猫はシブヤにいます   作:大森依織

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どうして競技以外の場所でバチバチしてるんです……?





29匹目 猫とバチバチ体育祭

 

 

 

 

 

 ここ最近、学校の空気が変だ。

 

 体感程度であれば僕の勘違いである可能性もあるけれど、糸で見ても結果は同じ。

 何が起きてるのかはわからないけれど、僕にはわからない何かがあることだけは理解した。

 

 理解できないのであれば、有識者を呼ぶしかない。

 宮女が賑やかな理由を解明すべく、僕はミクを通じて有識者に伝言を頼んだ。

 

 

「──それ、体育祭が原因だと思うよ」

 

 

 伝言を頼んだ翌日の昼休み、いつもの中庭にて有識者(まふゆ)から返ってきた答えがこれだった。

 

 

(体育祭? それって確か『運動会』ってヤツと名前が違うだけの、校舎に閉じ込めていた体を動かすイベントでしょ?)

 

 

 毎年やってるイベントならば、去年もこの空気と疑問を感じていてもおかしくないはず。

 それなのに、僕には全く身に覚えがなかったせいで首を傾げてしまう。

 

 

「記憶にないのも当然だと思うよ」

 

「にゃあ?」

 

「去年のマロ、騒がしい時は学校に来なかったから。記憶にある方が変だね」

 

「みっ……」

 

 

 言われてみたらその通り。

 静かじゃないと落ち着かないからって、時にはまふゆの要望も無視して学校を避けてた日々が、ちらほらと脳裏に過った。

 

 

(そりゃあ覚えてないはずだよ。いないんだもの)

 

 

 記憶を漁っても何も出ないのは当然だ。

 病院も行けない身分なので、変な病気じゃなくて安心したよ。

 

 

(安心したら眠くなってきちゃった)

 

 

 頭を抱えるのをやめて、昼寝の態勢に移行する。

 丸まったのを確認してから、僕の奇行をじっと見ていたまふゆは口を開いた。

 

 

「満足した?」

 

「にゃ」

 

「そう……今年はいつもとは違うらしいから、マロも気になったのかもね」

 

 

 そう言ってまふゆが頭を撫でてきたのだけど、その手つきがいつもより優しかった。

 

 今の言葉もまふゆのフォローだったのかもしれない。

 先輩は後輩の優しさを感じて嬉しいです。

 

 

「今日は校庭で体育祭の練習がある日だから、それも騒がしい理由かもしれない」

 

(練習か、いつもと違うってのがミソなのかな)

 

「気になるなら、マロも練習を見に来る?」

 

(へっ!?)

 

 

 毎度の如く微妙に意思のすれ違いが起きているのも気にならないぐらい、まふゆの口から出てきた提案にビックリした。

 

 いつもならこう、まふゆは僕を止める側じゃなかったっけ?

 

 去年の僕なら見えてないことを理由に、無邪気に参加したのだろうけども。

 今年の僕は既に他の人にも見えているのがわかっている身だ。乗るのは躊躇われた。

 

 

「……みぃ、にゃー」

 

「迷うなら来たらいいのに」

 

(えぇ、まふゆが推進しちゃうの?)

 

 

 やっぱり変だぞ。騒ぎになるのを好まないまふゆが推進するなんて、熱でもあるんじゃなかろうか。

 でも、手はそんなに熱くないし、熱はない……のかな?

 

 額を触れば熱の有無もわかるかもしれない。

 そう思って顔を上げると、ジトッとした目と目が合った。

 

 

「熱はないよ」

 

「にゃあ?」

 

「見える人達が『猫がいる』って騒いでも、すぐにバレるわけじゃない」

 

「にゃ」

 

「マロなら見えるようになる前に逃げるだろうし、好きにしたらいいと思う」

 

 

 熱も何にもなかったわ。いつものまふゆだ、コレ。

 僕の現状を正しく理解してるからこそ、許してるだけなのだ。

 

 雫や愛莉の時も僕の姿を認識するのに時間がかかっていたのは、まふゆも見ている。

 

 先生に見える素養があったとしても、認識するのには時間がかかりそうってのは僕も同意見である。

 その時間があれば逃げることもできるだろうと、まふゆは判断して許可を出したと。

 

 

(うーん。まふゆも良いって言ってるのなら、野次馬するのもアリなのかなぁ。僕、猫だけど)

 

 

 野次猫って言うべき? そんなことはどうでもいいか。

 

 

「マロの好きにすればいいよ。私は伝えたから」

 

 

