。

 

 逃走経路なんて幾つあってもいいからね。

 長年、野生生活を嗜んできた僕が言うのだから間違いない。

 

 

(それにしても、望月さんはバンドってのをしてるのかー)

 

 

 紐とかの話でなければ、バンドってのは音楽をやってる集団のことを指すはず。

 

 

(おや? そういえば雫や愛莉もアイドルとやらで歌って踊ってて、司達もショーキャストとして歌ってたな?)

 

 

 ニーゴも動画投稿がメインだけど歌ってるし、彰人も街で歌ってた。

 

 

(見えてる人全員、今のところ歌ってたりする人なのか)

 

 

 もうちょっと詳しい条件があるかもしれないけれど、見える人を間に挟むことによって、音楽をやってる人も見えるようになるのだとしたら。

 

 

(街の人達にも、僕が見えるようになったりするのかなぁ)

 

 

 ソワソワしてる気持ちを抑えきれなくて、尻尾を揺らす。

 

 それを見た奏と望月さんが、微笑ましいものを見るように笑みを浮かべていたけれど。

 今の僕は気分がいいので気にしないことにした。

 

 

 

 






☆マロ知識
言わずもがな、音楽をやってる人が見えるなんて理由なら、後輩経由で宮女や神高でも見える人は続出しているはずである。


……

・歴戦のマダム
本物の歴戦のマダムは掃除なんて飽きるほどしてきたので、仕事でもしたいとは思わないんだとか。
情報源は母という歴戦のマダムなので、信憑性はゴシップ記事程度です。

・穂波さん
望月穂波さんというアップルパイに関しては他作品のピンクの悪魔にも対抗できそうな可能性の塊を目撃してからというものの、自分もアップルパイが好きだと言うのが恐れ多くなりました。
頑張っても1日で丸ごとは無理なんですよ……


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