猫はシブヤにいます   作:大森依織

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ほんっっとうに、大変でした。





27匹目 猫への招待状

 

 

 

 

 

 まふゆが予備校の日の放課後は、僕の自由時間である。

 そう、僕は自由の猫になったのだ。

 

 いつもなら縄張りのパトロールをするのだけど、今日は新しい場所を開拓するのもアリかもしれない。

 

 ぎゅっと制限してからの自由も乙なものだね。

 狭いところから飛び出したような開放感で、ウキウキしちゃう。

 

 

(どこに行こうかな〜)

 

 

 後輩が弱ってないかチラッと確認して、僕はウキウキな気分のままに学校の外に出た。

 そのまま道を歩こうとした瞬間、体が宙に浮く。

 

 

「ぎゅっとして、わんだほーいっ! マロちゃん、みーつけたっ!」

 

(ひょっ!? ……あ、えむか。にゃっはろー)

 

 

 相変わらず底なしの明るさを見せるえむは僕を抱き上げ、にっこりと笑みを浮かべる。

 

 

「……あれ?」

 

 

 しかし、僕の首元を見た瞬間、珍しくその笑顔が強張った。

 

 

「雪の結晶に紫色の首輪? この前はつけてなかったのに、最近つけたのかな……」

 

 

 色んな角度から首輪を見つめたえむは、一瞬だけ眉を下げた。

 

 

「マロちゃんにも、飼い主さんが見つかったんだね。そっか……うん。よかったね」

 

 

 口を開閉させながらも辿々しく言葉を紡いだ後、エムの顔にはいつも通りの笑みが戻った。

 

 

「よーし、マロちゃんも一緒に学校に遊びに行こーっ!」

 

(何がよしなの?)

 

「それじゃあ、びゅびゅーんっていっくよー!」

 

(え、そっちは逆じゃ……)

 

 

 何がいいのか全くわからないけれど、えむは僕を頭の上に乗せて、何故か宮女を背に走り出す。

 

 あの、後ろに学校があるんだけど、学校に行くというのは何だったの?

 

 

「──うにゃぁぁぁっっ!?」

 

 

 どんどん遠ざかっていく校舎を見て、僕は叫ぶような鳴き声を出すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 持久力も速度も一級品のえむの頭に揺られて到着したのは、瑞希や絵名が通っている神高だった。

 

 

(えぇー、なんで宮女通いのえむが神高に行くの? え、ここ実は第2の宮女だったりする? ……そんなわけないか)

 

 

 僕は猫なので人間社会に精通してないけれど、宮女って学校に通ってる子が神高に来るのはよくなさそうってことはわかる。

 

 僕らで言うところの、他所の縄張りに所属している子が別の縄張りに勝手に侵入するようなものでしょ。

 そりゃあ、縄張りバトルが発生しちゃうよね。猫の論理でも納得しちゃった。

 

 

(それなのにこんなに堂々としちゃってさぁ……僕よりも堂々としてて、えむってば恐ろしい子だよ)

 

 

 僕も昔ならもっと堂々としていたのかもしれないけれど、良くも悪くも後輩の影響がでちゃってるのかもしれない。

 意図してなかったとはいえ何も言わずにここに来てしまった以上、騒ぎになるのは勘弁だ。いつもよりも慎重に糸を猫パンチしておこう。

 

 ……と、思ったんだけど。

 

 

(糸が、糸が多過ぎるんだけど!?)

 

 

 神高に入った瞬間、えむに絡みついてくる糸が馬鹿みたいに増えた。

 切り替えた視界を占領する、糸、糸、糸。

 まるで蛇のようにえむを狙い、襲い掛かってくる糸はそれだけ相手に警戒されていることを証明していた。

 

 

(生き物みたいに糸が絡まってくるなんて、普通じゃありえない警戒具合だ。一体、えむってば神高で何をしてるんだ……!?)

 

 

 僕の視界も混乱もわからないえむは、呑気に歌いながら校舎内を歩む。

 楽しそうな姿は大変結構なんだけど、その分糸も増量するわけで。

 

 

(うにゃぁーっ、おかわり来ちゃった! 気配退散、視線も退散! ここには怪しい猫もえむもいませんよーっと!)