 話したいことは終わって満足したらしく、まふゆは「それじゃあ」と校舎に戻っていく。

 予鈴がなる前に戻ったのは練習とやらが関係あるのかもしれない。そう考えると、決断は早めにした方がいいか。

 

 

(……覗く程度なら、いいかな)

 

 

 うにゃうにゃ悩んでから、僕は砂だらけの広場に向かった。

 

 校庭って言ってたし、多分そこだろう。

 僕の予想は外れてなかったらしく、制服とはまた違った衣服を見に纏った子達が砂場に集っていた。

 

 

(何してるんだろ、あれ)

 

 

 2人ずつ集まって、お互いの足を1本並べて紐で結んでる集団。

 掛け声をかけて、走りにくそうにぐるっと白い線に沿って走る姿は珍妙そのもの。

 

 

(人間って縛るの好きだよねー)

 

 

 態々他人の足を自分に縛って走ることといい、同じ建物の中にずっと自分を縛ってるし、思考も動きも縛るし。

 人間って何で縛りたがるんだろうね? 僕にはわからないや。

 

 

(さてと、まふゆは何処かなー……あ、いた)

 

 

 まふゆも足を縛る奇妙な競技に参加しているようで、隣に何故か真っ青な顔をさせたえむと一緒に並んでいた。

 

 

(まふゆってば何したのさ)

 

 

 神高に侵入するのも平然としていたあのえむが、借りてきた猫みたいになってるなんて……よっぽどのことがありそうだぞ。

 

 

(紐で結んでるってことはえむとまふゆはペアなんだよね? 大丈夫かなぁ)

 

 

 優等生モードのまふゆは目が全く笑っていないし、先輩としては心配だ。

 今日は介入するつもりはないけれど、この後にセカイに寄って様子を窺った方がいいかもしれない。

 

 

(後は、本番が何時かも聞かないと)

 

 

 防げそうなものは先に対策するべし、と学んでいるのだ。

 心配になる景色を眺めるのはそこそこに、僕は宮女を後にした。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 体育祭の当日はいつも以上に学校が騒がしかった。

 

 

(よっし、今日も潜入成功~)

 

 

 だが、僕は未だに大半の人には見えていない透明猫さんだ。

 一部の人にさえ気を付けておけば、侵入なんてチョロいものである。

 

 

(うぅ、わかっていたけど校庭に向かうほど耳が痛ーい)

 

 

 やたらと増幅された機械越しの声や「わー」やら「きゃー」と集まってるせいで大きく響く声達。

 他の仲間(ネコ)達なら近付かない場所に、僕は耳を伏せつつも前に進む。

 

 

(まふゆは……あ、いたいた)

 

 

 まふゆとえむは今から足に紐を結び、一緒に走る苦行をするようだ。

 

 あれ、二人三脚っていうらしいけど、苦行でいいよね。

 だって足を縛って態々走りにくくしてから、早さを競うなんて頭の悪いことをしてるんだもの。苦行でしかないでしょ。

 

 

(わーお、足を縛ってるのに2人共はやーい)

 

 

 周りから遅れて走り出したはずなのに、まふゆとえむはとんでもない身体能力を持つ者同士だ。

 あっという間にゴールまで駆け抜けて、1位をゲットしてしまった。

 

 

(縛ってこれとは恐ろしい。怒らせないようにしよっと)

 

 

 たぶん、僕が逃げてもあの2人には敵わない。

 僕、賢いからわかるんだ。

 

 しかし、人間は猫よりも利口ではないようで。

 2人のいるテントまで忍び寄った僕の目に映ったのは、真っ黒な優等生スマイルを浮かべたまふゆと怯えるえむだった。

 

 

(人間って、猫よりも愚かなんだね……)

 

 

 悲しいことに、ポンコツにゃんこな僕でも踏まない地雷で踊っちゃう、怖いもの知らずな人間もいるのだ。

 えむが怯えていることだし、今にも爆発しそうな地雷にアプローチしよう。

 

 

「にゃあ」

 

「……マロ? ここまで来ちゃったんだ」

 

「にゃっ」

 

 

 せめてもの抵抗に、テントの影からこんにちは。

 目を丸くするまふゆが固まったのは一瞬だけで、すぐに僕を抱えて人のいない所へ向かった。

 

 そんな不審な行動をしてしまえば付いてくる子もいるんだけど、まふゆは気が付かずにテントの影に身を隠した。

 

 

「いくら人に見えないからって、ここまで来ちゃダメだよ」

 

 

 近くにいる人を警戒しているのか、まふゆは猫被り状態のまま話しかけてくる。

 そのおかげでこっそりとこちらの様子を窺っている子……えむの前でも、化けの皮は剝がされずに済んだ。

 

 

「朝比奈センパイ、何かありました?」

 

「……あぁ、鳳さんか。猫がここまで来ちゃってたから、見つからないようにここまで来てたんだけど……私の後を追いかけて来ちゃったんだね」

 

 

 見えていてもいなくてもいいように、言葉を選ぶまふゆが綺麗な笑みを浮かべた。

 反対に、えむは腕の中にいる僕を見つけて、大きく目を見開いたまま固まる。

 

 

「どうして、朝比奈センパイがマロちゃんと一緒に……?」

 

「へぇ、鳳さんもマロのこと知ってるんだね」

 

「は、はい。いなくなる数年前まで頻繁に遊んでて、マロちゃんとは友達だと思ってますっ!」

 

 

 両目を閉じて震えた声で宣言するえむにそのつもりはないんだろうけれど、何故か言葉の端々に棘があるように感じる。

 

 

「ふぅん、そうなんだね」

 

 

 えむの言葉のせいなのか、こちらも無意識なのか。

 まふゆの綺麗な笑みも極寒のようなオーラを纏っていて、腕の中にいる身としては今すぐにでも逃げ出したい。

 

 

「朝比奈センパイもマロちゃんと友達なんですか?」

 

「私とマロの関係? そうだな……」

 

 

 震えるえむを一瞥し、まふゆは考え込むように指で唇に触れた。

 目を細めたまふゆがじぃっと見つめているせいか、えむの顔色がどんどん悪くなっている気がする。

 

 やがて、何かを思いついたと言わんばかりに口角を上げたまふゆが、ゆっくりと自分の首を指さした。

 

 

「マロに首輪をプレゼントしたのは私だよ」

 

「……え」

 

「そういう関係だって言ったら、わかる?」

 

「……ぁっ! ぇっ!?」

 

 

 追撃するように僕に手を伸ばし、首輪についている雪の結晶が描かれた猫型のアクセサリーを揺らすものだから、空気が悪いのなんの。

 

 えむは真っ青な顔のまま、僕と首輪に視線を彷徨わせる。

 何かを言いたげに口を開くものの、全く言葉にならなくて。

 

 

「あ、あたしっ! ……し、失礼しますっっ!!」

 

 

 えむはそう叫んでから、脱兎のごとく逃げ出してしまった。

 残されたのはこの状況へ至った経緯も人の心もわからない僕と、どこか満足げなまふゆだけ。

 

 

「よくわからなかったけど……ふふふ」

 

(ま、まふゆさん?)

 

「あぁ……私も次の競技があるから行かなくちゃ。マロ、くれぐれも見つからないようにね」

 

 

 そう言って、優等生モードが抜けきっていないまふゆもその場を立ち去る。

 

 

(何だったんだ、あれ)

 

 

 ぽつんと1匹、残された僕は首を傾げた。

 えむとまふゆの間に何かが起きたのは間違いないけれど、僕の予想ができる範囲を超えていてその全てを理解するには足りないものが多過ぎる。

 

 

(うーん。よくわかんないけど、まふゆのご機嫌も良くなったからヨシ!)

 

 

 考えてもわからないことは放置して、当初の目的は達成できたのでヨシとしよう。

 だって猫だもの、人間のことを考えたって『ちょっとバチバチしてました』ってことしかわからない。

 

 僕は猫なので、どうしようもないことは気にしないのだ。

 

 

 

 






☆マロ知識
あたしの方が飼いたいと思っていたぐらい大事な友達だったのだけど、横から怖い先輩に掻っ攫われた人の図。
原因の猫は『ほへー』っとしていて、バチバチしてんなーってこと以外はよくわかっていない。
仮に奇跡が起きて理解できたとしても、恐らく『でも僕、可愛いからしょうがないよね!』とか何とか言って開き直るので、タチの悪い猫である。


……


・おまけ
よくわからないまま衝動的に動いた結果、優越感を感じ取りそうになっている朝比奈さんと。
すっっっごい怖いけど対抗心が出てる鳳さん。

この後、リレーに勝ってとりあえず気持ちを持ち直した鳳さんと、負けたけど「まぁでも、マロは私のだしな」と受け流した朝比奈さんがいたとか何とか。



・次回
バチバチしてましたが、気持ちで少し負けたえむさんは今月いっぱいはエネルギーチャージ期間に入ります。(つまり出番がないということ……)


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