 

 

 てしてし、ばしばしと警戒の糸を弾いていく。

 そうすると必然的にえむの頭の上で暴れてしまうような形となり、異変に気が付いたえむがスキップし始めた。

 

 

「いつもみたいに追いかけられるのも楽しいけど、今日の学校は静かでワクワクしちゃうな~。マロちゃんも頭の上で大はしゃぎみたいだし、歌ったら楽しいんだろうな~」

 

(それは困る、困るよえむ! 歌われると更に難易度上がっちゃうって!)

 

 

 いくら僕が猫界のエリートであっても限界はある。

 早くえむの目的地に辿り着いて、誰かえむの手綱を握ってくれないだろうか。僕が倒れてしまう前に応援を求めたい。

 

 そんな必死のお祈りと頑張りがお天道様に届いたようで、えむの足が1つの教室の前に止まる。

 そのまま当然のように扉を開き、教室の中に飛び込んだ。

 

 

「ねーねーちゃーんっ」

 

 

 飛び込んだ先にいたのは僕も見慣れた薄緑の髪の持ち主にして、えむの手綱を握れそうな少女、寧々だった。

 

 寧々は後ろに下がって距離を取り、えむの勢いを殺しながら突撃を受け入れる。

 意外と運動神経がある方なのかもしれない。冷静な対応に僕も安心してきたよ。

 

 

「わっ、もう。学校の前で待っててって言ったのに、えむってばまた勝手に入って来ちゃったの?」

 

「うん! 今日は司くん達が遅れるって聞いてたし、迎えに来ちゃった!」

 

「来ちゃった、じゃないんだけどな……先生に見つかったら面倒なのに」

 

 

 常識的な反応も僕的にポイントが高い。

 寧々がいればちょっとは糸の猛攻も楽になるだろうし、休憩しよう。僕はもう疲れたよ。

 

 えむの頭の上で力を抜く僕に気が付いたようで、寧々の視線が上向く。

 

 

「あれ、今日はマロも一緒なんだ。ぐったりしてるけど大丈夫?」

 

「にゃー」

 

「……じゃ、なさそうだね。マロも大変だね」

 

 

 本当になー。

 ここまで弾幕のような糸に襲われたし、人払いも猫の身分では楽じゃない。

 寧々がなんとなくでも理解してくれて助かるよ。

 

 

「えむ、帰る準備はできたから早く帰ろう。先生が来たらまた逃げなきゃいけないし」

 

「今日はわーって鬼ごっこすることもなかったから、わかってくれたんだと思うよ?」

 

「そんなわけないでしょ、もう……ここで話しても練習する時間が減るだけだし、さっさと出るよ」

 

「あ、そっか! 楽しい楽しい練習時間が減っちゃうのは、しょんぼりしちゃうもんね!」

 

「学校の前で待っててくれたら、危ないって心配する必要もないんだけどね」

 

「えへへ。うずうずしちゃったら待ちきれなくて」

 

 

 照れるえむに寧々は肩を竦めた。

 僕を頭に乗せた状態はそのままに、2人は揃って教室を出て行く。

 

 今ってえむだけでなく猫も学校に侵入しているのだけど、それにしては寧々も堂々としてるような気がする。

 胆力に関しては寧々もえむに負けてないってことか。

 頼もしいしえむがちょっとおとなしくなってくれただけでも有難いので、僕も猫パンチで学校を抜け出すお手伝いをしよう。

 

 

「……本当に誰にも声をかけられなかったね」

 

 

 僕の手伝いの甲斐もあって、僕らは誰にも咎められることなく門を潜り抜けた。

 いつもとは違うらしい学校の様子に目を丸くして後ろを振り返る寧々に対し、楽しいアトラクションに乗った後みたいにえむが笑う。

 

 

「今日は珍しくシーンってしてたから、いつもの学校とは違ってちょっとワクワクしたね! もしかしたら、マロちゃんが一緒に来てくれたおかげかも!」

 

「えむの頭の上でずっと手を動かしてるのは気になったけど、それも偶然でしょ。猫1匹にとんでもない力を求めすぎ」

 

「そうかな~。でも、マロちゃんが何かしてくれた結果の方が楽しそうじゃない?」

 

「楽しそうで決められるマロも可哀想だけどね」

 

 

 実はそのぶっ飛んだように聞こえるえむの感想が近いなんて、寧々は夢にも思うまい。

 何も知らない寧々は呆れを滲ませたツッコミを入れて、スキップしそうな勢いで歩くえむの隣に並んだ。

 

 恐らく目的地はフェニランだろうけれど、僕はいつまで頭の上に乗っていたら良いのだろうか。

 少しでもズレると配置を修正されるので、逃げる隙も何もないのは困ったものである。

 

 

「そういえば、えむはマロに話したの?」

 

「え、お話? ……あぁっ!? マロちゃんと会ったときにビックリして、頭からスポーンってしちゃってた!」

 

(僕と会ってビックリしたって……何で?)

 

 

 その時に話した内容なんて首輪のこと以外にないはず。

 する前とした後で生活も何も変わっていないのに、僕が首輪を付けただけでそんなに驚くことなのだろうか。考えてもわからないことに頭の中がまふゆ化してしまいそうだ。

 

 

「マロちゃん、マロちゃん」

 

 

 首輪なんて僕にとっては違和感がある程度の代物でしかないし、考えたってしょうがない。

 今は考え事よりもえむの呼び声に答えなくては。

 

 

「にゃあ」

 

「今日までは練習なんだけど、明日からフェニランの路上でショーをするの。平日は夕方から、休日はお昼からショーをするから、良かったらマロちゃんも来てね!」

 

「にゃっ」

 

 

 路上でショーね。

 まふゆが予備校の日があるし、その日にお邪魔させてもらおうかな。

 

 

「……話したいことって、それだけ?」

 

 

 頭の中で予定を立てていると、寧々が目を瞬かせた。

 

 

「そうだよ? 他には、んーと……うん、なかったと思うな」

 

「猫にショーの予定を話すなんて思わなかったんだけど、来なくても落ち込まないでよね」

 

「マロちゃんは伝えたら来てくれるから、ダイジョーブッ!」

 

「何が大丈夫なんだか」

 

 

 信頼が重いね。

 普通は寧々の反応が正しいので、余計にそう思ってしまう。

 

 

(ま、いいや。ショーに行けばその重さはゼロさ)

 

 

 反省を生かさずに考えなしに行動しちゃったら話は別だけど、僕は約束を守るタイプの猫である。

 否という意思が伝えられなくて意図せず破ってしまうことはあっても、是と答えて破ったことなんて透明猫さんになった頃ぐらいしかない。

 

 え、それじゃあ数年ぐらい約束を破ってる畜生じゃんって?

 ……そこは触れてはいけないよ、いいね?

 

 

「にゃーん」

 

「マロちゃん?」

 

「にゃっ」

 

 

 他に話もなさそうなので、僕はこれにてお暇させてもらおう。

 怪我をさせないように注意しつつもえむの頭から飛び降り、もうひと鳴き。

 

 ショーは見に行くけれど、今日の僕との時間はこれにておしまいだ。

 

 

「またね、マロちゃん! 路上でショーするから、忘れずに来てねーっ」

 

「みゃー」

 

 

 大きく手を振るえむにまた鳴いて、僕はその場を後にする。

 

 ステージと路上でのショーの違いはよくわからないけれど……暇を持て余したミクの土産話に良さそうだし、楽しみにしておこうかな。

 

 

 

 






☆マロ知識
小さい頃のことをしっかり覚えて、また会えるのを待ってたということは。
それだけの思い入れがあるはずだと思い至れる心があれば良かったのだが……こういうところは猫である。


……


・よかったね
本当にそう思ってますか……?
(なお、そう言われた猫の方は悪気も邪悪さもないけれど、人の心がわからぬ畜生なお猫様なので、まったく危機感がないようです)

・襲いかかってくる糸
1匹だけシューティングゲームをしていた猫がいるらしい。
シューティングゲームなら合流した寧々さんの得意分野なので、合流後なら苦労しな……いや、どちらにしろ同じでしょうね。

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